ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第21話 運命の分岐点

 ドッキリ大成功で微妙に嬉しそうな顔をしている気がする参号――レベル10を越えたのでレイプ目は卒業した――を送還してシャワーを浴び、何だったらゆっくり湯舟にも浸かり、それから適当な普段着に着替えた俺はビジネスホテルの安っぽい朝食バイキングで腹を満たしてからこの2週間ほど連泊を重ねていた定宿を後にした。

 

 壱号と弐号を連れて向かったのは、江戸川ダンジョンモノリス周辺の複合施設の端っこに位置する東京ダンジョン庁だ。

 

「さて、落札期限はもう過ぎている。引き渡し前にお値段をチェックしてみるか」

 

 様々な行政手続きを求めて役所を利用する人々の行き交う東京ダンジョン庁の庁舎内ロビーのベンチに腰掛けてスマホを取り出した俺は、公式アプリを開いてオークションに出品した装備結晶の落札価格を確認した。

 

「おほっ……!」

 

 途中で諦めた【北海どさん子倶楽部】を除いて時間直前まで【いけず石】と【グローリーハンド】の2者が競争するように入札していたが、最終的に【グローリーハンド】が5億4200万円で落札した模様。

 

 俺的にはどちらかと言うと【いけず石】に落札して欲しかったので少し不愉快な気持ちはあるが、あのいけ好かないイケメン野郎から大金を巻き上げられるなら決して悪いことではないだろう。

 

 そう自分で納得した俺がダンジョン庁オークションの引き渡し窓口へと向かうと、そこでは二人の男女が俺を待っていた。

 

 一人は美しい和装をした濡れ羽のような長い黒髪の京美人、【いけず石】のクランリーダー伊佐(いさ)那美(なみ)

 もう一人はパリッとした高級スーツに身を包んだ黒髪の優男、【グローリーハンド】クランリーダー星崎(ほしざき)聖夜(せいや)だ。

 

 美少女人形を2体も引き連れてやってきた俺を見た伊佐那美は、困り顔で俺に話し掛けてきた。

 

「もしかして、あんさんがオークションに【魔の指先】を売りに出したラッキーボーイなん? 聞いてくれーな、この人とんだいけずやねん」

「いけずとは人聞きが悪いですね。私は落札者として当然の権利を主張しているだけに過ぎませんよ」

 

 どうやら、どうしても【魔の指先】付きの高性能な装備結晶を落札したかった伊佐那美が星崎聖夜に直接交渉を持ちかけていたようだ。

 目の前のビジネスマンがそれを呑むとは到底思えないが、ダメ元ってやつだろう。

 

「出品者の俺としては高く買い取って貰えるんなら取り下げたって別に構わないぞ。どうせペナルティも初回は軽いもんだしな」

 

 ダンジョン庁公式アプリの利用には探索者の個人識別IDと口座登録が必須なので、もし空出品でもしようものなら即日で探索者資格を停止されるのだからイタズラで出品する者はほとんど――人間はどうしようもないほどに愚かだ――いない。

 

 そもそもアイテム結晶はストレージに入れておけば他人に奪われることは決してないので、強盗にでも遭わない限り失うことなど有り得ないのだ。

 まぁ、酒に酔ってバザーに捨て値で売っ払う阿呆も稀によくいるわけだが。

 

 後は出品者が不慮の事故で死ぬとかもあるが、その場合は諦めるしかない。

 よほどのことが無い限り資格停止処分取り消しの為に最寄りのダンジョン庁まで出頭してくるわけだから、そうじゃないなら警察が失踪等で捜索に動く理由になる。

 

「そうどすか! いやー、【人形使い】のあんさんは話が分かってウチも嬉しいわ。90層前にどないしてもその装備が欲しおして欲しおしてしゃあのうて、もうどないしよか思うとったところなんよ。せやったら、キリよう6億円でおたのもうします」

 

 俺が伊佐那美の望みに対して前向きな態度を示すと、彼女は京美人に相応しいとても上品な笑顔を浮かべて喜んだ。

 

「交渉成立だな。んじゃ、これから取り下げるから――」

 

 多少の増額に喜んで目の前の受付に居た女性の職員に声を掛けようとした俺の肩を、聖夜が異様に素早い動きでガシッと掴んで引き止める。

 

「待ちなさい、私はその倍の12億を出そう」

「……は?」

「聞こえなかったか? 12億円と言ったんだ。元よりその装備結晶にはそれだけの価値がある。落札価格がたったの5億円になったのは、ひとえに対抗の資金力が不足していたからに過ぎない。そうだろう、伊佐那美」

 

 聖夜の見下すような視線を受けた伊佐那美は、図星を突かれたのか苦し気な表情を浮かべた。

 

「そやけどな、この性悪なお兄さんに譲るくらいやったらウチにくれてもええんとちゃいますか? 持っててもロクに使いもしいひんのに、宝の持ち腐れやろう」

「伊佐那美、彼は見たところ覚醒前だ。ここから先に進むなら、資金はどれほどあっても足りないはずだ。それを理解できない君ではあるまい?」

「そら、そうどすけど――」

 

 二人のクランリーダーによる言い争いは俺を間に挟んでどんどん過熱を始めた。

 いい加減ウザったくなってきた俺は、この醜い戦いに終止符を打つことにする。

 

「あー、楽しそうなところ悪いけど俺はもう決めてるんだよ。星崎聖夜、俺に12億をくれ」

「ああん、あんさんのいけずぅ~……」

 

 可愛い顔して落ち込んでも絶対に譲らんぞ。

 つい昨晩人形偏愛症(ドールフィリア)に目覚めた俺にとって、日々劣化する生身の女なんかよりも主人に忠実な人形に愛を注ぎ込むのは至極当然のことなのである。

 

「ふん、見たことか。さて、それでは君の気が変わらないうちに手早く取引を済ませてしまうとしよう」

 

 ダンジョン庁オークションでは落札後の値下げ交渉は規約で固く禁じられているが、相手側が落札価格を引き上げる分には何も問題ない。

 高く取引されるほど多くの手数料(ぜいきん)が国庫に入るわけだしな。

 

 やっと話が終わったのかと呆れた顔をしている窓口の女性にお願いしてささっと手続きをした俺達は、別室でダンジョン庁の職員である【裁判官】立ち合いの元でストレージから取り出した【魔の指先】付きのアイテム結晶を聖夜に引き渡した。

 

 【裁判官】は警察官に多い職業で、【罪の天秤】と呼ばれる嘘を見抜く固有スキルを持っている。

 更には罪人を弱体化させる【霊神の判決】という覚醒スキルまで覚えるので、複数人の警察官に職質されたら一般人が逃げおおすことはまずもって不可能だ。

 

 警察内部は相互監視ネットワークが構築されているので汚職はかなり難しい。

 でも、上の指示でヤクザ相手に見て見ぬふりするくらいのことはできるんだよな。

 国家公務員の悲しいところね、これ。

 

「――確かに引き渡しを確認しました。出品者の方には本日中に指定口座へと入金致しますので、いましばらくの間お待ちください」

「はい、ありがとうございます」

 

 俺は素でレベル99くらいありそうな強面のダンジョン庁職員に礼儀正しく頭を下げてお礼を言い、取引用の別室から退出した。

 そしてそのままの足で川崎に帰ろうとする俺を、廊下で聖夜が呼び止める。

 

「オオキドヒロシ、少し話をしようじゃないか」

「あん? 俺にお前と話したいことなんて何もないぜ」

「君になくとも、私にはある。オオキドヒロシ、君はこれから上を目指すのだろう? どうだ、私のクランに入らないか? 私の部下になるのなら、たかだか12億程度では到底手に入らないような高級装備をいくらでも貸与(たいよ)しようじゃないか」

「それは気前のいい話だなぁ~、絶対に不可能だってことを除けばよぉ~」

 

 俺が小指の先で耳の穴をほじくりながら彼の勧誘を鼻で笑うと、流石にイラついたのか聖夜のイケメンポーカーフェイスにヒビが入った。

 

「……何だと?」

「お前のことは他の誰よりもよく(・・)知ってるんだ。高齢化で潰れかけの攻略クラン(アパレル会社)を乗っ取った背乗り野郎ってな。ダンジョン攻略放り出してタレント活動は楽しいか? 有象無象の女どもにチヤホヤされてさぞ楽しいんだろうなぁ」

 

 攻略クランのネームバリューを利用してスカウトした経験の浅いガキの【貴族】をアコギな契約で縛り、その上がりで得た資金を元手に星崎ファンドという投資会社を作って大金を稼いでいるのが目の前にいるクソ野郎だ。

 

 漫画の神様の死因として知られる悪名高い覚醒スキル【天神の伝播】で他人の時間を加速させられる【時空術士】の聖夜と組むということは、文字通り会社に寿命を捧げる社畜になるってこった。

 俺は二度と、元の世界にいた頃と同じ過ちを繰り返すつもりはない。

 

「そのような目的の見え透いた噂話など、信用する方が愚かだ」

「なら今すぐにでも100層を越えて見せろよ。日本トップの探索者(・・・)さん?」

 

 元の世界では萌のハニトラに引っ掛かった間抜けなデキ婚野郎の分際で偉そうに。

 ロクに探索者として働きもせずにメディア露出ばかりするせいで、いちいち花嫁姿の萌がフラッシュバックしてNTRでもされているかのような気分になるんだよ。

 

 こいつが今すぐこの世からおさらばしてくれるんなら、俺だって人生の墓場に入ることもやぶさかではないというのに。

 まったくもって、現実はままならないものである。

 

「……残念だが、君と私は相性が悪いようだ。これからの健闘を祈っているよ」

「あっそ、さっさとファンクラブの追っかけストーカー女に刺されて死んじまえ」

「……」

 

 下品な煽りを無視した聖夜は、(きびす)を返して早足で俺の前から去っていった。

 

「ケケケ、いい気味だ。さてと、まずは金田(かねだ)の野郎に連絡するか」

 

 その場でスマホを取り出した俺は、名刺に書いてあった連絡先に電話を掛けた。

 3回のコールの後、耳元に当てたスピーカーから金田の声が流れてくる。

 

『久しぶりやのー、ヒロシの兄さん。金は用意できたんかいな。先に言うとくけど、返済期限の引き延ばしはナシやで?』

 

「いま丁度、資金の調達が済んだところだ。今夜20時、横浜の事務所まで顔を出すから待っていてくれ」

 

『ほう、それはそれは。偉いことやでほんまに、今ワイの目の前にいる阿呆にも見習って欲しいくらいや。ほな、ワイはお客さんの相手をせなアカンから、また今夜会おうや。――オラ、何チンタラしとんねん! さっさと出すもん出さんかい! 言うこと聞かへんなら東京湾に沈めたるで!』

 

 通話を切り忘れたまま債務者に揺すりを掛けるんじゃないよ。

 俺はプチっと通話を切り、通路を歩いて庁舎内のロビーに戻ってきた。

 すると今度は、まだ窓口の近くに居残っていた伊佐那美が声を掛けてくる。

 

「どないしはったん? 星崎はんがえらい怖い顔しとったさかい、心配しとったんどすえ」

「ちょっと喧嘩しただけさ。今回はお互い、ツキがなかったな」

「ほんまに、残念。明日には横浜の90層に挑戦しよう思うとったのに、これではナギくんに顔向けできひん……」

 

 しょんぼりと落ち込む京美人に、俺も僅かながらの罪悪感を覚える。

 俺のチート戦術に必須だった【自爆】スキルの付いた装備結晶をサイン色紙一つで(こころよ)く高野に譲ってくれた彼女の双子の兄には俺も大きな借りがあるのだ。

 

 とは言ったものの、降って湧いた6億円をドブに捨てるほどではないけどな。

 そもそも横紙破りをしたのは伊佐奈美の方だし。

 金持ち【貴族】の癖に小銭をケチって落札価格を引き上げなかったのが悪い。

 

「ま、保険があるなら余程のことが無い限り大丈夫だろう。先に行って待っていてくれ、俺もいずれ必ず追いつくからな」

「そうどすなぁ。……もしよかったら、別れる前にウチとDカードの連絡先を交換しまへんか? ウチな、あんさんのことえらい気に入ったわ」

「ああ、もちろんいいぞ。俺はソロ専の探索者だから、クランに勧誘されても絶対に入ったりはしないけどな」

「かまへん、かまへん。残念なことはあったけど、こうして優秀な【人形使い】のあんさんと知り合えたのはおっきな収穫どしたさかいな」

 

 俺と伊佐那美は手の甲から取り出したDカードを触れ合わせ、互いの個人識別IDを交換してフレンドとなった。

 

 この時に彼女の頼みを聞いてやらなかったという後悔は、喉の奥に刺さった魚の小骨のように長らくの間、俺の中で引きずられることになる。

 

 運命の日は、明日だ。

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