ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第42話 京美人の本性

 遠路はるばるやってきた京都伏見ダンジョンの91層を午前いっぱい使って踏破した俺は、探索者装備を着たまま一人でダンジョンの外に出て、伏見稲荷大社の近くにある観光客向けのお高い茶屋「しらぬい茶舗」で昼飯を食っていた。

 

 木造の古風な店内の畳に敷かれた座布団にあぐらをかいて座り込み、二人用の小さなテーブルの上にはホカホカと湯気の立つ美味そうなきつねうどんに稲荷寿司。

 高台に位置しているおかげで、窓から京都の町並みも堪能できるいい店だ。

 

「やっぱ稲荷大社と言えばきつねうどんだよな。うまいうまい」

 

 伏見ダンジョンは神社の境内にダンジョンモノリスがある関係上、参拝とダンジョンの出入り以外の行動は原則禁止されている。

 

 当然、他の場所みたいにファーストフード店が(のき)(つら)ねたりなどもしていない。

 だから飯を食いたかったら弁当を持ち込むか、ちょっと離れた場所まで足を伸ばすのがこの辺りの探索者の流儀らしい。

 

「貴方が大木土(おおきど)博士(ひろし)様ですね?」

「ん?」

 

 ズルズルとうどんを(すす)りながら声がした方に顔を向けると、そこには黒いグラサンを掛けた二人組の黒服の男が立っていた。

 胸元にある二引両の家紋、伊佐奈美の使いか。

 

「伊佐奈美様がお呼びです。屋敷までご同行願えますか?」

「数量限定の抹茶パフェを注文してあるんだ。悪いがしばらく外で待っていてくれ」

「申し訳ありませんが、逃げられるわけにはいきませんので。我々はこちらで待っております」

「まったく、営業妨害も(はなは)だしい連中だぜ」

 

 俺は周囲にいる観光客からジロジロと嫌な目で見られながらしっかり抹茶パフェを堪能し、それからようやく席を立った。

 

 さてと、鬼が出るか蛇が出るか。

 なーんてな、出るのは鬼女に決まっている。

 

―――――

 

 黒服の怖いお兄さん達に黒塗りの高級車に乗せられて連れてこられたのは、京都十条の高級住宅街にある大きな日本屋敷。

 

 縁側の廊下越しに枯山水の庭園が見える畳敷きの広い和室にポツン、と置かれた座布団に座る俺と向かい合っているのは屋敷の主の伊佐那美(いさなみ)だ。

 

「お久しぶりどすなぁ、ヒロシはん。お元気どしたか?」

「見ての通りさ。そう言うお前は変わったな、伊佐那美」

 

 無表情で喋る伊佐那美の舌先にはピアスが刺さっているのがチラチラと見える。

 以前から知ってはいたが、やはり目の前にいる和装の京美人は双子の兄を自分のミスで殺してしまった自責の念で完全にメンタルがイカれちまっているようだ。

 

「なんべんも【情報共有】で連絡しよう思たのに、あんさんはウチのことブロックされてますやん。なんでそんなんしたんどすか?」

「その理由はお前の方がよく知っているはずだと思うがな……」

 

 俺は膝元の小皿に置かれている湯気の立つ緑茶の入った湯呑みを見下ろした。

 さっき女中が持ってきて勧められたが、口を付ける気は全くしないな。

 

 敵地で出された飲み物なんてどんな混ぜ物がされているか分かったものではない。

 例え萌に睡眠薬を盛られた経験が無かったとしても、俺は同じ答えに辿り着くだろう。

 

「さっぱり分からへんさかい、ウチに教えてくれしまへんか?」

「しらばっくれるってわけか。なら、これを見てみろよ」

 

 俺はカバンからホチキス留めされた紙の束を取り出し、パサッと畳の上に投げた。

 そこには通信会社から送られてきたであろう、開示請求によって開示された匿名掲示板に書き込みを行った者の個人情報が記載されている。

 

「まさか【いけず石】のクランリーダーが既婚女性板で人形使いアンチスレを建てて扇動していた張本人だったとはな。これが表に出たらとんでもないスキャンダルになるんじゃないか?」

「嘘や、そないなん絶対にあらへん!」

 

 と、口では言いつつペラペラと紙の束をめくり出す伊佐那美。

 おいおい、こんな簡単に食いついてきちゃっていいの?

 

「ああ、嘘だぜ! だがマヌケは見つかったようだな!」

「えっ!?」

 

 呆気に取られた伊佐那美の手から離れた紙の束が畳の上にパサリと落ちた。

 この書類はこんなこともあろうかと高野にそれっぽく作らせた偽物(・・)である。

 

 ネットで誹謗中傷してきた相手が華族のような上級国民なら通信会社に圧力を掛けてもみ消すくらい簡単にできるわけだからな。

 下手に開示請求をして人生終わってるゴミニートなんかの個人情報を掴まされてトカゲの尻尾切りで終わるくらいなら、ブラフの見せ札で上等だ。

 

「つまらねぇ嫌がらせしやがって。何が【いけず石】だよ……ってめっちゃ名前通りのクランじゃん!」

 

 俺がセルフノリツッコミを入れると、伊佐那美はくすりと笑った。

 

「今更どすえ、ヒロシはん。ウチがナギくんを殺した相手を許すわけあらへんやん」

「責任転嫁するんじゃない、アレは一から十までお前のミスだ。それくらい、自分が一番よく分かってるはずだろうがよ」

「ヒロシはんがあの時ウチに売ってくれていたら、ウチらはとうの昔に100層を越えとったんどす。この程度で堪忍するとホンマに思うとったんどすか?」

「【精霊使い】もなしでどう黄金大蛇を倒すって? 言ってみろよ」

 

 その俺の言葉を聞いた途端、伊佐那美の表情が豹変した。

 必死に取り繕っていた京美人の仮面は崩れ、その醜い本性が露わになる。

 

「ナギくんが【精霊使い】やったんどす! ずっとずっと、ずっとここまで隠し通したのに、なのに! あんさんが!!!」

 

 なるほどね、これが本当の隠し玉だったってわけか。

 知っていたのは90層で同じパーティーを組んでいた古巣の【八咫烏】幹部だけで、よそ者の【クレセントムーン】は何も聞かされていなかったんだろう。

 

 巨乳の【踊り子】ネットアイドルを餌にダンジョン配信を通して搔き集めた資金で買い揃えた神器パワーで第三形態の特殊な魔法耐性を抜けると本気で信じ込んでいる望月京子がピエロ過ぎる。

 

 ま、絶対に裏切らない身内だからって理由でボス戦ではロクな役にも立たない貧乳【忍者】を重用している時点でアホだしな。

 金あるんだから無職のオーブを使ってもっとマシな職業に転職させろよ。

 

 そもそも本気でやるなら実は199層まで踏破している【剣聖】柳生(やぎゅう)宗盛(むねもり)とか、黄金大蛇相手に一人で3日も戦い抜いた【天災】柳生(やぎゅう)才牙《さいが》でもスカウトするべきだ。

 うんうん、それができたら誰も苦労はしないね。

 

「へー、そういうこと。でもな――」

 

 俺はここぞというタイミングで片膝立ちになり、ビシッと伊佐那美を指差した。

 

「――伊佐那岐はこの国の未来と一条マリアを天秤にかけて、自分の恋人を選んだんだ! 違うか、伊佐奈美!!!」

「そないに言わしといたら、もう許さへん!!!」

 

 死ぬほど聞きたくない正論をぶち撒けられた伊佐那美は、まるで本物の鬼女になったかのような怒り顔を浮かべて俺に掴み掛かろうとした。

 

「そこまでです」

「マスターには指一本触れさせない!」

 

 しかし間一髪のタイミングで俺の背後に召喚された臨戦態勢の壱号、弐号、参号を見てすとん、と座布団に腰を下ろす。

 何の対策もせずにいると思ったら大間違いだぜ。

 

「あんさんはえげつない人どす……」

「まったくもってそのとおりなのだ」

 

 はい論破。

 どんな時も最後に物を言うのは純然たる暴力だ。

 

 俺を筋肉で論破したかったらお友達の九鬼(くき)菊花(きっか)でも連れてくるんだな。

 そうしたら素直に両手を挙げて降参してやろう。

 

「伊佐奈美、お前がすべきことは兄の代わりに一条マリアを守ることだ。それは【クレセントムーン】とともに死地に(おもむ)くことでは、決して成し得ないことじゃないか?」

「そやさかい、そやさかいウチは100層に挑むねん。ナギくんを殺しといて、自分だけのうのうと生き残って他の男と結ばれるなんて絶対に許さへん。もし辞める言うたら、ウチがこの手で(くび)り殺したる……」

 

 おっと、うっかり地雷を踏んじゃったみたい。

 もう【呪詛魔法】でも使えるんじゃないかってくらいの呪いの言葉を吐いている。

 

 一条家とか由緒正し過ぎる五摂家の末裔だもん、引退イコール政略結婚だ。

 華族の端っこに位置する成り上がり者の伊佐家が言うことなんて、一条家の当主は歯牙にもかけないに違いない。

 

「それは別に好きにしたらいいと思うけどさ、俺への嫌がらせはやめてくれない? こっちは中学の卒アルとか晒されて滅茶苦茶迷惑してるんだよね」

 

 まったく、鬼女の特定能力には舌を巻くぜ。

 すっげー中二ポエムが書いてあって妹に朗読されたのめっちゃ恥ずかしかった。

 道理でこっちの世界の俺が燃えるゴミに出して処分するわけだ。

 

「ヒロシはんにはウチの気持ちがわからへんのやろうね。あんさんの恋人をわやにしたら、少しは理解でけるでしょうか?」

「つまらん脅しはやめろ、それができるなら最初からやってるだろうが。それにな、俺は許嫁(いいなずけ)が死のうが家族が死のうが、このクソったれなダンジョンをクリアするまで絶対に立ち止まりはしないって決めてるんだよ!」

 

 本当はとっても大事である。

 兄以外は誰一人として死んで欲しくない。

 でも、下手に弱みを晒して何かの拍子に人質にでもされたら超困るじゃんね。

 

「冷血どすなぁ。ホンマにお人形遊びが上手なお人で(うらや)ましい思うわぁ」

「好きに言ってろ。俺はお前が意味もなく死んだ後、一人で(かたき)を討ってやる。既に伊佐那岐の(かたき)は討ったんだから、大した労力でもない」

 

 ホームの京都伏見ダンジョンのモンスターテーブルくらいは頭に入っているのだろう、伊佐那美は驚きに目を見開いた。

 

「ヒロシはん、一人であの餓者髑髏(がしゃどくろ)を倒したんか」

「今さっきな。何だったら【罪の天秤】を使ってくれても構わないぞ」

「いけずなお人やん。そないな、いけず過ぎや……」

 

 そう言うと、伊佐那美は肩の力を抜いてがっくりと項垂(うなだ)れた。

 もうこれ以上、反論する気力さえなくなってしまったのだろう。

 

「だからあの時言っただろう、『お互い、ツキがなかったな』ってな」

 

 結局、ダンジョン庁オークションで星崎聖夜に競り負けた時点で全ての運命が決まっていたということだ。

 あのいけ好かないイケメン野郎は、伊佐奈美が横紙破りをするまでは常にフェアな丁半博打をしていたのだから。

 

 落札価格5億4200万円、伊佐奈美の資金6億円。

 ケチらず最後にベットすりゃ、それで伊佐奈美の勝ちだった。

 

「そうやんな……」

 

 8人で寄って(たか)って死人まで出したボスをソロで倒した相手に粘着するとか恥どころの話ではない。

 俺が上でお前が下、弱い者イジメで現実逃避の時間はもう終わりだ。

 

「俺は帰る。じゃあな伊佐奈美、あの世で兄貴とよろしくやれよ」

 

 返事は何も返ってこなかった。

 座布団から立ち上がった俺は、そのまま人形達を連れて和室を後にする。

 縁側の廊下を歩いていると、後ろの方からガシャンと何かを壊す音がした。

 

「マスター、今のは……」

「陶器の割れる音だったぞ!」

「物に当たるなよ、罰当たりな」

 

 きっと腹の虫が抑えきれなくて、湯呑みを壁に投げつけでもしたのだろう。

 物も大事にできないようなメンヘラ女なんかとは関わらないに限る。

 こんな女と結婚でもした日には家庭内DVで即離婚だ。

 

「しにたいならかってにじばくでもしたらいいのだ」

「それ用の【自爆】、今お前が着てるやつじゃん」

「たしかにいわれてみれば、じっしつさとがえりなのだ。あるじ、きねんにじばくしてもいいか?」

「絶対にやめてね」

 

 蝶よ花よと育てられた華族の女なんて一皮剥けばロクなもんじゃない。

 いくら教養と化粧で塗り固めようと、生まれ持った本性は隠せないってこった。

 

 それにしても、ダンジョン配信で伊佐奈美の舌ピアスを見てからすぐにフレンドIDをブロックしておいて大正解だったな。

 そうしていなかったら今頃あの女は、あの手この手で俺を地獄への道連れにしようとしていたね。

 

 迂闊(うかつ)に好感度を上げようものならヤンデレ化して萌ごと家庭をぶっ壊されちまう。

 それに比べたら、ちょっとネットで個人情報を晒されて粘着されたくらいで済んだんだから軽傷だ。

 

 しかしこうしてみると、俺の許嫁はマシな方だったんだなってしみじみと感じる。

 帰ったら少しは態度を改めるべきかもしれん。

 ま、調子に乗られるのは嫌だしその辺は追々ってことにしておこう。

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