ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

25 / 28
第20話 人間は愚かだ

 夕暮れに赤く染まった芝生のターフを駆ける16頭のサラブレッド。

 彼らに騎乗する【騎士】の手には尻を叩く鞭もなく、その信頼のほどが(うかが)える。

 広い観戦席は晴れ舞台の応援にやってきた競馬ファンによって満員御礼の状態だ。

 

『――トキノミソル速い! トキノミソル追い上げる! ラストの直線、逃げるサカチャンを追い抜けるか、抜くか、抜くか、抜いたああああああああ!!! トキノミソル、ついに念願の三冠達成です! なんと凄まじい末脚、これは競馬界の歴史に残る素晴らしい一戦となりました!』

 

「いけっ、いけっ、いけっ……あああああああああああ!!!」

 

 手に持ったハズレ馬券をぐしゃりと握りつぶした俺は、全財産を失ったショックで絶望の呻き声を上げた。

 

 俺と同じ絶望したような表情を浮かべている本命狙いの客は半数ほど、そして残りの半数は対抗の二冠馬による華麗な逆転勝利に大きな喝采の声を上げている。

 

 この異様な状況を、読者の皆様方は大層不安に思っていることだろう。

 さっきまで可愛いハーフのJKと内緒のランチデートしてたじゃんって。

 実際、俺もこうなるとは夢にも思っていなかった。

 

 あの後、レンと別れた俺は遊びに行く場所を探して適当にスマホを弄っていたわけだが、そこで江戸川区のすぐ隣に千葉の中山競馬場があることに気が付いたのだ。

 

 向こうの世界じゃレースは土日くらいしかやっていなかったはずなのに、脚の骨が折れてもすぐに治る【酪農家】の覚醒スキル【森神の癒し】なんかがあるからだろう、こちらの世界ではかなりの頻度で競馬のレースが行われているようだった。

 

 なんとも運のいいことに、本日の最終レースは特別なGⅠレースだという。

 これは観に行かなきゃ損だと隣の県まで足を延ばして観戦しに行ったわけだが、ついつい欲に負けて賭けをしていたらあっという間に全財産をスってしまったのだ。

 

「どうしてこうなった……。今日は幸運な一日になるはずじゃなかったのか」

 

 今になって考えてみれば、それはむしろ逆だと言える。

 ボスの激レア装備をゲットした俺は、既に今年1年分の幸運を使い切っていた。

 そりゃあ、いくら賭けようとも当たらないのは当然のことだ。

 

 1ヵ月ほど頑張って稼いだ3桁万円の貯金は全てパー。

 更には虎の子の魔結晶貯金まで最終レースで使い切ってしまった。

 

 明日には大金が手に入るからと大盤振る舞いし過ぎた愚か者が俺である。

 ぴえん、ギャンブルなんてもうこりごりだよぉ~。

 

「困った、完全に素寒貧だぞ。これじゃあホテル代どころか電車賃すら捻出できん」

 

 応援で声を張り上げ過ぎて腹が減ってきたけど、飯を買う金もない。

 しょうがないので背負いカバンから取り出した非常食のエナジーバーを(かじ)りつつ、帰宅する人の波に乗って中山競馬場の外に出る。

 

「背中が(すす)けてるよ、お兄さん」

 

 背中を丸めてトボトボと道を歩く俺にモブ顔をした茶髪の少年が声を掛けてきた。

 見た感じ中学生くらいだろうか、鍛えているようで割かし体格がいい。

 竹刀袋を背負っているので、きっとどこかの道場帰りってところだろう。

 

 それと……ちょっと体臭が強い気がするが口に出すのは避けた方が無難かな。

 俺は雑に扱っていい妹と萌以外には配慮のできる素晴らしい男である。

 

「見りゃ分かるだろう、競馬で全財産スったんだよ」

「だろうね。ぼくさ、この辺にいい質屋を知ってるんだけど。お小遣いくれるなら教えてあげてもいいよ」

「……頼む」

「おっけー、じゃあ案内するからついてきて」

 

 一文無しに天から蜘蛛の糸を垂らした少年の誘いに乗ってホイホイついていった俺は、近くの住宅街にある小さな質屋を閉めようとしていたお婆さんから散々な説教を受けながら魔法士のローブと強化繊維の胸当て、火精の短杖を質に出していくらかの現金を調達した。

 

「サンキュー、マジで助かったぜ。ほら、これ取っときな」

 

 俺は質屋に案内してくれた少年に気前よく10枚の万札をくれてやった。

 

「少し道案内をしただけなのに、こんなに貰っちゃってもいいの?」

「見た感じ、お前も探索者志望だろう? これを初期費用の足しにでもしたらいい」

「情けは人の為ならずって言うもんね。ありがとう、お兄さん」

「んじゃ、元気でな」

 

 名も知らない少年と別れた俺はすっかり日も暮れた夜の中、電車に乗って江戸川区まで戻り定宿にしていたビジネスホテルに部屋を取り直した。

 捨てる神あらば拾う神あり、人の縁とは面白いものだ。

 

―――――

 

 安っぽいホテルバイキングの夕飯を食って自室でシャワーを浴びて寝る支度を完全に整えた俺は、パジャマ姿でベッドに転がって昼間にダンジョン庁オークションに出品した【魔の指先】付き装備結晶の競売価格をスマホで確認してみる。

 

「うわぁ、凄いことになっているぞ」

 

 俺は競売価格が右肩上がりに跳ね上がっている現状に驚きを隠せなかった。

 明日朝9時の落札期限まで半分を残して、既に金額は2億円を越えている。

 

 どうやらダンジョン攻略クランの【いけず石】と【グローリーハンド】、【北海どさん子倶楽部】の3組が競うように入札しているようだ。

 まさに京都と東京と北海道の三竦みによる争い。

 

 ダンジョン庁オークションの利用にはあらかじめ指定口座に落札額と等しい金額を入金しておく必要があるので、この3組の探索者クランが最低でもそれだけの資金源を持っているということは子供でも簡単に理解できる。

 

「この分だと国に手数料(ぜいきん)を支払って、金田(かねだ)に借金を全額返しても軽く2億は残るな……まるで宝くじだ。これは探索者に夢を見る人間が後を絶たないはずだぜ」

 

 頭の中では大金が手に入ったら何をしようかという皮算用が止まらない。

 さっき質に出した俺の装備を新調するのは必須だし、弐号の防具に安い【魔の指先】が付いた装備結晶を合成してタンクとしての性能も引き上げたいところだ。

 

 いやいや、ここまで一緒に頑張ってきた壱号へのご褒美として特別強力な武器を与えるのが先じゃないか?

 

 待てよ、参号に【属性強化】系のスキルが付いた外装を追加して人形爆弾としての性能を引き上げるのも悪くない。

 50層のボス周回を目指すなら、その方が儲けもあるかも……。

 

「ああもう、やめだやめ! こんなことばかり考えてたら頭がおかしくなりそうだ。俺はもうシコって寝るぞ!」

 

 と、口走った自分の視線が部屋の片隅にいる人形達へと注がれる。

 連日の肉体労働やギャンブルでスったストレスで色々と欲求不満が溜まっていた俺は、その抗いがたい誘惑に思わずごくりと生唾を飲んだ。

 

 実家を出たホテル暮らしで親や妹の部屋凸を恐れないでいいという子供部屋お兄さんにとって究極的に理想的な環境は、俺が自身に掛けた誓約と制約を解き放つのに十分過ぎるものだった。

 

「……一回だけ、一回だけ試してみよっかな。製作者の人も自分だと思って可愛がってくれって言ってたし。いざという時に不具合とかがあったら困るもん。うんうん、これは主人として絶対に確認しておかなければならない。そうだそうだ、俺は何も間違っていない。よし。じゃあ……その服と鎧脱いでこっちにおいで、壱号、弐号。えーと、そうだ。ちみっ子の参号は教育に悪いから風呂場にでも入っていてくれ」

 

 あまりにもスラスラと口から出てくる自分への言い訳の口上を垂れ流しながら、性欲に脳みそを支配された愚かな変態ドールマスターに堕ちた俺は壁際に立つ壱号と弐号をベッドまで呼び寄せ、そして――。

 

 翌日の朝、裸の壱号にゆさゆさと身体を揺すられて目覚めた半裸でパンツ一丁の俺は、ベッドから身を起こし虚空に向かって独り言を呟く。

 

「なぜ人は相争うのだろう。人間は愚かだ」

 

 これまで散々ゴミのように見下してきた【人形使い】と同じ人形偏愛症(ドールフィリア)の性癖に目覚めた俺は、僅か一晩のうちにこの世の真理を知り尽くした【賢者】へと転職していた。

 

 ああ、めくるめく夢の世界。

 

 こんな天国が現実に存在するなら面倒なだけの女と付き合うのがアホらしくなる。

 安価なセクサロイドの普及による強烈な少子化で人類が滅ぶのもそう遠い未来の話ではないだろう。

 

「さてと、シャワーを浴びたら朝飯を食ってダンジョン庁に行くか。落札価格がいくらになっているかについては、現地に着いてからのお楽しみに取っておくとしよう」

 

 そうしてバスルームに向かった俺は、バスタブの中にひっそりと隠れていた参号を発見してうおっ!? と大きなビビり声を上げたのであった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。