ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第19話 白銀のランチタイム

 江戸川区のフラワーロード商店街から少し離れた場所にある隠れ家的喫茶店「喫茶リブトン」にやってきた俺は、メニュー表の写真からして美味しそうなランチの注文を終えたところで、二人用のお洒落な木製テーブルを挟んで向かい側に座る銀髪碧眼ミステリアス美少女の扶桑(ふそう)レンへと目を向けた。

 

「んで、どうしてこんなところにいたのかちゃんと説明してくれるんだよな?」

 

 レンはランチに付いてきたサービスドリンクの冷たいヨーグルトミルクティーが入ったティーカップを美しい所作で手に取って喉を潤し、頑丈な門のように重く閉じていた小さな口を開いた。

 

「元々、私は日本の高校に通うつもりなどなかったんです」

「探索者志望だったってことか?」

「いいえ、違います。私は成人前に地元の大学を飛び級で卒業しているのです。こちらの高校に通っているのは、ひとえにビザによる制限に過ぎません。本当に、この国は外国人への縛りが多くて大変ですね」

 

 そういう裏事情があったのなら、平日の昼間からこんな場所を一人でうろついているのも頷ける。

 うちの妹からもレンはテストで1番以外取ったことがないって聞いているからな。

 

「なるほどな。留年しない程度に学校には通って残りは自由に使っていると、レンはそう言いたいわけか」

「ふふふ、よくお分かりのようですね。学業の(かたわ)ら、私は中規模の貿易業を営む父の仕事を手伝っています。これでいて、結構忙しいんですよ?」

「まだ17歳なのに偉いな。うちの妹にも見習って欲しいくらいだ」

「どうしても私が家業を継がなければならないので、致し方ないことなのです。本当はつまらない【商人】なんかより、もっと別のことがしたいのですけれど……」

 

 両手で持ったティーカップに満ちた乳白色の液体に視線を落としたレンは、儚くもアンニュイな表情を浮かべた。

 

「試しに話してみなよ。俺は口が堅いし、絶対誰にも言わないからさ」

「……国許に、親の決めた結婚相手がいるのです。心根の酷くねじ曲がった、とてもとても醜いお方。私は高校を卒業して日本を離れたら、彼に自らの全てを捧げなければなりません」

「……そう、か。それは本当に……辛いな」

 

 息が詰まるような苦し気な語り口と強い悲壮の滲んだ表情は、近い将来訪れるその未来が彼女にとって地獄であることを隠しようもないほどに表していた。

 

「既に覚悟はできています。それでも……それでも、日本にいる間だけは故郷のことを忘れたいと、そう願っているのです。ふふふ、いけないことですね」

 

 取り繕ったかのような笑みを浮かべたレンの瞳を、俺はじっと黙って見つめる。

 出会うはずのない場所で偶然にも出会ったという珍しい状況に運命的なものを感じているのだろうか、どうしようもなくこの扶桑レンという存在に惹かれていた。

 

 数刻前までの俺は、こんなにも惚れっぽい人間ではなかったはずだ。

 もっと冷徹で、冷血で、人の心を失った社畜の鑑のような存在だった。

 なのにどうして、こんなにも心が揺れ動くのだろう。

 

 いかんいかん。

 俺はぶんぶんと顔を横に振って、物理的に自制心を取り戻した。

 

 もし仮に、仮に目の前の彼女の心を射止めたとしよう。

 そうした場合、俺の探索者人生計画に大きな亀裂が入るのは確実だ。

 

 許嫁である伊古田萌を捨てた俺は間違いなく家族全員から縁を切られ、信頼のおける専属の人形師と【鍛冶師】、【細工師】をいっぺんに失うこととなる。

 そうなれば第二職業持ちであることを秘匿しなければならない俺にとって、新たな人脈の構築という大きなリスクが生まれることは容易に想像できる。

 

 ついでに言えば、確実にレンの親を敵に回すことにも繋がるので四面楚歌だ。

 どこかに駆け落ちなんてしようものなら、現状の俺のステータスでは例え第二職業があろうともまず追手には太刀打ちできない。

 

 で、あればこそ、この絶対王者チョコレートよりも甘い誘惑には決して乗ってはいけないのである。

 

「ヒロシさん、どうかされたのですか?」

 

 俺のおかしな動きを不審に思ったのか、レンは可愛らしい仕草で首を傾げた。

 視線が合って、またドキリと心臓の鼓動が高鳴る。

 

 彼女の魅惑的な瞳から強引に目を逸らした俺は、ふとレンが左手の人差し指に一つの指輪を身に着けていることに気が付いた。

 彼女の真っ白な肌に似つかわしくないほどに黒く、光沢のある金属製の指輪だ。

 

「いや、何でもない。と、ところでその指輪って……?」

「これですか? これは父から預かっているお守りみたいなものです。何があろうとも絶対に手放してはならないと、そう言われています」

「そうか。もしかしたら馬鹿みたいに高い耐久補正でも付いていたりするのかもね」

「着けていてもそれほどいいことはありませんし、むしろ()に呪われているのかもしれませんね」

「まさかGPSでも仕込んであるってこと? なら俺とここで会っているのもヤバいんじゃ……」

 

 愛娘にちょっかいを掛けた若い男が人気(ひとけ)のない倉庫に呼び出されたりしない?

 貿易商ってヤクザよりもヤバい海外マフィアとかと黒い繋がりがありそうで怖い。

 

「ヒロシさんは心配性ですね。きっと大丈夫ですよ」

「それならいいんだが……」

 

 そんな話をしているうちに、注文していたランチセットが届いた。

 レンは小柄な彼女に見合った量をした3種のサンドイッチとレアチーズケーキ。

 俺は自家製スパゲッティナポリタンとじゃが芋の冷製スープに春野菜のサラダだ。

 

「さて、暗い話はここまでにして腹ごしらえをしよう。頂きマンモス」

「ふふふ、Приятного(プリヤートナヴァ) аппетита(アペティータ) (どうぞ召し上がれ)」

 

 うむ、確かに美味いな。いやいや、かなり美味いぞこれ。

 俺は瞬く間にこの店の料理の虜となった。

 

「ところでヒロシさん、貴方はどうして東京まで?」

 

 レンは小さな唇ではむはむとサンドイッチを()みながら、俺に疑問を投げかける。

 

「ああ、30層のボス周回にな。ここだけの話、もうレベル30を越えたんだ」

「まだあれから一月(ひとつき)も経っていないのに、凄いですね」

「そうでもない、ちょっとばかしズルい手段を使っただけさ。詳細は秘密」

 

 俺がフォークでくるくる巻いた絶品ナポリタンを揺らして自慢気な顔でドヤると、レンの蒼い瞳がキラリと光ったような気がした。

 

「いつか私にも、その秘密を話して頂けると嬉しいです」

「さあな、もう会わないかもしれないし」

「それは困りますね。できれば、その……Dカードの連絡先を交換しませんか?」

「ああ、スマホだと親にログでも見られたら不味い感じ?」

「そんな感じです。ヒロシさん、お願いできますか?」

 

 IDを交換したところで、隠しているステータスを覗き見られるわけでもない。

 俺は(こころよ)く彼女の願いを引き受け、手の甲より取り出したDカードを彼女の差し出したDカードと触れ合わせた。

 

 ファンっと散った幻想的な魔素の輝きがテーブルに並ぶランチに秘密の隠し味を入れる。

 それと同時に、俺のフレンド欄にも新たに扶桑レンの名が深く刻み込まれた。

 

「ありがとうございます。またいつか、暇な時間を見つけて食事でも行きましょう」

「ま、俺も忙しいから期待はしないでおいてくれ」

「ふふふ、期待しないでおきます」

 

 嫁に隠れて若い娘と浮気でもしているかのようでちょっとばかりの罪悪感を感じるものの、節度のある付き合いをすれば特に問題は起こらないだろう、と俺は心の中で自分自身に強く言い聞かせる。

 

「それにしても、美味すぎてまだまだ食い足りないな。追加で何か注文するか」

「男の方は沢山食べられて(うらや)ましい限りですね。でしたら、こちらのビーフシチューがオススメですよ。国産の天然牛肉を使用していて、非常に美味なのです」

「ほーん、そりゃいい。すいませーん、注文いいですかー?」

 

 小さな秘密を共有するフレンドになった俺とレンは、互いの家族にも内緒の特別なランチタイムを心ゆくまで満喫したのだった。

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