結局、その日の晩は何度も手を変え品を変え客室への侵入を試みる萌の襲撃を受けてほとんど眠ることができなかった。
本当に、どうして客室のカーペットの下に謎の隠し扉があるのかと製作者には小一時間ほど問い質したい。
いくら何でも非常識が過ぎる。
ビックリドッキリハウスじゃないんだぞ。
まあいい、こんなことで愚痴を言っていてもラチが明かない。
どうにか自身と人形達の貞操を人形狂いの魔の手から守り切った俺は、伊古田家で朝食を頂いた後に自宅へと舞い戻った。
週明けの月曜日なので妹と父は学校と仕事で出掛けており既に家にはいなかったが、昼からしか近所の大手スーパーマーケットのパートに行かない母は日々の家事をする為に一人で家に残っていた。
「やっとその気になったのね
「まだ何もしてねーよ。改造した人形の定着の為に泊まるだけって、昨日ちゃんとLINDしたじゃん」
「本当に……?」
大きな進展があったと思ったのか挙式の日取りを尋ねてきた母は、睡眠不足でギラギラとしている目の下に浮いた黒いクマを怪しんでいるようだ。
そりゃ、普通は徹夜してお泊りでナニをしていたんだって思うよな……。
「本当に本当。仮にそうなるにしたって、俺は萌に養われるつもりなんてないから。孫の顔を期待している母さんには悪いけど、それだけは分かって欲しい」
「そう……残念ね」
自身が未だ清い身体であることを強く主張して母の誤解を解いた俺は、二階の自室でいつもの探索者装備へと着替えた。
正直言って眠い。
だがようやく次の段階に進めるという達成感と、【精霊使い】の新しい固有スキルの獲得が間近という期待感は俺の身体を無理矢理にでもダンジョンへと送り出す。
もう変態呼ばわりされたっていいやと開き直って外でも美少女人形を連れ歩くことにした俺は、出勤時間のピークを過ぎて空いている電車の長椅子に腰掛けて壱号と弐号の間に挟まれつつ、移動中の仮眠を取る。
レベル20まで育った人形のAIは優秀で、きちんと降車駅の直前で揺すり起こしてくれるのは非常にありがたい。
彼女達のおかげで目覚まし時計もスマホのアラーム機能も今後は一切不要だ。
途切れ途切れでも睡眠を取っていくらかの眠気が飛んだので、横浜海上ダンジョンのロビー広場にやってきた俺は早速とばかりに20層の石室へと飛び込んだ。
「よーし、近くの狩り場で【精霊使い】をレベル20まで上げたら今日はボスまで行くからな。【人形召喚】参号。武器も持っていないお前はこの辺の敵とはロクに戦闘できないだろうが、見学くらいはしておけ」
無言でこくりと頷いた美少女人形達を連れて、俺はダンジョン唯一の安全地帯とも言える入口の石室から外に出る。
20層のフィールドは赤茶けた岩山のようなエリアになっており、熊みたいなサイズのまんまモグラっぽい大土竜とか、クソでかいオケラっぽい大地虫とかがその辺を適当にうろついていた。
見晴らしがよくて地面の移動跡も結構分かりやすいのでちゃんと注意していれば大丈夫なのだが、そうでないと不意に地中からアンブッシュを受けて致死性のダメージを負うことになる。
まぁ、ここ数日はこの20層でずっとレベリングの狩りをしているから例え睡眠不足であろうとちょっとやそっとじゃ失敗することもない。
目に付いた大地虫をささっと火精霊フレアから放った火槍で焼き殺しつつ、エンカウントした大土竜の相手を人形達にさせる。
女騎士人形の弐号は鋭い爪による攻撃をきちんと盾でガードしているし、タンクとして育ってきた感があって嬉しい。
農民娘人形の壱号は立ち回りが上手くて、最近はダメージを受けることも稀だ。
前後を挟んだ壱号と弐号から鋭い刃物でザクザクと攻撃を受けて消えゆく大土竜を眺めていると、「テテテテーン♪」というレベルアップ音が重なって響いた。
どうやら【精霊使い】と弐号のレベルが同時に20まで上がったようだ。
「よっしゃ、これでようやく念願の【属性付与】がゲットできるな」
俺はDカードを使ってパパっと【精霊使い】の【属性付与】スキルを取得する。
このスキルを用い召喚した精霊を自身や味方の武器に宿らせることで、術者と武器使用者の魔力ステータスに応じた属性ダメージを追加で与えることができるのだ。
物理攻撃の通りが悪い相手にも使えるし、四属性の精霊を揃えれば相手の弱点に応じて付与属性を切り替えることができる汎用性のあるバフスキルと言える。
この【属性付与】には精霊の召喚コストしか掛からないので、付与中は常時精霊召喚枠を消費するとはいえ、使用魔力に対するパフォーマンスは極めて高い。
火力の底上げができるし、魔力回復ポーションの節約になって利益率も上がる。
これさえあれば、魔力にステータスを割り振っている魔法系の前衛職に引っ張りだこ間違いなしだ。
もちろん平均的なステータス振りをしている俺の人形とも相性は抜群。
第二職業持ちで【人形使い】の俺に組む相手なんて誰一人としていないんだけど、それを言うのはナシというものだろう。
「鋼の草刈り鎌に【
赤い人魂が草刈り鎌に宿り、派手でかっちょいい炎のエフェクトを散らした。
うーむ、これは中二病患者に人気が出るのも頷けるな。
火属性は虫系のモンスターに特に効果が高いこともあり、これまで結構な回数を切りつける必要があった大地虫も僅か数太刀で地に伏せてしまった。
「マジで【属性付与】強すぎじゃね? こいつは面白くなってきたぜ」
俺が魔力にかなりのステータスを割り振っているという裏事情もあるとはいえ、この成果には本命への期待値もぐんと上がるというものだ。
さて、そんな感じでモンスターを狩りながら俺達はボス部屋である巨大な石室の扉の前までやってきた。
いよいよこれから、20層のボスに挑戦することになる。
「よーし、今度は参号の核に【
壱号の草刈り鎌から抜け出した赤い人魂が、今度は赤髪紫眼のロリロリドラ娘人形の中に宿る。
先ほどとは違い、炎のエフェクトは一切出ていない。
なぜそんなことになっているかというと、今回【属性付与】が宿っているのは召喚人形の核、つまり胸の奥に隠されたこぶし大の球体だからである。
外装に阻まれて外からは見えていないわけだな。
【精霊召喚】を経由せず、無詠唱で【属性付与】を使えば周囲の人間に【精霊使い】であることが露見することもない。
まさしく第二職業持ちの俺専用に
さて、ここまでご丁寧に説明をしたら戦争漫画で描かれている【ボマー】が戦場で人形に遠投させていた爆弾の正体にも心当たりがつくはずだ。
これこそが、師のマサ爺より授けられた究極の【火属性付与自爆】戦術である。
「よし、行くぞお前ら!」
大扉を押し開けて、ボス部屋の中に侵入する。
床を埋め尽くした真っ黒な魔法陣の中心に集まる光に向かい、特攻指示を受けた参号がタッタッタッと本物の幼い幼女のような小走りで走った。
熊どころかアカアシラほどのサイズがある巨大土竜が光の中から姿を現し、すぐそこまで接近していた参号にその凶悪な爪を振り下ろす。
まさしく絶体絶命。
仮にこれが人間であったら多くの者がその悲惨な末路を想像し目を覆ったはずだが、そこは代わりのいる人形である。
頭に傷を負った瞬間、命令通りにスイッチが入った参号は【自爆】を発動した。
ドゴォォォォォン!!!
大きな轟音とともに炎熱を伴った強い爆風が巻き起こる。
ダンジョン内でのフレンドリーファイアーはできない仕様だと心の中では理解していたが、俺は無意識にローブの袖で顔を覆った。
煙が晴れるとそこには、右腕が丸ごと吹き飛んだ巨大土竜が
ゆっくりと傷口が再生しているが、それを待つ俺ではない。
「【人形召喚】参号、【
魔力消費によって再召喚されたレイプ目幼女ドラ娘が再び巨大土竜の懐に飛び込み、更なる爆発を撒き散らす。
「次、もう一発」
腹を抉られて仰向けに転がった巨大土竜に、またしても召喚されたドラ娘がトコトコと小走りで接近する。
爆発、召喚、爆発、召喚……爆発。
消費した魔力回復ポーションは僅か1本。
たったそれだけのコストで、レベル20の探索者が8人パーティーを組まなければ苦戦は免れ得ない20層のボスがあっけなく魔素の藻屑となり消滅した。
まだ【属性強化】系のスキル装備も整っていない、レベル1の人形でこれだ。
強い、あまりにも強すぎる。
「クックックッ……ハハハハハハハハ!!! アーッハッハッハッ!!!」
睡眠不足も相まってテンションが最高潮に達した俺は、まるで本物の爆弾魔の狂気に魅入られたかのように大きな高笑いの声を上げていた。
ひとしきり笑ってようやっと落ち着いた俺は、ふとした拍子に正気へと戻る。
「よーし、お前ら。この調子でガンガン先に進んで稼ぎまくるぞ!」
俺達の戦いはまだまだ始まったばかりだ。
こんなところで立ち止まっている場合ではないのである。
萌から俺と人形達の貞操を守る為、一攫千金して借金返済をしなければならない。
メニュー画面をポチポチと操作して21層の石室にワープした俺は、更なる強敵と経験値、そしてまだ見ぬレアドロップを求めてダンジョンの奥深くへと足を踏み入れていくのだった。