そんな感じで日々を過ごし、ようやく母から告げられた1週間の謹慎が解けた。
となればもう、ダンジョンに潜るしかない。
「いやっほう! イヤホウ! ダンジョンダンジョーン! ヒューヒュー!」
誰も見ていないのをいいことにちょっと――ちょっととは到底言い難い――おかしなテンションで横浜海上ダンジョンの8層を進む俺を、人形達は無感情なのっぺらぼうの顔で見つめている。
「こいつついに狂ったのか」とでも言いたいのか?
いや、そんなことを気にする必要などない。
大事なのは、これから沢山レベル上げができるという喜びである。
「ほーらまた牙獣がいたぞ! お前らやれーい!」
荒野をゆく俺が遠目に見えた獅子舞の赤べこみたいなモンスターへ指揮棒のように短杖の杖先を向けると、人形達はあいあいさーと武器を構えてとことこ走り出した。
ここにアンブッシュするモンスターは出ないから護衛は火精霊のフレアだけでいい。
モンスターテーブル的に言うと、大抵のダンジョンの低層には牙獣という名前の奇妙な牛っぽいモンスターが出現する。
こいつは非常にアゴがでかく動きがとろく振り返るのが遅いというのが特徴で、ケツを取っていればまず殴り放題という理想の雑魚モンスターの名を冠していた。
牙獣シリーズの装備が安い理由はそれだけで十分だ。
見た目相応に硬いのでそれなりに火力は必要だが、こいつだけを狙って倒していけばレベル12~13くらいまでは安全に上げられるってわけ。
とはいえ適正レベルより下だとどんどん取得経験値は落ちるから、俺はレベル8まで上げたら次の層に進むつもりで牙獣狩りをしていた。
「お、レベル上がった。楽々ちんちんラクちんちん♪」
なおこいつが落とす肉は死ぬほど不味いので、もっぱら捨て値で買い取られて畑の肥料にされている。
というか、モンスターが落とす肉は大半が人間どころか家畜の食味にも堪えない。
世界一のシェアを誇る大手ハンバーガーチェーン店モクドナルドのパティにその手のクズ肉が使われているという都市伝説がまことしやかに
そう考えると、大芋虫の肉は美味い方だったんだなぁとしみじみ感じるね。
1層での大芋虫狩りが生活保護代わりにされているのも頷けるというものだ。
そんな感想を胸に抱きながら、その日の探索は牙獣狩りだけで終わった。
翌日の火曜は朝から健康増進センターで運動をしたので半ドン、つまり午後から9層を踏破して10層に到達。
鬱蒼とした森で2mほどの猿っぽい見た目をした小鬼――小さいとは言っていない――と戦いレベルを上げる。
10層のボス前に【精霊使い】をスキルポイントが貰えるレベル10まで上げておきたかったんだけど、やはり猿というのは嫌らしく樹上からのウンコ爆撃で散々な目に遭わされた。
グローバルマップですら小鬼の出る狩り場が空いている理由を、俺はその身を持って体験したのだ。
ダンジョン内で用を足す時に使う市販の洗浄スプレーをあらかじめ大量に持ち込んでおいたからよかったものの、なかったらダンジョン庁のお掃除ロボットからイエローカードを貰うところである。
とはいえ戦闘の度に一々洗っていたらキリがないので、クソに濡れながらクソ猿と戦うクソみたいな一日を過ごしてその日は終わった。
―――――
更に翌日の水曜、俺は10層の深部にある巨大な石室の扉の前に立っていた。
この先には、次の階層に続く転移魔法陣を防衛するボスモンスターが待ち受けている。
そいつをどうにかしてぶっ殺せば、晴れて11層に移動できるようになるわけだ。
重そうな見た目の両開きの扉には大きな猿のようなシルエットが描かれている。
同じ層に出現する雑魚敵からおおよそ推測できるし実際ダンジョン庁公式アプリにも情報は載っているのだが、やはり今回のボス部屋に出現するボスモンスターはクソ猿の上位互換的な大鬼で間違いない。
「ようやくボス部屋の前まで着いたな。これでやっとこのクソ階層からおさらばできるぜ……」
そんな俺の現在のステータスはこちら。
大木土博士 人形使いLv12 [精霊使いLv10] SP:0/0
筋力:1[+1]
魔力:10[+14]
敏捷:3[+1]
耐久:5[+1](+8)*1.4
幸運:2[+2]
スキル:人形召喚Lv2 [火精霊召喚 風精霊召喚]
装備:火精の短杖【火属性微強化】 魔法士のローブ+ 強化繊維の胸当て+ 登山靴++【耐久強化Lv2】 耐久の指輪Lv2*2
眷属:木人形壱号Lv12 木人形弐号Lv10
今後のビルド方針としては【人形使い】のステータスポイントを耐久に振り分け、【精霊使い】のステータスポイントを魔力に振り分ける予定だ。
装飾品の付け替えによるステータス調整はいつでもできるんで、あんまり耐久に振るのも良くないんだけどね。
何かに特化したところで漫画家の高野みたいにリアルの仕事に活かせるわけでもないから、俺は極力安定を取るつもりだ。
それでも普通に特化したより強いし、第二職業持ちのありがたみが身に染みるぜ。
「【風精霊召喚】、いでよシルフ!」
レベル10で貰ったスキルポイントを消費して新たに取得した【精霊使い】のスキルを唱えると、火精霊のフレア――赤い人魂の
こいつが新しい仲間の風精霊シルフだ。
属性的には風だが、雷も使える。
というより雷じゃないとロクにダメージが出ない。
風属性は現代の魔法化学文明を根っこから支える素晴らしい属性である。
「精霊が2体で火力も2倍、魔力さえ尽きなきゃ余裕で押し切れるだろう。そんじゃ、行くぞお前ら!」
道中の稼ぎの大半をつぎ込んで買い溜めた魔力回復ポーション ――即効性の高いタイプ――が詰まったカバンを抱えるように前に回した俺は、扉を押し開けてボス部屋の中へと足を踏み入れた。
層の入口の狭い石室とは異なり、フットサル場の体育館よりも広いボス部屋内部の床には全面に不活性化した黒い魔法陣が敷き詰められている。
夜目が効かないホモ・サピエンスでも大丈夫なくらいにはボス部屋の中は明るい。
どこにも照明など存在しないし、出てくるボスモンスターの殺意が異様に高い割には随分とお優しいことである。
さて、そんなことを考えているうちに魔法陣の中心へと光が集まり、見上げるほどに巨大な大猿が姿を現す。
「壱号は遊撃、弐号は俺の前で壁を張れ!」
パパコンガっぽい見た目の猿野郎はケツに右手を突っ込むと、大きく肩を振りかぶって挨拶代わりのウンコ弾を全力投球した。
後衛の俺目掛けて勢いよく飛んでくる汚い野球ボールを、すかさず前に出た弐号が盾で斜めに受け流してパリィする。
「弐号、よくやった!」
この日この時この瞬間の為だけに、俺は何度も何度もクソに濡れながら弐号に対投擲訓練を積ませてきたのである。
目論みが外れて不満そうに地団駄を踏む大鬼に向かって、俺はフレアとシルフに命じ全力の魔法攻撃を撃ち放った。
大量の魔力を消費して生成された火槍と雷槍が的のでかい胴体にぶち当たるも、大猿野郎はまだまだピンシャンしている模様。
「流石は8人パーティー向けのレイドボス、この程度じゃ落ちないか」
試験菅サイズの魔力回復ポーションをカバンから1本取り出し、一気に飲み干す。
内容量が少なく高いやつなので10本くらい飲んでも腹はタプタプにならない。
とはいえ、即効性のあるタイプでも再使用には多少のインターバルは必要だ。
空になったポーション瓶を適当に投げ捨てると、床に落ちて割れた透明魔結晶製のポーション瓶は瞬く間に魔素へと溶けて消えていった。
ヘイトが高まった俺に真正面から迫りくる大猿の突進を、前に出た弐号が盾で防ぐ。
が、重量差によって軽く数mは後ろに吹き飛ばされる。
背中から倒れ込まずに空中でバランスを保ち、二本の足で着地できただけ上々だ。
反動で一時的に動きが止まった大鬼の背中を、背後に回り込んだ壱号が両手にそれぞれ握った草刈り鎌とハンドシャベルで滅多切りにする。
痛みに叫んで振り向いた大鬼に、少し下がって距離を取った俺が再度の魔法攻撃。
「いいぞ、どんどん削れ!」
壁際に追い詰められないよう位置調整をしつつ、何度もこのルーチンを繰り返す。
ふはは、何もできないだろう。
これが道具を使うことを覚えた人間の叡智だ!
それからおおよそ20分ほどで、魔力回復ポーションの残りが半分になった頃に大鬼は地面へと倒れ込み息絶えた。
事前にしっかりと準備していたから当然だけど、ノーダメージで完勝だ。
ちなみにボス部屋は一度入ったら透明な壁で出られない仕様になっているので倒せなかった場合は普通に詰む。
定期的なマップの再構成でダンジョンの外に追い出されるから、倒せるか心配な時はその直前にボスに挑むのが定番の攻略法となっている。
「あ、なんか落ちたっぽい」
身体の末端部から魔素に変わっていく大猿の消滅光に虹色が混じった。
これはスキル付きのレア装備が落ちた時の演出だ。
なお確率は幸運1で1/4444、レアドロップの匂いがプンプンするぜ。
「ボスは一つ上のレアリティ装備が出るんだよな。ってことは★2で60層相当……」
床の魔法陣が薄く発光するように活性化しているのも気にせず、俺は期待にごくりと生唾を飲んでメニュー画面を開いた。
ストレージを指先でスクロールし、お望みのブツを探す。
「あった。大鬼骨の短杖……【敏捷強化Lv1】。くおぉ、外れだ……」
俺は期待値との落差に思わず地面へと崩れ落ちた。
よりにもよって魔法用の杖に死にステの敏捷が10%だけ上がるスキルが付いているのかよ。
スキルガチャで出るのは大半が基礎ステータス強化系のコモンスキルとはいえ、そこは【魔力強化】とか【耐久強化】を引くべき場面だろう。
それならまだ魔法職向けの合成素材としてそこそこの値段にはなったろうに。
カテゴリーが異なる装備同士でも合成自体はできるんだけど、そうすると性能がガタ落ちしちゃうのが困りものだ。
大体半減するんで30層の雑魚が落とすスキル装備と同等の価値になってしまう。
「お、お前ら……俺を慰めてくれるのか……?」
心優しい人形達は悔しさに嘆く俺の背中を手で擦って慰めてくれた。
いつも本当にありがとね。
「こんなゴミ武器、Gペンにでも合成して高野にくれてやるくらいしか使い道がないだろう……。いや待て、結構ありだなそれ」
適当に口走ったものの、割といいアイデアだと自画自賛する。
「ちょっと高級そうなやつを萌に合成して貰って、何かの記念の時に包んで渡すことにしよう。うんうん、それがいいね。よーし、首尾よく10層も越えられたわけだし、今日は奮発して美味い昼飯でも食いに行くとするか!」
お金にはならなかったものの、やる気は取り戻せたのでよかったよかった。