ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第13話 いけずな兄妹

 家までやってきたインテリヤクザな借金取りを一時撤退へと追い込むことに成功した俺は、その足で友人である高野の自宅まで遊びにきていた。

 

 この間よりもやや頬がふっくらとした感じの深い緑髪の男――高校生の姪っ子に法外なお小遣いを渡して食事の世話を頼んだらしい――に詳しい事情を説明すると、彼は大層興味深そうな様子でしきりにメモを取っていた。

 

「そんなことがあったんですか」

 

 高野は生粋の漫画家であるからして、友人の不幸もただの取材対象と言わんがばかりの冷静な態度だ。

 俺は彼のそういうドライなところをとても気に入っている。

 

「次から次へと災難過ぎる。もしかして俺、高名な【呪術士】にでも呪われているんじゃないか?」

「【呪詛魔法】――【呪術士】の行使するただのデバフ魔法――がそんなに便利なスキルだったら今頃、ソ連がこの世界の覇権を取っていますよ」

「まぁ、確かにソ連の【呪詛兵団(ザプラチーチ)】とか有名だもんな。いくらダンジョンで兵士が取れるからって、エグい戦い方をするもんだ」

 

 【呪術士】の覚醒スキルである【暗神の恨み】は相手から受けた被ダメージをそっくりそのまま相手に共有するという凄まじいスキルだ。

 

 体力の多いボスモンスターにはロクに効かないが、人間相手なら話は違う。

 無防備に歩いてくる兵士の頭を撃ったら自分の脳天が吹き飛ぶとか怖すぎるぞ。

 

 これを上手く使いこなせば、どんな弱兵ですら英雄を殺せる。

 共産主義国家の軍隊にとって、これほどまでに適した職業もそうそうないだろう。

 

「アメリカは彼ら相手にどんな切り札を隠し持っているんでしょうね。――それで、ハカセさんはこれからその借金取りにどう対応するつもりなんですか? 5000万円くらいなら普通に僕が出せますけど」

 

 苦笑する高野から俺の手元に返された名刺には「藤堂会 金田組若頭 金田(かねだ)(いさむ)」と金箔を贅沢に使った派手な感じで書かれていた。

 裏にはニコニコ消費者金融の住所と連絡先もしっかりと載っている。

 

 藤堂会と言えば、東京で一番の勢力を誇るヤクザ組織の名前だ。

 裏では多くの政治家や財閥と繋がりを持っているとまことしやかに噂されている。

 金田がそこの直参の若頭となると、かなりのやり手だと見ていい。

 

 部下に任せず、自分の足で金を取り立てに行く貸金業者の社長ほど恐ろしいものはないからな。

 前職のパワハラクソ上司でも流石にビビるくらいだから相当である。

 

 そんで、俺が探索初日の昼飯時に会った藤堂ララってヤンキー女がその藤堂会会長の孫娘ってんだからどこで話が繋がってくるか分かったものじゃない。

 

 ああ、あの勧誘が本物かどうかは後でちゃんと調べたよ。

 藤堂ララが【クレセントムーン】の特攻隊長の【侍】、【鬼武者】の中身だって有名探索者の情報を纏めたちょっとマイナーなWikiにがっつり書いてあった。

 

 今を時めくダンジョン攻略クラン【クレセントムーン】のリーダーをしている望月京子は日本の政財界に深く根を張る望月財閥の人間だ。

 大物ヤクザの孫娘と縁があっても何も不思議ではない。

 

 まぁ、そこに文句を言っても仕方ないから今回は無視しよう。

 大事なのは、この降って湧いた借金をどのような形で返済するかである。

 

「それは最後の手段だな。こういう(たぐい)の連中に一度でも甘い顔を見せたら骨の髄までしゃぶられるって昔から相場が決まっているもんだ」

「そうでしょうね。漫画家の僕としても、変に巻き込まれたら仕事に影響して困りますから……」

 

 実のところ、もっと暴力的な対抗手段も残されていたりする。

 あらかじめ名刺の住所をネットで調べてヤサを抑えてあるんで――ニコニコ消費者金融は本当に横浜の繁華街の裏手にある貸しビルに存在していた――そこに適当な鉄砲玉を送り込めばいい。

 

 川崎区健康増進センターには俺のことを自分の孫のように可愛がってくれている凶悪なジジババが何人もいるから、うわーんと泣きつけばその翌日には物理的に事務所が消滅して借金が丸ごとチャラになるだろう。

 

 だがまあ、俺もそんな身内を使い捨てるような非情な真似はしたくない。

 だからまずは正攻法で借金を返すことを考える。

 んで、お返しはその後にしっかりとするのが一番平和的な解決方法だろう。

 

「クソったれのインテリヤクザがよぉ、俺に喧嘩を売ったことを後悔させてやる」

 

 やたらと血の気が多い後期高齢者達に毒されたのか、半年前の自分では考えられないくらいに物騒なことを口走った俺は、レベルを上げて金を稼ぐ為にダンジョンの深層へと更に深く踏み込んでいくのであった――。

 

 と、意気込んでも今すぐダンジョンに潜れるわけでもない。

 そもそも今日は完全な休日であるからして、焦ったところで再び母からダンジョン禁止令を食らうのが目に見えている。

 

 そうなってしまえば、ますます目標から遠ざかるというものだ。

 急がば回れ、英気を養い明日からまた頑張ればいい。

 

 ということで、今日も俺は借りたタブレット片手にソファへ寝転がり、漫画原稿のペン入れ作業中の高野と他愛のない雑談をしながら夕方までダラダラと時間を潰すことにする。

 

「ところで高野、俺がダンジョンに潜ってる間に何か面白いこととかあった?」

「友人がヤクザに多額の借金を押し付けられたことくらいですかね」

「それ俺のことだし。もっと別のこととかないのか? 漫画家ならどっか取材にも行くだろうに」

「ハカセさんと話すのが一番の取材になっていますから、ここ最近はどこにも遠出はしていませんね。……あ、でも先日【いけず石】のクランホームまで例のブツを貰いに行きましたっけ」

 

 高野は上に向けたペン先をゆらゆらとさせながら思い出したかのように呟いた。

 【いけず石】は京都伏見ダンジョンを本拠地とする若手攻略クランの名前だ。

 確か最近、80層を越えたってクランのホームページに書いてあった記憶がある。

 

「おい、お土産とか貰ってないんだけど。普通は旅行先でご当地銘菓とか買うだろ、常識的に考えて」

「……まったく考えていませんでした」

「これだから人間関係の破綻した野郎は困る。俺は別に無くてもいいが、親しい家族親族くらいには贈るのがスジってもんだぞ。職場や取引先もそう、こういうのでお(つぼね)のおばちゃんの好感度を稼ぐもんなんだ」

 

 と、妹の大事なプリンを勝手に食べた男がぐだぐだと語る。

 

 【海女(あま)】という脳筋物理職にモヤシの魔法職が喧嘩を売って勝てるわけがないので、俺はご機嫌取り用のケーキをホールで買って帰ることを脳内TODOリストにしっかりとメモした。

 

 これは明らかに商品価値の見合っていないシャークトレードだが、あの時は妹の大事なプリンを盗み食いするという付加価値そのものに脳がすっかりやられていたので仕方のないことなのである。

 

「確かに言われてみれば、製薬工場で働いていた時は休憩室にちょくちょくお菓子が置かれていましたね。あれってそういうことだったんですか」

「そんな感じ。で、【いけず石】の連中はどうだった?」

「僕が会ったのはサブリーダーの伊佐那岐(いさなぎ)さんだけですね。なんというか、物腰の柔らかな好青年でしたよ」

 

 高野は自身のスマホに残っていた、強そうな槍を持ち長い黒髪で平安貴族みたいな和装の青年とサイン色紙片手に握手しているツーショット写真を見せてくれた。

 

「やっぱりいいところの出の【貴族】だからかな? 見るからに金を持ってそうで羨ましい限りだ」

 

 【いけず石】のクランリーダーである伊佐那美(いさなみ)とは双子の兄妹だそうで、どちらも成人の15歳時点で親の用意した無職のオーブを用い壊れ職業の【貴族】に転職しているとの情報がある。

 

 70層台のマップに出現する大顎鰐が落としたであろう【自爆】付きの装備結晶をサイン一つで簡単に譲り渡すくらいだから、大層レアなスキル装備をダンジョンで拾い集めて稼いでいるんだろう。

 

 まったくもってけしからんイケメン野郎だ。

 きっと家格に見合った御淑(おしと)やかで美人な恋人とかもいるに違いない。

 俺にいるのは変態特殊性癖(ドールフィリア)持ちの許嫁だけだというのに、チクショー!

 

「ハカセさんだってすぐにそれくらい稼げるようになりますよ」

「当然だ。吉報を期待していてくれ」

 

 そう大言を吐いて隣の芝生を見ることをやめた俺は、再びタブレットでダラダラと漫画を読む作業に戻ったのだった。

 

―――――

 

 夕方頃になり帰り支度をしていると、ポケットのスマホが着信音を鳴らした。

 がっつりポコモンの戦闘BGMである。

 鳴っているのはライバル戦BGMなので、確実に俺の妹の春奈だ。

 

「うおっ、あいつ気付いたようだな……」

 

 どうやら家に帰ってすぐにプリンが無いことに気付き鬼電を掛けてきたらしい。

 丁度いい、土産は何がいいか聞こうと電話に出るも部屋中に爆音が鳴り響く。

 

『兄さん、私のプリン食べたでしょ!!!』

 

 大声に驚いた高野の腕がブレ、ビッとあらぬ方向に間違い線が引かれる。

 俺は腕を伸ばして持っていたスマホを果てしなく遠ざけた。

 耳がキーンってする。

 

『ホント信じられない!!! 私、絶対に食べないでって言ったよね!!! 今日帰ったらすぐに食べようと思って楽しみにしてたのに!!! もう絶対に許さないんだから!!!』

 

 めーっちゃ切れてて草。

 笑いが堪えきれない高野に至っては服が汚れるのも構わず原稿に突っ伏している。

 ごめんね、一ページ丸ごと全部描き直しだ。

 

 ひとしきりの文句が止んだところで、俺は恐る恐る耳元にスマホを当てた。

 

「悪い悪い、どうしても我慢できなくてな。これから帰りになんか買ってくるから欲しいもんとかあるか?」

 

『駅前の「ラ・ソレイユ」でケーキ買ってきて。最低5つ、全部違う種類でね』

 

「おいおい、いくらなんでも多すぎないか?」

 

 元々、ホールケーキを買う予定だったので特に問題ない量ではある。

 ペロッと平らげても太らないくらいには鍛えた前衛職は健啖家(けんたんか)が多いのだ。

 本当に、元の世界の妹では考えられない健康優良運動少女っぷりだと感心する。

 

『今の私はそれくらい食べないと満足できないの! それと来週の土曜日、夜に友達と桜まつりに行く約束があるから一緒についてきて頂戴。いい?』

 

「お前、もうとっくに成人してるだろう。今更保護者とかいるか?」

 

『お母さんは心配性なの。じゃ、私は受験勉強があるからもう切るね!』

 

 言うだけ言って、粗暴で性格の悪いいけずな妹は通話を切ってしまった。

 

「チッ、面倒な愚妹(ぐまい)め……」

 

 粗暴で性格の悪いいけずな兄は舌打ちをして、スマホの画面に笑顔で映るスク水姿の妹の顔写真アイコンを睨み付ける。

 高野は濡れタオルでゴシゴシと顔のインク汚れを落としながら尋ねてきた。

 

「そういえば、うちの彩芽(あやめ)も似たようなことを言っていましたね。折角(せっかく)の機会ですから、僕と姪っ子もその桜まつりに同行させて貰ってもいいですか?」

 

 近所に住んでいる高野の姪っ子、高野彩芽(あやめ)も高校3年生と聞いている。

 多分、きっと恐らくは妹と同じ学校の同級生であろう。

 もしかしたら、実はクラスメイトかもしれない。

 

「なんだ、漫画の取材になるってか?」

「現役の女子高生と春祭り。短編が軽く50ページは描けそうでワクワクします」

「帰ったら聞いてみるわ。んじゃ、俺はパシリしなきゃならんからまたな」

 

 そう別れを告げて高野の自宅を後にした俺は、駅前の人気洋菓子店「ラ・ソレイユ」までひとっ走りしてなんとか売れ残りのカットケーキを5種類確保した後、家に帰って怒り心頭の妹に土下座して許しを請うたのであった。

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