ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

121 / 125
第94話 暗黒邪竜の囁き

 開かれた石室の大扉を潜って蒼い【機械騎士(マシンナイツ)】スタリオンがボス部屋に突入すると、魔法陣の中央で大きな翼を畳んで丸くなっていた巨大な黒竜は目を見開き、のっそりと起き上がって咆哮を轟かせた。

 

『お目覚めだ。飛ばすから振り落とされるなよ?』

 

 足の後部から下ろされた補助タイヤのモーター音を響かせながら、【機械騎士(マシンナイツ)】は暗黒邪竜の右側面を回り込むように走り出した。

 後ろ腰に掴まっていた俺は参号と一緒に飛び降り、壱号と弐号を召喚する。

 

「油断するなよ、お前ら!」

 

 腰のカードケースから取り出した細長い紙片を壱号と弐号の背中に貼り付けると、御札(おふだ)は五彩の魔素となって人形達の中へと吸い込まれていく。

 この手の一時的なステータスバフは死亡や送還で簡単に消えてしまうが、【逆境】による筋力耐久+50の補正が加われば通常時の倍近いステータスを手に入れられる。

 

「先行します、マスター!」

「サンもいっしょにいくのだー!」

「守りはこのニコに任せるがいい!」

 

 いつもの【炎属性付与(エンチャントフレア)】で緋炎を纏った大鎌を構えて駆け出した壱号に続くように、参号がてこてこと走っていく。

 弐号は隕鉄の盾を構えて不屈の闘剣を抜き、俺の前で待機だ。

 

「まずは小手調べです」「インドラの雷よ!」

 

 【機械騎士(マシンナイツ)】の背後コックピットの上にある箱型搭乗部に乗っているアニカオニカが三又槍の先から雷撃を放った。

 眩い光と雷鳴とともに、黒鱗がジリジリと削れていく。

 

「いい火力です。さて、私も」

 

 アニカオニカの隣でモシンナガンを構えたレンが引き金を引いた。

 タンッという軽い音とともに放たれた特殊弾頭が暗黒邪竜の右目で爆発を起こす。

 噴き出した血飛沫に手応えを感じる間もなく、その傷口は高速再生されていく。

 

『DPSが足りない。アニオニ、もっと強力な合成魔法を!』

 

「「アグニの炎よ!」」

 

 暗黒邪竜の周囲をぐるりと回り込んだ【機械騎士(マシンナイツ)】の上から風を纏った炎の竜巻が放たれた。

 今の一撃で魔力を使い果たしたアニカオニカに、レンが虚空から取り出した魔力回復ポーションをぶっ掛ける。

 

 今度の合成魔法はかなり効いている様子だ。

 全身から有害な毒煙と肉の焼け焦げるシュウシュウとした音を立てながら、暗黒邪竜は【機械騎士(マシンナイツ)】を追い回している。

 

「足元注意!」

 

 その暗黒邪竜の足元に壱号が滑り込んで【旋風刃】を放つ。

 左後ろ脚の関節部を斜めに切断された暗黒邪竜は獰猛な鳴き声を上げて倒れ込む。

 

 その直後に、直径3mはあろうかという太い尻尾の先が壱号の目の前に迫った。

 瞬時に飛び上がって旋回攻撃を回避した壱号に、一本一本が参号と同じくらいのサイズがあるのではないかというほどに大きな牙がずらりと並んだ口が迫る。

 

「マスター!」

 

 俺は壱号を送還し、目の前に再召喚した。

 

「「ヴァルナの水よ!」」

 

 先ほどまで壱号がいた場所でガチンと口を閉じた暗黒邪竜の胴体に、アニカオニカが放った二本の氷の大槍がぶっ刺さった。

 

「どーらーごーん!」

 

 生き物とは思えないドス黒い血液を散らしながら、ぎょろりと目を巡らせて咆哮を上げた暗黒邪竜の左前脚に取り付いた参号が【自爆】する。

 

 ドゴォォォォォン!!!

 

 再び壱号に御札(おふだ)を使い、再召喚した参号ともども【炎属性付与(エンチャントフレア)】していると、爆煙の中から暗黒邪竜が飛び出してきた。

 どうやら今度は俺にターゲットが移っているようだ。

 

「チッ、やっぱり【守護暗幕】効いてねぇな!」

 

 俺達は参号だけをその場に残して一目散に逃げる。

 ガツンガツンと何かしらの合成魔法や銃撃が加えられる音が聞こえているが、振り返って見ている余裕は欠片もない。

 

 ドゴォォォォォン!!!

 

 暗黒邪竜が参号地雷を踏んだ音が聞こえる。

 背を叩く爆風でつんのめりながらも、俺達はブレーキを掛けて振り返った。

 

「ヴァーユの風よ!」

 

 一筋の強風で爆煙が消え去り、右前脚と顎の下、右翼の辺りが失われて背中に氷の大槍を4本生やした暗黒邪竜の姿が現れる。

 

『まだまだ足りない! どんどん削れ!』

 

 合成魔法を放つアニカオニカを援護する為、壱号と参号が突っ込んでいく。

 

『5 minutes(ファイブミニッツ)! (5分経過!)』

 

 幾度も人形達の突撃と退避、再召喚を繰り返していると、スタリオンがタイムカウントを出した。

 そろそろ第二形態に突入してもおかしくない頃合いだが、まだ足りない。

 

 それから数分ほど経っただろうか。

 

 傷ついた肉体の再生を続ける暗黒邪竜の頭部に生えている一対の角が、メキメキと音を立てて発達するのが見えた。

 

「第二形態に入りました! 現在のターゲットは【機械騎士(マシンナイツ)】です!」

 

 そのレンの呼び掛けに、俺は気を引き締めて再召喚した参号を走らせた。

 暗黒邪竜の周囲を周回する【機械騎士(マシンナイツ)】を目で追いながら大口を開いた暗黒邪竜の湾曲した濃紫の大角に、白いエネルギーラインが伸びていく。

 

「これがレーザーブレスの予兆か……!」

 

 口腔の先に眩(まばゆ)い光が凝縮し、そして――。

 

「――今です!」

 

『Telepo(テレポー)rtation(テーション)! (【空間跳躍】!)』

 

 レンの合図とともにスタリオンが【空間跳躍】の短距離転移で射線を外した瞬間、暗黒邪竜の首の下に取り付いていた参号が【自爆】した。

 

 ドゴォォォォォン!!!

 

 真っ白なレーザーブレスが跳ね上がり、壁から天井までを一直線に薙ぎ払う。

 余りの熱量に蒸発した直撃跡から、光を飲み込むような漆黒の壁が覗いた。

 

 ダンジョンのボス部屋は空間的に隔絶された特殊なエリアだ。

 一度でも中に入ったら、どうやっても外のフィールドに出ることはできない。

 

 長い4秒が過ぎ、レーザーブレスの発射が止まった。

 天を仰いでいた暗黒邪竜は抉られた喉元を再生させながら頭を下ろし、ギョロリと俺の方を睨み付ける。

 

「今度は俺ってか。走るぞお前ら!」

 

 この短時間の戦いの余波で、石室の床はかなり荒れている。

 補助タイヤが使えなくなった【機械騎士(マシンナイツ)】は俺達を追う暗黒邪竜の側面を二本の足で駆けながら、その肩口から合成魔法を二、三発放ってダメージを稼ぐ。

 

『44 seconds(フォーティーフォーセカンズ)! (44秒経過!)』

 

 ブレーキを掛けるように石室の床に爪を突き立てて立ち止まった暗黒邪竜の湾曲した大角に再び白いエネルギーラインが走り、レーザーブレスのチャージが始まる。

 そのターゲットは変わらず、俺達だ。

 

「「シヴァの柱よ!」」

 

 側面から放たれた雷を纏う焼けた太い岩杭が暗黒邪竜の首筋に突き刺さった。

 頭が石室の床に縫い留められて射線がズレた1秒後、レーザーブレスが放たれる。

 

「一蓮托生、大縄跳び上等だ!」

 

 俺は僅か数m先に伸びる死の光条を見ながら、肆号がストレージより取り出したアイテム結晶から現実化(リアライズ)した魔力回復ポーションを飲み干した。

 レーザーブレスが止まり、鋭い爪の生えた四本指で岩杭を引き抜こうとしている暗黒邪竜に向かって壱号と参号が突撃する。

 

 属性魔法で生成した物質はすぐに魔素となり消滅してしまう。

 それでも、一秒でも長く行動を封じてダメージを稼がなければならない。

 

『10 minutes(テンミニッツ)! (10分経過!)』

 

 俺達は幾度も死線を潜り抜ける。

 

『15 minutes(フィフティーンミニッツ)! (15分経過!)』

 

「まだか、まだ第三形態に移らないのか!」

 

 全力疾走を繰り返して荒れた息を吐きながら、8度目のレーザーブレスをやり過ごした俺が叫んだその時だった。

 暗黒邪竜が大きく咆哮を上げ、ばさりとその両翼を広げた。

 

『いよいよだ、気を引き締めろ!』

 

 頭部を床に縫い留めていた岩杭が二つに折れ、瞬く間に再生して無傷となった暗黒邪竜の両翼の被膜に漆黒のエネルギーラインが伸びたかと思うと、暗黒邪竜はふわりと空中に浮かび上がっていく。

 

 ――避け得ぬ滅びを待つ種の霊長よ。■■■■を打ち倒さんとする愚者よ。未来を望むのならば、新たな■■■■となりたいのならば、我が試練を乗り越えるがよい――

 

 脳内に響いた囁(ささや)きのような思念。

 俺達は戦いの最中であることも忘れて、ただ呆然と天に昇っていく暗黒邪竜の姿を眺めるほかなかった。

 

 暗黒邪竜が空中でくるりと反転して天井に降り立った途端、天井の全面に複雑な魔法陣が広がって活性化していく。

 こちらを見下ろす暗黒邪竜の大角がメキメキと音を立てて更に巨大化を始めた。

 

 湾曲した濃紫の巨大角に漆黒のエネルギーラインが走り、顎(あぎと)の先に闇が凝縮する。

 広いボス部屋の中に、微かな風が巻き起こった。

 

 違う、吸い込まれている。

 これはまさか、マイクロブラックホール……?

 

「っ! 物理攻撃を試します! アニカオニカさんは雷撃を!」

 

 レンはモシンナガンのボルトを引いて薬莢を排出すると、虚空から取り出した特殊弾頭を装填して狙いを定める。

 

「「インドラの雷よ!」」

 

 槍先より放たれた二条の雷霆(らいてい)はマイクロブラックホールに巻かれるように吸い込まれて、暗黒邪竜に一切のダメージを与えることなく消失した。

 吸収した魔力量に比例するかのように巨大化したマイクロブラックホールへと引き込まれるように、石室に流れる風は強さを増していく。

 

「因果逆転の一撃……【正射必中】!」

 

 モシンナガンに付与されたユニークスキルの必中狙撃によって、貫かれた右側の大角がバキンと音を立てて根元から破断する。

 その大角と弾丸を吸い込んだマイクロブラックホールは更に更に巨大化した。

 あまりの吸引力に、俺達の中で一番軽い参号がふわりと空中に浮かび上がる。

 

「やーばーいーのーだー!」

「私から手を離すな、サン!」

 

 【仁王立ち】を使った弐号はロリロリドラ娘の手を左手で掴んで引き留めた。

 

『レン、どうする! 時間がないぞ!』

 

 アーサーの声色に焦りが混じる。

 

「分かっています! アニカオニカさんは四属性合成魔法の用意を!」

「やるんだな、今ここで!」

「はい!」

 

 レンから魔力回復ポーションをぶっ掛けられたアニカオニカは下の右手に小弓を持ち、上の両手で三又槍を掲げてその先に魔力を集中させていく。

 

「「スーリヤの太陽よ……!」」

 

 それはまるで、神話の光景を見ているかのようだった。

 

 天からこちらを見下ろす暗黒邪竜の眼前に浮かんでいる全てを吸い込むマイクロブラックホールと対比するように、天を仰いだ蒼い【機械騎士】の頭上に小さな太陽が生み出されていく。

 

「【魔神の恩寵】!」「【魔神降臨】!」

 

 【魔法士】の覚醒スキルとトリシューラのユニークスキルが行使され、更に増幅された人の身に余る膨大な魔力が極小の人工太陽へと注ぎ込まれる。

 

『44 seconds(フォーティーフォーセカンズ)! (44秒経過!)』

 

 無常なトリスタンのタイムカウントと同時に、チャージを終えたマイクロブラックホールが放たれた。

 

「ヒロシさん!」

「【人形召喚】伍号(ごごう)! 壱号、やれ!」

「はい、マスター!」

 

 何の変哲もない木製マネキン人形の腕を壱号が掴み、思いっきり投擲する。

 こんな戦いでなければ萌に魔改造して貰って新しい仲間にもなれただろうに。

 すまない、伍号。

 

 天から堕(お)ちてきたマイクロブラックホールに生贄が吸い込まれ、マイクロブラックホールの消失とともにピタリと強風が止む。

 

 瞬間、太陽が天に昇り――全てが白く染まった。

 

 暗黒邪竜の全身を丸ごと飲み込んで拡大を続ける太陽を、アニカオニカが必死に制御してその場に押し留める。

 

 そして……蓄えた魔力を全て熱量に変換して消滅した人工太陽の中から、暗黒邪竜だったものが落ちてきた。

 ゴトン、と大きな音を立てて床に転がる濃紫の大角がへばりついた頭蓋骨の残骸。

 

 俺達は勝利を確信し、そして一つの違和感を覚えた。

 

「レベルアップ音がしない……!」

 

 頭蓋骨の中で再生した眼球がぎょろりと動いて俺を見据えた。

 

「暗黒邪竜は健在です! 再生される前に追撃を!」

 

 精神力を大きく消耗する四属性合成魔法を使ったアニカオニカは満身創痍だ。

 かくなる上は、俺達が時間を稼ぐしかない。

 

『ファック! だが、的が小さい内なら――【流し斬り】!』

 

 既に頭部を完全に再生させ、胴体部まで復活した暗黒邪竜に駆け寄った【機械騎士(マシンナイツ)】が燃える長剣を抜いて首元に強力な斬撃を叩き込む。

 

「合わせます、【旋風刃】!」

 

 壱号も同様に、その反対側から燃える大鎌を振り下ろした。

 

「更に駄目押しだ!」

 

 参号に付与していた【炎属性付与(エンチャントフレア)】を解除して空中に3体の炎精霊を浮かべた俺は壱号の後を追うように走り、剥き出しになった首の骨の継ぎ目にありったけの魔力を注ぎ込んだ炎槍を放つ。

 

 千切れ飛んだ頭部が石室の床を転がり、胴体部から新たな首が生えてくる。

 その間に再生を終えた両翼に漆黒のエネルギーラインが伸び、未だ頭部のない暗黒邪竜はゆっくりと空中に浮かび上がっていく。

 

「「ドゥルガーの、刃よ……!」」

 

 息も絶え絶えなアニカオニカが合成魔法を行使すると、岩に氷の刃が纏わりついた巨大な円盤が放たれ、暗黒邪竜の左翼をすぱりと斬り落とした。

 

 浮力を失った暗黒邪竜が大地に叩き落とされ、傷跡からドス黒い血が吹き出す。

 数多の前衛職を殺してきたであろう天地反転ギミックはあの翼が要(かなめ)か。

 

『44 seconds(フォーティーフォーセカンズ)! (44秒経過!)』

 

 スタリオンのタイムカウントと同時に、再び大角に漆黒のエネルギーラインが伸び、筋繊維が剥き出しになった顎(あぎと)の先に闇が凝縮を始めた。

 魔素となりつつあった血液や転がっていた頭部、翼がマイクロブラックホールに吸い込まれて吸引力が強化されていく。

 

「下がれ、吸い込まれるぞ!」

 

 飲み干した魔力回復ポーションの瓶をマイクロブラックホールへ向かって投げ捨てた俺はバックステップしながら手の甲からDカードを取り出し、【人形召喚】のレベルを上げて新たな木人形と召喚契約を結ぶ。

 

「【人形召喚】禄号(ろくごう)! タイミングを合わせろ、アニカオニカ!」

 

 暗黒邪竜を大きく回り込むように駆け寄ってきた【機械騎士】が俺の横に並び、その機上から三又槍を構えたアニカオニカが四属性合成魔法のチャージを始める。

 

「「スーリヤの、太陽よ……!」」

 

 再演、しかしその熱量は先ほどとは比べ物にならないほどに弱体化していた。

 44秒が過ぎ、既に【魔神の恩寵】と【魔神降臨】の魔力上昇バフは消えている。

 だがその分だけ、魔力制御の難易度も落ちているはずだ。

 

 左翼の再生を終え、再び空中に浮かび上がり始めた暗黒邪竜。

 マイクロブラックホールもまた、それに追従するように天へと昇っていく。

 

 先ほどの魔法攻撃で天井はその半分が蒸発しており、漆黒の天井に降り立った暗黒邪竜はまるで本物の宇宙を背にしているかのようだ。

 

『44 seconds(フォーティーフォーセカンズ)! (44秒経過!)』

 

「やれ、壱号!」

「ごめんなさい、ロック!」

 

 壱号の投擲した木人形――愛称ロック――がその身を持って、疑似宇宙からゆっくりと降ってきたマイクロブラックホールを消滅させる。

 

「これで――!」「終わって――!」

 

 直後、再び太陽は天に昇った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。