ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第34話 一流の証明

 大きな怪鳥のシルエットが描かれた大扉を押し開いて広い石室の中に侵入すると、床に敷かれている見慣れた複雑怪奇な魔法陣の中心部に光が集まっていく。

 

「【人形召喚】零号。【火属性付与(エンチャントフレア)】。参号、やれ」

「いわれなくとも、やるにきまっているのだ!」

 

 ダッと駆け出した赤髪ロリロリドラ娘の背中には小さな黒蝙蝠の翼が一対だけぴょこりと生えている。

 深層の珍しい生体装備を集めるのが趣味の大学教授をしている【賢者】の蒐集家(しゅうしゅうか)、坂木賢一氏に頼み込んで譲って貰った【範囲縮小】付き吸血大蝙蝠の翼だ。

 

 いやー、すぐに強化素材として消費されちゃうハズレスキル付きの装備結晶を探すのにはかなり苦労したよ。

 つっても、これはローゼン閣下の伝手で見つけたんだけど。

 萌が常日頃から世話になったりお下がりの防具を貰ったりと、あの人には本当に頭が上がらないね。

 

「マスター、早く大盾の陰に隠れてください!」

「ああ、分かってる」

 

 弐号が現実化(リアライズ)して構えた使い捨て用の骨大盾の陰に俺と壱号、そして俺そっくりな顔をした海パン姿の零号が隠れる。

 

 ドゴォォォォォォォン!!!!

 

 間もなく、轟音とともに強烈な爆風がボス部屋の中を駆け抜けた。

 

「ぐうっ……なんて破壊力だ……!」

 

 全ての運動エネルギーを自らの肉体で引き受ける【仁王立ち】を発動している弐号は、ビキビキと陶器(・・)製の身体にヒビが入る音を立てながら爆風で吹き飛びそうな大盾を押し留めていた。

 

「超大型巨人かな?」

 

 これでも爆発半径が半減しているってのが恐ろしい。

 80層のボスに挑む前に、早く次の【範囲縮小】を手に入れないと……。

 

「マスター、どうやら倒せたようです」

 

 床の転移魔法陣が活性化したことに気付いた壱号が声を上げた。

 余りにも音がうるさすぎて、零号のレベルアップ音もロクに聞こえなかったわ。

 

 追加の魔力を消費して壊れかけの弐号と参号を新品に戻して再召喚すると、ロリロリドラ娘は一仕事終えた感じで額を拭った。

 

「ふー、つよつよすぎるのもこまりものなのだ」

「ホントそれな」

 

 メニュー画面からストレージをチェックするも、ドロップしたのは幸運の腕輪Lv12のみ。

 まぁ、装備更新はできるから悪くない収穫だ。

 

「面倒な鳥ばっかりのクソマップだったせいで移動に時間が掛かったから、もう夕方の定時前だ。例の装備結晶の落札期限も近いし、階層更新だけして今日は帰ろう」

 

 というわけでちゃっちゃとメニュー画面から71層の石室に転移した俺達は、いつものように零号へ業火のタクトだけを預けて――アンチの多い今の俺はロビー広場が一番危険な場所だ――送還した後、参号に外歩き用のゴスロリ服を着せてダンジョンからログアウトした。

 

 見目麗しい美少女人形を3体も連れて横浜海上ダンジョンのロビー広場に出てきた俺に、近くのテーブルでスマホを弄りながら駄弁っていた探索者達の視線が集まる。

 

「おい見ろ、またあいつだぞ」

「マジじゃん。相変わらずいい装備してんのな」

「ソロで潜り続けてまだ生きてんのか。金持ちの【人形使い】なんてみんな死ねばいいのに」

 

 弐号がキッと睨みつけると、見るからに雑魚い装備をしている底辺探索者どもは口を(つぐ)んだ。

 俺は彼らに聞こえるよう大きな声でこれ見よがしに人形達へと話し掛ける。

 

「あ~、70層のボスも楽勝だったなぁ〜。俺達ならもう100層とか余裕じゃね?」

「流石にそれは無理だと思いますよ、マスター」

「だが、その直前までなら確実に行けるはずだ。何しろ、私達のマスターは世界一の天才探索者だからな!」

「あるじあるじ、あのあほどもをぶっとばしてきてもいいか?」

「弱い者イジメは可哀想だからやめてね」

 

 おお、突き刺さるような嫉妬の視線が眩しいぜ。

 あんまり相手にするとまたぞろ既婚女性板の人形使いアンチスレに晒されるので、遊びはこの辺りにしてその場を離れる。

 

 閉じたドームと朝の天気予報からおおよそ察してはいたが、梅雨時期ということもあり空模様は生憎の雨。

 傘は1人分しか用意していないので、残念ながら今日も人形達は送還である。

 

 どの道、混み合う時間帯は人形連れで電車に乗れるわけがないから関係ないけど。

 ハーレム野郎じゃなくなった俺はそのまま大黒埠頭(ふとう)駅に直行し、程なくしてやってきた川崎方面行きの満員電車に乗り込んだ。

 

 帰宅ラッシュの満員電車の中、扉の付近で立ったままスマホでダンジョン庁オークションを見ていた俺は、周りに聞こえないくらいの小さな声で独り言を呟いた。

 

「運よく落札できたか。そうかぁー……」

 

 この神奈川にも、もうすぐ暑い夏がやってくる。

 それよりも一足先に、俺だけのサマーバケーションと洒落込むとしよう。

 

―――――

 

 帰宅後の夕食時、俺は食卓を囲む家族にこれからの予定を打ち明けた。

 

「俺、明日からしばらく沖縄に出張するから」

「お、沖縄ぁー!? ズルいズルい、私も遊びに行きたーい!」

 

 夏休みまであと半月ほど学業の残っている妹は、悔しそうに箸の先を噛んだ。

 

「春奈、行儀が悪いから箸を噛むのはやめなさい」

 

 父は顔を(しか)めて妹に注意する。

 

「だってお父さん、兄さんだけ一人で行くんだよ! せっかく稼いでるんだから、恩返しも兼ねて家族旅行に連れて行くのがスジってものじゃん!」

「言っておくが、オクで落とした装備結晶を引き取りに行くだけだぞ」

「でも、しばらくなんでしょ!」

「釣り好きのお父さんとしては向こうの魚が気になるところだが、今年の夏は忙しくなる見通しだから長期の旅行は難しいな……」

「お土産はたんと買ってくるからさ、今回はそれで満足してくれ」

 

 妹は渋面を浮かべたまま大皿に盛られた焼き餃子――母と壱号の手作りだ――を5つも纏めて口に放り込み、頬をハムスターみたいに膨らませてモグモグと咀嚼(そしゃく)した。

 

 餃子を飲み込んだ後、冷たい麦茶をゴクゴクと一気飲みして脂ぎった口内をリセットした妹は、空になったプラスチックのコップ――小学生の時から使っているピンクのプディキュア柄――をドン、と食卓に置いた。

 

「あー、もう分かった! 兄さん、夏休みになったら絶対どこか遊びに連れて行ってよ!」

「別にいいけど、他の友達と一緒に行くならスケジュール調整はしておけよ」

「よしよし、卒業したら地元に帰るレンちゃんと夏の思い出作りをしなくちゃね!」

 

 俺は春の桜まつりから扶桑(ふそう)レンとは一切会っていないことになっているので、余計なことは言わないでおくことにする。

 

博士(ひろし)、あなた70層を越えたって本当?」

 

 妹が静かになったのを見て、先ほどから静観していた母はついに口を開いた。

 

「まあね、Dカード見る?」

「見せてみなさい」

 

 俺は慣れた手つきで右の手の甲からDカードを取り出し、ちょちょいと設定を弄って身分証明用に名前と職業、レベルと44桁の個人識別IDだけを表示していた【人形使い】のステータス情報を全開示した。

 

「おおー、本当だ。兄さんもやるじゃん」

 

 裏側に載った【精霊使い】のステータスは完全に非表示のままだから安心安全。

 それにしても、ちゃんとステ振り調整しておいてよかったぜ。

 

 そうそう、ステータスといえばレベル60になった時に弐号を陶器人形へ進化させてある。

 残りのスキルポイントは100層を越えた時の為に温存する予定。

 

 【精霊使い】の方は他に取れるスキルもないから【魔力強化】を取ってLv2まで上げた。

 そのせいでまた【自爆】の火力が上がっちゃったのが痛し痒しだ。

 

「他の子は知っているが、この零号というのは?」

「大事な装備を預けてるマネキン人形。見る?」

「見たーい!」

「んじゃ【人形召喚】零号」

 

 農夫の大鎌と業火のタクトを持った人形師の外套だけを羽織っている海パン姿の影武者人形を召喚すると、妹は薄気味悪そうなものを見るような顔をした。

 

「うわっ、兄さんに似過ぎててキモ……」

「こうしたのは萌だし。俺は別に無改造のままでもよかったんだぞ」

「なんか沖縄のビーチでバカンスを楽しんでる兄さんみたいでムカつくから、早く送還してくれない?」

「はいはい」

 

 俺は妹に言われるがまま零号を送還した。

 ちなみに他の人形達はリビングのソファでテレビのバラエティ番組を見ている。

 

 今はサスケェの難易度を10倍にしたようなえげつない大型アトラクションのギミックで遠くに吹っ飛ばされて全身骨折しピクピクと痙攣(けいれん)するハゲた半裸のおっさん芸人に【治癒士】が集まって必死の救急医療を施しているところだ。

 

 いくら便利な【治癒魔法】や治癒ポーションがあるからって、ウケの為に身体を張りすぎるのは子供の教育に悪くないかな。

 まぁ、探索者になるならグロには慣れた方がいいのかもしれないけど。

 

―――――

 

 夕食後、風呂に入って寝る支度を済ませた俺は自室で旅行の準備をしていた。

 参号がすっぽりと収まるくらい大きなキャリーバッグの中に、タンスから取り出した夏用の衣類を詰め込んでいく。

 

「マスター、お忘れ物はありませんか?」

「スマホと財布さえあればなんとかなるだろう。最悪落としたとしても、適当なATMで魔結晶貯金を引き出せばいいわけだし」

 

 仮に盗まれたらどうするかって?

 失せ物探しを生業(なりわい)にしている探偵【占星術士】に依頼して下手人に報復するのである。

 

「これでよし、と。ホテルに加えてリニアとフェリーの予約もしっかり済ませたし、後はこのまま寝るだけだな」

 

 旅行の支度が終わった俺は、何となく部屋の中を見渡した。

 探索業を始めて大きな収入が入るようになってから、俺の部屋も以前とはだいぶ内装が変わっている。

 

 ベッドは寝具ともども寝心地のいい高級品に買い替えたし、漫画本は全て電子書籍に切り替えたので本棚ごと処分してスペースも広がった。

 その代わり、そこは使わない装備とかを置く荷物置きになっているが……。

 

 後は古い勉強机を収納の多い多機能パソコンデスクに変更したくらいか。

 上の棚にはダンジョン探索の参考資料や高野から貰った「ダンジョンのない平和な世界」の献本が何冊も並んでいる。

 

 最新のAAAタイトルが動くゲーミングPCとかノートパソコンも買いはしたけど、基本は俺の就寝中に壱号とか弐号が暇つぶしのネットサーフィンに使っている感じ。

 壱号はそれで覚えた料理のレシピを実際に再現するのが最近の趣味らしい。

 

 今はダンジョン探索がVRゲームみたいで最高に楽しいから、ニート時代に遊んでいたスマホのソシャゲも全部アンインストールしてしまった。

 やっぱり、一攫千金ができるリアルガチャに勝るものはないね。

 

「しかしマスター、これは本当に必要なのだろうか……?」

 

 帰りにわざわざホームセンターまで寄って買ってきた折り畳み式のゴムボートが収まったキャリー付きの大きなプラスチックケースを前に弐号は首を傾げた。

 

「絶対に必要だ。もし船が沈んだらどうする!」

「でもフェリーには救命ボートがありますよね」

「ホント怖いんだよ、分かって……」

 

 小学生の時に父親に乗せられた漁船で死ぬほど酔ったことがトラウマの俺は、生まれて初めての船旅に心の底から恐怖を覚えていた。

 あーん、元の世界みたいにお手軽な飛行機に乗りたいよー。

 

「あほなあるじ、こわいときはふとんにはいるとあんしんするぞ」

 

 小さなテーブルの前の座布団にちょこんと女の子座りをしてノートパソコンで子供向けゲームをしていた参号がそう提案する。

 

 無人島に遭難することになったら、こいつの爆弾漁で食糧を確保してやろう。

 いや、【情報共有】付きの腕時計があるからすぐに助けはくると思うけどさ。

 

「そうだね、そうしよう」

 

 ベッドに横になった俺は、枕元に置いてあった愛用のアイマスクを身に着けた。

 これも忘れずに持って行かないと、向こうで安眠できないな。

 

「おやすみなさい、マスター」

 

 微かな足音の後、壱号が部屋の電気を消す音がした。

 

「おやすみ、時間になったら起こしてね」

「お目覚めのキッスはこのニコに任せるがいい!」

「……うん、よろしく」

 

 使っていたノートパソコンを壱号に譲ったのだろう、のそのそと布団に潜り込んできた幼女人形をいつものように抱きまくら代わりにした俺は、明日からの沖縄旅行に備えて睡魔に身を委ねたのであった。

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