軽く現在の状況をおさらいしておくと、特に理由もなく借りた囚人服姿の俺は両手に手錠を装着した状態でパイプ椅子に腰掛け、膝の上に参号を乗せている。
そして背後には壱号と弐号が立っている感じ。
「ええと、高野高野っと……」
【情報共有】のコールから十数秒後、画面に頬のこけた深い緑髪の男が映った。
どうやらアニメ関係の仕事で外出中らしく、背景の巨大な防音ガラスの向こう側には録音スタジオのマイク前で台本を読み上げる女性声優の姿が見切れている。
『すいませんね、ハカセさん。どうしても外せない用事があったものですから』
「別にいいけど、収録の方は順調?」
『音響監督がこだわりの強い【通信士】なせいで難航していますね』
「あらら……」
初期から【地獄耳】という聴覚が鋭くなるスキルを持っている【通信士】は音質に厳しい人が多く、元の世界のオーディオマニアよりもウザがられていた。
『駄目だよぉ
そう注意しながら画面横から顔を出した黄髪のおじさんが着ているTシャツには「ダンジョンのない平和な世界」の主人公、ダウナー系黒髪美少女ピースちゃんのイラストが描かれている。
彼は高野の担当編集の
「どうも、世界観監修の大木土博士だ。こんな格好で悪いな」
『めっちゃ久しぶりだねぇ。一体、何をやらかしたらそうなるんだい?』
「ただのジョークだよジョーク。赤紙貰って黄金大蛇周回させられてるって高野から聞いてない?」
『聞いてたけど、うっかり忘れてたぜぃ。いやー、まさかハカセ君が第二職業持ちだったなんてなぁ……知ってたらどれだけ儲かったか……くそっ!』
その職業は【占星術士】、覚醒スキル【天神の執着】による固有識別ID追跡の力で、締め切りを放り出して雲隠れした漫画家を探し出すプロフェッショナルである。
見つかった漫画家はどうなるかって?
当然、【時空術士】の編集者から【天神の伝播】という名のヘ〇スト魔法を貰って必死に原稿を間に合わせることになるわけだ。
「当事者の俺だって賭けてないんだから気にすんなよ。それで高野、幾つか聞きたいことがあるんだが――」
俺は家族や萌との会話ではロクに聞けなかった、他の第二覚醒スキルについての情報を一から十まで教えて貰った。
案の定、大半がネタとしてしか使えないゴミスキルだったな。
例えば【暗黒術士】の【暗神の真価】は第一覚醒スキルとまったく同一で重力デバフを更に強化するだけのものだったり、【芸術家】の【創神の署名】によって【構造解析】による産業スパイや盗作を防止できるようになる……のかと思いきや【贋作師】の【暗神の悪癖】で簡単に突破されるせいでまるっきり意味がなかったり。
しかしながら、【魔神の秘匿】や【創神の愛着】みたいに壊れているものもある。
契約者がストレージ内に所持している魔結晶とアイテム結晶を任意のフレンドへ相続可能にする【商人】の【天神の金蔵】とか、【催眠術士】の【魔神の誘惑】による視線が合った相手の思考誘導とか明らかにヤバいものもあったが、その中でも特にヤバいのが【占星術士】の……。
「【天神の追想】、か」
『ええ、ハカセさんの秘密は既に丸裸にされていると思った方がいいでしょう』
「知らなかったことはしゃーない、切り替えていこう」
時間もいい頃合いだったのでそろそろ通話を打ち切ろうとしたところで、離席していた
『ハカセ君、知り合いが取材したいって言ってるんだけど頼めたりしない? 衆英社オンラインでライターやってるやつなんだけどさぁ』
「えー、どうしよっかなぁー」
『あの人には雀荘で負けた借りがあってねぇ。ハカセ君がいいって言うなら、
『それ、卑怯じゃないですか?』
『いやいや、結構大事だよぉ。俺って界隈ではそこそこ顔が広いからさぁ』
「分かった分かった、一回だけな。仕事が終わったら高野経由で連絡するから、適当にスケジュールを合わせるよう伝えておいてくれ」
『やりぃ! やっぱり持つべきものはコネだねぇ』
「んじゃ、アニメ化監修頑張ってな。バイナラー」
『ハカセさんもお元気で。バイナラー』
高野との通話が終わったところで、ささやかな面会の時間も最後となった。
空中に浮かんだ乳白色のプレートに表示された【情報共有】画面には、東京都江戸川区の一等地に存在する望月グループ本社ビルの会長室に我が物顔で座している白髪の高飛車女が映っている。
「よう京子、元気にしてるか? 俺はもう1週間も
白いレディーススーツ姿の望月京子が執務机の向こうで座っている新品ピカピカな革張りの高級社長椅子からは、会長代理の望月
『ククク、いい気味だ。こちらは貴様のつまらない思いつきのせいで大変迷惑しているところさ』
さぞや多忙な日々を送っているのだろう、京子は目の下に化粧でも隠しきれないほどの黒いクマを薄っすらと浮かべている。
この分だと、寿命を削る【天神の伝播】まで使っているかもしれない。
装飾品のせどりから始まって日本の探索者業界のドンまで成り上がった大商人、望月
探索者クランの管理と財閥企業全体の管理では、のしかかる責任の重さは桁違い。
彼女の言動と一挙一投足が日本全ての経済を動かし、国民の人生を左右する。
例え兆の金を貰えようが、俺はそんな生き方なんてごめんだね。
「ネット禁止されてるからDTubeでニュース番組見るくらいしかしてないんだけど、何か事件でもあったのか?」
『「ケツ上げ土下座」だったか。私の下品なアイコラがネット上にばら撒かれて収拾がつかない状態になっている……』
京子は心底不愉快そうなツラをして大きな溜め息を吐いた。
絶対、消しては増えてのイタチごっこになっているんだろうな。
俺は訴訟を恐れない無敵のネット民のそういうところをよくよく信用している。
「ざまぁw」
『笑い事ではない。笑い事ではないぞ
この高飛車女はこれから先、人に会う度に「でもこの人、配信で無様な姿を見せた上にケツ上げ土下座までしたんだよな……」と思われる人生を送ることが決定した。
無計画で黄金大蛇に突っ込んで命が助かっただけありがたいと思って欲しいね。
「これでお前も俺と同じ穴のムジナだ。んで、サイバーラインの方はどうなった。第二覚醒持ちの【軍師】はこっちで量産しておいたが、何かの役には立ったか?」
京子は話題を切り替えたことで気を取り直したのか、それとも現実逃避がしたいのか、姿勢を正して不敵な笑みを浮かべた。
『国内の膿を一掃し、規制反対派の口を割るのに大層重宝したそうだ。サイバーラインの件だが……来週中に臨時国会を開かせて規制法案を通す。12月1日からの施行に先駆けて、既に日本中の企業で人材の争奪戦も始まっている。ククク、貴様の言葉一つで就職氷河期が売り手市場の求人バブルだ。さぞ、痛快なことだろう』
「あざっす、超あざ〜っす。そいつを聞いて安心したぜ。で、肝心な聖夜の方は?」
『星崎聖夜は思ったほどのダメージを受けていないな。あの男、貴様がロビー広場に登場した途端、時間外取引で望月関連株の手仕舞いを始めていた。だが……貴様の予想通り、本命のオリオント工業関連株が刺さってまず間違いなく骨工船に落ちることになるだろう。よかったな、ヒロシ』
「いけ好かないイケメン野郎め、身の危険を嗅ぎつける嗅覚だけは一丁前だな。とはいえ、一度でも骨工船に落ちてしまえばケツ穴地獄は確定だ。ケケケ、ざまぁみろ」
積み上げてきた社会的地位と日本国籍を捨ててまで国外逃亡することだけはチンケなプライドが許さなかったらしいな。
台所の冷蔵庫の裏に隠れたゴキブリのようにしぶとい
これで知りたいことは知れたものの、時間が余ってしまったのでそれから先はどうでもいい政治経済についての話や【クレセントムーン】の近況を聞くこととなった。
望月財閥の会長となった京子の代わりに、スカウトを担当していた藤堂ララが【クレセントムーン】の新たなクランリーダーとして就任、現在はカオりんの視聴者サービスを兼ねて二軍メンバーから抽出した二期生を育成している真っ最中だそうだ。
今更になってスカウトに成功した優秀な野良専【精霊使い】のレベル上げが終わり次第、【クレセントムーン】単独で黄金大蛇を倒して101層から先の攻略に移るとのこと。
名前も聞いたが、フレンドの山城七海ではなく普通に四国出身のおっさんだった。
「流石は日本トップの攻略クラン、一度きりの踏破で済ませるほど弱くはないか」
『世の中、金の力ではどうにもならないことがあることは身に染みて分かった。これからは堅実に進めるとするさ』
「カオりんのファンだけは泣かせてやるなよ。特に彼氏バレとか」
『
「えっ、お前らそういう関係なの?」
あら^~
潤っちゃうううううううううう
ククク……きょうカオほっしですな……
花園は護ります!
『もちろんただの冗談に決まって――』
会話の途中で会長室の扉がガチャリと開き、黒川しのぶとかいう貧乳の声が聞こえてきた。
『京子様、そろそろ次の会議のお時間ですが――あっ、貴様はヒロシ!』
シュバっと京子の背後に回り込んだレディーススーツ姿の貧乳は、ビシッと俺の方を指差した。
「お前【クレセントムーン】を抜けて今は会長の秘書してんの? そのスーツさ、貧乳には全然似合ってないから変えた方がいいよ」
百合の間に割り込む貧乳にはキツく言ってやらねば気が済まない。
俺には全世界にいるきょうカオ民の代わりに黒川しのぶをおちょくるという重大な責務があるのだ。
『余計なお世話ですっ!』
『さて、私は忙しい。次に貴様と会うのは11月末に予定されている勲章親授式か。その時は落ち着いて話ができる状態になっていることを祈りたいものだ』
「俺も同じく、普通の探索者に戻れていたらいいんだがな。そんじゃ、バイナラー」
『さらばだ』
ぶつん、と【情報共有】画面が閉じた。
「ノリの悪い女め……」
「これで楽しい面会の時間も終わりですね」
「そうだな。さてと、帰ったら少し休憩して国葬の準備をするとしよう」
膝の上を占拠していた参号を降ろしてパイプ椅子から立ち上がった俺は、面会室を出て元の迷彩服に着替えると自衛隊基地にある自分の部屋まで帰る。
やることも特にないから昼飯まで【情報共有】で垂れ流されているダンジョン配信でも適当に観ようと思っていたのだが、娯楽室に壱号の本を借りに行く時に出会った非番の自衛隊員と一緒にトレーニングルームで筋トレをすることになってしまった。
「日々の探索で下半身は鍛えられているようだが、上半身はまだまだ絞れるな。せっかくの機会だ、君にも自衛隊秘伝の訓練法を伝授してやろう」
「あ、あざっす……」
「ご安心ください、マスターに必要なトレーニングメニューは私が全て記憶しておきます」
「そういう問題じゃないんだけどね……」
タンクトップ姿ではち切れんばかりの筋肉を見せびらかしてくるむさ苦しい野郎どもに囲まれていると、ずっと通っていた健康増進センターの加齢臭と湿布とタンスの防虫剤の匂いが入り混じった特有の臭気が懐かしく思えてしまうのは何故だろう。
ああ、早く平和な日常に帰りたいな……。