ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第31話 洋館の老主人

 店番を(つむぎ)夫人に引き継いだ萌と一緒に事務所から出ると、外の駐車場には赤い塗装のされた古い軽自動車が止まっていた。

 

「電気自動車が普及してから結構経つのに今どき珍しいね。宮本さんはレトロ趣味なのかな?」

「そうかもな。この分だと全員は乗れないだろうし、向こうに着くまで人形達は送還しておこう」

 

 魔結晶という万能エネルギー源があったこの世界でも20年くらい前まではガソリン車が主流だった。

 理由は単純明快で、そっちの方がランニングコストが安かったからである。

 

 近年急速に電気自動車が普及したのは、生体装備由来のダンジョンレアメタルを用いた全固体バッテリーの製造コストが採算ラインを越えたからに他ならない。

 

 事故った時に爆発炎上するリスクの高いガソリン車よりも、補助電源に魔結晶を使えるハイブリッドな電気自動車の方がよっぽど安全で便利だ。

 わざわざガソリンスタンドまで行かなくても、自宅で急速充電ができるしな。

 

 ちなみに国内に大電力を供給する発電所はその大半がゴーレム力発電によるものであり、残りの少数を石油による火力発電やダムの水力発電、ソーラーパネルの太陽光発電などで賄っている。

 

 覚醒スキルの【地神の恩恵】を取得できるまでレベルを上げた【偶像使い】が発電所に何十人も常駐していて、タービンに魔改造した巨大化ゴーレムを5体ずつ召喚して延々と回転運動させているわけだ。

 

 再召喚で簡単に修理可能な上に人件費だけで24時間365日ずっと働き続けてくれるなんてとってもエコだね。

 俺も待機所でネトゲをしているだけで死ぬまで給料が貰える簡単なお仕事がしたいものである。

 

 ま、現実は華族や財閥出身のヒキニートが無理矢理押し込められるような閑職なのだが、それはさておき。

 

「悪い、待たせたな」

「失礼しまーす」

「いえいえ、無理を言ったのはこちらですから。どうぞお構いなく」

 

 俺達が赤い軽自動車の後部座席に乗り込むと、【楽師】の覚醒スキル【武神の楽譜】で再生した音楽を聴いていた運転手の宮本謙史(けんし)はギアをガチャガチャ操作しながらクラッチとアクセルを踏み込んでMT車を発進させた。

 

「これって最近流行りのアニソンだよね。宮本さん、普段はどんなお仕事をしているの? やっぱり探索者?」

 

 この小説が億が一にもアニメ化した際にはエンディングで流れていそうな落ち着いた曲調の音源に興味津々の萌が尋ねると、宮本氏はバックミラー越しに苦笑して答えた。

 

「この曲を書いたのが僕なんですよ。と言っても、表向きの名義は違いますが」

「なんて名義?」

「オクトと呼んでください。僕の本名は職業の【剣士】と被るので、いつも自己紹介の時に困るんですよね」

 

 きっと彼の両親は【剣聖】みたいな息子に育って欲しかったのだろう。

 ま、そんな簡単に上手く行くほど子育ては甘くないってことだ。

 

「その気持ち分かるわ。俺もガキの頃はしょっちゅうハカセハカセって呼ばれてたからな」

博士(はかせ)と書いて博士(ひろし)ですか。シンパシー感じちゃいますね」

 

 キラキラネームと言うほどでもないのが逆に困る。

 こればっかりは名付け親に文句を言うしかない。

 

 萌は助手席の背もたれに付いていた冊子入れから出てきた付箋付きのアニメ雑誌をパラパラとめくり――俺だったらすぐに酔うから絶対に真似できない――インタビュー記事に載っているオクト氏の写真を見て感心した様子で呟いた。

 

「へぇー、本当に作曲家さんなんだ」

「若い頃は曾祖父母のような一流の探索者に憧れたこともありましたがね、どうにも僕には向いていなかったみたいです」

 

 先祖や身内に凄腕の探索者がいると深層の強い装備を簡単に工面できるので、スタートダッシュが非常にやりやすくなる。

 それでも諦めるってことは余程モンスターとの戦いが性に合わなかったのだろう。

 

 あるいはヘビーメタルみたいな目の覚める曲調の音楽を延々と弾くのが嫌になったとか。

 うーん、それが一番ありそうだ。

 

「その気持ち分かる。わたしも最初は【長剣士】だったけど、前衛で戦うのがどうしても無理で諦めちゃったもん」

「なあ萌、無職のオーブが使えるんなら【鍛冶師】じゃなくて【人形使い】になればよかったんじゃないか?」

「だってあの時はもうヒロくんと婚約してたし……家業を継いで人形師を目指す方を優先しちゃった。でも、やっぱりこっちにしておいて正解だったね」

 

 綻ぶような笑顔を浮かべた萌は俺の右腕に抱き着き、豊かな膨らみをぎゅっと強く押し付けた。

 ははは、こやつめ。

 

「お二人とも、着きましたよ」

「え、もう?」

 

 マサ爺の家は、萌の自宅から車で数分ほど行った距離の郊外に広がる畑作地の真っ只中に一軒だけポツンと建つ大正風の装いをした古い洋館だった。

 そりゃ頻繁に川崎区健康増進センターに出没してたんだからご近所なのも当然だ。

 

 広い敷地を囲った生垣の正面にある鉄柵門の前で車を止めたオクト氏は、車の鍵に付いていたストラップ型のキーを押した。

 すると微かな機械音とともにゆっくりと鉄柵門が左右に開いたので、そのまま敷地内に入って洋館の近くにある駐車場で車のエンジンを切る。

 

 見た感じ豪邸というほど広くはないが、民家というほど狭くもない。

 家族で住むには丁度いい塩梅の古屋敷だ。

 周辺は畑だけで家屋がまったく見えないから、騒音問題とも無縁で羨ましい。

 

 しかし、家の外壁や遊歩道のレンガに大規模な修繕の跡が目立つのが不穏だな。

 まるで爆弾か何かがそこで爆発を起こしたかのようである。

 

 真っ先に車から降りた俺が人形達を召喚すると、庭弄りが趣味の壱号はよく手入れのされた美しい庭を眺めまわしてほう、と息を吐いた。

 

「とても素敵なお庭ですね。これはどなたが管理されているのですか?」

「家の召使いをしている曾祖母の人形です。今後は僕が全て引き継がなければならないと思うと、少し億劫(おっくう)ですがね」

「ってことはやっぱり……」

「ええ、そういうこと(・・・・・・)です」

 

 要するに旦那の後追い安楽死をするってことだ。

 安楽死法がポピュラーなものになって久しいこの世界では割とよくある話なので、大して悲しむことでもない。

 

 オクト氏はギターケースを背に洋館の正面玄関へと向かう。

 人形達と一緒に庭を見ていた萌は俺達の会話で状況を察したのか、口を固く引き結んでいる。

 

 お洒落な木製の玄関扉に備え付けられたベルをオクト氏が鳴らすと、それから間もなくガチャリと音を立てて扉が開いて、クラシカルな侍女服を身に纏った黒髪の陶器西洋人形が中からそっと顔を覗かせた。

 

 うわっ……こぶし大ほどの膨らみが見えるベルトポーチを3つも腰の前に着けている。

 あのポーチの中には一体ナニが入っているんだろうね。

 

「フラワーさん、こちらが雅史(まさし)さんの言っていた大木土(おおきど)博士(ひろし)さんとお連れの伊古田(いこだ)(もえ)さんです。都子(みやこ)さんの待つ応接室までご案内をお願いします」

 

 フラワーと呼ばれた西洋人形はこくりと頷いて俺達に背中を向けた。

 どうやら見た目を取り繕っただけの彼女に余計な発声機能はないようだ。

 これこれ、こういうお(しと)やかな従者の方が俺の好みだったってのに萌はさぁ。

 

「僕は裏庭で待っていますから、終わったらまたお声を掛けてください」

「オクト氏は着いてこなくてもいいのか?」

「部外者はここまでです。きっと、プライベートなお話になると思いますので」

「そうか、ならそうさせて貰うよ」

 

 玄関先でオクト氏と別れた俺達は趣味のいいレトロ風の調度品が並ぶ廊下を歩き、広いリビングまでやってきた。

 

 シックなソファとテーブル越しに向かい合う位置に置かれた安楽椅子に深く腰掛け、アンティークの蓄音機でレコードのクラシック楽曲を聴いていた白髪の老婆は、ゆっくりと目を開き白内障で白く濁った瞳で俺達を見据えた。

 

「貴方があの人の選んだ子ね。旅立ちの前に会えて本当に嬉しいわ」

「初めまして、【ボマー】の片割れの宮本都子(みやこ)さんよ。俺が大木土博士だ。生前のマサ爺には偉く世話になったもんだぜ、例えば昼飯をしょっちゅう盗み食いされたりとかな」

 

 リビングの片隅にある棚の上には、満面の笑みを浮かべてダブルピースするマサ爺の遺影が収まった大きな写真立てが置かれていた。

 天国(じごく)に行ったどこぞの棋士じゃないんだからもっとマシな写真を使えばいいのに。

 

「うふふ、あの人らしいわね。そちらの方は?」

「わたしはヒロくんの婚約者の伊古田萌って言います。あのー、後で少しフラワーちゃんのことを調べさせて貰ってもいいですか?」

「おい」

「だって伝説の人形師、村正(むらまさ)士郎(しろう)が作った最高傑作だよ? もう二度とない機会なんだから、しっかり記録を残しておかないと勿体ないって」

「だからってな……」

「そう、貴女は人形師なのね。いいわ、好きにしてちょうだい」

「やったー!」

「まったく……」

 

 ソファに腰を落ち着けた俺と萌の間に、何故か参号が収まった。

 

「参号、お前もあいつらみたいにソファの後ろに立てよ」

「ぜったいにいやなのだ。もんくいったらじばくするぞ」

「ワガママだなーもう。一体誰が育てたんだ」

「そうなるようにそだてたのはあるじじゃん」

「いや、性格を設定したのは萌の方だろ」

「わたしのせいじゃないもん!」

 

 俺達が屋敷の主人をそっちのけでグダグダと言い合っている間に、仕事のできる西洋人形は湯気の立つハーブティーの入ったティーカップと茶菓子を用意した。

 

 ちょっと喉が渇いていたのでまずは一口ズズッと啜る。

 うーむ、庭で採れたいいハーブを使っているようだ。

 俺にお茶の味なんて一切分からないけど、香りがいいから多分そうだと思う。

 

「それで、都子(みやこ)さんはどうして俺を呼んだんだ。ただ顔が見たかっただけ、みたいに言うんじゃないぞ」

「もちろんそれもあるのだけれど、決してそれだけではないわ。亡き師匠から弟子への贈り物、受け取ってくれるかしら?」

 

 都子(みやこ)が合図をすると、西洋人形は細長い化粧箱をテーブルの上に置いた。

 恐る恐る蓋を開いてみると、そこには――。

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