結局、初日は育成要員の【軍師】を入れ替えつつ黄金大蛇を10周もさせられた。
疲労困憊の状態で基地内にある士官用の個室に案内され――もちろん監視付き――家のふわふわベッドに恋しい思いをしながら、参号を抱きまくら代わりに就寝。
翌日より朝から夕方にかけて、延々と黄金大蛇を倒し続ける生活が始まった。
最低限必要な数の【軍師】のレベルキャップ解放が済み次第【踊り子】が加入し、100層入口の防衛班から抽出した【魔鳥使い】や【銃士】、【使徒使い】といった精鋭自衛隊員のレベルキャップを順番に解放する。
スキルポイントの関係で一人につき1体とはいえ第二進化を果たした大魔鳥は明らかにサイズと戦闘能力が向上しており、空の移動もよりスムーズになっていくのはありがたい限りだ。
同じく第二進化で金剛偶像に進化した魔改造ゴーレムも混じったことで火力が上がって周回効率も多少なりとアップしている。
レベル100の壁を越えて青銅人形に進化したうちの壱号と弐号がどれだけ強くなったか気になるところだけど、残念なことにまだまだ家には帰して貰えない。
休憩時間や食事時にちょいちょい話を聞いたのだが、今回の攻略班を構成するジジババ自衛隊員はその全員が千葉県
多額の軍事費が掛かった魔改造ゴーレムを保有する関係で終身雇用なのは本当に大変なことだと思う。
俺に周回を手伝わせているのもいわば超法規的措置であり、防衛大の方で進められている【精霊使い】の育成が終わり次第、おおよそ半月で解放される見込みらしい。
この辺りは事前に聞いていた話と同じで一安心といったところだ。
なお、第二職業と神器による【自爆】戦術で魔力回復ポーションという名のコストがかかる第二形態――本来は魔鳥に乗って安全圏から精霊魔法の雨を降らせる――をすっ飛ばせることが分かったせいでギリギリまで使い倒されることが決定している。
俺も黄金大蛇の装備結晶が掘れるから悪くない気分ではあるんだけどね。
実入りは電鋼団子虫とは比べ物にならないだろうけど、運よくスキル付きが引けたら収入はそれなりのものになるだろう。
しかしながら外部連絡手段は未だに取り上げられたままなので、終業から就寝までの僅かな余暇を使って【情報共有】でメニュー画面から垂れ流されているDTubeやDチャームの動画ストリーミングサービスを観ることだけが唯一の娯楽となっている。
初日の時点で【武神の忠言】と【罪の天秤】の合わせ技で十分なだけの取り調べを受けているんだから、もう少し監視の目を緩くしてくれてもいいのにな。
まぁ、お隣が刑務所だとそうもいかないか。
そんなこんなで
ようやく気分転換のできる日が訪れた。
「マスター、起床のお時間ですよ」
「もう朝か……」
娯楽室から借りてきた小難しい本を手に寝ずの番をしていた壱号に揺すり起こされた俺は、ワイシャツにトランクス姿で寝心地の悪いシングルベッドから起き上がる。
布団にしがみついていた参号がごろんと床に転がったが、気にせず洗面台の前へ。
「窓の外を見てみるといい、外はとてもよい天気だぞ!」
俺はシャカシャカと歯磨きをしながら、弐号がカーテンを開いた窓に顔を向ける。
曇天だった昨日とは違い空は綺麗に晴れ渡っており、電波塔の上では数羽のウミネコらしき鳥が獲りたての魚をついばんでいる姿も見えていた。
歯磨きが終わったら冷たい水で顔を洗い、備品のカミソリで髭を剃る。
これまた備品の治癒ポーション軟膏でお肌のケアをして朝の準備はおしまい。
俺はすっかり着慣れた迷彩服に袖を通し、その上から人形師の外套を羽織った。
「朝飯の時間だ。お前ら行くぞー」
「あうー……」
お気に入りの教育テレビが禁止なせいで――NHKに【情報共有】動画配信サービスはない――すこぶる機嫌の悪い参号を腕で抱えた壱号と普段通りの弐号を連れて個室を出ると、部屋の外で待機していた当直の若い自衛隊員に挨拶をする。
「どうも、おはようさん」
「おはようございます。聞いてください大木土さん、今日はお休みだそうですよ!」
「え、それマジ?」
「午後に【剣聖】の国葬が執り行われますからね。こちらでも簡易ではありますが中継映像を前に追悼式を行いますので、大木土さんもご一緒されるといいでしょう」
俺もDTubeのニュース番組で知ったのだが、【剣聖】
きっと時代の移り変わりを見て安心したんだろうな。
今頃は天国でマサ爺と
「完全な休みなら【情報共有】を使って家族や友人と面会したいんだけど、どうにか頼めたりしない?」
「恐らく
「ありがとう、それでも十分に助かるよ」
首尾よくお願いを取り付けたところで隊員食堂に到着。
一応は賓客扱いになっているので、大食堂ではなく幹部待遇の狭い方だ。
「おはようございまーす!」
「おはよう、ヒロシ君。今日も元気なようで何よりだ」
「風邪を引かないことだけが取り柄なんで!」
「あるじはばかだからかぜをひかないのだ」
すっかり顔馴染みになったジジババ教官と挨拶をしつつ、食堂のカウンター前に並んでワンプレートセットを受け取る。
「もう今日の予定は聞いたかい?」
「なんか休みらしいね。俺は元々社畜だったんで連勤でもまぁ耐えられたんだけど、年寄りにはキツくなかった?」
「まだまだ若い者には負けんよ。生涯現役じゃ!」
「健康増進センターの元同僚には会う度に
どこにでもある長テーブルの前に腰を下ろし、厨房で働く【調理師】の栄養士が作った
今朝の献立は山盛りの麦飯に漬物、具沢山の味噌汁、そして金棘
外では万単位のお値段がするような珍しいダンジョン産の魚介系ドロップ肉を非番の海上自衛隊員が訓練がてら狩ってきてくれるというのだからありがたい話だ。
「無駄に税金投入してんだからもっと若者が増えてもいいと思うんだけど。今度、どっかで宣伝でもしようかな」
「そうしてくれると、きっとあの人達も喜んでくれるじゃろう」
「オッケー。壱号、俺の代わりに覚えておいてくれ」
「了解しました、マスター」
「ヒロシ君、もっと自分で管理しないと歳を取った時にボケが早くなるから大変だよ?」
「そこまで生きていられるんなら探索者引退して【精霊使い】から転職してるわ」
「ところで、どんな職業に就くつもりだい?」
「そん時は【人形使い】にでもなって萌のおもちゃを増やすかな」
「ほほほ、恋人想いのいい男じゃ」
「それほどでもない」
世間話をしているうちに、あっという間に皿の中は空っぽになった。
これでお代わりができたら言うことはないのだが、残念ながら禁止である。
―――――
午前9時頃、俺は自衛隊員の案内のもと隣の刑務所施設まで足を延ばしていた。
普通に【情報共有】付きの装備だけ貸してくれたらそれでいいのに、どうも規則があるらしくこういう形になってしまったのだ。
移動中に通路の窓からチラっと中庭が見えたんだけど、ここの刑務所にいる骨工船員は普通にネットに繋がったスマホを携帯していた。
命の危険と隣り合わせの刑務作業でお国に尽くしているからこその好待遇だ。
この場所で違反行為を繰り返したりなんかしたらどんどん民度の悪い人工島に移されるし、最後は無職のオーブで強制レベルリセットされて普通の刑務所に何十年もぶち込まれるからな。
出所後のことを考えると看守の【使徒使い】には黙って従っておいた方がいい。
「俺もスマホくらい使わせて貰えないものかな」
「国防に関わる重要な任務中ですから、電子機器の使用は厳禁です」
「だよね……」
面会を頼んだ相手には事前連絡をしてあるそうなので、特に理由もなく借りた囚人服に着替えた俺は何もない面会室に置かれたパイプ椅子に一人で腰掛け、【情報共有】付きの腕輪を使ってメニュー画面のフレンド欄から母の名前をタップする。
十数秒のコールの後、自宅のリビングにいる母と妹の姿が画面に映った。
休日にも関わらず父の姿がない理由は一つしかない……釣りだ。
『
「うう、親不孝な息子を許してくれ……」
ジャラジャラと両腕に掛けられた手錠を揺らしながらウソ泣きをすると、ポテチの袋を抱えた妹の大木土春奈18歳高校3年生――横浜国立大学水産学部志望、偏差値60――はシラーっとした顔で呟いた。
『兄さん、なにその恰好』
「刑務所の人に頼んだら貸してくれたんだよ。似合ってる?」
『滅茶苦茶似合ってる。もうこのまま帰ってこなくていいんじゃない?』
「後1週間くらい頑張れば帰れる見込みだから見捨てないで欲しい」
『ところで博士、他の子はどうしたの?』
「じゃあ召喚するけど。【人形召喚】壱号、弐号、参号」
俺の後ろに3体の人形が召喚される。
不機嫌そうな参号は、のそのそと膝の上に登ってポジショニングを決めた。
「かんちょーぼんばーができないうえに、てれびきんしでつまらないのだ」
『それは可哀想に、少し見せてあげようかしら。ええと、確かこうやって……』
母は【情報共有】画面のカメラをどうにかテレビの方に動かそうとした。
使い慣れていないせいで映像がガクガク上下に揺れて乱れている……。
「サンはえらいどらごんだから、がまんできるのだ」
ちょっと無理そうだと思った参号が諦めたことで、映像は再び正常に戻った。
『偉いわね。うちのお父さんにサンちゃんの鱗を煎じて飲ませてあげたいくらいだわ』
三度の飯より釣りが好きな釣りバカ
就職氷河期の時代でも一般サラリーマンの父が商社の仕事を失わずにいられたのは高い営業能力を買われてのもので、決して釣り友達の社長のお気に入りだからという理由などではない……と信じたい。
「
頼れる壱号が率先して話題を切り出した。
『望月さんが手を回してくれたみたいで、
『お父さんの仕事が大変だって言って、レンちゃん退学しちゃったんだけど!』
スウェーデン人ハーフである
当然、世界情勢の変化があれば対応に追われるだろう。
大口の取引先が【魔神の秘匿】を使っていたらそれだけで会社が倒れる危険性すらあるから、結構ヤバい立場である。
「それを俺に言われてもな。要領のいいレンのことだしきっと上手くやるだろうさ」
『そうだといいんだけどねー』
ぼちぼち近況報告をしている間にタイムアップ。
お次は萌の番か。
フレンド欄から名前をタップしてコールすると、秒で画面が切り替わった。
『ヒロくん久しぶり! もう、あんな凄いもの隠してたなんて、わたしとってもビックリしたよ! そんな秘密主義のヒロくんも大好き大好き。ん〜、ちゅっちゅ♡』
伊古田製作所の事務所のソファに座っている癖っ毛で橙メッシュな黒髪の変態女は画面越しに間接キスを目論んだ。
「近くで人が見てんだぞ、正気か?」
『ここはわたし達のラブラブっぷりを見せつけてあげるところじゃないの?』
「ラブラブじゃねーし。一度キスしてやったくらいで愛妻ヅラしてんじゃねぇよ」
こちとらカラオケ屋でストレス発散すらできないブラックにブラックを重ねた軟禁生活で溜まっているってのによ。
そうだ、実家に帰る前に外で一泊して壱号と弐号にいっぱい癒して貰うとしよう。
『ひっどーい! この鬼畜ご主人様ー!』
Dちゃんねるの既婚女性板で
何だったら京子を謝罪に追い込んだことで鬼畜説が更に増強されているくらいだ。
「鬼畜で結構。元気そうだし、話すことがないならもう切るぞ」
『ダメダメ、時間いっぱい付き合って貰うもん!』
「はいはい……」
建設的な話題と言えば、萌の就いている【鍛冶師】の第二覚醒スキルの話だろう。
【創神の愛着】は大量の魔結晶を消費して強化上限の限界突破ができるスキルで、【ボマー】夫妻から貰った神器の★マークがそれに相当する。
ソシャゲの低レアキャラに聖杯を山ほど使って無理矢理★5運用するイメージ。
相応の費用が掛かるとはいえ、装備結晶のカテゴリー分けを気にせず好きなスキル構成を作れるのは大きなメリットだ。
厳密に言うと装備結晶は武器と防具にカテゴリーが分かれているから、防具にしか付かないスキルを武器に移植したりはできないけどね。
逆もまた
一つの例を挙げると、鎖鎌みたいなマイナー武器の装備結晶が神器として手に入った時、高く売れる片手剣に合成してから【創神の愛着】を使って強化すれば何倍もの値が付く感じ。
だからそのせいで現在、レアスキル付きのゴミ装備の相場が高騰しているらしい。
特に需要の多い【治癒魔法】や【魔の指先】なんかはその最たるものだし、5月から続いていた【仁王立ち】の買い占め騒動もあって、これから盾役を始める新人タンクが可哀想過ぎて心底同情しちゃうね。
まぁ、宝くじのキャリーオーバーが起こっているような感じなんで、低層の雑魚狩りでレアスキル付きの装備結晶を拾って一攫千金狙いの底辺探索者には朗報と言ってもいいのかもしれない。
『ヒロくん、余裕ができたらわたしのパワーレベリング手伝ってね!』
「できたらな。ぶっちゃけ上限突破だけなら村正重工にいる第二覚醒済みの【鍛冶師】に頼めばいい気もする」
『正直、わたしもそう思う』
そもそも萌の本業は人形師だしな。
事故死のリスクを背負ってまでこれ以上レベル上げをする必要は一切ない。
『大木土さん、そろそろお時間です』
面会室の壁にあるスピーカーから刑務所の職員の声が聞こえてきた。
楽しい時間はすぐに終わっちゃうものだ。
「帰ったらまた事務所に顔を出すわ。つってもメンテはこっちの人がしてくれたから必要ないんだけどさ」
『お仕事頑張ってね、ヒロくん。最後にさよならのキスしよっか、ん〜♡』
萌のおちょぼ口がアップで迫ってきたので、俺はスパッと【情報共有】を切る。
いい感じに忘れていたのに、最後の最後でケチが付いちゃった。
「俺はこんな女の為に頑張ったのか……」
萌と結婚したら四六時中これに付き合わなきゃいけないってマジかよ。
どうにかこのまま別居させてくれないかな。
「相変わらずでしたね、マスター」
「うむ、いっそ
込み上げてきた不安をごまかしたくて、膝の上の参号をぎゅっと抱き締める。
体温を持たない愛玩人形には幼女特有の温かみが無いのが、今は少しだけ寂しい。
「じんせいはときにつらくきびしいのだ。あきらめがかんじんだぞ」
参号の言う通り、落ち込んでいても仕方がないか……。
面会時間も限られているのだから、気を取り直して次に移るとしよう。