ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第54話 国葬と天災

 午前10時、千葉県市川市若宮にある柳生(やぎゅう)道場宗家より出立した霊柩車は交通規制の敷かれた大通りに詰め寄せた人垣に見守られながらゆっくりと西方面に行進し、午後2時になってようやく東京都千代田区の日本武道館にある国葬会場まで到着した。

 

 白い礼服に身を包んだ【銃士】の特別儀仗(ぎじょう)隊が銃を手に列を作り、【楽師】の音楽隊が楽器を吹き鳴らす中、柳生剣聖流の現当主、柳生(やぎゅう)平宗(ひらむね)の召喚した4体の人骨が大きな棺を武道館内へと運び込んでいく。

 

 相模湾(さがみわん)自衛隊基地で最も広い飛行場では複数の【観測士】が【天神の雲糸】による連結魔法によって巨大化させた【情報共有】画面の前で、この基地にいるほぼ全ての自衛隊員が整然と並んで国葬の始まる様子を見守っていた。

 

 迷彩服の上に人形師の外套を羽織った俺は人形達、そして赤峰(あかみね)空将や更科(さらしな)つばさ1等空佐、ジジババ教官ら自衛隊幹部と並んで少し離れた場所に立っている。

 

 高い壁で仕切られた人工島の西側にも空中に巨大な乳白色のプレートが浮かんでいるのが見えるので、きっと他の自衛隊駐屯地だけではなく日本中にある全ての骨工船で日夜働く受刑者達も俺達と同じように英雄の死を(いた)んでいるのだろう。

 

 なにしろ、日本全国の民放は地方局やテレビ東京すら含めた全てのチャンネルで【剣聖】の国葬を生中継しており、その視聴率は文句なしの100%に到達している。

 

 今回の厳戒態勢を敷く為に動員された警察官の数は10万人を越えると聞く。

 元の世界で見た元総理大臣の国葬とは比べ物にならない規模に、俺は内心の驚嘆(きょうたん)を抑えきれなかった。

 

 柳生(やぎゅう)宗盛(むねもり)は大日本帝国を無条件降伏の危機から救った英雄であり、核開発を禁じられたこの国をその威光だけで80年にも渡って守り通してきたのだから、そうならない方がおかしいか。

 

 しばらくすると、武道館内部へと映像が切り替わった。

 

 目を見張るのは会場の奥に設置された大量の花が飾られた大きなひな壇の上にある超巨大な遺影に写っている、地味な紺色の作務衣(さむえ)を着た白髪の偉丈夫だろう。

 

 大量に用意されている来客用の椅子には政府関係者や皇室関係者、日本国内にいる華族財閥の重鎮のほか、諸外国からやってきた首相や高官の顔がずらりと並んでいる。

 猶予期間も僅かだった上に、どこも自国内が大変な状況だってのに御大層なことだ。

 

 まぁ、今の日本では入国者には漏れなく【武神の忠言】と【罪の天秤】がセットで貰えるから、自国民に身の潔白を証明する手段としてはアリなのかもしれない。

 

 それから間もなく、官房長官による開式の辞が始まる。

 線の細い爺さんがマイクの前に立ち、淡々とした口調でカンペを読み上げた。

 

 音楽隊の演奏に合わせて君が代が流れる中、【情報共有】のカメラが国葬会場のあちこちを順番にフォーカスしている。

 曲の最中で開かれた棺の中が映り込んだ時、壱号は小さく呟いた。

 

「マスター、あの姿は……」

「エンバーミングでもしたのかな。骨が丈夫で(うらや)ましい限りだ」

 

 火葬を終えてもなお【剣聖】の骨は頑丈極まりなく、鞘に納まった愛刀を腕で抱えて棺の中で眠る柳生宗盛の姿は、彼が生前に召喚して操った人骨そのものだ。

 驚くべきは2mを越えるその体格であり、天下人を彷彿(ほうふつ)とさせる六本指だろう。

 

 彼が弟子とともに広めた柳生剣聖流はダンジョン内での対爬虫人骨(レプティリアン)戦闘に特化しているから、岩木虎眼みたいな流れ星を使ったりはしない。

 ただただ、自らよりも優れた力と体格を持つ相手を斬り伏せる技量を磨くのみだ。

 

 国歌の演奏が終わると、すぐに黙祷へと移る。

 女性のアナウンスに従って日本中で国葬の生中継を見ている全ての者が目を閉じ、死者に祈りを捧げた。

 

 並行世界からやってきた異邦人の俺は【剣聖】に対して思うことはないけれど、それでもマサ爺や都子(みやこ)さんの身内である以上は真摯に祈るべきだ。

 後のことは俺達に任せて、ゆっくり眠るといい。

 

 短い黙祷の時間が終わると、国葬会場の両側に設置された二つの巨大モニターに生前の柳生宗盛を記録した映像が流れ始める。

 

 映っているのは柳生道場で成人前の若者に対して指導をする白髪の偉丈夫。

 有名な一流探索者の子供時代の姿もあれば、道半ばにしてダンジョンで果てた者も大勢映っている。

 

 鬼畜な大日本帝国陸軍に妻子を人質に取られようとも、自らの信念に基づいて悪鬼米英から無辜(むこ)の民を守り通した比類なき英雄に対する憧れの心は若者に剣を取らせ、(たゆ)まぬ努力は数多の探索者の大成へと繋がったのだ。

 

 映像の中でも特に印象的だったのは、飢えた狼のような目をした少年に【剣聖】が自らの愛刀を譲り渡すシーンだった。

 後に【天災】と呼ばれる柳生(やぎゅう)才牙(さいが)が成人した時の貴重な記録。

 

 職業すらも持たない10歳の時に柳生剣聖流の免許皆伝を受けた真の天才を口々に褒めそやす周囲の徒弟達は、数年の後に黄金大蛇の第三形態に敗れたサイガを「一門の恥だ」と囲んで罵倒(ばとう)した報いを受けることとなる。

 

 映像が終わると、葬儀委員長で総理大臣の低市(ひくいち)早奈子(さなこ)による追悼の辞が始まった。

 マイクの前に立ってカンペを読み上げる総理の顔色は厚化粧をしてもなお悪く、まるで本物の死人のように見えている。

 

 閣僚の半数が既に外患誘致の疑いで逮捕されている以上、今の低市政権は文字通り死体が動いている状態と言っても過言ではない。

 来週開かれる臨時国会が終わり次第、解散総選挙が行われることになるだろう。

 

 官僚が徹夜して書いたであろう追悼文を必死に読み上げる姿を見飽きたのか、赤峰空将が口を開いた。

 

大木土(おおきど)博士(ひろし)……君の活躍と協力があればこそ、人面獣心の(やから)が大切な葬儀の場に紛れ込まずに済んでいる。そう考えるだけで、苦労に見合った価値があったとは思わないか?」

「まぁ、悪くない気分だ。ところで、あの総理がこれからどうなるか知ってる?」

「上がその気なら既に獄中にいるはずだ。きっと悪いようにはならないだろう」

「ああ、そうなの……」

 

 それでも多分、次の総理は防衛大臣をしている大泉真次郎だと思うな。

 俺をドナドナする決裁書類に判子を押したのは彼だから内心複雑な気持ちがある。

 

 追悼の辞が終わると、いよいよ献花の時間が始まった。

 音楽隊によるスタジオデブリ作品の楽曲演奏が聞こえる中、動物の面を被った黒装束のムラマサ=ニンジャに護衛されているやんごとなき皇族方が順番に献花をして会場を去っていく。

 

 皇族方の献花が終わり次第、参列者による献花が行われる。

 最初に数人だけ個人的に行った後、複数人で纏めて献花をしていく。

 その中には望月京子や伊佐那岐の姿も混じっていた。

 

 一応、これが終わるまでは待機する予定になってるのだが、9月とはいえ晴れ空の下でずっと立っていると暑さに参ってしまいそうだ。

 普段は海風が強いのに、どうしてこんな時に限って無風の(なぎ)なんだろう。

 

「マスター、こちらを」

 

 熱中症になりつつある俺に、壱号がスッと治癒ポーションの小瓶を差し出した。

 どうやら更科(さらしな)1等空佐が分けてくれたものらしい。

 ありがたく受け取って飲み干した俺は、透明魔結晶製の瓶を握り潰して魔素に変えた。

 

 よくよく見ると、前方で並んでいる自衛隊員もこっそりプライベート設定のメニュー画面を開いてストレージからポーション入りのアイテム結晶を取り出している。

 喪に服す時間は終わったわけだし、少しくらいなら見逃して貰えるのだろう。

 

―――――

 

 国葬会場に空席が目立つようになり、参列者による献花もそろそろ終わりかなと思ったところで急に会場の空気が変わった。

 ざわ……ざわ……としたざわめきの声を上げながら、参列者が道を開ける。

 

「あれは……!」

 

 絶句する更科(さらしな)1等空佐の隣で、赤峰空将がしたり顔で呟いた。

 

「待っていたぞ、【剣聖】を継ぐ者よ」

 

 ドレスコードをまるっきり無視するチンピラのような派手な服装をした黒髪オールバックの男性が、七人の武装した黒服のSPを引き連れてやってきたのだ。

 

 一度見たら忘れようもない、飢えた狼の相貌(そうぼう)を持つ剣の天才。

 彼こそが日本最強の前衛職、【天災】柳生(やぎゅう)才牙(さいが)その人だ。

 

「何故、誰も止めないのです。このような場に彼を……!」

「最初から想定されていたことだ。止める必要などありはしない」

 

 飛び火を恐れて距離を取る参列者を一瞥(いちべつ)したサイガは、フンと鼻を鳴らして献花台の上に飛び乗った。

 飾られた花をグシャグシャと踏み潰しながらひな壇を(のぼ)り、【剣聖】の骨が眠る棺の前に立つ。

 

 【情報共有】役のカメラマンがしっかり仕事をしているようで、彼の表情も仕草もその言葉も全てが日本中に生中継されている。

 

『ようクソジジイ。アンタ五稜郭でオレの腕を落とした時、一つ賭けをしたよなァ。老いぼれの【剣聖】が死ぬ前に黄金大蛇が(たお)れるか、そうでないかってなァ〜! 賭けはオレの負けだがよォ、その代わり10年は骨工船に通わずに済む大金が手に入ったからナ、国家の犬になっても何一つ困らない最高の気分だぜェ〜!』

 

 【剣聖】の抱える妖刀恋墨桜をひょいと手に取ったサイガは、懐から取り出したこぶし大の漆黒の卵を右手で握り潰した。

 真っ黒な魔素の煙が全身に染み渡り、その身に蓄えた経験値を一切合切奪い去る。

 

 無職のオーブを用いてレベル99の【貴族】からレベル1の【無職】となったサイガは【転職】スキルを使って空中に乳白色のプレートを浮かび上がらせ、とある職業に転職した。

 

 花の中に紛れるように浮かんだ召喚陣から生み出されたのは白い白骨死体だ。

 その右手には、複製された抜き身の黒い刀身を持つ刀が握られている。

 

 【血糊研磨】と【吸血修復】、ユニークスキルの付与された本物の神器。

 命を吸って切れ味を増し、自動修復するその妖刀に斬れないものはダンジョンモノリスただ一つ。

 物理無効の精霊はもちろんのこと、特殊耐性を持つ黄金大蛇すらも斬り殺せる。

 

 じゃあどうしてサイガが黄金大蛇に負けたのか。

 それは舐めプして【精霊使い】を連れずに突っ込んだせいでDPSチェックを越えられず詰んでしまったからに他ならない。

 

 ガキの頃からつるんでいた悪友は早々に全滅、マップ更新で追い出されるまで3日3晩戦い抜いて一人だけ生き残った彼は完全に腐ってしまったというわけだ。

 

 素行不良で柳生剣聖流を破門されたサイガは徒弟24名を斬殺した末に出奔(しゅっぽん)、北海道五稜郭ダンジョンロビー広場で自衛隊相手に大立ち回りを繰り返した後、日本政府の要請を受けてやってきた【剣聖】に木刀一本でコテンパンにされて妖刀恋墨桜を返上、網走海上ダンジョンの人工島に収監されることとなったのである。

 

『相変わらずいい刀だなァ……』

 

 人骨の持っている複製恋墨桜を眺めたサイガはそうぽつりと呟いて、一本の刀が提げられた腰の剣帯に本物の妖刀が納まった鞘を提げて【剣聖】の眠る棺に背を向ける。

 すると人骨が目にも止まらぬ速さで妖刀を振り抜き、超巨大な【剣聖】の遺影を真っ二つに斬り裂いた。

 

『今日からオレは首輪付きの【死霊使い】だぜェ〜。ちゃっちゃとレベル上げしてリベンジマッチするからナ、地獄で見てろよクソジジイがよォ……』

 

 人骨を送還したサイガは恨み節を吐き出しながら献花台の前へと飛び降りる。

 肩で風を切って悠々と人垣の間を歩くチンピラ野郎を、海外からやってきた要人を警護するSPが脂汗を流しながら見つめていた。

 

 その場にいる誰もが、レベル1しかないただの【死霊使い】を(おそ)れている。

 柳生宗盛が職業すら持たない10歳の子供に免許皆伝を与えた理由は、サイガと直接対峙した者にしか真に理解することはできないだろう。

 

 彼が暴走した際に殺害するよう命令されている物々しい七人のSPを引き連れて、新たな【剣聖】となった柳生(やぎゅう)才牙(さいが)はまるで一筋の嵐のように国葬会場を荒らして去っていった。

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