ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第56話 旧友と秘密の告白

 有意義な横須賀観光を満喫した翌日、ちょっと遅めに泊まっていたホテル新ヨコスカをチェックアウトした俺達はそのまま真っ直ぐ川崎の自宅へと帰った。

 

 家に到着したのは昼過ぎだったので、既に母はパートで外出した後だ。

 その辺りは家族LINDでやり取りをしていたので分かっていたことではある。

 

 とりあえず家族の分のお土産――よこすか海軍カレーと収穫体験で貰った新鮮なとうもろこし、さつま芋、なす――をキッチンに置いて自室を見に行く。

 どうやら母が掃除をしてくれていたようで、埃が積もったりはしていなかった。

 

「侵入の痕跡はありませんね、マスター」

「うむ、盗聴器の(たぐい)も仕掛けられてはいないようだ!」

 

 出掛ける前に何ヵ所か仕込んでおいた糸のように細い紙片は千切れた形跡がなく、家探しをされた様子も見当たらない。

 一通り盗聴器発見器を使って調べたが、怪しげな電波が出ている場所も特になし。

 

「連中には【天神の追想】があるわけだし、そこまでする必要もなかったのかな」

 

 職業を代償に一度限りの行使が可能な【占星術士】の第二覚醒スキル【天神の追想】は使用した瞬間、幽体状態で時間から隔絶された空間に飛ばされる。

 そして44444秒――12時間20分44秒の間だけ、その場で起きた全ての過去を覗き見ることができるのだ。

 

 移動可能なのは使用場所から半径44mの範囲内だけだが、望めば1万年だろうと1億年だろうと……地球の誕生の瞬間すらもその目で見届けられるという文句なしのチートスキル。

 

 【治癒士】の第二覚醒スキル【霊神の願い】によるダンジョン内死亡限定の死者蘇生――14年34日以内、所有権の消滅が同じ期間なのも恐らくはその為――などお遊戯にさえ思えるほどで、もはや神の領域に手が届いている。

 

 まぁ、人間は愚かなので歴史の真実なんて放っておいて他人の秘密を探る為だけに使われていたわけだが、これからは老い先短い考古学者や歴史学者が自身の仮説を証明する最後の手段として上手に活用していくことになるだろう。

 

「過去の記録は消し損だったようで、非常に残念です」

「あの時はこんなスキルがあるなんて知らなかったんだから仕方ないさ」

 

 きっと家の前の道路を車で横切る際に【天神の追想】を使って情報をしこたま抜き取り、そのまま素知らぬ顔で去っていったに違いない。

 

 村正一族が山梨県のド田舎にある忍野(おしの)村をゲーテッドコミュニティにした理由が一般人にもようやく理解できるようになったってところだな。

 プライベートマップを用いたダンジョン内での会話や【通信】での密談は基本として、これから先の防諜は物理的な接近を不可能にするのが大原則になりそうだ。

 

「私達には輝かしい未来があるのだから、気にするだけ無駄ではないか。それにだ、マスター以上に探索者適性のある者を並行世界から連れてくることなど不可能に決まっている!」

 

 俺は既にこれ以上ないほどの社会的地位を手に入れたわけだし、例え古文書の内容が再現可能になって第二職業持ちが量産されたとて問題はない。

 何だったら200層の暗黒邪竜に挑戦する人柱をそいつらに押し付けたい所存。

 

 それにしても、まるで魔王討伐の勇者として召喚されるみたいな話だぜ。

 俺だったらそんなのお断りして、城下町でチート隠して普通の探索者をやりたい。

 ま、王様が米国とソ連だったらどうあがいてもそんな未来は訪れないがな。

 

「あるじあるじ、サンはそろそろてれびがみたいぞ」

 

 ベッドの上にある畳まれた布団の中から、赤髪ロリロリドラ娘の頭がにょっきりと生えてきた。

 

「参号、お前まだいたのか。とっくにリビングにいるもんだとばかり思ってたぞ」

「ふふん、じっかのあんしんかんをぜんしんでかみしめていたのだ」

 

 参号は布団から()い出すと、一階のリビングへ向かってぱたぱたと駆けていった。

 俺も愛用の高級寝具の寝心地を全身で噛み締めたいところだが、これから萌の待つ事務所まで顔を出さなければならないから夜まで我慢するとしよう。

 

「私は庭の手入れをして参ります。マスター、くれぐれも身辺にはお気を付けてくださいね」

「萌に頼まれて再召喚するかもしれないから、念の為に火は使わないでおいてくれ」

「ええ、そのように致します」

 

 いつものように壱号と参号に留守番を任せて、弐号だけを護衛に連れて出発だ。

 スマホアプリで呼んだ自動運転タクシーに乗って、まずは高野の家に顔を出すことにする。

 

 なんの変哲もないマンションの一室の前でインターホンを鳴らすと、遠隔操作でガチャっと玄関の鍵が開いた音がしたので扉を開けて部屋に入った。

 

「うーっす、高野。お勤め終わって帰ってきたぜー」

 

 綺麗好きな姪っ子のおかげですっかり整理整頓されたリビングの仕事部屋で仕事机に向かっている頬のこけた深い緑髪の男――親友の高野(じん)は、どうやら原稿作業の息抜きに学園パロなスピンオフ外伝のプロットを練っているところのようだ。

 

 連載自体はアニメの放映が始まってからの予定らしいが、アシスタント抜きで連載を2本抱えるのは流石に厳しいから作画は知人に頼むって言っていたな。

 

「ハカセさん、お帰りなさい。自衛隊基地での生活はどうでしたか?」

「時間がある時に詳しく話すつもりだけどね、正直に言うと窮屈だったし色々と面倒な規則があって大変だったよ。そっちは変わりないようで何よりだ」

「何も得られる物がないというのに、わざわざ僕を狙う人なんていませんよ。……あ、ニコさんありがとうございます」

 

 荷物持ちの弐号が高野に横須賀土産のよこすか海軍カレーのレトルトパックがいっぱい入った紙袋を手渡した。

 

「高野殿は運動不足で痩せ気味だ。これを食べて精を付けるがいい!」

「ええ、そうします。きっと彩芽(あやめ)も喜ぶと思いますよ」

「今日は萌の相手をしないとだからまた明日くるわ。バイナラー」

「バイナラー」

 

 ということで、再び自動運転タクシーに乗り込んで伊古田製作所へと向かう。

 すぐに着いたので事務所の扉を開いていつものように挨拶しようとするも――。

 

「ああんっ、可愛いっ! 可愛すぎー! もっとエッチなポーズ取ってぇ~ん♡」

 

 癖っ毛橙メッシュ黒髪の変態女があられもない姿をした2体のオリオント工業製高級セクサロイドのヌード写真撮影をしている光景が2つの目を通して俺の脳みそにがっつりと投影されてしまった。

 

「あっ、ヒロくん……」

 

 俺は見なかったことにしてバタンと事務所の扉を閉じた。

 

「マスター、今のはメツブレイド2のホムヒカではないか?」

「人の性癖に触れるのはやめてあげようね」

「むっ、そういうものか……」

 

 バタバタと慌てて何かをしている音を聞きながらしばらく待っていると、ガチャリと扉が開いて萌が顔を覗かせた。

 

「ごめんねヒロくん。撮影が楽しくて楽しくて、約束の時間が過ぎてたことすっかり忘れちゃってた」

「それは別にいいんだけど、最低限のコンプライアンスは守ろうか」

 

 萌は扉の吊り下げプレートをくるっと回して、開店中から閉店中へと変更した。

 それでよし。

 

「んで、そいつ誰?」

 

 コスプレ衣装を装備したホムヒカセクサロイドを左右に(はべ)らせた状態で事務所のソファに腰掛けている青髪の青年を一瞥(いちべつ)して尋ねる。

 

「大層な言い草じゃねーか。俺の顔を忘れたか?」

「分からないから聞いてるんだろう」

「これだからヒキニート上がりは。【大剣士】の蒲生(がもう)英二(えいじ)だ。一応、お前とは小1の時から付き合いがあった同級生だぞ」

 

 実のところ、元の世界では交友があったんで知ってはいるんだけどね。

 彼は野球のスポーツ推薦で大阪の強豪校に進学したはいいものの肘の故障で選手生命を断たれ、高校卒業後は地元の川崎に戻って土建屋をやっていた人である。

 

「残念ながら記憶にない。なにせ、マスターに命令されて学生時代の記録は全て消去してしまったからな!」

「LINDの連絡先をブロックリストに突っ込んでた覚えはある。一応、こっちじゃ初対面なんでそのつもりでよろしく」

「やっぱり覚えてるじゃねーか!」

 

 萌は俺が人形のデータを消去していたことに驚いているようだ。

 

「ヒロくん、そんなことしてたの?」

「ほら、第二職業の秘密がね。明日マスコミの取材を受ける時に話すつもりだからもう言っちゃうけど……俺って実は中身が別人で、ダンジョンモノリスのない並行世界の日本からやってきた大木土(おおきど)博士(ひろし)なんだよね」

「ほへぇ……?」

「ほへぇって。後天的に第二職業持ちになれる理由なんてそうあるわけないだろ」

 

 英二の向かいのソファに腰を下ろすと、その隣に弐号が座った。

 つっ立ったまま石のようにフリーズしている萌はともかくとして、英二は思ったよりも驚いていないようだ。

 

「そんなこったろうと思ったよ。そうでもしないと牙獣にすら怯える弱虫ハカセが化け物みたいな攻略勢の一流探索者になんてなれっこねーからな」

「酷い言い草だぜ。まぁ、胡散臭い古文書に頼って異世界に逃げ出そうとするような雑魚にはお似合いのあだ名だとも思うが」

「英二殿、そちらのアンドロイドは喋ったりしないのか?」

 

 弐号が疑問を口にすると、英二は困った顔をしてラブドールの太ももを撫でた。

 

「外装代を捻出する為にドロイドコアのグレードを最低まで落とした。半端なAIを積んだところで互換性がないと再学習にかなりの手間が掛かるからな」

「それなら最初から1体だけにしておけばよかったんじゃない?」

「ホムヒカはセットじゃないと絶対に駄目だ! 俺も【人形使い】になれさえしたらこんな苦労は……!」

「お、おう……」

 

 どうせこいつのことだから、古いダチとずっと固定パーティーを組んでて今更抜けられそうもないから致し方なくラブドールを買ったとかそういう理由だろう。

 と、ここで石化から復活した萌がぷんすかと頬を膨らませながら俺に迫ってきた。

 

「別人ってどういうこと!? ヒロくん、ずっとわたしのこと騙してたの!?」

「おいおい、萌は記憶力がないのか? 俺はこの店にきたときにちゃんと言ったぞ」

「普通はただの冗談だと思うじゃん!」

「ここで問題です。萌は泉にヒロシを落としてしまいました。すると泉の中から女神が現れて尋ねます。ヒョロガリのヒキニートとムキムキの一流探索者、貴女はどちらを落としましたか?」

 

 そう聞くと、萌は考える間もなく即答する。

 

「今のヒロくん!」

「強欲な貴女にはどちらも差し上げません。本物のヒロシは没収とさせて頂きます」

「えぇ~、そこは三人纏めてくれるところじゃないの?」

「貰ってどうすんだよ」

「もちろん人形をいっぱい召喚して貰ってわたしだけのハーレムを作るの!」

「俺は人形のおまけかよ。これだから人形師ってやつは……」

 

 萌は俺と弐号の間に挟まるように腰を下ろす。

 正直、弐号は常に鎧装備だからくっ付いてもメリットはないと思うのだが……。

 あんまり気にしていないようだ。

 

「ところで、ハカセはダンジョンのない並行世界からきたって言ったよな。そっちの俺ってどんな人生送ってるか知ってる?」

「確かめる手段なんてないんだから聞いてもいいことないぞ」

「気になるだけだって。いいから教えろよ」

「あー……高校野球で肘壊して、高卒で土建屋やってる。俺が大学出る前に飲み会で聞いた話だと、笹倉の妹とデキ婚したとかなんとか言ってたな」

 

 案の定、英二はかなり微妙そうな顔をした。

 

「レインボーヘアのブスとデキ婚か、そいつはヘビィだ……」

「独身貴族でラブドール(はべ)らせてるこっちのお前の方が人生楽しんでそうな気もするけど。今のレベルいくつ?」

「ここ5年くらいは60層周回しかしてねーから65しかない。かと言って、魔法職抜きで無理に深層を冒険するのもな」

「スキル装備さえ拾えれば稼ぎはさほど変わらないんだからそれで正解だろう。いくら第二職業チートがあってもさ、今の俺には暗黒邪竜を()るか諦めて死ぬかの2択しか残ってないんだぞ」

「国連クソ過ぎない?」

「マジでクソだよね。俺は楽しくダンジョンに潜りたいだけだってのによ……」

 

 そうは言っても、俺に立ち止まっている暇などない。

 明日は火曜日だし衆英社で取材を受けた後に川崎区健康増進センターへ顔を出すとして、明後日からまた頑張ってレベル上げをしないとね。

 

「ヒロくん、向こうのわたしのこと聞いていい?」

「えー、やだよ」

「エイジくんには教えたでしょ。それと、もう婚約者に秘密を作るのは禁止!」

「分かった分かった、そんなに知りたいなら教えてやろう。先に言っておくが、それでどんな不利益が発生しても責任は持たないからな」

 

 というわけで俺は、多々良(たたら)親父が町工場を潰して飛んだせいで貧乏母子家庭育ちだった萌がアパレル会社の社長――星崎聖夜にハニトラを仕掛けてデキ婚した話を聞かせてやった。

 

「わたしが星崎さんと……」

「別にお前とは恋人でも何でもなかったけどさ、いつまでもあんなクソ野郎に周囲をウロチョロされたら目障りじゃん。だから身バレ覚悟で一計案じてやったってわけ」

 

 聖夜の目的は有名な人形師をサイバーライン社に引き抜くことでオリオント工業との関係にヒビを入れ、日本国内の人形師界隈に不信の種をばら撒くことだった。

 それは聖夜自身が一切の法的リスクを負わない非常に効率的かつ、残酷な手口だ。

 

 あいつは金儲けの為だけに、萌が人生を掛けて積み上げてきた全てをぐちゃぐちゃにしようとした。

 俺には人形達がいるから寝取られるくらいならまだ許せるが、こんなものを目の前で見せられたらもう戦争しかないだろう。

 

「聖夜の会社、もう首も回らないらしいぞ。いずれ経営破綻で骨工船行きって噂だ」

「京子に聞いたから知ってる。人の女を寝取るようないけ好かないイケメン野郎にはお似合いの末路ってやつさ」

「どっちかと言うと寝取ったのはタイコ氏の方じゃね?」

「ホントそれな!」

 

 俺と英二はまるでブランクを感じさせない幼馴染のような態度で笑い合う。

 しかし、そんな話題の中心人物たる萌は弐号に泣きついているようだ。

 

「ニコちゃん、わたし(けが)されちゃった……」

「ご安心()されよ、奥方様にはこのニコがついている。イチゴともども、鬼畜なマスターを支え合っていこうではないか!」

「鬼畜で結構だ。それで萌、忘れていたけどコレお土産な」

 

 カバンをガサゴソして取り出した二つの装備結晶をテーブルの上に転がすと、英二はこぶし大の透明な結晶の中に浮かぶ黄金色の鱗の輝きに目を見張った。

 

「へぇ、黄金大蛇のレアドロップか。よく手に入れたな」

「接吻込みで150周もしたんだから出なきゃ困るわ。残念ながらスキル付きは落ちなかったが、確率的には期待値通りってところだな」

 

 萌が装備結晶を手に取って現実化(リアライズ)すると、黄金大蛇皮の外套と黄金大蛇皮の鞍が現れた。

 

「全然使い道なさそう……」

「8人で回してるんだからもっと俺向けの装備結晶も沢山落ちてるはずなのに、一切交換に応じてくれなかったんだよね。これだからお堅い公務員ってやつは困る」

 

 興味深そうな顔で外套を手に取ってその感触をひとしきり確かめた英二は、俺の方を見て提案する。

 

「これさ、財布にすると丁度よくね? ほら、蛇皮の財布って開運グッズとしてよく売られてるだろ」

「それいいね。俺もこんな派手な外套着てロビー広場を歩くのだけは御免だわ」

「どこのヤクザだっていうね」

「ヒロくんがそうしたいなら型紙起こして作ってもいいけど。できればその間に【保管庫】付きの装備結晶を何個か買ってきてくれると嬉しいな」

「カテゴリーは?」

「片手武器なら何でもいいよ」

「了解。それじゃ、俺はちょっくら出掛けてくるわ」

 

 そうとなれば善は急げとばかりに弐号を連れて事務所から出ようとした俺を英二が呼び止める。

 

「フレンド登録はしてくれねーのか?」

「もうしてあるだろ。ブロック解除しておくからまた今度【情報共有】で話そうぜ」

「次の同窓会には呼ぶから絶対こいよ」

「悪いが遠慮しておく。なんせ俺はこの世界に一人っきりの異邦人なんでね」

「寂しい野郎だ」

「新しいダチが沢山いるんだからそれでいい。当然、お前もその一人だ」

 

 世界が変わったとしても変わらないものは沢山ある。

 うちの家族もそうだし、もちろん萌もそうだ。

 だから俺はこのダンジョン溢れる世界で孤独にならずに済んでいる。

 

「ヒロシ、お前いいやつだな」

「ハカセでいい。じゃあな英二、ホムヒカ専用の最高級ドロイドコア買う為に頑張れよ」

「おう、めっちゃ頑張るぜ! 俺はその為だけに探索者を続けてるんだからよ!」

 

 思いがけない出会いに心の内で感謝をしながら事務所を出た俺は、弐号を連れてスマホアプリで呼んだ自動運転タクシーへと乗り込んだ。

 

 これから家の最寄りにある望月グループ系列のアイテム結晶ショップで【商人】に魔結晶と手数料を支払って装備結晶の取り寄せをお願いするつもりだ。

 できれば杖カテゴリーにしたいところだが、手に入るかどうかは運次第である。

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