ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第50話 急転直下、骨工船

 時はさかのぼって、8月29日の午後2時頃。

 東京湾の沖合を進む自衛隊の水上艦艇の船上で、俺はぶり返した船舶恐怖症に怯えていた。

 

「あああああ……怖いよぉ……俺を陸に帰してくれぇ……」

「マスター、お気を確かに!」

 

 鹿児島と沖縄を往復するフェリー旅で克服したとばかり思っていたのだが、波の影響が大きい中型船だとまるで話が変わってくる。

 小学生の時、釣り好きの父に無理矢理漁船に乗せられてゲロまみれになったトラウマがフラッシュバックしてとてもつらい。

 

「ゆっくり深呼吸をしてください。大丈夫、大丈夫ですから……」

 

 波に乗り上げてグラグラと揺れる船の床に這いつくばる俺の背中を、壱号が優しく(さす)ってくれているが、気分は一向に良くならない。

 耐久が高いから酔って吐いたりはしないけど、俺の精神は限界に近い状態だ。

 

 本来なら今頃、家で心配性の母にしこたま説教をされているはずだったのに。

 どうしてこんなことになってしまったのだろう。

 

「じんぎにつられたあほなあるじ、ぜんぶじごうじとくなのだ」

 

 蛇腹状に伸ばした黒い蛇尻尾で船首の落下防止柵に掴まった状態で柵の上に立ち、楽しそうに海を眺めていた参号は呆れた顔で愚かな主人を見下ろしてくる。

 

 帰りは絶対、ヘリか何かに乗せて貰うようケツ上げ土下座してでもお願いするとしよう……。

 

―――――

 

 この悪夢の切っ掛けとなった出来事が起きたのは、俺が【クレセントムーン】【いけず石】連合に助力して100層を踏破し、東京江戸川ダンジョンロビー広場でのセレモニーを終えた直後のことだった。

 

 俺達は無数の警察官による厳重な警戒態勢が敷かれたロビー広場の長ーいレッドカーペットを歩きつつ観衆に手を振りながら退出し、望月グループの用意した黒塗りの送迎車に乗ってホテルやお家に帰ろうとしたのだが……。

 

 何故か俺だけ、送迎車の隣で待機していた自衛隊の護送車に詰め込まれてドナドナされてしまったのである。

 

 俺も最初は必死な抵抗をした。

 愛する家族が待っているんです、とか。

 もう疲れたんで帰らせてください、とか。

 

「なんで国防を務める側の人間が100層も越えてねーんだよ! いくら密約があるからって、軍隊なんだから【精霊使い】くらい秘密裏に用意しておくもんだろうが!」

 

 護送車内部の長椅子で向かい合わせに座っている迷彩服に身を包んだ黒髪ショートの女性自衛隊員――更科(さらしな)つばさ1等空佐、職業は【魔鳥使い】――は俺の文句にこう答えた。

 

「何度も言いますが大木土さん、日本は法治国家です。少なくとも自衛隊には一人として【精霊使い】は所属しておりません。そもそも、戦時においてそのような兵科は不要ですので」

 

 そりゃあ、人殺しにはもっと使える職業がいっぱいあるのも分かるけどさ。

 律儀(りちぎ)に100層の壁を敷いた国連の言うことを聞いているんじゃないよ。

 

「ですが更科(さらしな)様、無職のオーブを用いればすぐにでも【精霊使い】を用意できるはずではありませんか?」

 

 不満顔をした俺の代わりに、隣に座っていた壱号が疑問を口にする。

 

 実際、黄金大蛇の第三形態を抜くだけなら100層まで潜った経験のある人を【精霊使い】に転職させて【属性付与】を習得させれば事足りる話である。

 強い装備でガチガチに防御を固めてレベル50くらいまで育てりゃ十分だろう。

 

「もちろん我々は情報が解禁された時点で計画に従った育成環境の整備を始めています。ですが【魔神の秘匿】対策は時間が勝負です。一刻も早く【武神の忠言】が使える【軍師】を複数人用意して、国内に巣食う膿を摘発しなければなりません」

 

 【魔神の秘匿】ってのが守秘義務契約を強制する【賢者】の第二覚醒スキルだな。

 アメリカトップの攻略クラン【ナイツ・オブ・ラウンズ】に所属している兄の大木土亮介(りょうすけ)――とても口が軽い――が家族LIND越しでも匂わせしかできないくらいにはガチガチに口封じができるチートスキルだ。

 

 こいつで隠した情報は【罪の天秤】でも見抜けないんで、スパイは入り放題だし政治家官僚も汚職し放題ってこと。

 どうして国連が必死に100層の壁を守ろうとしたか、その理由がとってもよく理解できるね。

 

「【魔神の秘匿】は知ってるが、【武神の忠言】の方はどんな効果なんだ?」

 

 本当はアメリカのダンジョン省が公開した200層までのデータベースをスマホで調べたいんだけど、護送車に乗せられた時に【情報共有】付きの防水腕時計もろとも外部連絡手段を全部取り上げられちゃってる。

 一体どこに向かっているんだろう、この車……。

 

「【武神の忠言】は行使した対象のデバフ状態を全て解除するスキルです。これは【呪詛魔法】や【暗黒魔法】に対するカウンタースキルですが、【商人の契約書】と【魔神の秘匿】の守秘義務契約も無効化することができます」

「なるほど、そういうことね」

 

 きっと今頃、【魔神の秘匿】に頼り切っていた世界中の上級国民は証拠隠滅に追われて大変お忙しいことになっているに違いない。

 

 日本国内だと厚生労働大臣の太貫(たぬき)平蔵(へいぞう)なんかは特にヤバいだろうな。

 だって企業向けの格安アンドロイドレンタルサービスで日本の失業率を右肩上がりにしたサイバーライン社を野放しにしていたのってあの狸ジジイだし。

 

 上の人は先ほど俺がロビー広場で出した「サイバーラインどうにか規制してくれ」っていうご要望に同調した望月京子の起こすであろう行動に相乗りして、上手いこと米国ソ連寄りの政府関係者を失脚させるつもりなのだろう。

 

「ようやくご理解頂けたようですね。さて、これから大木土さんには相模湾(さがみわん)の人工島にあるダンジョンで黄金大蛇を倒す手伝いをして頂くつもりですが、心の準備はよろしいですか?」

「よろしくないです。今すぐ家に帰らせてください」

 

 俺はノリと勢いでダメ元のお願いをしただけで政治なんて正直どうでもいいんで、普通に半月くらい掛けてイチから【精霊使い】を育てたらいいんじゃないかな。

 

 というか、また明日から90層で電鋼団子虫周回をしたいんだよ。

 後10日ちょっとで横浜海上ダンジョンのマップ更新が入っちゃうし、それまでに思い残すことのないくらい稼いでから101層の先に挑みたい気持ちがある。

 

 逆張り神サイガのせいで勝ち倍率がぶっ壊れていた海外のブックメーカーに億をぶち込んでおけばその必要もなかったんだけど、ギリギリまで第二職業持ちであることを悟られたくなかったので涙を()んで我慢した。

 

 俺は探索業を放り出して副業で稼ぐような星崎聖夜なんかとは違うのである。

 モンスターを倒して手に入れた魔結晶とアイテム結晶で稼いでこその探索者だ。

 

 あー、俺も【アラブの石油王】みたいなレアドロップ率4倍のダブル【貴族】に転職してぇ……。

 おっといけない、つい本音が出てしまった。

 

「大木土さんは宮本雅史(まさし)の弟子らしくワガママな方のようです。しかし貴方の協力を取り付けることが我々の任務ですから、どうしても首を縦に振って頂かなければなりません」

 

 俺達の話についていけずラーメン屋の店主みたいに腕組みをして黙っていたポンコツ女騎士人形の弐号がムッとした顔をする。

 

「マスターの自由意志を奪おうとするとは、この国の軍人というものは教育がなっていないようだな! 我が領に仕える精鋭騎士を見せてやりたいくらいだ!」

「どうでもいい女騎士設定が足を引っ張っている……」

「なあなあおばさん、なにかほうしゅうとかないのか? あるじはけちだからいいそうびとかもらえないとてこでもうごかないぞ」

「お、おば……」

 

 妙齢の女性に向かって言っていい言葉ではないが、参号は幼女なので許される。

 あの、俺が命令しているわけじゃないからこっちを(にら)まないでください。

 

「赤紙なら国民の義務だからロハなのも分かるけどさ、実際のところどうなんだ?」

「一応、それらしきものは用意してあります。こちらなのですが……」

 

 更科(さらしな)1等空佐は脇に置いてあったファイルを開いて一枚の写真を見せてきた。

 その写真には美しい装飾の施された白銀色の片手剣が鞘ととも並んで写っている。

 

「伝説の【鍛冶師】村正士郎が鍛えた不屈の闘剣です。付与されたスキルは【逆境】と【治癒魔法】。元々、宮本都子(みやこ)の青銅人形シャドウが使用していた神器ですね」

「めっちゃいいのあるじゃん! それを先に言ってくれよ!」

 

 【逆境】は【剣闘士】と呼ばれる前衛職の習得できるパッシブスキルだ。

 その効果はダンジョン内での戦闘中に限り、対峙したモンスターとのレベル差分だけ筋力と耐久が上昇するというもの。

 

 骨工船でのレベリング以外では基本的にボス相手でしか能力を発揮できない。

 しかし、50層先の雑魚モンスターが超強化状態で出てくるボス戦――今回の黄金大蛇なら50レベル差――だと筋力と耐久が50ずつ、つまり合計100レベル分だけ上昇するチートスキルに化ける。

 

 耐久を筋力に加算する【金剛力】を使い、その上から【筋力強化】のような装備の基礎ステータス強化スキルや支援職のバフスキルを重ねると、レベル1の魔法職でも物理火力役として遜色(そんしょく)のない筋力ステータスを手に入れることが可能になるってことだ。

 

 装飾品が装備できず、ステータスが平均振りされている人形はレベル100であっても全ステ25――幸運は振られない――くらいしかないので、このスキル一つで弐号がどれだけ強化されるかは言わずとも分かることだろう。

 

 当然のように【逆境】スキル付きの装備結晶は相場がバカ高いから入手するのはまだまだ先になるかと思っていたが、まさかヘイト獲得用の【治癒魔法】まで付いた神器が手に入るとはな。

 ぶっちゃけボス戦では【自爆】戦術しか使わないから腐るかもだけど、欲しいのは欲しい。

 

「終戦後に探索者を引退した宮本夫妻より皇室に献上されたこの不屈の闘剣は、秋に執り(おこな)われる勲章親授式で天皇陛下より100層踏破者の皆様に下賜(かし)される予定の神器のうちの一つなのですが……大木土さんがお望みとあらば一足早くお渡ししても構いません」

 

 今更だけど国から勲章と神器が貰えるのね。

 これで俺も死ぬまで年金が貰える上級国民の仲間入りだ。

 なお、年金そのものは大した額面ではない模様。

 

「この国の王はなんと素晴らしいお方なのだろうか! これは引き受けるほかあるまい!」

 

 弐号はずっと欲しかった神器の片手剣が手に入ることを知ってとても喜んでいる。

 こうなったらもう、依頼を受ける以外の選択肢はなくなってしまったようだ。

 ああ、俺の楽しい電鋼団子虫周回期間が終わっちゃう……。

 

「分かったよ、やればいいんだろやれば。一応、俺の家族にだけは連絡しておいて貰えるか。第二職業バレして速攻でソ連の工作員にでも拉致られたみたいに思われるような心配はさせたくない」

「ええ、すぐに連絡させましょう」

 

 そういうわけで俺達は港で待っていた自衛隊の水上艦艇に乗せられて、模範囚が50層の骨工船で働く刑務所と自衛隊基地がある相模湾(さがみわん)の人工島まで護送されることとなったのである。

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