ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第55話 横須賀に寄り道

 【剣聖】の国葬から8日後の9月13日、日曜日の午前9時00分。

 ついに俺は永遠に続くかと思われた黄金大蛇周回から解放される運びとなった。

 

 相模湾(さがみわん)人工島の自衛隊基地にある飛行場、俺の為だけに用意された輸送ヘリの前で、2週間に渡るお勤めを終えた俺を見送る自衛隊員らに深く頭を下げる。

 

「ただの中卒探索者では絶対にできないような貴重な体験をさせて頂き、本当に感謝しています。長い間、お世話になりました……!」

 

 最後の最後だけ真面目な人間の猫を被った俺の殊勝(しゅしょう)な態度に、赤峰空将はとても嬉しそうな顔をして頷いた。

 

「君の働きのおかげで防衛大学校での幹部養成カリキュラムが1年は前倒しになる。この作戦に判を押した大泉君の箔も付き、次期総理大臣の座は確実なものとなった。と、なれば来年度の防衛費の予算も相応に増える。全てが丸く収まる最高の結果と言っていいだろう」

 

 後半戦は自衛隊員だけではなく他所の省庁からも育成要員が派遣されてきたから、それだけ防衛大臣である大泉真次郎――サイバーライン規制法が成立した現在は衆議院選挙期間中――の影響力も増えるというものだ。

 

 【商人】や【鍛冶師】や【観測士】、【呪術士】から【裁判官】に至るまで多種多様なお偉い人材が入れ替わり立ち代わりやってきてとても大変だった。

 記憶力には自信のない俺だが、彼らの顔と名前は壱号に全て覚えて貰っているので、どこかで挨拶された時はそれとなく教わるつもりでいる。

 

 ちなみに、その時にちょっとだけお願いをして【天神の金蔵】で萌への遺産相続手続きを(おこな)い、【創神の愛着】で俺と人形達の装備の強化上限解放もして貰った。

 それに必要な大量の魔結晶代は貯金から捻出したけど、神器を手に入れるまでの繋ぎとしては十分な価値があると思う。

 

「大木土さん、こちらへお乗りください。現地に到着しましたら、すぐに依頼の報酬を引き渡します」

「ようやくだな、マスター!」

「ああ、不屈の闘剣が一体どんな名剣なのか楽しみ過ぎるぜ」

 

 お別れも済んだところで、俺達は更科(さらしな)つばさ1等空佐と一緒に輸送ヘリに乗り込んで空の旅人となった。

 なお、一番付き合いの長いジジババ教官は昨日の時点で防衛大学校に帰っている。

 

「いいながめなのだー」

 

 ヘリのローターが回る爆音の中、楽しそうに窓から海を見下ろす参号を横目に見ながらしばらく揺られていると、相模湾(さがみわん)から東に真っ直ぐ進んだ先、神奈川県横須賀(よこすか)市の陸上自衛隊基地がある武山(たけやま)駐屯地に到着。

 

 ヘリポートで待っていた緑色の軍服姿の防衛大臣、大泉真次郎とご対面する。

 挨拶もそこそこに彼から鞘に納まった白銀の片手剣を手渡されたのでありがたく受け取ると、この場に招待されていた報道陣が一斉にカメラのフラッシュを炊いた。

 

「この国の未来を開拓した若者には正当な対価が支払われなければなりません。正当な対価とはつまり、正しい報酬ということです」

「でもこれ皇室から貰える神器の前借りをしただけで、黄金大蛇周回の拘束期間に見合った報酬とは到底思えないんですけど……」

「探索者も国政も、常に時間との戦いです。低市(ひくいち)総理が解散前に急いでサイバーライン規制法案を通したように、僕も常にスピード感のある国政を(にな)っていく。そうすることで日々変わりゆく状勢に対応していく力を見せる。それこそが新しい時代を迎える日本の政治家に求められる資質だと、僕はそう確信しています」

「あ、はい……」

 

 なにはともあれ、お仕事が終わった俺は基地の外に放り出されることとなった。

 せっかくの機会なので今日は横須賀観光でリフレッシュしてから帰ることにする。

 

「あっ、あそこにいるのって噂の【ドールマスター】じゃない?」

「ホントだ、友達にLINDしちゃおー」

「すいませーん、一緒に自撮りお願いしてもいいですかー?」

 

 しかしながら完全武装の見目麗しい愛玩人形を連れて道を歩いているだけでスマホを向けられる上に、通りすがりの人から握手や写真撮影まで求められてしまうのは困りものだ。

 今の俺は世界一有名な探索者なのだから、そうなるのも当たり前か。

 

「マスター、少し変装をしませんか?」

「お忍びで観光をするのならば、周囲に溶け込める服に着替えるのが一番だ!」

「参号が目立ち過ぎるし普通にモロバレだと思うが……オフの恰好なら周りも配慮してくれるかもしれないか。んじゃ、適当な服屋でも探すとしよう」

 

 スマホで探してみたものの、武山駐屯地周辺には一軒も服屋が見当たらない。

 仕方がないので自動運転タクシーに乗って横須賀市の東部まで移動することに。

 乗っている間に、壱号が俺のスマホを使って最適な観光ルートを考える。

 

「宿泊先はホテル新ヨコスカにしましょう。午前中は横須賀美術館に行き、館内のレストランで昼食。午後は『ももはま花の国』に行きたいところです」

「イチゴ、よくがでているぞ。サンはゆうえんちにいきたいのだ」

「ググールマップの写真を見たところ、この公園にはゴッジラの大きな滑り台があるようなのですが……」

「むう、ちょっとみてみたいきがするぞ」

 

 俺は行きたい場所も特にないので、今回は人形達に一から十までお任せだ。

 

 横須賀市東南部の横須賀美術館までのルート上にあって一番近いという理由で西マツ屋横須賀佐原(さわら)店に寄り、それぞれ好きな安物の服を手に取って試着室で着替える。

 

 服なんてものは着ている人の顔面が良ければどんなものでも大して変わらない。

 特に海外の富裕層とかシンプル過ぎる服装しかしていない印象しかないもん。

 あっちは強盗対策をする必要があるというのが大きいのだが、それはさておき。

 

 またぞろ全員分の装備を預かって大変な見た目になっている影武者人形の零号に店員の人がドン引きしていたが、気にせず会計して次へと向かう。

 

 東方面行きの佐原(さわら)インターチェンジから高速道路に乗って馬堀(まぼり)海岸インターチェンジで降り、右折してずーっと進んだら横須賀美術館に到着だ。

 

 木々の生い茂る管理された公園に三方を囲まれたガラス張りの大きな美術館のすぐ目の前には東京湾の美しい海岸線が広がっていた。

 

「マスター、いい立地だとは思わないか。可能ならここに城を建てたいくらいだ!」

 

 いつもながら女騎士のロールプレイご苦労様、弐号。

 

「海は見飽きたと思っていたけど、相模湾(さがみわん)の沖とは潮風の質が違う気がする。陸っていいなぁ……」

「あるじあるじ、あっちにだんじょんものりすもみえるのだ」

「横須賀ダンジョンを(よう)する防衛大学校ですね。先ほどの移動中にも視認はできていましたよ」

 

 公園の向こう側、西の方角にそびえ立っている漆黒の四角柱の上部には巨大なパラボラアンテナが設置されており、遠目からだと電波塔に見えなくもない。

 ジジババ教官も今頃はあそこで普段通りの仕事をしているのだろうか。

 

「見目麗しい人形を連れたそこのアナタ! もしや大木土(おおきど)博士(ひろし)ではありませんこと!?」

 

 美術館の前に作られた長蛇の列の最後尾に並んで人形達と他愛もないおしゃべりをしながらのんびり待っていると、キンキンとした耳障りな声質の少女に絡まれてしまった。

 

 明らかにいいトコのお嬢様って感じの服装で黒髪を姫カットにしている中学生くらいの子で、その後ろには従者らしき4人の武装した女性SPまで立っている。

 

「そうだけど、それが何か?」

「そうだけど、ではありませんわ! 大切な人形にそのようなみすぼらしい恰好をさせて、アナタには上級国民としての自覚が足りていないようですわね!」

 

 俺の大好きな西マツ屋に風評被害が入るからそういう言い草はやめて欲しい。

 

「人に声を掛けるんならまずは名乗れよ。あ、俺はオオキドハカセな」

「アナタの名前はヒロシでしょう!」

「ニックネームはハカセなの。んで、お前の名前は?」

「ゴホン、わたくしは鳳凰院(ほうおういん)鹿乃子(かのこ)。鳳凰院家の子女ですわ!」

 

 鳳凰院グループは北海道に本拠を置くローカル財閥で、北海道の農業と酪農業、漁業の9割9分を支配していると思ってくれたらそれでいい。

 あと、チャムPが色々頑張ったおかげでITとインターネット事業にも強い感じ。

 

「そのなまえしっているぞ。ちんこがでかいちゃむPのいもうとなのだ」

「ああっ、忌々しい魅来(みらい)お兄様! その名前を口に出すことだけはやめてくださいな!」

 

 鹿乃子(かのこ)は手で両耳を押さえて頭をぶんぶんと横に振った。

 どうしようもないクズで遊び人の兄を持っている身としては、彼女の苦しみが百パーセントの解像度で理解できるのがとても悲しい。

 

「ここで会ったのも何かの縁だ。俺達と一緒に美術館の観光でもしようぜ」

「アナタ、もしや華族用のファストパスに相乗りしようなどと思っているわけではありませんわよね?」

「それ以外に付き合う理由ある?」

「……いいでしょう。100層の壁を破壊した英雄に、このわたくしをエスコートする権利を差し上げますわ」

「あざーっす!」

 

 華族財閥が力を持っているこの世界では遊園地とかそういう観光地で順番待ちをすっ飛ばせるファストパスを買えるのは上級国民だけだ。

 俺はまだ天皇陛下から勲章を貰っていないので、今はただの一般庶民である。

 

「順番待ちをする必要がなくなってよかったですね、マスター」

「うむ、まさかスタジオデブリ展で長蛇の列ができているとは思わなかったな!」

「今回はちょっとリサーチ不足だったね」

「事前調査する時間もそうありませんでしたから、致し方ありません」

 

 俺達は鹿乃子(かのこ)と一緒に長ーい行列をすっ飛ばしてやってきた上級国民用の受付窓口でファストパス――10倍の値段、年長者の俺が人形とSPを含めた全員分の金を出した――を買い、横須賀美術館で思う存分スタジオデブリ展を楽しむことにした。

 

 元の世界だと息子に代替わりしてから過去のIPを食い潰すだけの存在になっていたけど、こっちの世界では別スタジオを立ち上げて原作漫画版「風の谷間のナウシカ」を全編映画化するくらいには宮崎駿男も元気に活動を続けているんだよね。

 

 素で【芸術家】を越える芸術の才がある宮崎駿男は人骨多重影分身が使える【死霊使い】に就いているからレベル50でも一人で6倍の仕事量をこなせるし、見ている側としても出来のいい新作映画が毎年のように放映されていて嬉しい限りだ。

 

鹿乃子(かのこ)って海外旅行が好きらしいけど、国内の観光もしてんのな」

 

 クソでかい湯婆の顔の像の口の中に手を突っ込んでおみくじを引いている参号の写真を撮りながら尋ねる。

 すると鹿乃子(かのこ)は自信ありげにオホホと笑った。

 

「観光など仮の姿、わたくしは自分の足で現地の農業の実態を調査しているに過ぎませんわ。この国の食を支える鳳凰院家の娘として当然の義務だと思いませんこと?」

 

 鳳凰院財閥の子女らしく【農夫】の鹿乃子(かのこ)は兄のチャムPとは20歳近く歳が離れているそうで、現在は高校1年生らしい。

 

 【農夫】は【天の恵み】で手をかざした先に雨を振らせて水やりをし、【地の恵み】で肉入りアイテム結晶を消費して土を肥やせる便利な生産職だ。

 覚醒スキル【森神の英知】を使えば成長促進で収穫時期をズラしたりもできるし、人数を揃えれば品種改良だって季節を気にせずハイペースで(おこな)えるので、この世界の農家では一家に一人は欲しい職業となっていた。

 

「ふーん、それで何か収穫はあったか?」

「昨日から農地と直売店を巡っておりましたけれど……質はまあまあのようですが、やはり業界全体の高齢化が進んでいるようで生産性は今ひとつ。可能であればいくらかテコ入れをしておきたいところですわね」

 

 順番待ちで後がつっかえているので少し早めに順路を回って、今度はトットロの蓮の葉の傘の下で雨宿りする参号を撮影する。

 

「テコ入れと言っても大半が個人農家とかだろう。財閥の農奴にされたくないって嫌がられるだけじゃない?」

「何も買収しようなどと思っているわけではありませんことよ。鳳凰院グループの誇る農業IoTパッケージの普及と若者の就労支援を市に直接働きかけます。もちろん全てわたくしどもの持ち出しで(おこな)いますもの、誰も困りはしませんわ」

 

 鹿乃子(かのこ)は参号と一緒にバケネコバスの中から顔を覗かせながら答えた。

 俺はスマホを構え、デジタルカメラを持った女性SPと一緒に記念撮影をした。

 

「ノブレス・オブリージュ。その若さで素晴らしい考えを持っているではないか!」

「オーッホッホッホ! もっとわたくしのことを褒めなさい!」

「えらいえらい、ちゃむPのいもうとにしておくのがもったいないくらいなのだ」

「うう、それだけは思い出させないでくださいまし……」

 

 鹿乃子(かのこ)はヨヨヨと姿勢を崩して苦虫を()み潰したかのような表情を浮かべた。

 元気になったり落ち込んだり忙しいやつだな。

 

「話は変わるけどさ、【森神の怒り】の存在を【農夫】的にはどう思ってるの?」

「難しいですわね。範囲殺虫スキルはセグロウリミバエといった病害虫の防疫には十分な効果を発揮しそうですけれど、それでも完全にとはいきませんから。蜜蜂のような益虫も纏めて殺してしまうことを考えると、相応の法整備が必要だと思いますわ」

 

 庭園風の小さな花壇の中心に立つ苔むしたロボットの前で参号の写真撮影をする。

 どうやら今回のスタジオデブリ展はここで最後のようだ。

 

「まぁ、そう答えるしかないわな」

 

 俺達は出口から展示会場の外に出て、館内のロビーで立ち止まった。

 

「そんでお前ら、デブリ展は楽しかったか?」

「いい気分転換にはなったと思います」

「芸術に触れると賢くなった気がして楽しいな!」

「そこそこだったのだ」

 

 結構楽しんでいるように見えたけど、参号的にはそこそこだったらしい。

 どうせだったら三鷹の森デブリ美術館とかデブリパークの方がよかったかな。

 また今度、機会があれば連れて行ってあげるのもいいかもしれない。

 

「アナタはこれからどうされますの?」

 

 鹿乃子(かのこ)がDカードを差し出しながら尋ねてきた。

 特に断る理由もないので、俺のDカードを触れ合わせてフレンド登録する。

 

「ここのレストランで昼飯を食ってから『ももはま花の園』に行くつもりだ。うちの壱号がご所望らしいからな」

「目の付け所は悪くありませんわね。せっかくでしたら、もう少し足を延ばして『長井海の手公園ソレイユな丘』にも行くといいですわよ。あちらでは本格的な農作物の収穫体験ができますからね」

 

 なんとも奇遇なことに、近所の駅前にある行きつけの人気洋菓子店「ラ・ソレイユ」と同じ名前だ。

 

「収穫体験! マスター、これこそ【農夫】人形のイチゴ向きではないか?」

「なんと、そのようなものが……私としたことが、見落としていましたね」

「ご興味があるようで何よりですわ。わたくしは地元に帰らねばならないので、この辺りで失礼いたします。ではでは、皆様ごきげんよう。オホホホホ……」

 

 そんな高笑いを上げながら、鹿乃子(かのこ)は武装した4人の女性SPを引き連れて去っていった。

 

「ちゃむPのいもうとにふさわしいへんなおんなだったのだ」

「血は争えないってね。ま、同じくらい頭は良さそうだしきっと大成するだろうさ」

 

 まずはレストランでランチを食って、次は「長井海の手公園ソレイユな丘」だな。

 もちろん「ももはな花の園」にも行って、夜はホテル新ヨコスカに泊まるわけだ。

 今日は寄り道を目いっぱい楽しんで、沢山の土産話を手にお家へ帰るとしよう。

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