俺が平和な探索者生活に戻ってから1ヶ月の時が過ぎた。
この期間に起こった大きなイベントをいくつか振り返ってみよう。
まずは9月27日に行われた衆議院選挙について。
与野党ともども結構な大物が豚箱入りになって多くの席が空いたこともあり、財閥企業の推薦を受けたフレッシュな面々が新人同士で争う面白い選挙戦となった。
主な争点はグラビティメタルの大暴落と【魔神の秘匿】汚職問題が原因で発生した国内の暴動で大不況に陥っているアメリカ経済への対応、サイバーライン規制法で機械から人へ変わりゆく日本経済に対する向き合い方、そして危険な第二覚醒スキルの規制問題。
ソビエト連邦の特殊工作員によってDシェパード事件の扇動工作に使われていたことが判明した【催眠術士】の【魔神の誘惑】は言わずもがな、【薬剤師】と【錬金術師】に至ってはググれば出てくる科学知識さえあればスーパーで買える材料でお手軽に違法なドラッグを作れる激ヤバスキルだ。
なお、扇動が発覚した件でEUはしきりにソ連を批判していたものの、寝る巨人を起こせばどうなるかは火を見るよりも明らかだった為に批判だけで諦めた模様。
農業も何もかもアメリカのアンドロイド頼りの状態では戦争になったらまず負けだ。
いくら第二覚醒スキルがヤバいといってもこれ以上禁職を増やすのは流石に無理があるので、【魔神の秘匿】対策に【軍師】警察官の大幅増員を行った上で、非合法組織への監視をこれまで以上に強めるしかないだろうと自称専門家がニュース番組で解説していた。
赤峰空将の言っていた通り、汚職閣僚の任命責任を取って政治家を引退した
100層の壁が失われて起こった国際情勢の変化なんかを考えると、しばらくはダンジョン庁や警察庁と繋がりが深い防衛省が大きな権勢を振るうことになるんじゃないかな。
調子に乗って国連を刺激するような核開発とか始めなきゃいいけど。
まぁ、その時はムラマサ=ニンジャを
政治の話はここまでにするとして、俺の大嫌いなあの男についても動きがあった。
100層踏破直後に俺が行ったセレモニーでの演説以降、高騰を続けていたオリオント工業関連株の株式を全株買い戻すだけの資金を調達できなかった星崎ファンドは9月末に経営破綻を起こした。
望月財閥を敵に回した星崎聖夜に金を貸すような銀行はどこにもなく、グラビティメタルショックで大打撃を受けている外資系の銀行がサイバーライン社の用地買収計画を口外して破滅した間抜けなジャップ野郎を助けるはずもない。
聖夜は【グローリーハンド】のクランメンバーと社員のほとんどが逃亡した状態にも関わらず一人で足掻いていたようだったが、残念ながら時間切れ。
江戸川区の一等地にある自社ビルへ強制捜査に踏み込んだ警察によって、白昼堂々インサイダー取引の疑いで御用となった。
まぁ、アフリカ辺りに国外逃亡してもいずれ金融ユダヤ系のヒットマンに暗殺されるのは目に見えていたから、けつなあな確定だとしても檻に入る方がまだ安全という判断をしたのは間違っていない。
今は【魔神の秘匿】関係で捕まった連中の後始末で裁判所がフル稼働状態なので、公的には微罪でしかない聖夜の刑事裁判は来年以降になる見通しらしい。
それが終わって網走海上ダンジョンの人工島に収監されるまで、彼は臭いメシを食うだけの
さて、そろそろ俺の探索者活動についての話に移るとする。
残念ながら週休2日制で朝から夕方までずっとダンジョンに潜っているだけの男には特にこれといって面白いイベントが起こるわけもなく、ただレベルが129まで上がって130層を踏破したくらいの成果しか得られなかった。
一応、レベル上げついでにゲットしたボスドロップの★4装備結晶なんかを望月グループの運営する買取ショップに持ち込んで換金してはいるものの、電鋼団子虫の方が明らかに美味しいという悲しい現実だけが残る。
装備の更新をしていないとはいえ、フィールドの雑魚が落としたスキルなし★3装備結晶を使った装備強化自体は続けているから、今のところ耐久面で困ったことは一度もない。
雑魚モンスターの強さ的にも150層以降からが本番って感じ。
ボスを倒す時だけはちゃんと幸運の上がる装飾品を装備しているのにスキル付きの装備結晶は全然引けないし、卑弥呼みたいな【使徒使い】の幸運バフに頼りたい気持ちを抑えるのが大変だ。
「かんちょーぼんばー!」
ボゴォン!
今日も今日とて、サバンナフィールドな130層のボス部屋へ向かう道中に出てきた象さんサイズの星顔大猪にかんちょーぼんばーをぶちかます参号を嫌な顔で眺める。
こいつもクトゥルフ神話に出てきそうなグロテスクモンスターだけど、肉だけは美味しいので割と好きな部類に入っていたり。
ゲテモノ好きの日本人的には食えるってだけで評価は高くなるよね。
俺達は通い慣れた道のりを悠々と踏破して、やってきたボス部屋の扉を開く。
今期の横浜海上ダンジョンの130層ボスモンスターは万針麒麟という六本脚で50cmもの長さがある硬質の針が全身に生えた超巨大キリンだ。
ネタみたいな見た目をしているくせに、こいつがまた強いのなんの。
近接物理職では弱点を攻撃するのが困難な上に、ある程度ダメージを受けて第二形態に入ると全身の針を周囲に飛ばすマップ攻撃を無限に放ってくる。
針の再生で体力を消耗するからと大盾に隠れてじっと耐えていると、巨大な
ドゴォォォォォン!!!
まぁ、普段通り蛇腹尻尾のバネで空中高くまで跳び上がった参号の密着【自爆】攻撃で脳天を直接ふっ飛ばせるから関係ないわけだが。
今のところ致命傷を受けても復活してきたのは100層の黄金大蛇くらいなものだ。
きっと200層の暗黒邪竜もDPSチェックを乗り越えて体力を削りきらない限り絶対に倒せないんだろうなぁ……。
「今回も食えない肉が2個落ちただけだな。昼飯前にもう一周行くか」
「マスター、先ほど通知がきていましたよ」
「えっ、本当?」
ドロップ確認で開いていたストレージからメニュー画面に移行してフレンド欄を呼び出してみると、確かに新着通知が届いていた。
メールマークが付いた
[少し時間が取れたので、もしよろしければ今夜食事に行きませんか? 可能であれば18時までに返事を頂けると嬉しいです]
「どうやら貿易商の父親から頼まれていた仕事があらかた片付いたらしいな!」
「どうしますか、マスター」
「大事な用事も特にないし、付き合ってやってもいいんじゃない?」
ということで了承の
今日中にスキルポイントが貰えるレベル130になっておきたいところだ。
―――――
夜の準備もあるということで、早めに探索を切り上げてダンジョンの外へ出る。
秋の中頃に入った横浜海上ダンジョンのロビー広場は、ドーム全開でもいい感じに涼しく過ごしやすい。
「結局、クーラーをお願いした恩恵は全然受けられなかったな」
「仕方がありません、来年以降に期待しましょう」
ヒートショック対策とか言って、冬だけは常にドームを閉じてしっかり暖房まで入れてくれるんだよこの施設。
それなら最初から熱中症対策もしろと言いたい。
もしかして、売店の商品が売れなくなるから渋っていたとかじゃないよね?
「サンはゆきであそびたいきもちがつよいぞ。ながのにすきーとかいきたい」
「そういや、ダンジョンじゃ雪マップ見ないな。やっぱりレプティリアンが変温動物だからだろうか」
「確かに言われてみれば、50層でも妙に水属性が効いていた覚えがある。またひとつ学びを得たな、マスター」
「普通に公式アプリのデータベースにも載ってる攻略情報だぞ、それ」
「……学びを得たな!」
このポンコツ女騎士人形は普段、俺のパソコンで何を勉強しているのかという疑問が心に浮かぶ。
今度、寝たふりをしてチラっと覗いてみるか。
そうこう話しながらロビー広場を歩いている俺達に、近くのテーブルでスマホ片手に駄弁っていた底辺探索者どもが声を掛けてきた。
「ヒロシじゃん。今日もボス周回か?」
「おう、やっとレベル130になったところだ。もうちょいしたら140層に移るつもりだぜ」
俺は初対面の相手でも割と気軽に話せるタイプの有名人だから、よくこういう名無しの底辺探索者に
逆に地元の攻略クランに所属する人からは距離を置かれていたりして、なんだかなぁという気持ち。
いや、タンクスレ民のフレンドだけは別なんだけどね。
彼らにはうちの弐号がいつも世話になっているわけだし。
たまにお呼ばれして飲み会に参加したりするくらいには交流がある。
「ホントずりーよなぁ、俺にも第二職業寄越せよ」
「ちなみに今の職業は?」
と、聞くと彼らはドヤって愛用の武器を取り出した。
「僕ちゃんSM【調教師】!」
前衛職のくせに敏捷特化で【鞭術】縛りのハズレ職業だが、【浸透撃】で防御を抜けるのでそこそこ使える。
覚醒スキルの【森神の激励】は味方にヘイトの増えない治癒攻撃ができるものの、めちゃんこ痛いからSMプレイくらいでしか使い道がない悲しみ。
「ふっ……【細剣士】だ……」
前衛職のくせに敏捷特化で【細剣術】縛りのハズレ職業だが、【鋭刃突】で防御を抜けるのでそこそこ使える。
しかし覚醒スキルは汎用のダメージ増加スキル【武神の加護】で、ちょっとミスをするだけでポキポキ武器が折れる悲しみ。
「聞いて驚け、【双剣士】だ!」
前衛職のくせに敏捷特化で【双剣術】縛りのハズレ職業だが、【剣の舞い】の自己バフが強いのでそこそこ使える。
しかし覚醒スキルは汎用のダメージ増加スキル【武神の加護】で、バッファーがいるだけで固有スキルが腐るという悲しみを背負ったツインブレード野郎。
柄の両側に刀身が付いてるアレは扱いにくいように見えて、器用さの上がる敏捷特化とは割と相性が良かったり。
「そして俺様が泣く子も黙る【鎖鎌士】だァー!」
前衛職のくせに敏捷特化で【鎖鎌術】縛りのハズレ職業だが、【呪いの楔】で天井に貼り付けるのでボス戦で火力役が落ちて詰んでも生き残れる。
覚醒スキルは【森神の御業】という攻撃が味方と地形をすり抜ける便利スキルで、【貫通撃】辺りが付いた武器があればギリ戦えなくもない。
なお、鎖が味方の足を引っ掛けるせいで不慮の事故が起こりやすい上に、MPK判定でダンジョンの禁則事項に触れるリスクが高いせいで野良では出禁になるほどの超ハズレ職業だ。
【狂戦士】以外はフレンドリーファイアが無効の優しい設定なダンジョンの中で脱法的に味方殺しや生殖行為をすると、Dカードに烙印が刻まれてアイテムドロップ率と取得経験値が半減していく。
【裁判官】の固有スキル【業の清算】を使えば帳消しにはできるものの、隠せない烙印が前科として残り、一番高いステータスが永続的に減少する重たいペナルティまである。
ダンジョンモノリスが異星文明で継続的に運用されるのではないかという仮説を踏まえて製作者の意図を考えると、きっと生殖後に共食いするようなカマキリみたいな人種が沢山いたせいでゲームにならなかったのだろう。
なにしろ、胎児を腹に抱えた妊婦はダンジョンの中に入れないからな。
「もう探索者なんか辞めて外で働けよ。求人バブルはそう長くは続かんぞ」
「はー? 学のない中卒が雇われになってもどうせすぐクビになるだろうがよー!」
「同情するなら金をくれ……」
「貰っても全部ギャンブルと女に使うけどな!」
「割と真面目に考え中」
「おいぃ!? 【鎖鎌士】のくせに一人だけ抜け駆けする気かよ!」
「この固定パーティーが解散したら真っ先に詰むのは俺なんだが?」
「てめぇ、拾ってやった恩を
「先に拾われたのはお前だろ!」
【双剣士】と【鎖鎌士】が取っ組み合いの喧嘩を始めてしまったので、あまりのアホらしさに苦笑いを浮かべた俺達は固定パーティーのリーダーらしき寡黙でレインボーヘアな【細剣士】のロン毛野郎に手を振ってその場を後にした。
―――――
夜の東京、六本木を一人歩く。
伊達眼鏡にニット帽、赤いジャンパーを羽織った状態で腰に電鋼の剣を引っ提げた俺はどこからどう見てもただの前衛職だ。
「待った?」
「いえ、私も今きたところです」
駅前の待ち合わせ場所でお嬢様っぽい厚着の秋コーデをしている
やってきたのは小さなビルの二階にある北欧料理店「リラ・ファールン」だ。
「ふうん、今日はスウェーデン料理か」
「どうしてもヒロシさんに故郷の味を知って貰いたくて。本当はもっといいお店が北海道にあるのですけど、流石に難しいですからね」
「ま、レンのお勧めならハズレを引くことはないだろうさ」
落ち着いた雰囲気をしている店の内装は北欧製のレトロな家具や雑貨で彩られており、店内に流れるスウェーデン語の曲も相まってまるで本当に北欧まで旅行にやってきたような気分になる。
店の奥にあった白いテーブルクロスの掛けられた二人用のテーブル席に腰を下ろした俺達は、自家製ピクルスやニシンにノルウェーサーモンのマリネが色鮮やかな前菜とスウェーデン風のパンを前に、スウェーデン直輸入の白ワインが注がれたワイングラスをコツンと合わせた。
「んじゃ、乾杯」
「
レンはまだ18歳じゃないかと思うかもしれないが、この世界だと成人の15歳を過ぎて職業を得た時点でお酒は自由に飲んでもいい寛容さがある。
とはいえ銃よりも簡単に人を殺せる手段がゴロゴロしている危なっかしい世界だから、装飾品でほどほどに耐久を高めて酔い過ぎないようにするのがマナーだ。
「ここ最近はトラブルもなく日々の探索ができているけど、レンの方はどうだ?」
「緊急の対応が必要な案件は全て片付いた、といったところでしょうか。本当に、ヒロシさんは大変なことをしてくれましたね」
ハーブの効いた酸味の強い前菜を豪快にぱくつきながら、パンにバターを塗りたくって頬張る。
焼き立てで外はカリッとしているのに、中はふわふわで……こりゃ美味い。
「つっても伊佐那岐が生きてりゃ同じことが起きただろう。アメリカのお歴々みたいに【魔神の秘匿】にあぐらをかいて備えない方が愚かってもんだ」
「どちらに転んでも利益を得られるようにするのが一流の【商人】ですよ。少なくとも、私は得をしています」
「へぇ、どういう利益?」
「ふふふ、噓つきのヒロシさんには絶対に内緒です」
メイン料理のごろっとしたミートボールにはコケモモのソースが添えられている。
ジャガイモとアンチョビのグラタンはこれ一つで満腹になりそうなボリュームだ。
日本ではこの場所でしか味わえない、幸せな家庭の味に舌鼓を打つ。
レンは小食なので、彼女が食べられない分はもちろん全て俺が頂く。
「そんで、レンはいつスウェーデンに帰るつもりだ」
「年末には全ての準備が整いますので、そのくらいには。もうすぐこの自由な暮らしが終わってしまうのかと思うと、少し憂鬱です」
お酒が入ったせいか普段よりも幾分か表情豊かに不満を露わにしたレンは、フォークで刺したミートボールを小さな口でぱくりと食べた。
唇に付いたソースを小さな舌でチロリと舐める仕草が不思議と妖艶に見える。
「もう土産は持ったか?」
「ええ、まあ……」
「俺はダンジョンに潜れりゃそれでいい。後はレンの好きなようにしたらいいさ」
他愛もない雑談をしているうちに気付けば皿は空っぽになり、最後のデザートがやってきた。
秋らしく、季節のデザートはマロンタルトのフルーツ添え。
「これはルーネベリタルトといいまして、北欧では冬の風物詩なんです。私も孤児院で過ごしていた頃、よく院長先生に作って貰いました」
「孤児院? そいつは初耳だな」
そう聞きながら一口食べると、想像とはまるで違う生姜の風味が広がった。
タルトと言ってもマフィンとパウンドケーキの中間みたいなふわっとした食感をしていて、日本人としては初めて味わう不思議な感覚の焼き菓子だ。
「あの悪夢のような事件で両親を失った私は、8歳の時に今の養父に引き取られるまではスウェーデンの片田舎で過ごしていたのです」
「へぇ、それは大変だったね」
「もう少し利発さを隠す賢さがあれば別の道も、と思わなくもないですが……そのおかげでヒロシさんとも出会えたわけですから、人生とは分からないものですね」
そうぼやきながら、満腹状態のレンは少しずつルーネベリタルトをついばむ。
俺が代わりに半分食べたとはいえ、小食なレンにフルコースは厳しかったらしい。
ま、大学を飛び級した天才キャラにも色々と悲しい過去があるってことだな。