ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第44話 九十九髪の焦燥

 自宅のリビングに顔を出すと、そこにはやはり望月京子が我が物顔で居座っていた。

 京子の服装は探索用の白を基調とした魔法職装備で愛用の長杖まで背負っている。

 

 ソファを壁際にどかしてテレビ近くの低いテーブルの前に座布団を敷き、その上に忍者装束の貧乳――黒川しのぶと並んで正座している感じ。

 

 少し離れたダイニングキッチン付近にある食卓の前では父と母、妹が椅子に腰掛けて非常に気まずそうな顔をしていたが、俺の顔を見てホッとしたような表情を浮かべた。

 

「やっと帰ってきたし。兄さん、ちゃんとLIND見た?」

「ダンジョン庁寄った時に通知切ってそのまま。んで、そいつらは?」

「なんか兄さんに用事あるっぽいよ」

「見りゃ分かる。父さん、母さん。危ないかもだからしばらく家から離れてて」

 

 ここで静かに粗茶――俺のコップを使うな――を飲んでいた京子が反応した。

 

「そのような手荒な真似はしないさ、大木土博士」

「さて、どうだかな」

 

 京子の向かいに用意されていた座布団に腰を下ろし、家族がリビングから退出するのを見送る。

 妹は興味本位で残りたがっているように見えたが、母が強引に連れ出した。

 少しして玄関の扉が閉まる音がしたので、俺から話を切り出すことにする。

 

「お前らの挑戦は明後日だろうに。暇人か?」

「私の情報網を甘く見ない方がいい。既に調べはついている。貴様がレベル99に到達していることも、つい1時間前に電鋼団子虫の肉を大量に売却したこともだ」

 

 どうやらダンジョン庁の中には彼女のシンパが相当数紛れ込んでいるらしい。

 俺がレアメタルの売却時にDカードを提示したんで、そこから情報が流れたってわけか。

 

「それ、言っちゃっていいの?」

「私には後がない。もう後がないんだ……!」

 

 どんだけ追い詰められているんだ、この女。

 まるで明後日100層に挑まなければ殺すとでも脅されているかのようだ。

 いや、実際にそうなのかもしれないな。

 

「そりゃ御大層なことで。仮に俺がその自殺に付き合うとして、お前は何を差し出すつもりだ。金か、それともその身体か? 俺はどっちも足りてるぜ」

「私が貴様に求めるのは後衛の盾役と【自爆】による第二形態の処理だけだ。第三形態は我々だけで突破する。それで1割、どうだ?」

 

 金の問題じゃないって言っているのが理解できないのかこの女は。

 俺は心の底から目の前の白髪女を見下すような表情をしてお断りの口上を垂れ流す。

 

「俺を馬鹿にするんじゃねぇ。例え10割の空手形を渡されようと【精霊使い】を連れずに黄金大蛇に挑もうとする脳足りんに付き合うわけねーだろうが」

 

 京子は悔しさにグッと歯噛みした。

 これでさっさと諦めてくれたらいいのに、目の前の白髪婆は更に食い下がる。

 

「だが、耐久を捨てて魔力に特化した私の八雷神(やついかづち)とララの【武神の一閃】さえあれば――」

「だから甘いってんだよ。暗殺に怯えるお前と違って【いけず石】はしっかり【精霊使い】を用意した。分かるか、死んだ伊佐那岐が【精霊使い】だ」

 

 やはり何も知らされていなかったのだろう、京子はヒュッと息を呑んだ。

 黒川しのぶに至っては余りのショックで石みたいに動かなくなっている。

 

「全てはリーダーであるというのに【精霊使い】にすらなろうとしなかったお前の保身が招いた結果だ。おかげで伊佐那美は完全にイカれちまったぞ。……いいか、よく聞け。お前にできる唯一の贖罪(しょくざい)はな、後に続く者の為に全力で戦って戦って戦い抜いて、決して涙を見せず勇敢なまま死ぬことだけだ。分かったか、望月京子」

 

 京子は言葉も返せず、ただただ黙するばかりだ。

 重い空気と沈黙の中、俺はリビングの掃き出し窓から裏庭の方を見る。

 

 星々が浮かぶ夜空には、薄い雲を纏った綺麗な満月が浮かんでいた。

 三日月のように欠けて消えゆく【クレセントムーン】とはまるで正反対だ。

 

「だからよ、もう無駄な足搔(あが)きはやめて家に帰って探索の準備をしろ。少しでも無様な真似をしたらネットに全部ぶち撒けて死後の名誉を汚してやっからよ。ほらどうした、何か言え。いつも配信でやってるみたいにイキって見せろよ」

 

 俺から散々に(けな)される京子の姿を見てついに我慢の限界がきたのか、隣にいた貧乳――黒川しのぶが膝立ちになって右手にクナイを構えた。

 

「言わせておけば、京子様がこれまでどれだけの苦労を――」

「黙れ貧乳! てめぇも【忍者】なんて舐めた職業してんじゃねーよ! 黄金大蛇相手にサポーターやるなら【時空術士】にでもなっておけばまだ戦えただろうが!」

「もっ、元々拙者は攻略要因では……」

 

 実のところフィールドマップでレベリングを手伝うのが黒川しのぶの役割である。

 一軍だけではなく、藤堂ララがスカウトした金策要員の二軍メンバーもそう。

 

 だって【忍者】って雑魚モンスターにしか効かない致命即死攻撃の【暗神の滅殺】を持っているからね。

 どんな面倒な敵でもイチコロなのは強いは強いが、DPSを求められるボス戦では敏捷特化でちまちま暗器を投げるしか能のない【忍者】なんて一切の役立たずだ。

 

「知ってる。京子に人望が無いばかりに貧乏くじ引いちゃったね」

「何も言い返せないのが悔しいっ!」

 

 一番可哀想なのはそれに付き合う他のクランメンバーだと思う。

 愛妻家の佐々木三郎太(さぶろうた)なんて幼い子供が3人もいるんだぞ。

 だからといって、第二職業バレのリスクを背負ってまで赤の他人を救うつもりは毛頭ないんだけどさ。

 

「……どうしても、駄目なのか」

 

 (すが)るような目で見られてもね。

 ただでさえ伊佐那美に逆恨みされて執拗な嫌がらせ受けてんだ、誰が助けるかよ。

 

「駄目。まぁ、せっかく家まで訪ねてきたんだからID交換してフレンドになってやるくらいならしてもいいぞ。嫌ならそのまま帰った帰った」

 

 やはり最初からダメ元だったらしく、俺が差し出したDカードに京子……とついでに黒川しのぶがDカード差し出して触れ合わせた。

 

「ま、せいぜい頑張るこった。じゃあな貧乳」

「貧乳言うなっ! もうこんな男の相手なんてやめて帰りましょう、京子様!」

「ああ、そうしよう……」

 

 そのまま玄関先まで見送ってサヨナラしたのだが、駐車場に止まっている黒塗りの高級車の運転席には何故か忍者装束を着た謎の男が座っていた。

 

「誰……?」

「兄者です……」

 

 黒川しのぶの兄者らしかった。

 闇の中にヘッドランプをピカッと点けた黒塗りの高級車は、京子と黒川しのぶを乗せていずこかへと走り去っていった。

 

「【人形召喚】壱号、弐号、参号、零号」

「大変な相手でしたね、マスター」

「マスターに説教されて逆切れしたあの女の【風属性魔法】をこの電鋼の剣でサッとガードしてみたかったのだが、そう上手くは行かないものだな」

「弐号、フル装備状態の京子がキレてたら家は消し炭になってたぞ」

 

 平気なのは第二職業持ちで魔力と耐久に特化している俺だけだ。

 元自宅警備員として、話し合いで解決できて本当に良かったと思う。

 

「あるじのかーちゃんよばなくていいのか?」

「そうだな、すぐにLINDしないと」

 

 俺はスマホを取り出して通知をオンにすると家族LINDを開いた。

 

ヒロシ>話し合いして帰って貰ったよ

ヒロシ>家が消し炭にならなくてよかった

ハルハル>兄さんのお金で建て替えるチャンスだったのに

ハルハル>今からでも間に合わない?

ヒロシ>酷い

釣りバカ剛三>[よく家族で行く焼肉屋の焼肉の画像]

母>早くきなさい

ヒロシ>うっす

 

「今夜は焼肉だってさ」

「私は家で家事をしておりますので、いつでもお呼び出しください」

「やっときょうのてれびがみられるのだー」

「留守番よろしく。んじゃ、行ってくるわ」

 

 零号に大鎌を預けた壱号と参号は家に戻る。

 俺の探索用装備を零号に着せて送還した後、満月の月明かりと街灯を頼りに夜道を歩いて焼肉屋に向かう。

 

「それではマスター、家族との団欒(だんらん)を存分に楽しむといい!」

 

 服や防具に焼肉の匂いが染み付くとメンテナンスが面倒なので、弐号もここまで。

 俺は個人経営の焼肉屋「そるむ王国」の扉を開き、顔見知りな褐色肌の女性店員に話をして家族の待つボックス席に合流した。

 

「お待たせ」

「モグモグ……(焼肉を頬張っている春奈)」

「ほら、博士の好きなジンジャーエールよ」

「あんがと、母さん」

「博士、他の子は連れてこなかったのか?」

「壱号は家で家事させてる。参号はいつものテレビで弐号は送還。匂いが付いたら萌に怒られるから」

「そうか。博士の分は先に注文しておいたから、焼き上がったものから好きに食べなさい」

 

 スマホの通知が一斉に鳴った。

 どうやらアメリカにいる兄が反応したようだ。

 焼肉奉行の父が焼く肉をひたすら食いながら、スマホで家族LINDを見る。

 

RYOSUKE>焼肉ズルすぎ

ハルハル>いつまでも帰ってこないのが悪い

RYOSUKE>クランの守秘義務契約がなかったらとうの昔に帰ってるよ

母>それはいいけど、相手はできたの?

RYOSUKE>[おどけて舌を出すカートゥーンキャラのスタンプ]

釣りバカ剛三>博士を見習いなさい

ヒロシ>流れ弾が飛んできた

RYOSUKE>博士は半月前にカンストしたんだっけ

ヒロシ>団子虫狩ってるから兄貴より稼いでるぜ

RYOSUKE>うらやま

ヒロシ>キャップ解放されてるそっちの方がうらやま

RYOSUKE>賢者がね

ヒロシ>知ってた[爆弾のスタンプ]

RYOSUKE>[ボマーに気を付けろのスタンプ]

 

 都子(みやこ)さんに話を聞いてからというもの、兄とはちょくちょく隠語でやり取りをしていた。

 腐ってもアメリカトップの攻略クラン【ナイツ・オブ・ラウンズ】に所属しているので、レベルは199でカンストしているらしい。

 

「兄さんってさ、昔とは随分印象が変わったよね。実は中身別人だったりして」

 

 いやに鋭い。

 

「筋肉……筋肉は全ての悩みを解決する……」

「でたでた兄さんの脳筋理論。健康増進センターで【ボマー】に洗脳でもされちゃった?」

「さてな。例えレプティリアンに脳みそを弄くられて記憶と人格が別人にすり変わっていようが、ガワは一緒なんだから気にするだけ無駄だろ。むしろ俺はロクデナシのニート人格が異世界まで吹っ飛んで清々するくらいだぜ」

「強い」

「お母さんとしては、家を出て真面目に働いてくれるなら何も問題はありません。それにしても、そんなに健康増進センターがいい場所なら亮介(りょうすけ)が帰ってきた時に通わせようかしら」

「甘ちゃんのリョウ兄さんには無理でしょ。すぐ飽きて女遊びに行くに決まってるもん」

「言えてら」

 

 つまらない連中の英雄願望に付き合うことなんかよりも、大切な家族とささやかな焼肉をする方が俺にとっては百倍幸福だ。

 

 それもこれも、ずっと第二職業の秘密を守り通してきたからできることじゃないか。

 だから俺は一人でダンジョンに潜り続けるし、赤の他人を躊躇(ちゅうちょ)なく(けな)して切り捨てる。

 

 死にたいやつは勝手に死んでいればいい。

 ダンジョンモノリスを通して俺を見ているお前らだって、そう思うだろう?

 

 俺は割り箸の先で挟んで網から持ち上げた食べ頃の美味そうな国産和牛の特上カルビを、まるで肉食のトカゲ野郎に見せつけるかのように揺らしながらカメラ目線でドヤ顔をした。

 

 ケケケ、お前らにはやんねーよ。頂きマンモス!

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