ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第22話 ニコニコ本社大爆発

 アタッシュケースを持った壱号と腰の鞘に剣を納めて左手に盾だけ持った弐号を護衛に引き連れて横浜の繁華街の裏手にある小さな雑居ビルの前にやってきた俺は、ビルの入口で待っていた柄の悪そうなお兄さんに案内されてニコニコ消費者金融の事務所まで顔を出した。

 

「ヒロシの兄さん、首を長ーくして待っておったで。ほな、そこに掛けるとええ。すぐに茶でも出したるやさかいな」

 

 夜分遅くにやってきたというのに手を揉んで出迎えた派手なスーツ姿の金田(かねだ)は、すっかり見慣れた感じのある糸目でニコニコとした胡散臭い笑みを浮かべながら俺に応接用ソファへ座るように(うなが)した。

 

「茶などいらん。さっさと用件を終わらせよう」

「そんなこと言わずに、少しくらいおしゃべりしようや。後ろの子は兄さんの人形か? 前はしょぼくれた姿をしておったのに、偉いべっぴんさんになったのぉ。兄さんはよほど儲けておるんやな。ありがたい話やでほんまに」

「お前が押し付けたつまらん借金さえ無ければ、俺がこうして変態【ドールマスター】のレッテルを貼られることもなかったんだ。恨むぞ金田」

 

 少し脚が高い革張りのソファの後ろに立つ壱号と弐号を、金田はまるで仕入れ前の商品を品定めでもするかのようにじろりと眺めまわしている。

 

 実際、俺が人形師の萌と婚約していなければ確実に目の前のインテリヤクザがケツ持ちをしている人形風俗に落とされていた。

 あの時、殺す覚悟を持って借金取りに対峙した理由はそれだけで十分だ。

 

「はぁ〜、そうかい。勿体ないことをしよる兄さんやで。普通の男なら喜ぶところやろうに」

「そうか、じゃあお前もいっぺん【人形使い】に転職してみろ。そうすりゃ俺の気持ちも少しは理解できるだろうさ」

「遠慮しとくわ。ワイはこの【贋作師】がなければおまんまの食い上げやさかいな」

「あっそ、なら早く確認を済ませてくれ」

 

 俺が金を渡すよう手振りでジェスチャーをすると、荷物持ちの壱号は金田の方に向けるように応接テーブルへ置いたアタッシュケースをぱかりと開いた。

 その中にはもちろん、銀行から引き出したばかりの帯付き札束が詰まっている。

 

「へいへい、ワイも仕事を終えてゆっくり眠りたいと思うとるところや。――おい郷田、ちゃっちゃと金勘定せいや!」

「うす、金田の兄貴」

 

 金田の傍に控えていた強面の舎弟が【芸術家】の覚醒スキルである【創神の慧眼】を使い、アタッシュケースの中の札束が偽物でないかを一つ一つその目で確認する。

 

 【美神の慧眼】は【贋作師】の作った贋作を見破る力を持つカウンタースキルだ。

 生まれつき職業に恵まれているのにも関わらずこんなところでヤクザをやるほど、彼の人間性もまたどうしようもなく腐っているのだろう。

 

「……正真正銘、モノホンの現ナマですわ。びた一文、間違いありません」

 

 ヤクザな借金取りに贋金を返すようなアホは東京湾に沈められると昔から相場が決まっているのに、やるやつ本当にいるんだろうなこれ。

 きっとそいつらは脳みそがギャンブル漬けで壊れているに違いない。

 

「これが兄さんの爺さんがサインした借用書や。ほれ見てみい、郷田の【美神の慧眼】や。間違いなく本物やで」

「ああそう、悪いがそれはお前の方で処分しておいてくれ」

 

 ホクホク顔の金田がこちらに差し出した借用書を強引に突き返すと、長い貸金稼業でも初めて見るような反応だったのか、彼は不思議そうな表情を浮かべて首を傾げた。

 

「うん? 信用しとらへんのかいな。ワイが嘘ついて他所に横流しすると思うとるんか? そないな不義理なことはお天道様に誓っても絶対にあらへんがな」

「本物でも偽物でもどっちでもいいさ。これからすぐにだって、お前は自主的にその借用書を処分したくなるんだからな」

 

 俺の妙に自信ありげな態度を見て眉間にしわを寄せて強い疑いの目を向けた金田は、これまでよりも声量を落としたヤクザらしいドスの効いた言葉をその口から吐き出す。

 

「何が言いたいんや。ワイにも分かるようにしっかり説明せいや」

「お前、【ボマー】って知ってるか?」

「そりゃ当然知っとるで、有名なネットミームやろ。”ボマーに気を付けろ”って、漫画かなんかの台詞やったかな?」

「俺な、あの人の弟子だから。この意味分かるよな?」

「なーんやけったいな脅しかいな。そんなんでビビるようじゃヤクザなんてやってられへんで?」

「冗談だと思うならそれでいい。もう二度と俺の家に顔を見せるなよ。次は殺す」

「耳を揃えて返してくれるお得意さんの言うことやし、ちゃーんとしっかり覚えとくわ。ほな、お帰りはあちらやで?」

 

 手に入れた大金を早く金庫に隠したいのだろう、金田に退出を(うなが)された俺は素直に席を立った。

 ポケットに両手を突っ込んだ状態で壱号と弐号を引き連れて事務所の出口へ向かい、舎弟の一人が開けた扉を出る直前に一言だけ言い残す。

 

「じゃあな、クソヤクザ。せいぜい夜道で撃たれないよう背後に気を付けておけ」

「お仕事ご苦労さん、お金持ちのお人形使いはん」

 

 煽られても一切の感情を見せないポーカーフェイスのままニコニコ消費者金融から出た俺は、エレベーターを使わずに一歩一歩ゆっくりと階段を降りて、まるで雨宿りでもするかのようにビルの入口の陰に立つ。

 

「――さん、にー、いち……ゼロ」

 

 ドガシャァァァン!!!

 

 突如、眩しい光と轟音の後に巻き起こされた強い爆風でニコニコ消費者金融のガラス窓が一枚残らず吹き飛び、月明かりの下で大小様々なキラキラとした破片が通りの道に降り注いだ。

 

 ついでに目の前に路駐されていた黒塗りの高級車――間違いなく金田の愛車だ――もガラスの破片や家具の一部を浴びてベコベコの廃車になる。

 運の悪いことにトドメのソファまで落ちてきて、タンクから漏れ出たガソリンが着火し大炎上を始めてしまった。

 

 あーあ、高かったろうに。

 いらん欲を出して俺を怒らせるからこういう罰が下るのだ。

 

「人通りの少ない夜でよかったな。もしもこれでカタギに怪我人や死人でも出ていたら、それこそ本当にパクられていたぞ」

 

 さて、ここでネタばらしをしよう。

 

 俺は金田と舎弟が札束に目を奪われている隙に、応接ソファの下へこっそり参号を召喚して隠しておいた。

 小さい小さいロリ人形だからこそできる隠し芸だ。

 

 後は簡単。

 タイミングを見計らって参号に【自爆】するよう命令を出すだけだ。

 

 【属性付与】もしていない素の状態なら大した火力は出ないし、例え金田達が敏捷特化であろうともレベル50もあるなら死んではいないだろう。

 そもそも別の組のカチコミを警戒して耐久は装飾品などでがっつり上げているだろうから無用な心配だ。

 

 だから、これは本当にただの嫌がらせ。

 

 爆風で髪の毛がギャグ漫画みたいにくるくるパーマとなった金田の脳内には現在、先ほど自分の口から出た”ボマーに気を付けろ”という言葉が何度も何度もリフレインしていることだろう。

 

 嘘か誠かは分からないが、報復すれば本物の【ボマー】に目を付けられるかもしれない。

 

 それは頭でっかちなインテリヤクザには到底、踏み出せないリスクと言えよう。

 これで俺は連中のカモリストに載ることもなく、むしろ逆に要警戒リストに載ったはずだ。

 

「クックック……この勝負、俺の勝ちだ」

 

 悪の首魁のニコニコ本社ビル――少し語弊がある――を盛大に爆発させて大いに溜飲を下げた俺は、近隣の通報を受けて消防署から駆けつけてくる消防車のサイレンの音を聞きながら勝利の余韻を噛み締めるように家路へとついたのであった。

 

――――――

 

 金にならないことには手を出さない金田のケチなところを信用している俺は、万が一のカチコミを警戒して人形達を自宅の屋根上で見張りに立たせたくらいでその日はすぐに就寝した。

 

 実際、朝になるまで人形に起こされたりもしなかったし、特に問題はないようだ。

 しかし安心したのもつかの間、リビングに降りた俺の前に怒り顔の母親がまるで巨大な壁のように立ち塞がる。

 

 母のこのような表情を見るのは、父が結婚記念日を忘れて釣りに行った時以来だ。

 

 俺の眠気は一瞬で吹き飛び、その緊張はピークへと達した。

 流れるような冷や汗が止まらず、震える手のひらはじとりとした湿り気を帯び始めている。

 

博士(ひろし)、見なさい」

 

 母が指差した食卓の上には、開封された便箋(びんせん)と一束のチケットが置かれていた。

 10枚分ほどの厚さがあるそのチケットには「ドールクラブニコニコ プレミアム優待券」とエッチな服装をした可愛い人形のイラストとともに書かれている。

 

「こ、これはまさか……」

 

 俺は恐る恐る手紙を手に取ると、記された内容に目を通した。

 

『ヒロシの兄さん、昨晩はご丁寧にお返しをしてくれてワイも嬉しゅうございます。雀荘での借りの返済として兄さんが好きな人形風俗の優待券をぎょーさん付けておいたさかい、楽しんでってくれると嬉しいで。ほな、またの機会があったら一緒に遊ぼうや。ご家族にもよろしゅうな。さいなら~』

 

 金田からの手紙を一言一句漏らさず全て読み終えた俺は、ぎ……ぎ……ぎ……とまるで壊れた人形のようにゆっくりと首を動かして母の顔色を(うかが)った。

 そこにいたのは、まさしく般若の面を被ったお代官様であった。

 

博士(ひろし)、何かお母さんに言いたいことはありますか?」

 

 俺はここ2週間ほど東京のビジネスホテルに外泊をしていたわけだが、この不幸の手紙を読んだ母にはロクに仕事もせず雀荘に入り浸っていた上に許嫁を放置して人形風俗へ通い詰めていたとまで思われている。

 

 実際、大金が手に入るからと競馬で全財産をスった俺には言い訳のしようもない。

 いくら口八丁でごまかしたところで、勘のいい母には確実に見抜かれることだろう。

 

 なんということだ……。

 

「申し開くことはございません、母上。なんなりと御沙汰を頂戴致します」

 

 完膚なきまでにやり込めたはずの金田から急所を抉るような反撃を受けた俺は、お白州の上で沙汰を待つ武士のような心持ちで正座をするほかにできることは何一つ残されていなかった。

 

「しばらく反省するまで外泊と探索者活動は謹慎するように。返事は?」

「……はい」

 

 こうして再び母より1週間のダンジョン禁止令を受けた俺は、マサ爺からとんでもなく馬鹿にされて笑われる未来を想像してホロリと涙したのであった。

 もう借金はこりごりだよ。とほほ……。

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