ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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2.World’s Last Glass Ceiling
第25話 オークション会場にて


2.World’s Last Glass Ceiling――世界最後のガラスの天井――Game Start.

 

 若手攻略クラン【いけず石】のサブリーダー伊佐那岐(いさなぎ)の死、それは大きなニュースとなって国内を駆け巡った。

 

 元の世界であればオリンピックで金メダルを取った男性フィギュアスケーターにも例えられるほど、彼には女性のファンが多かったのだからそうなるのも当然だ。

 

 もっとも、冷めた視線でそのニュースを見ている者も大勢いたわけだが。

 人気を博した一流探索者の死などこの世界ではそれほどまでにありふれていて、冥福を祈る気持ちもそう長くは続かなかった。

 

 あの悲惨な事故死から4日。

 

 連日連夜の大規模イベントが盛況のうちに終幕した横浜海上ダンジョン閉鎖期間の最終日に当たる日曜日の夜。

 

 俺と伊古田萌は下ろしたての礼服に身を包み、横浜海上ダンジョンロビー広場の一角で行われる高級オークションに参加していた。

 

 小規模コンサート用の移動観覧席には財閥華族の者であろう裕福そうな紳士淑女や、有名な攻略クランに所属している探索者の顔がチラホラと見受けられる。

 

 一般人の俺達が場違いなのも当たり前で、入場時にもダンジョン庁職員の【裁判官】による厳しい身辺チェックが行われていたくらいだ。

 

 幸いなことに、俺が第二職業持ちであることなど夢にも思わないマニュアル通りの対応を潜り抜けることは容易だった。

 

 もしもあの中に勘の鋭い者がいたのなら、壇上に設置された巨大なモニター画面の前でオークションの出品物を紹介する司会男性をのんびりと眺めることなどできていなかったに違いない。

 

『――次なる装備結晶はコチラ! 80層で出土した斬鬼大蟷螂の大鎌【筋力強化Lv2】【魔力強化Lv2】でございます! 神器とは比べ物になりませんが、それでも非常に珍しいダブルスキル付き! 1億円スタート、入札時間は10分でございます! ご希望の方は、お手元のスマートフォンより入札を行ってください! さて、次は大物ですよ――』

 

 神器とは【属性魔法】や【魔の指先】といった強力なレアスキルが2つ付いた特別な装備のことを指す。

 60層以降のボスモンスターから極めて低確率でドロップする為、市場に出回ることはほとんどない。

 

 今回の出品物はよくあるコモンスキル――それも【筋力強化】と【魔力強化】というちょい微妙構成――かつマイナー武器なので、俺でもギリギリ手が届く範囲にあるのだろう。

 

「ヒロくん、これイチゴちゃんのメイン武器にいいんじゃない? 素体ならもうパパが作ってあるし、明日にはフル強化まで持っていけると思うよ」

 

 これまでもいくつかの中古装備や装備結晶を落札しているので、予算的には最後の一つになるかどうかだ。

 

「うーむ……」

 

 萌の提案に俺は敢えて微妙に悩む姿勢を取った。

 【精霊使い】の【属性付与】と合わせて使うならかなり理想的だが、親友の高野以外の人間に第二職業を秘匿している俺にはそれを口にすることなど決してできない。

 

「ここを逃せば壱号の装備を更新する機会はしばらく訪れないか……。壱号、弐号。お前らはどう思う?」

 

 普段のオーバーオール姿ではなく従者風のコスプレ服を着ている壱号は、金属鎧を脱いで貴族服コスプレ姿になっている弐号と顔を合わせて何やら相談するような素振(そぶ)りを見せた後、俺の方を見てグッとサムズアップした。

 

「オッケー、入札するわ。念の為に言っておくけど、予算オーバーしたらすぐに諦めるから期待しないでおいてくれよ」

 

 と保険をかけたものの、そこまで人気はなかったので2億円行かないくらいでサクッと落札できた。

 参加者の民度が高い高級オークションだけあって転売禁止の規約が効いている。

 

 これで星崎聖夜から巻き上げた12億円はすっからかんだ。

 謹慎が明けたら、またダンジョンに潜って稼がないといけないな。

 

「よし、金も尽きたしそろそろ帰るか」

「えぇ〜、最後まで見ていこうよ〜」

「手が届かない高級装備を(うらや)んでも仕方ねぇだろ。俺はちとトイレに行ってくるから、萌は壱号達と一緒に見ていたらいい」

「行ってらっしゃーい」

「あいあい」

 

 引退探索者が放出した26億スタートの中古神器の紹介映像を食い入るように見ている萌をその場に残して、俺は席を立った。

 トイレというのは方便で、少しの間だけ一人になりたかったのだ。

 

―――――

 

 大金の飛び交うオークション会場という喧騒から離れた俺はライトアップされたダンジョンモノリスの近くまでやってきて、全長444m、一辺44mもの太さを持つブラックホールが如き漆黒の四角柱に手を触れた。

 

 西暦1900年4月4日に地球上へ44444本降り注いだ、未知の超高度文明が創り上げた神なる石碑。

 無知蒙昧(むちもうまい)な人々に職業という力を与える一方、経験値と魔結晶、アイテム結晶を餌に集めた人々を肉体の一片すら残さず魔素の藻屑に変える悪魔の石碑。

 

 これは命を賭してモンスターと戦い果てていった、全ての探索者の魂が眠る墓標だ。

 

「伊佐那岐、一度だけ謝っておく。お前を殺したのは俺の欲だ。……お前の夢は俺が代わりに叶えてやる。だからもう、夢の中であろうと化けて出てくるんじゃないぞ」

 

 それは連日の悪夢に苦しむ自分に対して言い聞かせるような言葉だった。

 だが、その独り言を陰で聞いていた人物がいた。

 

「貴様がララの言っていた大木土(おおきど)博士(ひろし)か」

「っ!?」

 

 バッと振り返った俺の目に、雪のように真っ白な髪を背に流した紅いドレス姿の女性が映る。

 彼女こそ日本の探索者で最も強い影響力を持つ、【クレセントムーン】クランリーダー望月(もちづき)京子(きょうこ)その人だ。

 

「立ち聞きとは感心しないな」

「聞いてしまったのは悪いと思っている。しかし、私も同じ目的でオークション会場を抜け出してここまでやってきたのでね。済まないが、少し失礼をさせて貰うよ」

 

 彼女はそう言って、ダンジョンモノリスの前に立つ俺の隣にやってきた。

 目を閉じ両手を合わせて死者に祈りを捧げる京子の首筋からは、(かす)かに柑橘(かんきつ)系の香水の匂いが(ただよ)っている。

 

 死者と語り合うにしては長い祈りを終えた彼女は俺の方に向き直り、その深い絶望が垣間見える闇に染まった黒い双眸(そうぼう)でこちらをじっと見つめてきた。

 

「なんだよ、俺の顔に何か付いているってのか?」

「ララの見立てでは初心者の火系統【魔法士】だったはずだが……それはまったくもって見当違いのようだ。まさか【人形使い】とはね」

「勝手に勘違いしたのはあの女の方だろう」

「だが、それだけではない。――今、何レベルだ?」

 

 レベル33で第二職業持ちの俺のステータス総合値は優にレベル70を越えている。

 つまり、格の分かる者には高レベル探索者と同等に見受けられるということだ。

 

「言っておくが、俺はお前の自殺に付き合うつもりはないぞ」

「ククク……そうか、そうだろうな。私も随分と嫌われたものだ」

 

 戦後の焼け野原の装飾品せどりから始まり、日本の探索者業界の全てを牛耳(ぎゅうじ)るまでに成長した望月財閥を一代で築き上げた天才実業家、望月(もちづき)英雄(ひでお)

 

 彼は自身が高齢による死を迎えるに当たって、望月財閥の会長に就く者に一つの条件を与えた。

 それは自他問わず100層の壁を越えた者を擁立した一族の人間に、自身の遺産を全て譲り渡すというものだ。

 

 当然、多くの者が小国の国家予算に匹敵するとも言われている莫大な財産を得る為に躍起となった。

 なぜなら、この現代ダンジョン世界では悪名高い相続税法が成立していない。

 

 (おぼろ)げな記憶では日露戦争後の戦費調達を目的とした臨時税だった覚えがあるが、世界中にダンジョンモノリスの降り注いだ1900直後の混迷期に戦争などしている余裕は毛ほどもなかったのだろう。

 

 第二次世界大戦でアメリカに敗戦した後にこっそり相続税を作ろうとした腐った政治家官僚どもは探索者の猛反対を受けて暗殺されまくったしな。

 先祖から土地財産を受け継ぐ華族が力を持つのも至極当然のことと言える。

 

「振られるのは今に始まったことじゃないだろう。赤の他人が地位と名声を手に入れる為に利用されたい人間なんてそうそういないに決まっている」

 

 望月財閥の会長の座を巡る争いは凄惨(せいさん)を極めた。

 契約を交わした探索者クランのメンバーが不慮の事故(・・)で命を落とすことは珍しくなく、焦って無謀なダンジョン探索を繰り返した若者はすぐに還らぬ者となる。

 

 果ては【剣聖】の後継者と目された【天災】柳生(やぎゅう)才牙(さいが)すらも黄金大蛇に敗れた末に心が折れて堕落する始末。

 

 望月一族の人間が商売を生業とする【商人】ばかりだったのも悪かった。

 結局、最後に生き残ったのは家を出て自分で立つことを選んだ望月京子ただ一人。

 

 彼女が死ねば望月財閥の後継者争いは終結し、会長の座は代理である望月英雄(ひでお)の長男、望月寛雄(かんゆう)の手に転がり込むことだろう。

 

「今の私を殺せる者など誰もいないさ」

 

 現在そうなっていないのは、ひとえに京子にダンジョンの外で死なれると社内政治的に困る立場へと追い込まれる会長代理の単なる保身に過ぎないのだ。

 

 皇室を守護する村正一族に預けられた望月英雄の遺産には、何人(なんびと)たりとも触れることは叶わない。

 恐るべきは村正士郎の尊王攘夷(そんのうじょうい)が生み出したムラマサ=ニンジャよ……。

 

「そりゃ、お前だけはな。伊佐那岐が死んだのだって、対抗派閥の差し金で星崎聖夜が妨害に動いたからだろう? 俺にも同じようなことが起こらないと何故言える」

「口だけの自信家か、それとも本物か。見極める時間が必要なようだ……」

 

 勝手に見極めようとしないでくれる?

 俺は一人でダンジョンに潜って、一人で黄金大蛇を倒したいの。

 

「伊佐那美と違って、お前とは連絡先(ID)を交換するつもりもない。これ以上俺に付き纏うなら、会長代理のお望み通り事故死(・・・)して貰うことになるぞ」

 

 壱号と弐号は萌のところにいるので致し方なく赤髪ロリロリドラ娘の参号だけを召喚した俺は、それっぽい匂わせをして強引に彼女を追い返すことにした。

 

「仕方あるまい、ここは素直に退散するとしよう。――それではまたどこかで会おう、【ボマー】の弟子の【人形使い】」

 

 そう言い残した京子は、そのままいずこかへと歩き去っていった。

 参号を送還した俺は、彼女の着ている紅のバックレスドレスから覗いた白い背中を見送りながら首を傾げる。

 

「まさか情報源はニコニコ消費者金融の金田(かねだ)か? 確かあいつの組は藤堂会の直参だったはず……」

 

 【クレセントムーン】の特攻隊長、【鬼武者】の中の人こと藤堂ララは関東系指定暴力団藤堂会会長の孫娘なのである。

 どっかの祭り会場で金田を見掛けた時は文句の一つでも言ってやらねばなるまい。

 

 すぐに戻ってオークション会場でばったり京子と顔を合わせたら気まずい思いをしそうなのでスマホを弄って時間を潰していると、人形達を連れた萌がいつまでもトイレから帰らない俺を探しにやってきた。

 

「あーっ、いたいた! もう、帰ってこないと思ったらこんなところで何をしているの。とっくにオークション終わっちゃったよ?」

 

 人形達には俺の位置が分かっているので、人探しで迷子にはならなかったようだ。

 俺は右手でポリポリと頭を掻きながら、面倒臭そうな顔で答える。

 

「また入口で身辺チェックされるの面倒じゃん。仕方ねーからここで時間潰して待ってたんだよ」

「変なヒロくん。お腹空いちゃったから、早くホテルにディナーを食べに行こうよ」

「ああ、もちろんいいぞ。そうそう、泊まる部屋だけど俺だけ別室取ってあるから」

「ガビーン!」

 

 ガビーンって口で言う人初めて見た。

 

「お前、いっつも強引なんだよ。もう少しくらいお(しと)やかにしてくれないと嫁には貰ってやらないぞ」

「せっかく勝負下着まで用意したのに。ヒロくんのいけずぅ~」

「はいはい、いけずいけず」

 

 そんな適当なことを話しながら無人のロビー広場を去っていく俺達の背中を、漆黒のダンジョンモノリスだけが無言でじっと見つめていた。

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