ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第5話 残業明けの再会

 7層の探索を終えてダンジョンから出た俺は、夜間照明に照らされた人通り少な目のダンジョンモノリス前ロビー広場のど真ん中で、通信の復活したスマホに雪崩れ込んできた大量の着信履歴を前に頭を抱えていた。

 

「残業……してしまった……」

 

 本当は5層まで行って帰るつもりだったのだ。

 ただちょっと、あと少しで弐号のレベルが4に上がりそうな予感がしたから。

 30分くらいならいいだろと探索に乗り出し、当然のようにオーバーランである。

 

 過ぎ去ってしまった時間はどうあがいたところで決して取り戻せないので、俺はメッセージアプリのLINDを開いて中身を読まずにただ一言だけ書き込みをした。

 

ヒロシ>7層踏破しました

 

 連絡が付かない間ずっと何をしていたのかについては大体これで伝わるだろう。

 通知がヴーヴー鳴ってうるさいのでスマホのバイブレーションを切った俺は、案内板で現在地を確認してから正面出入口の方角に足を向けた。

 

 大丈夫、今から行けば終電には十分に間に合うから。

 

「――お母さん本当に心配したんだからね。春奈と一緒に迎えに行こうってお父さんとも相談したの。でもお父さんは絶対に大丈夫だって言うから。ねえちょっと博士(ひろし)、ちゃんと聞いてる?」

「はい、反省しています。はい、ごめんなさい」

 

 夕方前には帰るという母との絶対的な約束をブッチし日付が変わってから自宅に帰った俺は、こんなこともあろうかと鍵を開けておいた二階の窓からこっそり自室に戻ろうとしたところを、電気の点いていない真っ暗な部屋で待ち伏せていた母に見つかって正座で説教を受けていた。

 

「反省するまでお母さんは絶対にダンジョンに行くことを許可しませんからね!」

「そ、それは……困るよ」

「困る? 困ったのはお母さんの方です。大体あなたはいつも――」

 

 うちの母はこうなったら長いのだ。

 正座から土下座に移行してひたすら機械的に頭を下げ続けた俺は、最終的に1週間の謹慎処分を受けることとなったのだった。

 

 ああ、あの時に我慢していれば今日も朝から探索に行けたはずなのに。

 後悔先に立たずとは、まさにこのことを言うのだろう。

 

 俺は反省のできるタイプの人間を自称しているので、自立するのに十分なだけの収入を得て母による制限が解けるまでは絶対に残業しないことを心に誓った。

 その誓いが実際に果たされるかどうかについては、神のみぞ知る。

 

―――――

 

 長時間のダンジョン探索で思いがけず疲労が溜まっていたのか普段より幾分も遅い昼過ぎに目覚めた俺は、外行き用の服装に着替えてから一階のリビングに降りてきた。

 

 どうやら母はパートに出掛けているようで、食卓には「お昼は昨晩の残りをラップしてあるからそれを食べるように」と書かれたメモだけが残されている。

 冷蔵庫を開けてみると、そこには平皿に移された状態の高そうな見た目をしたお寿司が20貫ほど。

 

「ニートの息子がいきなり就活始めたから奮発してお祝いでもしようと思ったのかな。そりゃ母さんも鬼のように怒るわ。メンゴメンゴ」

 

 俺は賞味期限が過ぎてちょっと鮮度の落ちた高級寿司をワサビ醤油で頂きながら、手の甲よりDカードを取り出して昨日の成果を確認する。

 

大木土博士 人形使いLv10[精霊使いLv6] SP:0/0

筋力:1[+1]

魔力:10[+10]

敏捷:3[+1]

耐久:3[+1](+8)

幸運:2[+2]

 

スキル:人形召喚Lv2 [火精霊召喚]

装備:ウニクロの普段着 安物の腕時計 耐久の指輪Lv2*2

眷属:木人形壱号Lv10 木人形弐号Lv6

 

 夕方から深夜にかけて延々と7層お勧めの狩り場で牙獣狩りをしたおかげで【精霊使い】と弐号のレベルは6まで上がった。

 ステータスポイントは全て魔力に振り分けたので魔法の火力も以前の1.5倍くらいになっている。

 

 人形のSPは自動振り分けなので特に言うことはなし。

 ただ、少しAIが賢くなったのか途中から動きのキレが増したような気がする。

 まだまだ頼りないし、いずれどこかで訓練でもさせるべきだろう。

 

「ご馳走様。さて、ちょっくら出掛けるとするか」

 

 長時間に渡る狩りの副産物としてそこそこの数のアイテム結晶が得られた。

 パーティーメンバーで等分するとしたら微妙でも、一人ならバイトの日給くらいにはなるほどの金額だ。

 

 昨晩の帰りがけにサクっとATMみたいな見た目の自動買取機に流し込んで電子マネーに換金しておいたので、今は懐も温かい。

 これだけあれば壱号の骨シャベルを普通の武器に合成加工することもできるだろう。

 

 父からの指定で「探索用の装備は釣り友達の経営している鍛冶工房で調達しなさい」と言われているので、今日はそこに行ってみようと思っている。

 寿司を食い終わったら身だしなみを整えてお出かけタイムだ。

 

 陽気に浮かれて春うらら、道すがら咲き誇る桜並木の公園をのんびりと散歩する。

 夕方や週末には色ボケたカップルで混雑するようなデートスポットを一人占めして気分も上がる。

 社畜と違って好きに時間が使える自由業のいいところね、コレ。

 

 さて、やってきたのは自宅から徒歩20分ほどの距離にある伊古田(いこだ)製作所だ。

 

 経営不振でとっくの昔に廃業したはずの小さな町工場は、企業の量産品では満足できないオーダーメイドの装備を求める探索者相手の商売が上手く行っているようで、元の世界とはまるきり違う姿を見せていた。

 

 錆びの浮いていたトタンの屋根と外壁は色鮮やかなペンキで綺麗に塗り直されており、閉め切られたシャッターの奥からは工作機械で金属を削る甲高い音がしきりに響いている。

 

 俺はその町工場の隣に併設されていた、明らかに元の世界よりも大きく建て替えられている自宅兼事務所の扉を開いた。

 

「こんちわ、誰かいますかー?」

 

 そう大きな声で呼び掛けつつ、事務所の中をざっと見渡す。

 一見さん相手の商売ではないようで、武器の類は飾られていないシンプルな内装。

 壁には有名な探索者のものだろう、古ぼけたサイン色紙がいくつか飾られている。

 

 ……いや、よく見たらよく知ってる漫画家のものが混じっていた。

 元の世界でもどっかで見た覚えがあるジャンクなゴスロリ人形のカラーイラストが美麗に描かれた「ローゼンドールズ」作者の直筆サイン色紙だ。

 

「え、ヒロくん……?」

 

 カウンターの奥で作業台に向かって何やら作業をしていた、くせっ気の強い髪質に橙色のメッシュが入った黒髪の若い女性は、俺の顔を見て呆然としたような表情を浮かべた。

 

 彼女の名前は伊古田(いこだ)(もえ)、年齢は24歳。

 高校の時に出会った一つ下の後輩で、親同士がかつて友人だったことを互いに知ってから親しくなった記憶がある。

 

 俺が大学を出てブラック企業に就職してからはすっかり疎遠になってしまったし、中3でヒキニートにジョブチェンジしたこっちの世界じゃそもそも出会っているのかすら怪しいと思っていたのだが……。

 

 どうも彼女は俺のことを知っている風な口ぶりをしている。

 こういう反応されると、普通にどう対応していいか分かんなくて困るんだよなぁ。

 

「すいません、会ったことありましたっけ? 全然覚えてなくて」

「ガーン!」

 

 口でガーンって言う人初めて見た。

 

「ほ、本当に何も覚えてないの!? 何も!?」

「春奈とか父さんとか、うちの家族がよくこっちの店に顔を出すから知ってるとは思うけど、俺ずっとニートしてたからね。言うなれば脳機能が衰えまくってんのよ」

 

 俺はトントン、と自分の頭を指先で突いた。

 ここはもう、ニート特有の交友関係リセット癖で押し通してしまおう。

 

 ひとしきりうろたえていた萌だったが、ようやく考えが纏まったのかごくりと生唾を飲んで俺の顔を見上げてくる。

 

「じゃ、じゃあ……わたしとヒロくんが許嫁(いいなずけ)だったことも忘れちゃったの……?」

「えっ?」

 

 なにそれ、全然聞いてないんだけど。

 そんな面白そうな伏線どこかにあった?

 

「昔はあんなに萌ちゃん萌ちゃんって可愛がってくれたのに。ヨヨヨ……」

「知らないと思ってホラ吹いてんじゃないぞ、伊古田萌」

「その冷たい感じ懐かしい! やっぱりわたしの知ってるヒロくんだ!」

「へーへー、嬉しそうで何よりだ」

 

 俺は壁際にあったパイプ椅子を引きずってきて、カウンターの前に腰を下ろした。

 作業台の上には細工でもしていたのか、山ほどの削りカスと何かのパーツが転がっている。

 

「これ、何作ってんの?」

「これはそのーえーと……趣味で……」

 

 明らかに女性の胸の形状をしているシリコンを怪しんでいる俺から逃げるように目線を逸らして口をもごもごさせた萌は、母親に隠していた電マでも見られたかのような態度で頬を赤く染めながら答えた。

 

「えっちな人形とか……作ってます……ハイ」

「店番しながらやることじゃないだろ」

 

 厳しい人に見られたらコンプライアンス違反で炎上待ったなしである。

 痛いところを突かれた彼女は強引に話題を逸らした。

 

「そそそそんなことよりヒロくん、今日は何をしにきたの? もしかして庭仕事で草刈り鎌でも刃こぼれしちゃった感じ?」

「いや、壱号の新しい武器を作って貰おうと思ってな。昨日、久々にダンジョン行ってきたからさ」

 

 そう言いつつ【人形召喚】で壱号と弐号を召喚すると、萌は彼らが身に着けている牙獣装備を見てあまりのダサさに絶句した。

 

「ありえない……」

「別に誰かに見せるわけじゃないんだから、戦えればそれでいいだろ」

「今見せたじゃん! あーもう絶対許せない、すぐに着替えさせるからこっちに連れてきて!」

「先に言っておくが、金はないぞ」

「ツケでいいから、早く!」

 

 ツケという言質を取ってしめしめ……と内心で思いつつ、俺は渋顔を浮かべて嫌そうな態度を全面に押し出しながら人形達に指示をした。

 

「壱号、弐号。目の前の人の言うことをしっかり聞くように」

「うっひょーっ! キマシタワー!」

「改造とかしないでね」

「シナイヨ? ゼッタイシナイヨ?」

 

 彼女はまたしても挙動不審になった。

 これは目を離したら何をされるか分かったものじゃないな。

 

「俺の目を見てもういっぺん言ってみろ」

「めっちゃ改造したいです!!!」

「正直でよろしい」

 

 この現代ダンジョン世界で【人形使い】の職業を極めようとするような人間は、大抵の場合人形偏愛症(ドールフィリア)を発症している。

 

 有名な【人形使い】の中には「人形達は俺の嫁」と公言して盛大なハーレム結婚式を開いたやつさえいるくらいだからその熱量は凄まじい。

 というか、その【人形使い】があそこに飾ってあるサイン色紙を描いた人だ。

 

 そしてピグマリオンコンプレックスの別名でも知られるこの特殊性癖は、当たり前だけど多感な時期の学生に多大なる風評被害をもたらしていた。

 それこそ、俺がこの世界にきて最初に見た職業のレビューみたいにな。

 

 美少女に改造した人形にオナホ仕込んで毎晩セックスしてまーすなんて堂々と開き直れるようなオープンオタクならともかく、普通の男子学生にとっては地獄のような環境だ。

 

 学内カーストがエグいアメリカでは実際にイジメが原因で銃の乱射事件とか起きてたりするし、この世界の俺が中3で不登校化して家に引きこもったのも多分それが原因だと思われる。

 

「先っちょだけ、ほんの先っちょだけでいいから改造してもいい? 材料費は全部わたしが持つからぁ。お願い、この通り!」

 

 両手を合わせて必死に頭を下げても態度を変えるつもりはない。

 

「俺には俺の考えがある。これ以上グダグダ言うならこのまま帰るぞ」

「そんなぁ~、ヒロくんのいけずぅ~……」

 

 萌はがっくりと肩を落としてオーバーに落ち込んだ。

 とはいえ、あまり突き放し過ぎると今後に影響するか。

 ここらで一つ、飴をやっておくべきだろう。

 

「しかし、そうだな。春奈も散々世話になってるみたいだし、俺のレベルがもう少し上がって……20を越えたら容姿の段階的な改造を許可してもいい。その頃には3体目のキャラビルドも固まってるだろう」

「やったー!」

「じゃあそういうことで。壱号と弐号の装備よろしくね」

 

 はてさて、彼女は俺の人形達にどのような装備を見繕うのか。

 結果が非常に楽しみである。

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