ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第60話 念願の神器

 11月1日、アメリカの中間選挙が行われた。

 

 【魔神の秘匿】汚職問題でどうしようもない状態に陥っているトランポ政権は米国民から完全にそっぽを向かれ、上院・下院ともに民主党に大敗。

 既に4度目の大統領の弾劾裁判まで始まっており、もうしっちゃかめっちゃかだ。

 

 グラビティメタルショックに端を発して落ちぶれ続けるアメリカ経済は未だに回復の見込みが見えず、インフレによる家賃高騰も相まって都市部ではダンジョンホームレスが激増している。

 

 それでもダンジョンでドロップする治癒ポーションや【治癒魔法】があるから大病しなければ医療費もそう高くはならないし、最悪1層で大芋虫狩りをすりゃ飢え死にはしないわけだから、未成年の子供でも抱えていない限りはダンジョンホームレスだろうと問題ないとは思う。

 

 いやまぁ、5日間の閉鎖期間中はどうすんだって話か。

 そこは行政がなんとか大規模な暴動に発展しないよう対応するしかないだろう。

 避難所の設置や炊き出しをする財源がないなんて泣き言を吐いて放置するような為政者は暗殺されても文句は言えない。

 

 今のところ国際魔結晶相場はビクともしていないから探索者業界への影響は僅かだし、単純に100層の壁を敷いていたのがバレて世界中から信用を失ったアメリカドルの価値が下落しているだけだ。

 

 国民の目を逸らしたいデナルド・トランポは麻薬組織の撲滅を掲げて中南米の独裁国家へ戦争を吹っ掛けようとしているものの、軍の上層部がのらりくらりと交わしているので大事には至っていない。

 

 しかし人事権を濫用して軍の高官を政府の手駒に入れ替えようと画策する米国政府と軍の対立は深まるばかりで、兄が言っていたようにいつ内戦が起こるか分からない危険な状況でもある。

 

 日米関係自体はサイバーライン社の規制から多少ギクシャクしているものの、そこまで悪くないのは幸いといったところだ。

 

 向こうは電気自動車メーカーのデスラ社が強いから元の世界より貿易摩擦が弱いし、DTubeやスマホのアプリストアを筆頭に金蔓扱いされているIT業界や食料品などの輸出業界はドル安でむしろ儲けが出ている。

 

 米軍基地のある沖縄が富裕層の避難先としてハワイの次の候補地になるくらいだから、仮に第二次南北戦争が始まってもしばらくの間は大丈夫だと信じたい。

 

 さて、時事問題についてはこの辺りにして最近の探索者活動の成果を話そう。

 

 俺達は兄が帰ってきた翌々日から131層以降の階層更新へと移り、丸々1週間使ってレベル上げを(おこな)いつつ139層まで踏破した。

 

 その間に弟から無心した金で都会のピンク街を遊び歩く最高の休暇を終えた兄は自家用【機械騎士(マシンナイツ)】に乗って船便で鹿児島から沖縄へ渡り、現在は米軍が保有する辺野古ダンジョンで【ナイツ・オブ・ラウンズ】や他の米国大手攻略クランの遠征組とともに日々の探索業に(はげ)んでいるようだ。

 

 事前にフレンドの山城(やましろ)七海(ななみ)を通して注意喚起――沖縄2社の新聞社にタレコミしてバッシング記事すら書かせた――をしておいたので、一流探索者に憧れる沖縄の若い婚活女子が女好きで浪費癖のある兄の食い物にされるような事態は起こっていないと思われる。

 

 そうそう、七海は宮古(みやこ)紅亜(くれあ)ともども【モテルハイビスカス】から地元の攻略クラン【琉球キングス】に移籍したそうだ。

 

 彼女は沖縄唯一のレベル100越え【精霊使い】として黄金大蛇戦のサポーター役を務める(かたわ)ら、ご当地ヒーロー「琉人(りゅうじん)マブヤー」公式アンバサダーとして紅亜(くれあ)と二人で【琉人ボマー】というコンビ名でダンジョン配信活動を始めた。

 

 相方の紅亜(くれあ)が中学を卒業するまでは低層でのんびり探索をするつもりのようだが、【ドールマスター】の弟子という絶大なネームバリューを活かしてかなりのチャンネル登録者数を誇っている。

 

 二人とはちょくちょく【情報共有】でやり取りをしているし、なんだったら雑談配信にお呼ばれして【属性付与自爆】戦術の注意点なんかを話したりもした。

 

 蘇生召喚の代償はもちろん、【自爆】をさせる時は専用の人形を用意しないとレベル50になって【霊神の神格】で自由意志を獲得した途端に無理心中されたりすることもあるからな。

 

 そしてそれは人形風俗上がりの主人でも同様のことが言える。

 俺が人形に手を出そうとした金田や兄を問答無用でぶっ殺そうとしたのも、実はそういう生死に関わる裏事情によるものだということを今更ながら弁明しておきたい。

 

 こっちの世界の俺が無改造の人形しか扱わなかったのは、力関係で勝てない兄にラブドールを寝取られる最悪の未来が待っていると知っていたからだ。

 

 そんなストレスフルな家庭環境にいる中学生男子が人形狂いの許嫁に魔改造を迫られて板挟みになったら、そりゃ絶望して学校の屋上から飛び降りようともしますわ。

 

 兄が大学で散々やらかした女関係のトラブルから逃げるように渡米した後もニートを続けた理由は分からないが……まぁ、単純に萌と結婚したくなかっただけじゃないかな。

 

 人形狂いの許嫁と結婚させる気満々の家族は無職のオーブを買ってくれるわけないし、【人形使い】のレベルを上げたらそれこそ人生の墓場まっしぐら。

 

 同級生の英二が弱虫ハカセって言っていたくらいだから、兄のように家を出て自立するほどの度胸もなくダラダラとニートを続けたというのが事の真相だろう。

 

 そんで最後は胡散臭い古文書に頼って並行世界に逃げようってんだから、同じ自分として恥ずかしいったらありゃしない。

 まったくもう、向こうの家族に迷惑を掛けていなければいいんだけどね。

 

 脱線したから話を戻すが、現在の横浜海上ダンジョンの140層が非常に珍しい海中フィールドだったこともあり――入口の石室以外は完全水没だ――久々に東京江戸川ダンジョンまで遠征することに決めた。

 

 それから俺達は望月グループの運営する江戸川ダンジョン最寄りの高級ホテルに京子の会長権限で永久無料の宿泊をしながら延々と140層ボスの暴走翔鳥――デカい、強い、速い――を参号爆弾でリスキルしていたわけなのだが……。

 

 先ほど話していた中間選挙の翌日。

 つまり11月2日月曜日の昼過ぎ、ついに待ちに待った念願の時が訪れた。

 

「で、で、で……出たああああああ!!!」

 

 爆死した暴走翔鳥から普段よりも派手な虹色ドロップ演出が見えたからもしやと思いストレージを開いて確認してみたところ、そこには暴走翔鳥爪の大鎌【旋風刃】【範囲拡大】という文字が燦然(さんぜん)と輝いていたのだ!

 

「やりましたね、マスター」

「ああ、苦節10日間……120羽以上倒してようやくだ! しかもしかも、壱号にお(あつら)え向きの大鎌なんて最高の大当たりじゃないか!」

 

 これまでにも一度だけ、一度だけ同じ1/44444の確率を乗り越えてレアドロップを拾ったことがある。

 無職のオーブという名のハズレドロップをな……。

 

 あの時は本当に落ち込んで、3日もダンジョンに潜れなかった。

 なお、そのうちの1日は課金の日という名の休日である。

 

 買えば億は下らないレアスキル付きの装備結晶を引いたのは30層以来だし、やっぱり回転数は大正義だ。

 もう脳みそから快楽物質のドーパミンがドバドバ出まくりでイクイクイックー!

 

「ふむ、それで【旋風刃】とはどのようなスキルなんだ。【風属性魔法】でも使えるようになるのだろうか?」

「ニコ、いくらなんでもべんきょうぶそくだぞ」

「うっ……」

 

 俺が寝ている間に弐号がゲーミングパソコンで何をしているのか気になってちょっと覗いてみたんだけど、サンドボックスゲーのクリエイトモードで延々と長い壁を建造していたんだよね。

 このポンコツ女騎士人形、万里の長城を作って何がしたいのかよく分からん。

 

「【施風刃】は【鎌士】が取得可能なアクティブスキルですね。魔力を消費して広範囲の物理攻撃を(おこな)うことができます。二度進化した青銅人形の私なら魔力値も十分に足りていますし、ここに【範囲拡大】と【属性付与】が乗れば暗黒邪竜が相手でも見劣りしないダメージディーラーになれると思いますよ」

「これでようやく型落ち気味だった農夫の大鎌を卒業できる。よっしゃ、今日は家に帰って祝勝会を開こう!」

「わーい、はんどんでかえれるのだー」

 

 ということで早速ダンジョンからログアウトした俺達は、いつもながら混雑しているロビー広場を離れたその足で最寄りの江戸川駅へと向かっていた。

 都心のオフィス街はどこも人通りが非常に多く、お昼の賑わいを見せている。

 

 残念だが、もう弁当を食った後だから豪勢な昼飯はパスだな。

 望月の高級ホテルはバイキングも美味いんだけど、連日食べていると飽きてくる。

 マツ屋の牛めしで満足するような安い舌には母と壱号の作る家庭の味が一番だ。

 

 今日は神器記念日だから、家の近所の駅前にある人気洋菓子店「ラ・ソレイユ」に寄ってから帰るつもり。

 これもまた懐かしきかな故郷の味、俺の大好きなソウルフードが待っている。

 

 そんな感じでふんふんふーん、と鼻歌を歌いながら気分よく大通りを歩いていると、どこからともなく胃袋をくすぐる甘い香りが漂ってきた。

 どうやら近くに焼き芋屋の移動販売車がやってきているらしい。

 

「マスター、あれを見てください」

「どうした、壱号」

 

 長い行列で見切れているキッチンカーの横を通り過ぎようとしたところで隣の壱号に手を引かれた俺は、彼女の指差した先へと目を向ける。

 するとそこではなんと、おかっぱの金髪をした糸目で半纏(はんてん)姿の男が焼きたての石焼き芋を女性客に売りつけているではないか。

 

「おっ、その顔はヒロシの兄さんやないか。こんな真っ昼間に探索から帰ろうとするなんて、よっぽどええ収穫でもあったんやろうな。ワイみたいなダンジョンにも潜れない貧乏人からしたら、ほんまに(うらや)ましい話やで」

 

 コテコテの関西弁を操る胡散臭い糸目の男は、まさしく【ボマー】の弟子に手を出したケジメで消費者金融の会社を取り上げられたヤクザの金田(かねだ)(いさむ)その人だった。

 よく見るとキッチンカーの側面にはスマイルマークのロゴの上に「焼き芋屋ニコニコ」と書かれている。

 

「またしてもおやくそくみたいにうさんくさいやくざがでてきたのだ」

「商売繁盛しているようで何よりだ!」

金田(かねだ)、お前は相変わらず楽しそうだな。もう本業に戻るのは諦めて、本格的に店でも構えたらどうだ?」

 

 今では日本一有名なヤクザなわけだし、芸能人の高級焼肉屋よりは儲かると思う。

 俺が本心からそうアドバイスすると、苦笑いを浮かべた金田は火傷防止に着けている分厚い手袋の指先でポリポリと頬を掻いた。

 

「ヒロシの兄さん、分かっておらへんな。景気がいいからこそ、地道にコツコツ稼ぐんや。こうやって色んな会社の前を偵察してな、社員の顔色を見て潰れそうかどうかチェックして情報を売る。そんでツテと資金を積み重ねておいた上で、景気が悪ぅなった時期を見計らってデカいシノギを作るんや。まさに一石二鳥でボロ儲けやで!」

 

 自分が真っ先に働いて稼ぐ金田の商売勘は星崎聖夜とは比べ物にならないな。

 就いているだけで刑務所行きの【贋作師】だと完全にバレているのに警察から泳がされているくらいだし、よほど上手く世渡りをしているのだろう。

 

「あっそ、お前の極道人生計画なんて一切興味ないわ」

 

 俺はそう言いつつカバンから、金運が上がって勝ちまくりモテまくり神器まで拾えちゃうスーパー風水グッズ、黄金大蛇皮製の高級長財布を取り出す。

 

「ほら、可哀想な貧乏人に恵んでやるから適当に10人分くらい包んでくれ」

 

 【保管庫】付きの長財布を片手にストレージを開いて下ろした凸状の黒い魔結晶――日本円にして50万円分の価値がある――を差し出すと、金田は非常に嬉しそうな顔をして受け取った魔結晶を羽織っている半纏(はんてん)のポケットに仕舞った。

 

「毎度あり、なんだかんだでそう言ってくれるツンデレな兄さんはいっつも気前が良くてほんっとーに助かるでほんまに。――おい郷田、ヒロシの兄さんに『焼き芋屋ニコニコ特製スイートポテト』を包んでやれや。お土産用に10人分やで!」

「うす、金田の兄貴」

 

 ここのキッチンカーでは石焼窯の予熱を利用してスイートポテトを焼いているそうで、タルト生地が敷かれたスマイルマークの形をしている絶品スイートポテトはインステ映え目的の流行り物好きな女性に大層ウケているらしい。

 

 そういう理由もあって毎日のように販売場所を変えるこの神出鬼没の焼き芋屋は、SNSで目撃情報が流れた数時間後には完売するほどの大人気店となっていた。

 

 こいつらの何が凄いかって、舎弟と手分けして神奈川と東京の3ヵ所で同時にキッチンカーを展開した上でそれなのが凄い。

 値段も結構お高めだし、家賃が掛からないから相当儲かっていると思われる。

 

「なんかすいませんね、割り込んじゃって」

「いえ、ヒロシさんともあろうお方が頭を下げるほどでは……」

 

 いつものノリで行列にペコペコ頭を下げると、俺と金田のやり取りをSNSにアップしてバズろうという考えのもとスマホを構えていた女性客に引かれてしまった。

 

「あろうおかたて。あるじはそんなにえらくないぞ」

「そうそう、普通に一般家庭育ちの子供部屋お兄さんだからね。……自分で言ってて悲しくなってきた」

 

 例え世界一有名な探索者であろうとも、街中でラブドールを堂々と連れ歩くような変態野郎――しかも人形師の婚約者持ち――に女性人気などあるはずもない。

 

 匿名掲示板の探索者板にはドールマスタースレが建っているけど、何を書き込まれているか分かったものじゃないから完全に無視している。

 反転信者になった鬼女(きじょ)と場外乱闘は面倒なことになるから本当にやめて欲しい。

 

「あのう、【ドールマスター】って生モノは平気な人ですか?」

 

 しかし中には勇者もいるもので、列に並んでいた青髪おさげで猫背の丸眼鏡女子に不躾(ぶしつけ)な質問をぶつけられてしまった。

 

「俺は何も聞かなかった。いいね?」

 

 いくら肖像権を盾に同人活動を禁止したところで、どうせ琵琶湖の住民がディープウェブに作った裏サイトではありとあらゆるシチュエーションで野郎と乳繰り合ってるよ。

 人生とは諦めが肝心、徹底的にスルースキルを磨いて心の平穏を保つべきだ。

 

「ありがとうございます! ――ぐふふ、今年の冬はカネ×ドルで決まりだわ……」

 

 俺は何も聞かなかった。いいね?

 

「マスター、生モノとはどういう意味だ。もしやダンジョン肉の刺身のことか?」

「知らない方がいいこともありますよ、ニコ」

「むむ、そうなのか……」

「よのなかへんたいばっかりなのだ」

 

 訴訟を恐れない業の深い腐女子からそっと距離を取って離れた場所で待っていると、強面な【芸術家】の舎弟が持ち帰り用の手提げ紙袋――スマイルマークのロゴが印刷されている――を持ってきたので、荷物持ちの従者仕草が似合う壱号が俺の代わりに受け取った。

 

「そんじゃ金田、達者でやれよ」

「ほな、さいなら~」

 

 屋号に相応しいニコニコとした笑顔を浮かべて手を振る金田に見送られながら、俺達は大繁盛しているキッチンカー「焼き芋屋ニコニコ」を後にした。

 

 ここのスイートポテト、甘い物に目がない妹からしょっちゅう買ってきて買ってきてってせがまれていたからな。

 高野の家と萌の事務所へ寄ってお裾分けをして、3時のおやつにでも頂くとしよう。

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