ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第35話 Dシェパードの光と闇

 朝早くに家を出た俺達は捕まえた自動運転タクシーを飛ばして横浜駅に行き、事前に予約していた九州行きのリニア新幹線に乗り込んだ。

 小金持ちの俺が取ったのは、もちろんお高い個室のボックス席である。

 

「おー、すごいはやいな。さすがはりにあしんかんせんだ」

 

 参号は車窓に頬をべったりとくっつけ、流れる景色を堪能していた。

 本当は駅弁とかも買ってみたかったんだけど、2時間もあれば九州まで着いちゃうから今回は諦めて帰路に期待することにする。

 

「あっちじゃ2035年に短い路線が開通するかどうかって話だったのに、こっちは随分と仕事が早いもんだ」

「マスター、向こうでは飛行機が主流なのですよね?」

「ああ。確かに旅客機に不特定多数の探索者を乗せるのは危険に違いないが……あの事件さえなければなぁ」

 

 雨雲の切れ間に一筋の飛行機雲を残すプライベートジェットを見つけた俺は、忌々しさに歯噛みをしながらぼやいた。

 

 航空産業が壊滅的な打撃を受ける原因となったDシェパード事件。

 ついにこれを語る時がきたってわけだ。

 

 まず初めに説明すると、Dシェパードというのは1981年に設立された家畜動物の保護を掲げるNPO団体の名称だ。

 歴史の授業で真っ先に教わるほど、名前を出すのもおこがましいカルト組織。

 

 名画にペンキをぶっかけたり、スーパーや飲食店に執拗な嫌がらせをしたり、捕鯨船の邪魔をしたりして世界中で蛇蝎のように嫌われているイカれた過激派環境保護団体を想像してくれたら、おおよそ理解できるだろう。

 

 それから【酪農家】が【動物会話】という精神感応系の固有スキルを持っている意味をよく考えてみて欲しい。

 ありとあらゆる動物と隣人のように言葉を交わせるスキルがある世界だぞ。

 

 一切の言葉を解さないダンジョンのモンスターからいくらでも肉が採れるのに、知性を持った動物を殺して肉を食べるなんて野蛮だ、などと(わめ)く者が続出するのも当たり前のことだった。

 

 伝統文化を守ったり、あるいはいつダンジョンが失われても困らないように備える必要がある以上、彼らの主張が受け入れられることは決してなく、国と動物保護団体との確執(かくしつ)は年を追うごとに広がっていく。

 

 そんな中で牛飼いの家系に生まれた【酪農家】のイギリス人男性プレイグ・カワード・バイロンが立ち上げたDシェパードは、彼の洗脳とも呼べるほどのカリスマ性によって世界中に存在する過激な動物保護団体を次々に飲み込んで拡大していった。 

 

 このプレイグという男に何か問題があったわけではない。

 彼の掲げた融和的な主張は多くの人々から受け入れられていたし、構成員による抗議活動でも誰かに迷惑を掛けるようなことは何一つさせなかった。

 

 それこそ王蟲の群れを沈めるような、素晴らしい人格を持った男だった。

 だがしかし、光が強ければ強いほど闇もまた深くなるものだ。

 穏やかになったのは表面上のことで、その本質は何一つ変わってなどいなかった。

 

 世界を揺るがす大事件が起きたのは2000年4月4日のこと。

 

 ダンジョンモノリスが地球上に降り注いでから100周年を迎える記念すべき日、イギリスの自宅でプレイグが死体となって発見されたことでDシェパードは言われようもない狂気に呑み込まれていくこととなる。

 

 地元警察の発表では強盗による殺害と断定されて、下手人もすぐに逮捕された。

 だが、その話を信じる者はほとんど現れなかった。

 

 ゴシップ紙は自社の記事を売る為にセンセーショナルな暗殺説を叫び、それを信じたいDシェパード構成員による大規模なデモが世界各地で立て続けに発生。

 抗議活動は日に日に激化し、ついには治安維持部隊との衝突で死者さえ出始める。

 

 ことここに至り収拾がつけられなくなったことを悟った各国首脳陣は、紛糾(ふんきゅう)した国際連合会議の末にDシェパードの解散命令を可決。

 厳しい取り締まりにより、事態は沈静化に動くと思われた。

 

 しかし、時すでに遅し。

 

 それから僅か1日後の2001年9月11日、奇しくも元の世界におけるアメリカ同時多発テロ事件と同じ日に次なる大事件は起こった。

 

 世界各国の空港で同時多発的に発生した【魔鳥使い】による旅客機の撃墜。

 対応に走る治安維持部隊をあざ笑うかのように都市部で散発的に発生し続ける【狂戦士】による一般市民の無差別殺戮。

 

 Dシェパードの本拠地とされるヨーロッパ各国では武装した構成員が酪農業を営む者を目に付いた端から殺して回った。

 職業すら持たない子供であろうとも容赦されることのないただの虐殺。

 

 日本でも【狂戦士】による無差別テロ行為で20万人近い死者が出ており、特に酪農業者が多い北海道では地方財閥の鳳凰院グループと協力関係にある【北海どさん子倶楽部】――【酪農家】と【農夫】の相互扶助を目的とする大手探索者クラン――とDシェパード構成員による激しい戦闘が日夜繰り広げられたほどだ。

 

 本州と繋がる青函トンネルは爆破されて完全に崩落した――復旧後の現在は3本に増えた――し、今でも北海道はDシェパード構成員によって生み出されたウェンカムイ――職業を持たない未成年だけを執拗に狙う習性を獲得したヒグマ――との終わりなき生存競争が続く試される大地と化している。

 

 壊滅した農業人口は当時10歳だったチャムPがネトゲ仲間の【賢者】達と一緒に農業のIoT化を推進したことで、どうにか食料自給率が100%になる程度には生産能力が回復しており、子熊を捕らえて人を襲わないよう教育してから野に放つイオマンテ作戦なども(おこな)って支配領域を少しずつ広げてはいるものの、まだまだ予断が許されない厳しい状況だ。

 

 このDシェパード事件による死傷者数は総計で数千万人にも及ぶとされ、もはやカルト組織による国際テロの範疇(はんちゅう)を越えて戦争そのものだったという。

 

 無差別テロが起こった国はどこも疑心暗鬼に囚われてしまい、国中から搔き集めた【裁判官】の【罪の天秤】による踏み絵を全ての国民に対して行わざるを得ないほどで、中でも【酪農家】の職業を持つ者は特に厳しい取り調べを受けたそうだ。

 

 EU内戦の終息後もその傷跡は決して癒えることがなく、鎖国に等しい渡航ビザの厳格化や国際連合加盟国の【魔鳥使い】禁職指定も行われた。

 

 人々に広まった飛行機恐怖症の結果として航空産業は凋落(ちょうらく)の一途を辿り、現在では富裕層のプライベートジェットしか飛んでいないような有様に成り果てたのだ。

 

 こうして人は空を捨て、交流は陸上と海運に逆行した。

 とはいえ、転んでもただでは起きないのが人間というものだ。

 

 この事件をきっかけに航空産業は完全に廃れてしまったが、その代わりとして日本国内の資本は陸路へとじゃぶじゃぶ注ぎ込まれた。

 

 国交省や有力財閥を後ろ盾にしたことで鉄道会社の用地買収は容易に進み――立ち退きを拒否した者がどうなったかは言うまでもない――あっという間に日本国内にはリニア新幹線の路線が張り巡らされることとなったのである。

 

 それはただただ単純に便利だから別にいいのだが、本州を離れた沖縄に行くには丸一日掛かる海路じゃないと不可能ってのがとても辛い。

 プライベートジェットなんて飛ばしたら片道でウン千万円が吹っ飛んじゃうよ。

 

「やっぱり乗りたくねぇ……。なあお前ら、今回は諦めてこのまま帰らない?」

 

 終点の鹿児島県鹿児島市に着いたので、リニア新幹線から電車に乗り換えて鹿児島新港までやってきた俺は、港に浮かぶ大型フェリーの前で尻込みをしていた。

 

「子供みたいなことを言ってないで、早く行きますよ」

「マスター、怖いなら手を繋いでも構わないぞ!」

 

 道行く人々の好奇の視線がとても痛い。

 俺だって乗らなきゃいけないのは分かっているんだよ。

 でもね、どうしても身体が動いてくれないの。

 

「あるじはほんとうにばかだな。イチゴ、このままもちあげてはこんでしまえ」

「確かに乗り遅れるよりはマシですね。よいしょっと」

「や、やめっ……あぁ~」

 

 オーバーオール姿の美少女人形に軽々と担ぎ上げられてしまい、バタバタと手足を暴れさせながら船内へと運ばれていく26歳の成人男性。

 うん、この間誕生日を迎えたんだ。

 

―――――

 

 次に気が付いた時、俺は(かす)かに揺れる船室のベッドで横になっていた。

 どうやら余りの恐怖でいつのまにか気絶してしまっていたようだ。

 こういう時には絶対に言わなければならないお約束の台詞がある。

 

「知らない天井だ」

 

 愚かな主人でもちゃんと世話をしてくれる優しい人形達がいてくれてよかったね。

 

「お目覚めになられましたか?」

 

 2組のシングルベッドが横に並んだ狭い特等室に備え付けられたテーブルの前で、椅子に座って静かに待機していた壱号が尋ねてくる。

 

「ああ、心配を掛けて済まないな」

「マスターが変なことをするのは今に始まったことでもないでしょう」

「ごめんね、許してちょんまげ。んで、弐号と参号はどこに行った?」

 

 ベッドから起き上がって室内を見渡したが、どこにも二人の姿は見当たらない。

 

「サンなら船内を探検すると言って出掛けました。ニコはその付き添いです」

「まったく、我慢のできないワガママなドラ娘だ。送還するのもアレだし、一緒に迎えに行こうぜ」

「ええ、それがいいでしょう」

 

 靴を履いて二人を探しに行こうとしたその時、ピーンポーンパーンポーンという特徴的な音が壁に備え付けられてあったスピーカーから響いた。

 

『本日は「フェリーひめゆり」をご利用いただきまして誠にありがとうございます。迷子のご案内を申し上げます。オオキドヒロシ様、オオキドヒロシ様。至急インフォメーションカウンターまでお越しください。繰り返しお伝えいたします。オオキドヒロシ様――』

 

 その船内アナウンスを聞いた俺と壱号は、揃って顔を見合わせた。

 これは不味いことになったかもしれない。

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