アニカオニカの四属性合成魔法によって生み出された人工太陽は天井からこちらを見下ろしていた暗黒邪竜の胴体部にめり込み、心臓の辺りを文字通り焼き尽くした。
だが、相手はまだ体力を残しているように見受けられる。
「もう……」「限界です……」
【
今動けるのは俺達だけ、か。
「【
「だめおしなのだー!」
俺の指示を受けたロリロリドラ娘が蛇腹尻尾でびょーんと高くジャンプした。
空中で長く伸ばした蛇腹尻尾を再生中の暗黒邪竜の背骨へと巻きつけ、収縮によって急接近し、そして――。
ドゴォォォォォン!!!
天井付近で発生した爆炎から、体内を人形爆弾によって爆破された暗黒邪竜の肉片がボス部屋中へとばら撒かれる。
蒼い【
『本体はどこだ!?』
全身を魔素で構成されたボスモンスターの再生は最も巨大な部位から始まる。
アーサーは【
魔素となり消えゆく頭部、尻尾、翼の断片、グロテスクな内臓、手足の一部。
いや、再生をしているのは頭部だ!
『頭を狙え!』
胸の中ほどまで再生を終えていた暗黒邪竜へと、再召喚された参号が迫る。
一本一本が参号くらいありそうな凶悪な牙がずらりと並んだ大口が開く。
その中にロリロリドラ娘が飛び込んで【自爆】した。
ドゴォォォォォン!!!
ボス部屋の中を吹き抜けた爆風を俺は零号の構えた大盾でやり過ごす。
再召喚と【
「てめぇの命の炎が尽きるまで、何度だってやってやる!」
爆煙が晴れるのも待てず、参号を走らせる。
噛みつかれてもいい、破壊される前に口の中から【自爆】させるだけだ。
『
スタリオンのタイムカウントに頭が冷えた。
爆煙がシュルシュルと吸い込まれ、その中から暗黒邪竜の
走馬灯のようなスローモーション。
宙を浮いた参号が、俺達に手を伸ばすかのように引き込まれていく。
俺は慌てて彼女を送還しようとして、そして――。
マイクロブラックホールがフッと消え、レベルアップ音が響いた。
呆然とした表情でぽとりと床に落ちた参号の目前に、暗黒邪竜が
暗黒邪竜は半ばまで再生していた両翼の先から虹色の魔素となって消滅していく。
「勝った……のか……?」
『……そのようだ。生きた心地がしなかったな』
戦闘の余波で破壊された石室の床の一部に残っていた魔法陣が活性化する。
「このような戦いは」「二度とごめんです」
「ヒロシさん、まずは階層更新を」
「ああ、分かっている」
パーティーリーダーの俺がメニュー画面を開いたその時。
ふっ、と浮かぶような感覚とともに視界が切り替わった。
「あれ?」
まだ何もしていないというのに、俺達は何の変哲もない石室に転移していた。
肆号が代わりにメニュー画面を操作してくれたわけではない。
これは一体、どういうことだ……?
『ここが201層か。まずは外の景色を見てみよう』
アーサーは【
屈むように出入口を潜り、そして振り返って俺達を呼んだ。
『見てみろ、外は一面の雪景色だ! これは面白くなってきたぞ!』
「ヒロシ様、冷気耐性をください!」「凍えてしまいそうです!」
「ああ、すぐ行く!」
俺は人形達を引き連れて、石室の外に出る。
その途端、冷凍庫の中にでも入ったかのような寒さが俺を襲った。
「こいつは厳しい。【
俺、アーサー、レンとアニカオニカの中に緋色の人魂が飛び込む。
全員に冷気耐性を付与したことで極寒の大地でも安全に探索できる環境が整った。
「これは、凄いですね……」
「もんすたーをさがすのだ!」
「あまり遠くに行くんじゃない、サン!」
疑似的に再現された青空の下、雪を被った林とだだっ広い雪原を眺めている壱号。
浅い雪にトカゲのような四つ指の足跡を残しながら駆け出した参号と、彼女の蛇尻尾の先を掴んで止めようとしている弐号。
犬のリードみたいに蛇腹尻尾がびろーんと伸びてやがる。
「雪原には大角兎、林には巨大芋虫の亜種が湧いているようだ。サイズは101層と同程度。101層にあったレプティリアン集落の痕跡は見られない」
零号は遠くを見渡す【千里眼】で偵察をして、その結果を報告した。
「ご苦労、零号。どうするレン、少し探索をするか?」
「まだ時間的余裕はありますし、今日の内に202層のマップを確認してみましょう。きっと視聴者の皆さんもそれを望んでいると思いますよ」
一歩でもダンジョンから出たらこの国連パーティーも解散してしまうからな。
そうなったらレンはUFOドローンに乗って帰ってしまうだろう。
「んじゃ、そうするとしよう。アニカオニカもそれでいいよな?」
「それは構いませんが」「戦闘は期待しないでください」
メイン火力として働き倒したアニカオニカは相当お疲れのようだ。
正直、俺も全速力で走り倒したから疲れているんだけどね。
日頃から健康増進センターで筋トレしていてよかったと心から思う。
『大角兎の生態を考えると雪原の中に落とし穴がありそうだが、索敵についてはヒロシの精霊で事足りるだろう。終点の位置は分かるか?』
「南南西の方角に9㎞だ」
【
『こちらでも視認した。ヒロシも【
「了解。行くぞ参号」
「サンをおいてかないでほしいのだー!」
戻ってきた参号を肩車した俺は【
200層のフィールドを移動したときのように、他の人形達は送還している。
偵察ドローンを回収して駆動音を上げながら雪原を歩き始めた【
【守護暗幕】は階層移動で効果が切れているから今は頼れない。
「ヒロシさん、レベル200で解放された第三覚醒スキルを確認しましょう」
俺は手の甲から取り出したDカードのステータスをチェックした。
ステータスに表示されているのは【人形召喚Lv7】、しかし暗黒邪竜戦で生贄にした伍号と禄号の存在は抹消されており名前すら残っていない。
もしもあの時、参号がマイクロブラックホールに吸い込まれていたら……。
嫌な想像に身震いしつつ、取得可能なスキルをチェックする。
「【人形使い】は【人形進化】で聖銀人形に第三進化できるだけだから、壱号と弐号を進化させて終わりだな。【精霊使い】の方は【精霊進化】だが……スキルポイントがないから先にフレアだけ進化させておくか」
【炎精霊召喚】が【焔精霊召喚】に変化すると同時に空中に浮かんだ緋色の人魂がほんの少し大きくなり、
試しに一発だけ炎槍を撃ってみるが、ちょっと威力が上がった感じしかしない。
「この辺りは150層で検証したものと変わりないようですね。【催眠術士】の第三覚醒スキルは【魔神の注目】。【魔の指先】の上位互換、範囲ヘイト獲得スキルです」
「ハズレ覚醒じゃないか、それ」
「ふふふ、どうやら私の冒険はここまでのようです」
お忙しいロシア連邦保安庁長官がダンジョン探索をすることなんてそうそうない。
暗黒邪竜を倒す為に必要な情報は全て集まったわけだし、すぐにでも自国内にいるユニーク神器持ちの軍人や探索者を投入して第二第三の踏破者を生み出すだろう。
「【魔法士】は各種【属性強化】です」「【重戦士】は【大盾術】です」「また火力が上がってしまいますね」「アーサー様もきっと【騎乗術】でしょう」
『その通り。前衛職は面白くないね』
いくら技術系スキルを重ねたところで、ダンジョン内でのダメージ補正が上乗せされるだけでしかない。
技量補正もプレイヤースキルを極めた攻略勢にとっては自転車の補助輪扱いだ。
『
スタリオンの警告の直後に焔精霊から4本の炎槍が放たれると、雪原から駆けてきた白大角兎はオーバーキルを受けて絶命した。
「見た感じ一発だけで良さそうだな。少し調整しよう」
Dカードを握り潰し、念じて自動攻撃設定を弄る。
「ヒロシさん、魔力は足りていますか?」
「自前の分だけで十分だ」
レンのポーション投げを断った俺は腰のポーションベルトから抜いた魔力回復ポーションを飲み干し、空き瓶を適当に投げ捨てた。
その間にまた一発炎槍が飛んで、雪原の下に隠れていた白大角兎を撃破する。
「今更だけどさ。暗黒邪竜、喋ったよな」
「アレはレプティリアン同様、プログラミングされたものでしょう。中身の入った知的生命体にしては、攻撃パターンや行動ルーチンが単純過ぎましたから」
「やっぱりレンもそう思う?」
『ピピピ、形態移行時に発せられた思念は【情報共有】には載っておりません』
どうやら例の思念は配信には反映されていなかったようだ。
「シキ、しちょうしゃにもおしえてやるのだ」
『ピピピ、『避け得ぬ滅びを待つ種の霊長よ。■■■■を打ち倒さんとする愚者よ。未来を望むのならば、新たな■■■■となりたいのならば、我が試練を乗り越えるがよい』……以上です』
「避け得ぬ滅びですか」「穏やかではありませんね」
『ボス部屋の扉に刻まれていた魔法文字の文面から察するに、【占星術士】が鍵になる可能性が高い。レン、ロシア連邦が得た未来の情報は共有してくれるかい?』
「『ルサールカ』の庇護対象はロシア連邦国民だけですよ。我が国は地球人類が存続するに当たって、必要最低限の情報しかお伝えするつもりはありません」
『そいつは厳しい。無駄に【隠者】を増やしている場合ではなさそうだ』
【
「前者は分かった。んで、後者はどんな意味だ」
「きっとこの先のヒントでしょう。300層まで行けば、また扉の前に魔法文字でも刻まれているんじゃないですか?」
「なるほどね。ま、その辺は後で考察勢にでも仮説を教えて貰えばいいか」
ここで肩車状態の参号が俺の頭をポンポンと叩いた。
「あるじあるじ、たいせつなことをわすれていないか?」
「なんだよ、大切なことって」
「どろっぷあいてむ!」
「あー……そういやそうだったな」
暗黒邪竜を倒した時に派手な虹色ドロップ演出が見えたから、まず間違いなく誰かにユニーク神器が落ちているはずだ。
ここは一つ、運試しといこう。
トップバッターはアーサーだ。
『暗黒邪竜の鱗大盾【魔法耐性】【物理耐性】。ユニーク神器ではないが、かなりの大当たりだと思わないか?』
お次はレン。
「暗黒邪竜の鱗
「黄金大蛇の時は恋墨桜に付与した【血糊研磨】付きの装備結晶が落ちただけって村正九郎に聞いたぞ」
「検証の余地がありそうですね」
さて、アニカオニカはどうだろうか。
「暗黒邪竜の骨腕輪【消費軽減】【物理耐性】」「暗黒邪竜の牙長剣【受け流し】【魔法耐性】」「ヒロシ様、おめでとうございます」
俺は恐る恐るストレージを開き、一番下までスクロールした。
そこに表示されていたのは……。
「暗黒邪竜の鱗鎧【時空魔法】【物理耐性】、暗黒邪竜の角飾り【重粒子砲】【魔法耐性】……嫌な予感しかしない」
「サンのうろこ、サンのつの!」
「俺は今、大きな選択を迫られている。他の人形に装備を回して【自爆】されるか、このドラ娘のワガママを叶えて神器のスキルを腐らせるかだ……」
「うがー!」
俺は凶暴なロリロリドラ娘に頭を
「命は大事にしましょう、ヒロシさん」
「……うん、そうだね」
『折角だからそのユニークスキル、実際にこの場で使ってみないか?』
ユニークスキルのデータが欲しいアーサーに急かされる。
「正直、日本に帰ってからにしたいんだが……まぁいいか」
俺はそう渋りつつもストレージから取り出し、
湾曲した濃紫の大角がちょっと重そう。
「あるじあるじ、にあってるか?」
「うんうん、似合ってる似合ってる。もうドラゴンにしか見えない」
「【重粒子砲】は第二形態のレーザーブレスかもしれません。ダンジョン内なので大丈夫だとは思いますが、射線には十分に注意してください」
【
「どーらーごーん!」
大角に白いエネルギーラインが走った後、ロリロリドラ娘の眼前から直径3mはあろうかというごんぶとレーザーブレスが放たれて林を薙ぎ払った。
いや本当に、参号が頭を少し動かしただけで数キロ先の林が丸ごと蒸発している。
「ひ、人の扱っていいスキルじゃない……」
3積みした【範囲縮小】の効果が乗っていないように見えるし、レーザーブレスの持続時間も4秒間でオリジナルと一緒。
それに何より、一番の問題は……。
「ななふんちょっとでもういっぱつうてそうなのだ!」
「魔力消費なしでリキャスト時間も444秒、ですか……」
「末恐ろしい威力ですね」「もうこれだけでいいんじゃないでしょうか」
『フェアフルフテス同様、村正一族に預けることをお勧めする。でなければ、君は歩く核兵器として扱われることになるだろう』
「参号、諦める気ある?」
「ぜったいにいやなのだー!」
「じゃあ命令する。絶対に俺の許可なく【重粒子砲】を使用するな」
「いえす、まいますたー」
「ん-? いつもと反応が違うな?」
俺は念には念を入れて三回くらい命令をした後、ロリロリドラ娘を送還した。
自衛隊の護衛艦に乗せて貰うまでは絶対に召喚しないようにしよう。
所有権があるとはいえ、まかり間違って盗まれるようなことがあればそれはもう大変なことになってしまうからである……。
―――――
そんなことがありつつも、俺達は終点の石室まで辿り着いた。
再び屈んで石室の中に入った【
「……あれ?」
「どうしたんですか、ヒロシさん」
「階層選択画面にプライベートマップの201層と202層しか表示されてないんだ」
「そんなはずは……!」
同じようにメニュー画面を開いたレンの顔色が変わる。
「『機会は一度きり』。確か、扉の魔法文字はそのように書かれていたはずです」
『ヒロシ、【募兵】は使えるか?』
ウェストポーチから【募兵】付きの紐飾りを取り出して念じてみるも、ダンジョンの外で待機しているはずの
例え200層と同様にプライベートマップが四人上限で招待できずとも、パーティーに加えることだけはできたはずだ。
「
『ピピピ、
202層に転移してアーサーをパーティーから抜き、彼のクランメンバーに【募兵】を使わせても同様の結果となった。
文字通りステージが上がった、ということだ。
モンハンで村クエ上級しか行けなくなった感じ。
「ダンジョンからのログアウトはできるみたいだが……こりゃあ、参ったな」
これの何が困るかって、新しく人形と召喚契約した時や転職後の育成で困る。
現在の階層と±5の差があるだけで、取得経験値は著しく減衰するわけだからな。
暗黒邪竜戦の生贄でスキルポイントを大量消費した【魔鳥使い】を【占星術士】なんかに転職させても、レベル200まで育てる為には210層のボスを死ぬほど回すか250層にあるであろう爬虫死人の骨工船まで連れて行かなければならなくなった。
「転職後のレベル差は【逆境】で踏み倒せます。ですがアーサーさんとアニカオニカさんはパーティーメンバーが揃うまで探索できなくなってしまいましたね」
「この国にも強者は大勢います」「きっとなんとかなるでしょう」
『腕が鈍りそうだが、ボスさえ行かなければソロでも狩りはできる。クランメンバーが追い付くまではここでステータス強化Lv3の付いた装備結晶でも集めるとするさ』
202層の景色がどこにでもある山岳地帯であることを確認した俺達は、そのままダンジョンからログアウトした。
ステルス迷彩が標準搭載されているUFO型ドローンに乗ってロシア連邦へと帰っていったレンを見送り、それからアニカオニカと別れてキャンプ地に戻る。
なんにせよ、これでやるべき仕事は全て終わった。
後は安全に十分気を付けて、日本に帰るだけだ。