ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第30話 楽師のメッセンジャー

 昨日の帰りにLINDで約束した通り、朝一番に人形達を連れて家を出た俺がのんびり桜公園――花はとっくに落ちて普通の公園に戻った――を散歩しつつやってきた伊古田製作所の事務所の扉を開くと、なんとそこには癖っ毛橙メッシュ黒髪の変態女が気持ち悪い笑顔を浮かべながら両手を広げて待っていた。

 

「サンちゃ~ん、ママにおはようのハグをしましょうね~」

「ひっ」

 

 参号は小さく悲鳴を上げて俺の後ろに隠れた。

 そして、恐る恐るそこから顔を覗かせてじとーっとした目でぼそりと口にする。

 

「もえもえはさわりかたがいちいちいやらしいからきらいだ」

「あ、あばばばば……」

 

 萌は白目を剥いて口からブクブクと泡を吐いた。

 そんなオーバーにショックを受けることある?

 

「身から出た錆だろ。言っておくが、俺は何も命令してないぞ」

「マスターの意見に同意だ。奥方様は家族との付き合い方を根本から間違えている」

「そうですね。私なんて味見と称して胸を……」

「おい」

 

 明後日の方向を向いて口笛吹いてもごまかせないからね?

 俺がアイスティーに盛られた睡眠薬でぐーすか眠っている間に、大切な人形達になんてことしてくれてんのさ。

 

「そそそそんなことよりヒロくん! 久しぶりに会った婚約者に言うべきことがあるじゃないの!?」

「言うべきことって何だよ」

「『心配させて済まなかった、マドモアゼル』とか『愛しているよ、ハニー』とか」

「お前の中の俺は一体、どんなキャラをしているんだ……」

 

 こいつは口から出まかせを言っているのではなかろうか。

 いや、自分の願望か?

 

「一回だけ、一回だけ言ってみて? ねぇ、おねが~い」

 

 やっぱり自分の願望じゃん!

 

「マスター、少しくらい付き合ってあげてもよろしいのではないですか?」

「分かった、一回だけな。……『俺以外の女に目を向けるなんて、悪い()だ。これは、お仕置きが必要かな?』」

 

 彼女の橙メッシュが入った黒髪を右手で優しく掻き上げつつ耳元に口を寄せてボソッとイケボで告げると、耳まで真っ赤になった萌はヒュッと息を吸って硬直した。

 

 自分で言っててめっちゃサブイボ立ったんだけど。

 あーやだやだ、こういうの俺のキャラじゃないんだよ。

 

「満足したか?」

「 (コクコクと首を縦に振る)」

「んじゃ、さっさと装備のメンテ頼むわ。そうそう、壱号に持たせてるこれだけど土産のチョコレートケーキな。冷蔵庫に入れておくから後で両親と一緒に食ってくれ」

 

 遊びに付き合うのも飽きたので、萌から離れた俺はドカっとソファに腰を下ろしてリモコンをピピっと操作しテレビの電源を入れた。

 ニュースは朝食時に見たからロリっ子参号用にと教育番組のチャンネルへ変える。

 

 萌は俺の膝の上にポジショニングを決めている参号を羨ましそうに眺めながら、トボトボと歩いて作業台の前に移動し人形達の装備のメンテ作業を始めた。

 彼女が最初に手を付けたのは弐号の使っていた鋼の鎧装備だ。

 

「うーん、やっぱり結構痛んでるね。ヒロくん、50層の探索は大変だったでしょ」

「2週間も毎日通い詰めたら相応に慣れるもんだ。これならいつ骨工船に落ちても余裕で生き延びられるだろうよ」

「お願いだから、警察に捕まるようなことはしないでね」

「俺だって()(この)んでホモ地獄に落ちたいとは思わないさ。と、そういえば萌はどうだったんだ。名軍師頼りとはいえ、覚醒はしているんだろう?」

 

 レベル50越えの生産職は大抵の場合、取得経験値倍加の覚醒スキル【武神の指導】を用いてパワーレベリング事業を(おこな)う【軍師】――中でも1級軍師の国家資格持ちを名軍師と呼ぶ――と一緒に50層まで行ってレベルキャップの解放を済ませている。

 

 会社にもよるが、安全を期すなら少なくとも数千万円は取られるかな。

 なお、この値段はパワーレベリング時に貸与(たいよ)される装備に応じて変動する。

 

 一番高い億越えのプランならば耐久+15の指輪二つと【耐久強化Lv2】の付いた片手武器二つ、同じく【耐久強化Lv2】の付いた防具三つに加えて【軍師】の【五彩の指揮】によるステータスバフで、例え敏捷極振りの一般人だろうとまず死ぬことはない防御力が得られるというわけ。

 

 【薬剤師】の高野は父方の祖父に借金してパワーレベリング代を工面したって言ってたな。

 職ガチャで9割が前衛職になるとはいえ、兄弟が多い一般家庭の生産職は大変だ。

 

 どうしようもないハズレ職業を引いたら受験戦争を勝ち抜いて国公立の大学に行くか、どうにかしてコネのある会社に就職するってのがこの世界の一般的な進路。

 大学に進学する人が少ないせいで俺の母校だったFラン私大なんて存在すらしていないし、ちょっと寂しい気持ちがある。

 

 何でそうなったかというと、学歴の為に大学まで行くメリットが皆無なんだよね。

 サイバーラインのアンドロイドのせいで世間は究極の就職氷河期に突入している。

 1層の大芋虫狩りというセーフティネットがなかったら悲惨この上なかったぜ。

 

「わたしが行ったのは18歳の時。50層までの移動は確かに大変だったけど、レベル上げ自体は専属の【聖霊使い】が二人もいたから余裕だったよ」

「なるほどね、そんな感じなんだ」

「うん、春奈ちゃんにも同じところを紹介したし……あ」

 

 萌はしまった、といったような顔をした。

 おおっと、ついに口を滑らせたな。

 

「道理で春奈がイキっていたわけだ。まったく、うちの両親が知ったら大目玉を喰らうのは間違いないってのによくやるよ」

 

 当然、その金は萌のポケットマネーから出ているわけで。

 一般常識的に考えて、ただの高校生に与えていいような金額ではない。

 

「うぅ~、だって~……」

「あのな、萌みたいな生産職と違って俺達はダンジョン探索に命を懸けているんだ。そりゃ心配なのは分かるけどさ、やっていいことと悪いことがあるだろう」

 

 妹は初めから進学が目的だったからいいものの、専業の探索者でパワーレベリングを受けているようなやつはロクに使えたもんじゃない。

 

 有力な探索者クランでもパワーレベリングをしているかどうかってだけで扱いは確実に変わってくるし、【裁判官】が【罪の天秤】を使えば嘘は確実に見抜かれる。

 一生涯、そういうレッテルを貼られても仕方のないことをしたってことだ。

 

「マスター、そのくらいにしておいたらどうだろうか」

「弐号は萌の肩を持つつもりか?」

「春奈様の学業が上手く行きさえすれば、問題が起こることもそうないのでしょう。それならその時になってから対応したらよろしいかと」

「そもそも妹君(いもうとぎみ)には外の仕事がいくらでもあるはず。例え受験に失敗したところで、あの器量であればすぐに嫁入り先が見つかるに違いない!」

「ああそう、お前らの考えはよーく分かったよ」

 

 こいつら揃いも揃って、人を(かば)う時だけやたらと口が回ることこの上ない。

 俺はもう既に【人形使い】の覚醒スキルを取得したことを後悔しつつある。

 

「めんどーなことばかりかんがえるのはあるじのわるいくせだ。サンみたいにもっときらくにいきたほうがいいぞ」

「お前はいいよな、敵に突っ込んで【自爆】さえしてたらそれでいいし」

「サンにそうさせているのは、ほかならぬあるじなのだ」

 

 彼女の意見にはぐうの音も出ないので、俺はそれっきり口を閉ざして黙り込んだ。

 

―――――

 

 それからしばらくの間、伊古田製作所の事務所には子供向け番組の楽しげな音声だけが流れていた。

 このまま何事もなく一日が終わるかと思いきや、急な来訪者はやってくる。

 

「ごめんください、こちらに大木土ヒロシさんはいらっしゃいますか?」

 

 事務所に入ってきたのは、寝ぐせのように跳ねた黒髪をした若い男性だった。

 黒を基調としたオシャンティーな服装をしており、肩にはギターケースを背負っている。

 

「俺がその大木土だが、あんたは?」

「先ほど家までお伺いしたのですが、ご家族の方からこちらにいるとお聞きしまして。僕は宮本謙史(けんし)、しがないミュージシャンをしております」

「それで、その【楽師】さんが俺に一体何の用だ?」

 

 【楽師】はバッファーに類する支援職の一種なのだが、肝心(かなめ)の覚醒スキルが【武神の楽譜】とかいう奏でたことのある楽曲を再現するだけのスマホにも劣るゴミスキルなせいで、探索者界隈では不遇な扱いを受けている人間蓄音機さんだ。

 

 ダンジョンの外の仕事?

 それこそ才能とコネがものを言う芸術の世界である。

 

「一昨日、貴方と交友のある曾祖父の宮本雅史(まさし)が老衰により亡くなられました。ついては妻にあたる宮本都子(みやこ)より一度お会いしたいとの頼みを受け、こうしてお迎えに参上した次第です」

「そうか、マサ爺が死んだか」

 

 五分五分だとは思っていたが、やはりか。

 だってマサ爺108歳だったもの、普通に考えて生きている方がおかしいくらいだ。

 

「もしかして、ご存じでしたか?」

「いいや、DカードのIDも交換してないんだから知るわけがない。ただ、マサ爺は友達を自分の葬式に呼ぶような湿っぽい別れ方が気に入らないと思っていたからさ。立つ鳥跡を濁さず、的な? あの人は死期を悟った野良猫みたいに人知れず消えていくような性格の爺さんだったんだよ」

「幼少期から面識があった僕の認識もそんな感じでした。お手数ですが、今からお付き合い頂いてもよろしいでしょうか?」

「特にこれといって用事もないし、別に構わないが。そうだ、萌も一緒に行くか? 本物の【ボマー】に会えるのなんて、きっと今日が最初で最後の日だぞ」

「いいの? 宮本さん」

「ええ、問題ありません。僕は外の車で待っていますから、準備ができたらお声掛けください」

 

 そういうわけで、俺達はマサ爺の奥さんの家を訪ねることとなったのである。

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