ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第24話 黄泉路より還らず

 お昼前になると、桜井氏は用事があると言って(やかま)しいゴスロリ人形達をぞろぞろと引き連れて帰っていった。

 同様に高野も編集との打ち合わせがあるとのことで自宅へと戻る。

 

 そのまま事務所に残った俺は手元にある10億円――税金支払い済――の泡銭を実弾にどういった装備を整えるか萌と相談しつつ、人形達と一緒に応接用のソファに座って見やすい位置まで運んできたテレビの前で【いけず石】によるDTubeのダンジョン配信が始まるのを今か今かと待っていた。

 

「へぇー、ボス戦のレイドは【八咫烏(やたがらす)】のメンバーと一緒に連合パーティーを組むんだね」

「ああ、そうらしいな」

 

 膝の上に乗せた参号を腕で抱えるように抱き締めながら、スマホ片手にインターネット記事を読んでいた萌の言葉に俺は頷いた。

 【八咫烏】は京都伏見ダンジョンに本拠地を持つ攻略クランで、黎明期から第一線で活躍しているとの評判だ。

 

 古参の攻略クランはどこも新陳代謝が上手く行っていないらしく、攻略方針の対立から若手メンバーがクランを飛び出して新たなクランを立ち上げるってことが結構ある。

 

 伊佐奈美がクランリーダーを務める【いけず石】もその一つだ。

 今回は100層を目前にした大一番ということもあり、古巣の仲間と協力して確実な勝利を目指しているのだろう。

 

「あっ、始まったみたい!」

「ダンジョン閉鎖の1時間前か、まぁこんなもんだろう」

 

 テレビ画面にDTube社員の【観測士】によって中継された配信映像が流れ始める。

 ボス部屋である巨大な石室の扉前に立つのは、強そうな装備を身に纏った8人の探索者達だ。

 

『ぎょうさん待たしてもうて堪忍な、ウチらも心の準備が必要やったんよ。時間も押しとるさかい、簡単な自己紹介だけしてボス戦に向かうとしまひょか』

 

 そう、青銅色の盾――【受け流し】と【金剛力】という強力なレアスキルが二つも付いた神器、八咫鏡(やたのかがみ)だ――を持った和装の京美人が語る。

 

 昨日とは違って、彼女の首元には綺麗な京染めのスカーフも巻かれていた。

 幼少期に亡くなった母親が愛用していたという、【魔の指先】が付いた思い入れのある防具だとどこかのインタビューで言っていたような記憶がある。

 

『ウチが【いけず石】のクランリーダーをしてはる伊佐奈美(いさなみ)どす。職業は【貴族】、みんなを守る盾役をやってるわ。今日もよろしゅうおたのもうします』

 

 次に、彼女の隣に立つ平安貴族の美青年が手に持った槍を掲げた。

 

 『私が【いけず石】のサブリーダーをしている伊佐那岐(いさなぎ)だ。職業は妹と同じく【貴族】。我々は必ず100層の壁を越え、神いずる国に希望の光を灯して見せよう』

 

 天水鉾(あまのみなほこ)、【水属性魔法】と【水属性強化】という二つのレアスキルが付いた神器には鑑定団すらお値段が付けられない。

 それもそのはず、この槍を持っているだけで誰でも最優の魔法職と名高い【魔法士】と同じ事ができるのだ。

 

 それにしても、画面端にあるコメント欄の流れが速すぎてロクに読めないな。

 飛び交う長文の高額スパチャを見るだけで、この伊佐那岐という男にどれだけの女性人気があるかが一目で分かるというものだ。

 

 スパチャの礼を言う伊佐那岐のちょっと長めな自己紹介が終わると、次はその隣に立っている黒いシスター服を着た気弱そうな黒髪の女性がぺこりとお辞儀をした。

 

『【治癒士】の一条(いちじょう)マリアです……。ええと……そ、それだけです……』

 

 身の丈ほどの刃渡りがある大きな斧を片手で担いでいるチューブトップブラを着た筋肉質で大柄な赤毛の女性はガハハと笑って、一条マリアの肩をバンバンと叩く。

 

『あたいが【蛮族】の九鬼(くき)菊花(きっか)さ! 今日もしっかり大暴れするから絶対に見逃すんじゃないぞ! うらー!』

 

 【いけず石】の自己紹介が終わったところで、次は【八咫烏】から連合パーティーに参加したメンバーの自己紹介に移る。

 

 巫女服を着ている見たまんま【巫女】の女性、陰陽師っぽい見た目をした【聖霊使い】の男性、場違いな廻し姿の横綱【力士】、舞妓さんっぽい【吟遊詩人】。

 平均年齢が若い【いけず石】とは異なり、誰も彼もベテランの風格を醸し出している。

 

 どうやら今回の撮影役は【吟遊詩人】の色っぽいお姉さんが担当しているようだ。

 見た目は色物でも、彼らが動きやすそうな靴をきちんと履いているのはしっかりと確認できる。

 

 野良パーティーではこういうところで地雷を見分けるってお気に入りの職業評価サイト「みるダム」でも頻繁に啓蒙(けいもう)されていたからな。

 一流の探索者なら足元に気を遣うのは至極当たり前のことなのである。

 

『自己紹介も終わったところで、ほな行きまひょか』

 

 あっさりとした感じで、彼女らは九鬼菊花の押し開いた大扉を潜ってボス部屋の中に侵入した。

 

 元々【いけず石】はダンジョン配信を中心に活動している探索者クランではない。

 攻略クランの内部だけで秘匿されがちな戦闘記録をわざわざリアルタイムで世界中に公開するのは、ひとえに100層踏破を目指す【クレセントムーン】との約束に過ぎないのだ。

 

「さて、どうなるか……」

 

 明るく広い石室の床に敷かれた真っ黒な魔法陣の中心に大きな光が集まる。

 

 現れたのは驚くほどの巨躯を持つ、巨大な両手をしたティラノサウルスの化石のような骨の化け物の上半身。

 これぞ、珍しいタイプのアンデッドモンスターに分類される餓者髑髏である。

 

 【いけず石】と【八咫烏】は二手に別れ、餓者髑髏を左右から挟み込むように布陣した。

 

 小型の琵琶を持った【吟遊詩人】の和ロックによる歌唱――味方全体に全ステータスの強化バフを付与する【五彩の歌】だ――が始まり、日本トップクラスの探索者が挑む決死のボス戦に華を添える。

 

『あんじょう、綱引きの時間どすえ!』

 

 【八咫烏】のタンクである【力士】と【いけず石】のタンクである伊佐那美による【魔の指先】を用いたヘイトの奪い合いだ。

 息の合った巧みなコンビネーションによって気を取られて右往左往する餓者髑髏。

 

 右方に立つ伊佐那岐の槍先から放たれた【水属性魔法】による尖氷の槍撃は巨大な頭蓋骨にいくつもの穴を開け、尻尾のように床に引きずられている背骨の辺りを九鬼菊花がぶん回した大斧でガンガンと勢いよく削り取っていく。

 

 左方からは【聖霊使い】によって召喚された空中に浮かぶ白い人魂のような4体の聖霊が光の弾をしきりに打ち込んでおり、【降霊魔法】によって仲間の【聖霊使い】の職業とスキルを一時的に借り受けた【巫女】も同様に4体の召喚聖霊から光の弾を放っている。

 

 【精霊使い】の亜種とされる【聖霊使い】はアンデッド特攻の【死霊浄化】スキルを覚える為、こういった特殊な敵に対しては非常に強い効果を発揮するのだ。

 

 一条マリアは首に提げたロザリオを握り込み、【治癒士】の覚醒スキル【霊神の癒し】による持続回復バフを盾役から順番に振り撒いている。

 

 普通は一発で回復役にヘイトが飛びそうなものだが、餓者髑髏の意識が移ったのを見計らったタンクが一瞬でヘイトを奪い去るのは見事と言うほかない。

 

 しかしまぁ、かなりの長期戦だな。

 どれだけ攻撃を続けても、削れた骨は瞬く間に再生しているようだ。

 

 フィールドマップをうろつく雑魚とは違い、ボスモンスターは大なり小なり自己再生能力を備えている為、DPSチェックという名のダメージレースに負けた時点で探索者の敗北は確定する。

 

 つまり、火力役が落ちた瞬間に詰んでしまう可能性と常に隣り合わせということ。

 だからこそ多くの探索者は、マップ更新によるダンジョン閉鎖でダンジョンから追い出される直前にボスモンスターの攻略へと挑むのだ。

 

―――――

 

 十数分ほどその戦闘が続いた後、餓者髑髏は急に動きを止めた。

 どうやらようやく第二形態に入ったらしい。

 

 巨大な両手で頭蓋骨を抱えるように丸く(うずくま)った餓者髑髏の肋骨に、ピシピシと音を立てて細かいヒビが入っていく。

 

『全員、防御態勢を取るんや!』

 

 伊佐那美による呼びかけを受けた探索者一同は、各々が懐より取り出した装備結晶から全身を隠せるほどに大きな骨盾を現実化(リアライズ)し、即席のシールドを展開した。

 

 その直後、大きな破裂音とともに砕けた餓者髑髏の肋骨片が四方八方に弾け飛ぶ。

 

 構えられた骨の大盾がガンガンと激しい音を立てている中、九鬼菊花だけは持ち前の反射神経で華麗に全弾回避していた。

 いや、そこはちゃんと作戦通り大盾を使おうよ。

 

 当たり所が悪ければ即死は免れ得ない骨弾の嵐をどうにかやり過ごした関西連合パーティーは、即座に第二形態との戦闘に移る。

 

 重い肋骨をパージして身軽な暴走列車となった餓者髑髏が石室の中を暴れ回る前に、急いで止めを刺さなければならない。

 

『ウチが先にヘイトを取るで! 【魔の指先】!』

 

 餓者髑髏の右後方にいる伊佐那美が骨片でボロボロになった骨盾を横に投げ捨て、八咫鏡(やたのかがみ)を構えてヘイトを取ろうとする。

 しかし、何故か餓者髑髏は彼女には目もくれずに【いけず石】の後衛へ向かって暴走を始めた。

 

『急におかしい――』

『ナミ、スカーフだ!』

 

 伊佐那岐の呼びかけを受けてハッとした伊佐那美は首元に手を添える。

 彼女の装備していた【魔の指先】が付いた京染めのスカーフ、それが運悪く跳弾した骨片によって引き裂かれていることに気付いたのだ。

 

 慌てて背中側の【力士】が【魔の指先】を発動してヘイトを取るも、ひとたび暴走を始めた餓者髑髏の進路変更には到底間に合わず、すぐ目前にいた一条マリアに巨大な骨の影が迫る。

 

『あ……』

『マリアっ!!!』

 

 絶望したような表情を浮かべて硬直した一条マリアをまるで大型トラックの前から突き飛ばすかのように押し退けた伊佐那岐は、餓者髑髏の巨大な手のひらで(すく)い上げられて遥か後方上空まで投げ飛ばされた。

 

 高い石室の天井からぴしゃり、と血肉の弾ける嫌な音が響く。

 

 一瞬の空白。

 

 床に落下した槍がカランカランと音を立てたことで、止まっていた時は再び動き出した。

 

『あ……あ……あ……』

『畜生、チクショォォオオオオ!!!』

 

 起き上がれもせずただ呆然と地面に転がる一条マリア、仲間の死に怒りの叫び声を上げる九鬼菊花。

 

 広大な石室の中を大きく回り込むように進路転換した餓者髑髏は、左方に展開していた【八咫烏】のメンバーへ急速接近する。

 

 それでも決して唄うのを止めない【吟遊詩人】、彼女の【情報共有】を通してテレビ画面に分厚い脂肪と筋肉に覆われた広い背中を見せた【力士】は足を大きく開いて腰を落とし、右足を高く上げてドン、と四股を踏んだ。

 

『【仁王立ち】! はっけよい……のこった!』

 

 床を削りながら勢いよく突進してきた餓者髑髏の下顎を、その太い両腕で一歩も退かずにがっしりと真正面から受け止めた【力士】は、スキルの反動で全身より血が噴き出したのも構わずに、見事な上手投げをかまして餓者髑髏を背中から床へと叩きつけた!

 

『ドスコイ! 皆の衆、畳み掛けろ!!!』

 

 大きな隙を晒した餓者髑髏に【聖霊使い】と【巫女】が召喚した聖霊による【死霊浄化】の乗った光弾の雨が降り注ぎ、強靭な下顎の骨に小さなひび割れが広がっていく。

 

『【武神の舞い】! うらあああああああああああ!!!』

 

 そうして作り出された明確な弱点に、覚醒スキルによる強力な自己バフを掛けながら助走して高く飛び上がった九鬼菊花の両手で構えた大斧が勢いよく振り下ろされる。

 

 バガァァァァァン!!!

 

 強固な石室の床に地割れを作るほどの強烈な一撃を受けた餓者髑髏は、骨の端部からゆっくりと魔素の藻屑となって消滅していく。

 

 彼らはついに90層のボスモンスターを打倒したのだ。

 たった一人の犠牲を除いて……。

 キラリと光る虹色の激レアドロップ演出も、今となってはただただ虚しい。

 

『ナギくん、なんで、なんでなん……ウチら……みんなで約束したやん……』

 

 頬を伝うほどの涙を流しながら、トボトボと血だまりへと向かう伊佐那美。

 そこに伊邪那岐の姿はどこにもなく、ただ血に濡れた槍だけが残されている。

 

 ダンジョンの中で命を落とした者は魔素の藻屑となり消滅する定め。

 日本を変えるという大志を抱いていた青年は、仲間を庇い消滅の憂き目に遭った。

 

 伊佐那美は自身が天井から滴り落ちる血で汚れるのも構わずに、血を分けた双子の兄の形見をそっと胸に抱え、まるで天に祈るかのように目を閉じてそれっきり口を閉ざした。

 

『ごめんなさい……ごめんなさい……私のせいで……結婚するって……ううぅうううう……』

 

 ポロポロと大粒の涙を零して泣きじゃくる一条マリアの背中を、悔しさに強く歯を食いしばった九鬼菊花が優しく撫でて慰めている。

 

 サポート役として十分以上の働きをして此度の勝利に貢献した【八咫烏】のメンバーは、気まずそうな顔をして遠目からその様子を眺めていた。

 

 それから間もなくダンジョン配信は終了し、テレビ画面にはDTubeのAIが萌のアカウント傾向から適当に選んだ人形関連の動画が流れ始める。

 

「ヒロくん……」

 

 ソファの右隣に座る萌の左手が、痛いほどに強く俺の右手を握り締めていた。

 

 目の前で死人が出るとソロで探索者をしている俺もいつか似たようなことになるんじゃないかと不安になるよな。

 明日は我が身だ、準備と対策は怠らないようにしなければならない。

 

「チッ、嫌なものを見ちまったな……」

 

 テーブルに置かれていたスマホの着信音が鳴った。

 流れているのは初代ポコモンの最初の街、マッスルタウンのBGM。

 間違いなく、親友の高野からだ。

 

『ハカセさん、見ましたか』

 

「ああ、高野。まったく、ダンジョンってのにはつくづく嫌気が差すよ」

 

 先に言い訳をしておくが、俺は何も悪くないと思う。

 悪いのは全部、星崎聖夜とかいうクソ野郎じゃないか。

 あいつが、あいつさえいなければ――。

 

 自身の選択によって生まれた不運な事故を目の当たりにした俺は、何度も何度も強くそう自分に言い聞かせないと胸の奥から沸き上がる罪悪感に押し潰されてしまいそうだった。

 

 犠牲、犠牲犠牲犠牲。

 

 ダンジョンモノリスは常に人の犠牲を求めている。

 それだけが100層さえも越えられない俺達が見い出した、ダンジョンの製作者に対するたった一つの解答だ。

 

 クソったれのレプティリアンどもめ、今に見ていろ。

 俺は必ずこの最低最悪なクソゲーをクリアして、ダンジョンの最奥で高みの見物をしているはずのトカゲ野郎を血祭りに上げてやる!

 

 

 

NEXT Episode

2.World’s Last Glass Ceiling――世界最後のガラスの天井――To be continued.

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