金田から送られてきた不幸の手紙によりギャンブル中毒の人形風俗好きという実に的を射ているレッテルを貼られてしまった俺は、母の厳しい視線から逃れる為に一時外出することにした。
その足で向かったのは、鍛冶工房の伊古田製作所だ。
ここ2週間ほどは東京出張で忙しくてロクに顔も出していなかったので、久々に萌の相手でもしてやろうという心意気である。
人形狂いの許嫁にお願いしてどうにか母への誤解を解いて貰おうなどという下心があるわけではないので、変な勘違いはしないように。
さて、つい先ほど母から謹慎1週間を食らったものの、元々のホームである横浜海上ダンジョンは本日よりマップ更新で5日間の閉鎖期間に入る。
例には例によって44万4444秒のインターバルの後、特殊階層のボスを除いたモンスターテーブルやマップ構成がリニューアルされるというわけ。
そんでそれに合わせて今日の午後から【いけず石】が90層の踏破に挑戦するって話だ。
日本有数の人気を誇る若手攻略クランのボス戦の様子がインターネットで生中継されるそうだから、将来的に100層踏破を目指している俺も後学の為にフレンドの勇姿を観戦させて貰うとしよう。
「ん? いつもと雰囲気が違うな……」
いつもこの時間帯は伊古田製作所の事務所が開いているはずなのだが、入口の扉には閉店中の看板が提げられていた。
しかし駐車場には高そうなバンが停まっているし、店内にはガヤガヤとした騒がしい声が響いており、明らかに来客がいるように思える。
「よくあることらしいから気にしなくてもいいか」
俺は勝手知ったる他人の家とばかりに、事務所の前で召喚した3体の人形を連れて扉を開いた。
「うーっす、萌。おひさー」
不意の来客で騒がしい喋り声がピタッと止まる。
無数の無機質な視線が俺をじーっと貫く。
初めに感じたのはフローラルな花園の香りだ。
「ヒロくん!」
応接用のソファに座って朝っぱらから楽しいティーパーティーに勤しんでいた萌は、俺を見て嬉しそうな声を上げた。
彼女と向かい合うような形でソファに座って1体の美少女人形を膝の上に乗せている、黒縁眼鏡を掛けた黒髪の男性もこちらに顔を向けて呟く。
「彼が、例の……なるほど、いい目をしている」
「人形達は俺の嫁」と公言して盛大なハーレム結婚式を開いたことで有名な漫画家先生。
匿名掲示板の人形使いスレではローゼン閣下の名前でタイコ氏と並んで有名……というか彼女の師匠的な存在だ。
彼との出会いが幼い日の萌を人形狂いへと変貌させるきっかけとなったのである。
事務所内のあちこちにいた、まるで漫画の中から出てきたかのような――実際に漫画のキャラクターをモチーフにしている――7体の個性的なゴシックロリータ人形は俺達に興味
「御機嫌よう、お兄様」
「わあ、かわいー!!」
「スイの髪がっ!? ヒナ、いい加減にしやがれですぅ!」
「萌のおっしゃっていた方ですわね。なんと奇遇なこと」
「ふぅん、面白そうな子達」
「でも、僕のマスターには遠く及ばないね」
「小さい子にお洋服を着せないのはいくらなんでも可哀想ではありませんかしら?」
【人形使い】の覚醒スキル【霊神の神格】は同じくレベル50を超えた人形に確固たる知性を与えるというものだ。
魔改造を施して人工声帯を付ければ普通に言葉も喋るので、まーこうして嫁にするやつが続出するってわけ。
「
ソファから立ち上がった桜井氏は、俺の差し出した手を取って握手を交わした。
手から伝わる硬いペンダコの感触は彼の人生の全てを物語っている。
「初めまして、私が漫画家の桜井純です。ヒロシ氏のことは兼ねてよりタイコ氏から聞かされておりまして、こうしてお会いできて本当に嬉しく思います。どうぞこちらへ、ゆっくりお茶でもしながら【人形使い】の同志として友好を深めましょう」
「ヒロくん、わたしのところに座ってて。わたしはお茶を淹れてくるからね」
「あいよ」
萌の座っていた少し生暖かいソファに腰を下ろした俺は、桜井氏の膝の上に再び乗った紫薔薇の眼帯を着けている美少女人形を眺める。
レベル70の壁を越えたローゼン閣下が召喚した8体目の人形。
彼女はまだ育成の途中のようで、他の子と違って静かなものだ。
「これでアニオリを含めて原作キャラは全員揃ったはずだけど、閣下はこれからどうすんの?」
「そろそろ進化に移りたいと思っています。その前に、この娘をレベル70まで育てる方が先ですけどね」
桜井氏が紫薔薇人形の頭を優しく撫でると、周りのゴシックロリータ人形達は一斉に騒ぎ出した。
「もちろん、マスターの最初のドールであるわたくしが真っ先に進化を果たすのですわ」
「なんですって? あなたみたいなジャンクに進化なんて不要だと思うわぁ」
「 (イラッ)」
「はいはい、二人とも喧嘩しないで」
「…… (ラスボスらしく高みの見物をしている)」
「ふふん、ばっかみたい。マスターからはスイに決めてるって前々から聞いてるんですぅ」
「それって本当なのー?」
「どういうことかしら、マスター!」
「ははははは……」
愛娘達に迫られた桜井氏は笑ってごまかした。
よくこんな状況で多頭飼育崩壊を起こさないものだと感心する。
流石は日本一有名な【人形使い】だ。
「ところで閣下。近所に住んでる俺の友人が閣下の熱心なファンらしいんだが、ここに呼んでもいいか?」
「構いませんが、どのようなお方ですか?」
「漫画家の
「ほう、あの! ヒロシ氏はなんとも素晴らしい縁をお持ちのようですね」
「それほどでもない。じゃ、少し失礼して……」
さっきLINDのやり取りをして彼が起きているのは確認してあるので、俺は桜井氏の写真を撮って高野に送った。
ヒロシ>萌のところに閣下きてるんだけど[紫薔薇人形を膝の上に乗せたローゼン閣下の画像]
耕野>今すぐ行きます
「おーい萌ー! 高野もくるらしいから追加でよろしくー!」
「分かったー!」
それから僅か5分後、伊古田製作所の事務所に新たな来客がやってきた。
どうやら高野は着の身着のままで自動運転タクシーを飛ばしてきたらしく、深い緑髪には寝癖が跳ねており、服には飛び散ったインクの黒い染みが点々と付いている。
「お待たせしました!」
「おい、人に会うんなら身だしなみくらい整えてこい。失礼だろ」
「いえいえ、別に構いませんよ。むしろ、その方が漫画家らしくていいじゃないですか」
「閣下がそう言うならそれでいいか。ほら、寄せるから隣に座りな」
軽く自己紹介をして桜井氏と握手を交わした高野は、俺の隣に腰を下ろして嬉しそうな顔で話を始めた。
萌? 萌はカウンターの向こうで参号とかに衣装を着せて遊んでるよ。
「いつかお会いしたいとは思っていたんですが、こんなに早くなるとは思ってもみませんでした。本当に、ハカセさん様々ですね」
「お二人はいつ頃から関係を?」
「半年ほど前からですね。僕が今の連載を持っているのも、実のところハカセさんから受けた影響が大きいんですよ」
「半年前。そうか、そういうことか……」
桜井氏は俺と高野を見比べて、何か得心のいったような表情を浮かべて頷いた。
きっと俺が萌ショックから立ち直ったのが高野との交友によるものだとでも思っているのだろう。
実際は筋トレを始めてテストステロン量が増大したことで探索者をやる気が出てきたというのが大きいと俺は考えている。
やはり筋肉……筋肉は全てを解決する……。
「あまり自分のことばかりを話していてもアレですね。ハカセさん、【人形使い】の先達にこれからのことを相談をしてみたらどうですか?」
「相談って、別に聞くことなくない? 俺のやり方と閣下のやり方は違うわけだし」
「ヒロシ氏のやり方とは?」
カウンターの向こうから魔法少女衣装の参号を抱っこした萌が話題に加わった。
「ヒロくんはこの子をボスに突っ込ませて【自爆】させてるんだって。いくら【ボマー】の弟子だからって酷いことするよねー」
「萌、人形爆弾を抱えているのって怖くない?」
「全然。サンちゃんはわたしのことを本当のママだと思ってるもんね。ほら、この通り〜」
萌は参号の首元から服の中に手を突っ込んで胸元をまさぐった。
仮にも娘だと思っているなら性的なイタズラをするのはやめたまえ。
いくら【自爆】しないよう厳重に命令してあるとはいえ、この女イカれてやがるぜ。
「【ボマー】……大戦の英雄がまだご存命だったとは驚きました」
「近所の健康増進センターにちょくちょく顔を出すんだよ。ま、いつお迎えがきてもおかしくないようなツラはしていたけどな」
俺はスマホに残っていたマサ爺との自撮り写真をみんなに見せた。
しかしどうやら桜井氏には期待外れだった様子。
「
「【人形使い】の方と会ったことはないな。閣下は彼女とは知り合いか?」
「そうではありませんが、当時の資料にはいくらか目を通しましたから。彼女の連れていた人形の姿くらいは存じ上げております」
「ふうん、次の機会があったらマサ爺に聞いてみるわ」
「ええ、できればその時は写真でも見せて貰えると嬉しいです」
それからしばらく情報交換をしていると、桜井氏から一つの提案を受けた。
「50層越えを目標に装備更新をするのなら、4日後に横浜のダンジョンロビーで行われる高級オークションに参加されるのはどうでしょう。地元の攻略クランが秘蔵の装備結晶を放出しますから、レアなスキル装備を入手するいい機会になると思いますよ」
ダンジョンの閉鎖中はロビー広場を利用して大規模なイベントを行うのが通例だ。
有名な【吟遊詩人】のコンサートとか、【踊り子】アイドルのライブツアーなんかをよくやっている。
俺も以前に一度だけ、妹の推しのバンドが定期的に開催しているオールナイトライブに保護者として同行させられた。
クソほど眠かったけど悪くはない体験だったよ。
「あそこって大手攻略クランの関係者に配られるチケットがないと入場できないって聞いたけど」
「実はですね、古くから付き合いのある横浜の名軍師殿から時々分けて貰っているんです。私はもう十分に装備も整っていますし、タイコ氏と二人で参加されてはいかがでしょうか?」
「いいんじゃない? わたしもたまにはヒロくんとお泊りデートしたいしー」
「デートて。まぁ、貰えるんなら貰っておくわ。今回ばかりは予算もたっぷりあるわけだしな」
「やったー! むふふ、ホテルの予約も取らなきゃね……」
貞操の危機をビンビンに感じる。
俺は彼女とは別の部屋をこっそり取っておくことを、心のメモ帳にしっかりと記録したのであった。