ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第57話 文明の方舟

 東西冷戦終結の要因になった漆黒の特殊魔法金属、グラビティメタルの製法が1972年に発見されて以来、地球人類の魔法科学技術は飛躍的な発展を遂げた。

 

 魔素の伝達を防ぐ抵抗器を用いて【賢者】の構築した魔法陣を多層構造化することで、理論上はどこまでも性能を伸ばすことが可能になったと言えば少しはその凄さがイメージできるだろうか。

 

 現代の精密機器に必須なこのグラビティメタルの正体、それは装飾品の入ったアイテム結晶に【呪術士】の第二覚醒スキル【暗神の呪具】を用いることで生み出せる、特定のステータスを減少させられる呪いの装飾品……を溶かして地金として再利用したものだ。

 

 当時はアメリカとソビエト連邦だけが製法の秘密を握っていたわけで、彼らはそれを守る為に100層の壁を敷いたというのがおおかたの見解である。

 

 これは半導体に使うシリコンの供給を抑えていたようなものであり、敵国同士が国際連合という形で仲良く手を組んで世界を経済的に支配することを目論んだとしてもなんらおかしくはない。

 

 なお、日本一の技術力を持つ村正重工だけは例外的にグラビティメタルを作れる【呪術士】を抱えていた模様。

 村正一族が保有する山梨県の忍野(おしの)ダンジョンモノリスで(ひそ)かに100層より先の探索を(おこな)っていたのだから、皇室を守護するムラマサ=ニンジャが強いのも当たり前だ。

 

 あそこは第二次世界大戦時に当時の日本政府から酷い扱いを受けていたこともあり、軍隊嫌いも相まってアメリカから食い物にされない程度にしか供給してくれなかったけどね。

 防衛省と警察庁が頑張って国内の膿を一掃したんだし、もう少しくらい歩み寄ってもいいと思うのだが……やはり感情的には難しいようだ。

 

 ともあれ、俺達が100層の壁を破壊したことで誰でも好きなだけ作れるようになってしまったグラビティメタルの希少価値は完全に失われた。

 二束三文で買えるような装飾品が金塊扱いされていたんだからそうもなろう。

 

 このグラビティメタルの製造販売を収益の柱にしていたUSAスチールの株式は紙切れ同然となり、関係企業や米国政府への信用不安からNYダウ平均株価はこの世界の歴史上でも類を見ないほどの大暴落を引き起こしてしまった。

 

 自業自得と言えば聞こえはいいが、このグラビティメタルショックという名のアメリカ大恐慌が世界経済に与えた影響は尋常なものではなく、借金をしてまで米国株に投資を(おこな)っていた者は電車に飛び込むか骨工船に落ちるかの二択しか残らない悲惨な状態だ。

 

 もちろん損をする者がいれば得をする者もいる。

 日本国内の装飾品買い取りシェア90%を誇る望月グループなんてその最たるものだし、望月(もちづき)英雄(ひでお)が発端となった遺言を遺したのもそれが一番の目的だ。

 

 高価な電子機器の原価が大きく下がるということはそのまま物価が下がるということで、可処分所得の少ない一般人には恩恵しかない。

 これまで2大強国の経済的植民地に置かれていた国々でも同様のことが言える。

 

 なにしろ、140層台に出てくる電鋼団子虫は慢性的な貿易赤字に(あえ)ぐ外貨に乏しい小国なら喉から手が出るほどに狩りたい相手だ。

 狂った体力と再生能力を持つ90層のボスモンスターとは違い、ただの雑魚モンスターなら数も出るし倒しやすい。

 

 しかしながら、ぶつける壁がない広いフィールドマップだと金剛偶像に第二進化済みの専用魔改造ゴーレムが複数体いない限り安定した狩りは難しいので、アメリカの攻略クランでさえ避けて通るのが現状のようである。

 

 そもそも全固体バッテリーに必須な超電導レアメタルのメツニウムは需要に対して供給がまったく追いついていないから高価なわけで、こちらはグラビティメタルとは異なり緩やかな下落で済む見通しのようだ。

 

 さて、そんな感じで目まぐるしく変化する世界経済の話はこの辺りにしておこう。

 高野の担当編集の西原(さいばら)氏に頼まれた取材対応を含めた休暇も終わり、ようやく普段通りの探索活動が可能になったんだからな。

 

 そうとなれば、ダンジョンに潜る以外の選択肢は残されていない。

 ということで俺達は久しぶりにやってきた横浜海上ダンジョンのロビー広場から、プライベートマップの101層へと転移する。

 

「黄金大蛇周回で私達のレベルも105まで上がっていますから、早めに適正階層まで潜りたいところですね」

「この辺りには雑魚しか出ないそうだが、肩慣らしには丁度いいだろう!」

「サンもはやく、ごくそつおにとかきょだいがじゅーにかんちょーぼんばーをぶちかましたいのだ」

 

 やる気十分な人形達を連れて入口の石室を出ると、そこには1層と似たような感じの何の変哲もない平原と林が広がっており、遠方にはレプティリアン集落の跡が小さく見えていた。

 

 モンスターテーブル的に言うと101層から149層までは物理主体のモンスターだけが出現し、第二骨工船のある150層以降からアンデッドモンスターと骨塚が再登場、更に170層以降からは精霊系モンスターと妖精系モンスターが追加されるそうだ。

 

 明らかにダンジョンの製作者が手を抜いているように思えるものの、フィールドをうろつく雑魚モンスターが一回り大きなサイズになっているのは正直に言って厳しいものがある。

 

 技術系スキルの武器縛りで短剣とか使っている探索者なんかは、大型の両手武器が使用できる前衛職にでも転職しなきゃ深層のフィールド探索なんてやってられないと思う。

 

「本来の予定では零号に偵察ドローンを使わせていちいち調査するつもりだったわけだし、マッピングをする必要がないのはありがたいな」

 

 100層越えを狙える攻略クランの本拠地が多い江戸川や横浜、伏見や札幌といった少数のダンジョンに限った話だが、既にダンジョン庁へ派遣された自衛隊の【魔鳥使い】ら探索部隊によって細かいマッピングが(おこな)われており、120層辺りまではモンスターテーブルや地形情報も公開されるようになっている。

 

 アメリカのダンジョン省が公開したデータベースの裏を取らないといけないし、今はどこの国も高レベル探索者の育成や第二覚醒スキルの検証作業で忙しいようだ。

 

「自衛隊からの依頼を受けて正解でしたね、マスター」

「最初はめっちゃゴネたけどな。目先の利益を追わなくて良かったぜ」

「けちなあるじ、すこしははんせいしたほうがいいぞ」

 

 業火のタクトを腰のポーションベルトから抜いた俺はいつも通り【霊神の偏愛】を使って壱号の大鎌、弐号の片手剣、参号の蛇尻尾に【炎属性付与(エンチャントフレア)】を(おこな)った後、空中にこれまでより一回り大きい緋色の人魂、炎精霊フレアを1体だけ浮かべた。

 

「そのおかげで一足早く弐号の神器が貰えたわけじゃん。結果オーライってことにしようよ」

 

 弐号は腰の鞘から抜いた緋炎を纏う銀色の片手剣、不屈の闘剣を嬉しそうにブンブンと振るう。

 

「何度見ても、惚れ惚れするほどに美しい剣だ。早速、大角兎をこの神器の錆にしてくれようぞ!」

「ニコ、きっと錆にはならないと思いますよ」

「気にするな、言葉の(あや)だ!」

 

 俺達はスマホにダウンロードしたマップを頼りに、石室の付近にあった林を迂回して草原へと向かう。

 林に出てくる巨大芋虫はグロテスクな見た目もそのままで牛サイズな上に、倒したところで大芋虫と同じ味の肉しか落とさない不味いモンスターだからスルー推奨だ。

 

 高レアリティのドロップ肉を使うと【調理師】の覚醒スキル【森神の調理】で魔力の自然回復速度が上がる料理を作れるんだけど、ご存じの通り大半の肉は食えたものじゃないし普通に魔力回復ポーションを飲んだ方が安くつくから、専属の【調理師】を抱えた大手探索者クランの魔法職でもない限り利用したりはしない。

 

 そういう料理が必要なのはポーション製造で大量の魔力が必要な製薬工場だ。

 しかしつい先日、演奏を聴いた者に体力と魔力の自然回復速度が上がるバフを撒ける【楽師】の第二覚醒スキル【武神の喝采】が発見されてしまったので、経費や福利厚生のことを考えると今後はそっちが主流になると思われる。

 

「おっと、出やがったな」

 

 広い草原に差し掛かったところで、俺達は最初の大角兎とエンカウントした。

 自動攻撃設定した炎精霊から放たれた高温の炎矢が何もいないはずの草陰を炎上させると、奇怪な悲鳴を上げながらぴょんとグリズリーサイズの角兎が姿を現す。

 

 1層の時とは違って半端なくデカいから不意打ちされることはないと思いきや、こいつらは地面に穴を掘って姿を隠す嫌らしい習性を持っているので油断大敵だ。

 

「任せたぞ、弐号」

「【金剛力】! せいっ!」

 

 文字通り尻に火がついて突進してくる大角兎の前に立ち塞がった弐号は、インパクトの瞬間に【金剛力】で増幅された筋力によって硬い角の一撃を盾で弾き返し、深く踏み込んで片手剣を振り抜いた。

 金属のように硬質な外皮ですら焼き切れる炎剣に兎の毛皮が耐えられるはずもなく、当然のように一撃必殺だ。

 

「うむ、電鋼の剣との違いが全然分からん!」

「そりゃそうだ」

「そもそも不屈の闘剣は【治癒魔法】がメインですからね。複数の敵に囲まれた際に【仁王立ち】と組み合わせた自傷回復でヘイトを一身に集めるのが本領と言っていいでしょう」

「サンはがんばってうけながしをおぼえたからな。ニコもれんしゅうあるのみだぞ」

 

 参号はそう言いつつ、再び自動索敵で炙り出された大角兎に対して10m以上も長ーく伸ばした燃える蛇腹尻尾をバシンと振り下ろして確殺する。

 【火属性強化】と魔力を盛った俺の【炎属性付与(エンチャントフレア)】と長射程攻撃の相性が良過ぎて、ただの雑魚モンスターは相手にもならんな。

 

「みなの足を引っ張らないよう努力しよう……」

 

 弐号にバザーから仕入れた魔力回復ポーションをぶっかけながら【仁王立ち】【治癒魔法】コンボで魔法盾の技術を修練させつつ草原を進んでいた俺達だったが、道半ばにしてレプティリアン集落へと差し掛かった。

 

 日干しレンガで造られた大きめの四角い家屋が点々と建っている村の中では、そこにいたはずの住人の存在だけを除いたまま在りし日の風景が再現されている。

 

「常日頃から我々と敵対している異星人にも確かな文明があって、文化がある。不思議なものですね」

 

 壱号は肉の加工場みたいな場所で、青黒い血が染みた傷だらけの木の机に転がっていた大きな肉切り包丁を拾い上げてその品質を確かめた。

 弐号は俺の護衛役としてしっかり働いているからいいとして、ロリロリドラ娘は近くの井戸の様子がとても気になっているようだ。

 

 目を離したらまたぞろ井戸の中にでも落っこちたりしないか心配になるものの、外歩き用の服を着ていない今は送還すればいいだけだし、そこまで気にする必要はないだろう。

 

「敵対って言うのもアレだけどな。結局のところ、連中は俺達の先輩だったわけだし」

 

 101層より時折見られるようになった爬虫人類文明の痕跡は、深層に踏み込むほどに時計の針が進んでいた。

 石器時代から鉄器時代へ、そしてダンジョンモノリスの存在する魔法時代へ。

 

 150層より先の都市部フィールドではアイテム結晶や生体装備も見つかるそうだ。

 拾えるアイテム結晶のレアリティ的に200層越えを達成する前と考えられている。

 恐らく、201層以降からは更に進んだ文明の痕跡が発見されることになるだろう。

 

 俺達ホモ・サピエンスが職業を得た時に付与される魔法文字で記された44桁の個人識別IDは、地球上にダンジョンモノリスが降り注いだ1900時点で既に13桁まで発行されていることが統計によって判明している。

 

 そうなると、ダンジョンモノリスには異星文明のプレイヤーが最低でも過去に652兆8431億7391万人は存在していたと考えるのが妥当だ。

 これまではただの仮説とされていたが、この景色を見てしまうと信憑性も高まる。

 

 要するに俺達もレプティリアンも、物質化したブラックホールとも称される異常な魔素密度を持つダンジョンモノリスを簡単に創れるような神様みたいな連中のおもちゃにされているってことなのさ。

 

「なーんでこんなことをしているのかねぇ。学者でもない凡人の俺にはまるで理解できないね」

「一つだけ言えることがあります。それは我々がこのダンジョンを踏破することで、次の文明へバトンを渡すことが可能になるということでしょう」

 

 包丁をテーブルに思い切りぶっ刺した壱号は、井戸の底を覗き込んでいた危なっかしい参号の首根っこを掴んで戻ってきた。

 

「みずのそこでなにかがひかっていたきがするのだ。なあなあ、したまでおりてたしかめてみないか?」

「どうせ拾う価値もないゴミですよ。遊んでいる暇があったら、マスターの為に働いてください」

「イチゴ、あるじのかーちゃんみたい。そんなことばかりがくしゅうしていると、あるじにきらわれるぞ」

「母親のように接するのはワガママなサンに対してだけですから、その心配はありません」

「ごしゅじんさまのまえでだけめすのかおをする、ずるいおんななのだ」

 

 勉強不足なポンコツ女騎士の弐号は、俺達の会話についていけず首を傾げる。

 

「バトン……? マスターとイチゴが言っている意味がよく分からないのだが……」

「フィールドで拾えるアイテム結晶にはモンスターからドロップした試しのない謎の魚肉が入っていて、生体装備もまた同様に海棲生物を主体としたもの。つまり……」

「レプティリアンは海洋惑星をモチーフにしたダンジョンに挑み、完全なゲームクリアを果たした。アメリカの研究機関ではそう考察されているそうです」

 

 ちなみに150層の雑魚モンスター爬虫人屍が身に着けている生体装備に【隠者】が【遺伝子検査】したところ、知的生命体と類似したDNAが検出されたそうだ。

 レプティリアンの前プレイヤーは半魚人……ここはサハギンと呼ぶべきだろう。

 

「なるほど! マスターがこのダンジョンを踏破した暁には別の惑星に地球をモチーフにしたダンジョンが出現する、ということか!」

 

 ポンコツでも頭の回転は悪くないようだ。

 いや、人間よりもよほど記憶力のいいAIを積んでいるんだからそうでないと困る。

 

「そういうこと。ゲームクリアできないまま人類が滅んだ場合どうなるかは分からないけど、俺が製作者ならそのままレプティリアン仕様で継続するね」

 

 選別から弾かれた実験対象の末路など、廃棄処分一択しかない。

 後には何も残らず、ただ失敗と記録されて打ち捨てられるだけだ。

 

 人間は同じ種族ですら常日頃から殺し合うほどに愚かなので、そんな大それた上位存在の思惑なんてまるっきり無視して現世利益だけを求めた内ゲバを繰り返していたってわけ。

 

 (さいわ)いなのは特にタイムリミットを迫られたりはしていないことくらいだろう。

 なろう系の漫画とかだとモンスターが溢れるスタンピードなんかが起こるのが現代ダンジョン物の定番なんだけど、時間すらも容易に操れる上位存在には随分と暇があるらしい。

 

「あるじあるじ、どんなくりあほうしゅうがまっているとおもう?」

「さてな、それこそ未来が見える第三覚醒スキルでも手に入れた【占星術士】に聞いてみない限りは分からないさ」

「サンはあんこくじゃりゅうにへんしんできるちからがほしいぞ」

「その時はゲームクリアしてるんだから絶対使い道ないだろ、それ……」

 

 俺達にできるのは、ただ目の前にあるダンジョンの奥に進み続けることだけだ。

 先のことについてはその時になってから考えても決して遅くはないだろう。

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