ヴァーラナシーは聖なるガンジス川のほとりに広がるインド最大の宗教都市だ。
市内には千を優に越える数えきれないほどの寺院とモスクがあり、郊外には仏教の開祖として知らない者はいないゴータマ・シッダールタ――お
エルサレムがユダヤ教・キリスト教・イスラム教の三大宗教の聖地であるならば、ヴァーラナシーは仏教・ヒンドゥー教の二大宗教の聖地だ。
そしてここは、インドに住む探索者にとっての聖地としても知られている。
なにしろ、通常30㎞~40kmの間隔を置いて世界各地に林立している漆黒の四角柱――ダンジョンモノリスが僅か20㎞の距離内に4本も存在するのだ。
2本くらいなら稀によくある程度の話で済むが、それが人口密集地の特別な場所に4本となると神の見えざる手を感じざるを得ない。
俺達がやってきたのはそんな巨大宗教都市の一角、バナラス・ヒンドゥ大学だ。
東京ドーム130個分もの広大な敷地を持つインド最大最高の教育機関、そこにある運動場の一つを、日本とアメリカからやってきた国連派遣メンバーのキャンプ地として利用させて貰うのである。
「やっと着いたか……」
「そらのたびはなかなかたいへんだったのだ」
現在時刻は日の落ち始めた夕方。
大魔鳥の鞍から降りた俺は壱号と弐号を召喚し、グルグルと肩を回して凝り固まった筋肉をほぐした。
昨日の朝からノンストップで長時間配信をしていたせいか、なおさら疲れたな。
海兵隊員と自衛隊員が割り当てられた場所でテキパキと大型テントを設営している中、蒼い塗装の施された【
「いよいよだな、ブラザー」
「ああ。明日に備えて早めに休みたいところだが……」
「まずは家主に挨拶をしなければなるまい」
アーサーが目を向けた先には、見るからに強そうな気配を漂わせたヒンドゥー教徒の高僧がズラっと並んでいた。
その内の一人、金の錫杖を持っている黄色のサドゥーを着た老人が一歩前に出る。
「アニカ・オニカ様との面会が許可されているのはヒロシ・オオキド様、アーサー・ウィリアムズ様のお二方のみです。寺院内の撮影は厳禁ですので、【情報共有】はお控えください」
これから俺達はキャンプ地のすぐ近く――大学の構内に建てられた新ヴィシュヴァナート寺院まで足を運んで【双頭の女神】と顔合わせをしなければならない。
「というわけで暇つぶしの耐久配信は終わりだ。明日に備えてお前らも早く寝ろよ。そんじゃ、バイナラー」
「ばいならなのだー」
『ピピピ、配信を終了しました』
メニュー画面を閉じて老人に目を向けると、彼はこくりと頷いた。
どうやらこれで問題ないようだ。
移動中の雑談配信で視聴者から色々と話を聞いていたのだが、普段【双頭の女神】が居住しているのはゴールデン・テンプルで知られるカーシー・ヴィシュヴァナート寺院の方らしい。
今回は同じバナラス・ヒンドゥ大学の構内にあるバナラスダンジョンで探索を行うことになっているので、こちらの新ヴィシュヴァナート寺院に滞在しているようだ。
夜道を10分ほど歩いてシヴァ神を
「ヒンドゥー教において、牛は神聖な生き物です。そちらの人形の装備されている牛革の手袋は預からせて頂きます」
「それはできない相談だな。別に武器を取り上げようってわけじゃないんだろう。他の人形に預けて送還するから、それで勘弁して貰えないか」
「……いいでしょう。決して寺院内で召喚なさらないよう、お願い申し上げます」
俺の履いている村正戦闘靴も大切な探索用装備なので、壱号の猛進牛革のグローブと一緒に零号に装備させて送還しておく。
やっぱりこういう時、ハンガーとして使える影武者人形は便利だ。
裸足になった俺達は、入口で【療法師】の僧侶が生成した浄水で手足を清めた。
それから照明で照らされた夜の寺院内を延々と歩いて、奥の広間に案内される。
中庭の見える大きな絨毯の敷かれた部屋の奥には、周囲に世話係を何人も
「ようこそいらっしゃいました」「私がアニカ・シャルマーです」「私がオニカ・シャルマーです」「どうぞ、私達のことはアニカオニカとお呼びください」
艶やかな黒髪を伝統的なお団子ヘアに纏め、額に赤い点のようなビンディが塗られている褐色肌の美女は溜め息の出そうなほどに美しい刺繍の施された豪奢なサリーを身に纏い、全身に金色のアクセサリーをこれでもかと身に着けていた。
特筆すべきは四本の腕を持ち、肩口から二つの頭部が生えていることだろう。
まるで神話の中から現れたかのような、人間離れした容姿のシャム双生児。
彼女達こそ人類最強の魔法アタッカー、アニカ・シャルマー/オニカ・シャルマー。
御年22歳、【魔法士】と【重戦士】の職業を持つインドの現人神だ。
「俺が大木土博士だ。ヒロシと呼んでくれ、アニカオニカ」
「アーサー・ウィリアムズだ。アーサーでいい。君のことは……そうだな、アニオニとでも呼ぶとしよう。きっとその方がキュートだからね」
アニカオニカの向かいに腰を下ろしてあぐらをかくと、俺の膝の上に参号がポジショニングを決め、後ろに壱号と弐号が正座した。
「お一方、足りないようで残念ですが」「ともに神の試練へ
サリー姿の【楽師】達がインド映画にありがちな楽曲を演奏する中、俺達は運ばれてきた晩餐に舌鼓を打つ。
敬虔なヒンドゥー教徒はベジタリアンだからか、仕切りのある大皿に載って出てきたのはスパイスの効いた豆のカレーが3種にライス、平パンといったどこにでもありそうなインド料理。
アニカオニカは下の右手で食事を取っているが、手が多いと何かと便利そうだ。
「折角インドまでやってきたのに、食事がレーションばっかで参ってたんだよ。うまいうまい」
しかしながら、お肉大好きなアメリカ人のアーサーは少し物足りない様子。
まぁ、キャンプ地に帰ってからクラメンと夜食でも食えばいいだろう。
「アニカオニカ様は普段どのような形で探索されているのでしょうか?」
壱号が尋ねるとアニカオニカは上の右手でカップを持ち上げ、甘いチャイで両方の喉を潤してから答えた。
「見ての通り、私達は身体が弱いので」「偶像の背に乗って探索をしています」「ですからアーサー様の【
どうやら彼女達は、象のような見た目に改造したゴーレムの背に乗って優雅にダンジョン内を探索しながら固定砲台をしているらしい。
「君達の国は禁職も使えるのだろう。【魔鳥使い】に頼らない理由はなんだい?」
「
なんだかんだ言って、この国もこっそり100層以降の探索はしていたんだな。
第二覚醒スキルのヤバさは周知の事実だし、無理に国連を刺激する必要もないから上位カーストだけで情報を独占して隠していたのだろう。
「あにおには、ほごしゃがめんどーなたいぷだったのか」
「第二職業を持つ者は何人もいるというのに」「生まれの違いでこれほどまでに差が生まれる」「難儀なものです」「そうそう、私達も尋ねたいことがありました」「ヒロシ様、貴方はどうしてお一人で探索をされているのですか?」
「俺もそれは少し気になっていた。基本、ソロでのダンジョン探索はデメリットしかない。それこそ【クレセントムーン】と組んでもよかっただろうに」
一足先に食事を終えて空っぽの金属皿にスプーンを転がしたアーサーも、アニカオニカに同調するように尋ねてくる。
「お前らだって200層の四人パーティー制限は知っているだろう。この先、更に制限が強まらない理由はないと思わないのか」
「300層は二人まで、400層は一人まで。そんな鬼畜なゲームをあのレプティリアンがクリアできるかい?」
「彼らは一人の王を支える単一民族です」「第二職業を持たなくとも」「全身をユニーク神器で固めれば」「あるいは可能ではありませんか?」
レプティリアンは身内同士で争うことを知らない狩猟民族だった。
ダンジョンに潜ることだけを娯楽とし、優れた戦士に全てのリソースを捧げる。
死後は【霊神の願い】で装備を回収して、また新たな戦士を王として擁立した。
それはある意味で、完成した共産主義の形だ。
「もしかすると、ゲームクリアに一番近いのはロシアなのかもしれないな」
「いいや違う、最後に笑うのはマスターだ! そうだろう、シキ!」
『ピピピ、その通りです』
「その根拠のない自信はどこから出てくるんだよ……」
アニカオニカはそんな俺達を見て、上品な仕草でクスクスと笑った。
―――――
晩餐を終えてキャンプ地に戻った俺達はすぐに支度を整えて就寝した。
大型テントでの雑魚寝は慣れないが、仕方ないので我慢する。
起きたら軽くストレッチをしてから浄水で顔を洗って、いつもの戦闘糧食で朝飯を食べながらアーサーと一緒にミーティング。
予定していた時刻になったところで、アーサーの操る【
今のところ召喚しているのは俺に肩車されている参号だけだな。
チャット画面は隠しているが、先ほどから配信も付けてある。
どうせ200層に転移したらすぐに切れてしまうけどね。
前後を挟むように同道するのは【ナイツ・オブ・ラウンズ】のクランメンバーが操る3機の【
残りの自衛隊員や海兵隊員はキャンプ地の警備として残っている。
全長6mの蒼い【
野次馬の現地住民や巡礼者、他国からはるばるやってきたマスコミの記者なんかに手を振りながら、大きな広場の中心にそびえ立っている漆黒の四角柱の前に立った。
片膝をついた【
インド時間午前9時、日本時間正午0時。
いきなり影が落ちたかと思うと、UFO型の巨大ドローンが上空に姿を現した。
「なんじゃこりゃあ……」
ロシア脅威の秘密兵器の登場に、集まった観衆からざわめきの声が広がる。
これには寡黙な【
『
UFOの下部に開いた穴から一本の長いロープが垂れ下がり、それを伝うようにシューっと降下してきたのは深緑の軍服を着たミステリアス銀髪碧眼白人美女だ。
レンはチラッと俺の方を見て、僅かにその表情を緩めた。
「皆様、長らくお待たせしました。私がロシア連邦保安庁長官レナータ・ニコラエヴナ・プレオブラジェンスキーです。私のことはどうぞ、レンとお呼びください」
俺の差し出したDカードに、レンは自らのDカードを触れ合わせる。
眷属:青銅人形壱号Lv199 青銅人形弐号Lv199 木人形参号Lv199 木人形零号Lv165 木人形肆号Lv161 木人形伍号Lv1
パーティー:☆大木土博士 人形使いLv199 アーサー・ウィリアムズ 騎士Lv199 アニカ・シャルマー 魔法士Lv199 レナータ・ニコラエヴナ・プレオブラジェンスキー 催眠術士Lv199
第二職業持ちの仕様で妹のオニカ・シャルマーの名前と職業は表示されていない。
ま、これでパーティーメンバーは全員揃ったな。
「レン、上のアレは一体なんなんだ?」
パイロットスーツ姿のアーサーは、サムズアップした親指で上のUFOを指差しながら尋ねた。
「ただの無人ステルス機ですよ。操作は『ルサールカ』が
「こんなもの、見たことがない。今回ばかりは味方で良かったと心から思うね」
きっと赤峰空将とかフィッシャー大佐とか、軍のお偉いさんはとんでもない衝撃を受けているんだろうな。
究極の人民管理AI「ルサールカ」に管理されているロシアの技術力は世界一だ。
「暗黒邪竜を倒した後でいいので」「私達も乗せて貰えませんか?」
「ふふふ、我が国に移住したいのであれば構いませんよ」
「おいおい、冗談じゃないぞ……」
アーサーとアニカオニカそれぞれと握手を交わしたレンは、スタリオンの背部にあるハシゴを登ってコックピットの上に設置されている箱型の搭乗部に立った。
そしてその隣に、おっかなびっくり登ったアニカオニカも並ぶ。
丁度、【
アニカオニカには外付けの魔法兵装として、バンバン合成魔法を撃って貰うぜ。
『全ての準備は整った。ヒロシ、出発しよう』
コックピットに乗り込んだアーサーから促された俺は再びスタリオンの後ろ腰辺りに掴まって、メニューから階層選択画面を開いた。
プライベートマップの200層、これを押したらもう後戻りはできない。
「なにをためらっているのだ。さっさといくぞ、あるじ」
「……分かっているさ。すぐにボス部屋まで行くからな、お前らも配信が再開されるまでテレビの前で待機しているといい」
ボタンをタッチすると、俺達は何の変哲もない石室の中に転移する。
そして屈むように石室の入口を潜った蒼い【