ダブルスキル付きのレアな装備結晶が手に入ったということで、それを付与する新しい大鎌の素体を
「婿殿が頼ってくれるのはとても嬉しいぞ! しかし……二流の【鍛冶師】が鍛えた武器を神器にするのは俺の【鍛冶師】としてのプライドが許さないことも事実。気を遣ってくれた婿殿には悪いが、別の工房を当たってはくれないか」
と、言いつつ工作機械だらけの工房内にあるボロいパイプ椅子に座ったハゲ親父はブラックのホットコーヒー片手にスイートポテトをパクついている。
俺もさっき萌と一緒に食べたけど、とってもスイートで美味かったぜ。
「でもパパ、
「命を預ける大切な武器は一番いいものを使って欲しい。一人の
「それは、そうだけど……」
「
俺は右腕に巻いた防水腕時計の【情報共有】を使ってフレンド欄を開く。
随分と増えたフレンドリストを指先でスクロールしていると、背後から聞き覚えのない男の声が聞こえてきた。
「その必要はない、【ドールマスター】」
振り返ると、そこには
面の額に刻まれた紫色の文様「ह्रीः」――千手観音の
「なんだ貴様、一体どこから現れた!?」
突然の来訪者にビビった弐号は左手の盾を構えながら
「大丈夫だよニコちゃん、この人ムラマサ=ニンジャの警備員だから」
人形工房村正が認定した人形師の工房は、皇室関係者の特殊警備をするような凄腕のSPが無償で店舗の警備を
動物のお面を被ったムラマサ=ニンジャの姿はテレビのニュース番組とか【剣聖】の国葬でしか見たことがなかったんだけど、これまでどこに隠れていたんだろうね。
ハズレ職業の【忍者】なんかと違って訓練された本物のニンジャって凄い。
「必要はない、とおっしゃりましたね。それでは村正一族の【鍛冶師】を紹介して下さるという認識でよろしいのでしょうか?」
壱号が尋ねると、ムラマサ=ニンジャはこくりと首を縦に振って肯定した。
「装備更新の時期がきたら話すよう工房長から
そう言い残して、ムラマサ=ニンジャは煙のように消えてしまった。
「これってさ、精霊の自動索敵を使ったら炙り出せたりしないのかな」
「ヒロくん、火事になるからやめてくれる?」
「ただの冗談だって、真に受けるなよ」
村正九郎と言えば、人形工房村正の三代目工房長の名前だ。
恐らくは150層に通える程度にはレベルの高い第二覚醒済みの【鍛冶師】……これで大体の意図は掴めたな。
「どうしますか、マスター」
「誘われたら断る理由もないだろう。萌、明日は一緒に忍野村まで遊びに行こうぜ」
「今度こそ本当のお泊まりデートだね!」
「いや、俺はただ単純に経験者の付き添いが欲しいだけだ。変なことをするつもりなら連れて行かないぞ」
「ヒロくんのいけずぅ〜。イチゴちゃんとニコちゃんには手を出してるくせに〜」
唇を尖らせてこちらに迫る萌のおちょぼ口を、俺は二本の指先で抑えた。
なんかここ最近の萌、異様にキスをねだってくるんだよな……。
装備のメンテナンスを頼む為に直接顔を合わせないといけないのは気が
「お前がいらん魔改造をしなけりゃ普通の主人でいられたっつってんだろうが。んで、行くか行かないか、どっちがいい」
「行くに決まってるじゃん!」
「じゃあ、そういうことで決まりだな」
既に娘を四人も嫁に出した後だから心の余裕があるのだろう。
結婚を
―――――
翌日の早朝、旅行用のキャリーケースを
ゲーテッドコミュニティな忍野村の近くにはリニアの路線が通っていないので、伊豆半島の付け根辺りにある静岡県長泉町の三島駅で北方面行きの電車に乗り換える。
「あるじあるじ、きれいなふじさんがみえるのだ。こんどのぼりにいこうよ」
乗客の少ないガラガラの電車の中で、参号は幼女らしく長椅子に膝立ちになり西の方角に見える富士山を車窓から眺めていた。
「機会があったらな」
「そのくちぶりはぜんぜんいくきがなさそうなのだ」
「だって登山客が多すぎていつも渋滞起きてるじゃん。そりゃ行く気もしないよ」
「そのときはじばくでみんなふっとばしてやるぞ。ぼーりんぐみたいでちょーたのしそうなのだ」
「気持ちは分かるけど絶対にやめてね」
なお、弐号は眠らない人形のはずなのに腕を組んで居眠りをしている……。
「忍野村は日本一美しく富士山が見える村として有名なんだよ。わたしは人形師認定試験を受ける為に5回だけ行ったことがあるんだけど、泊まった旅館の露天風呂から見える景色が本当に綺麗で、いつかヒロくんにも見せてあげたいなって思ってたんだよね」
俺と壱号の間に挟まって両手に花の萌は嬉しそうにそう話す。
「つまり年一で受けて4回落ちたのか」
「九郎おじさんって本当に厳しいの! 課題の人形を彫る時とか、ちょっと見本より削り過ぎたくらいで即失格。外装で隠せるからと手を抜くようなやつに人形師になる資格はねぇ! って言いたい気持ちは分かるけど、二度と試験は受けたくない……」
きっと
それでもその苦労に見合ったリターンがあるわけだから、人形師を目指す者は後を絶たない。
しかし村正一族の当主に人品ともに認められるような人間はそうそういないので、前段階の筆記試験すら通らない知識に
ヤクザがケツ持ちをするような人形風俗お抱えの改造業者とかは特に酷い。
無知な学生に付け込み無駄に高価な外装を勝手に組み込んで借金をひっ被せたり、最悪は抜き取った核を中古アンドロイドのボディに突っ込んで済ませるような
無職のオーブで転職してリセットなんてそう簡単にできることじゃないんだから、大切な人形を預ける相手はしっかりと考えた方がいい。
ま、盛りのついたガキは大人の忠告なんて聞かないからカモにされるわけだな。
「マスター、昨日の写真がXDのトレンドに上がっていますよ」
俺のスマホでニュース記事を読んでいた壱号が声を上げた。
萌の家の風呂場を借りて撮影した勝ちまくりモテまくりなネタ画像が期待通りバズってくれたようで、生産者としても嬉しい限りである。
「お願いされたからXDにポストしたけど……ヒロくんも変なことするよね」
「よくコラ画像とかMAD動画は作られてるけどさ、こういうのは本人がやるから面白いんだろう」
「でも、どうしてヒロくんはDescordとかXDのアカウントを作らないの? 自分でやったらわたしの証明とかいらないのに」
「元の世界で一時期SNS中毒になった苦い思い出があってな。こっちでは自制するようにしてるんだよ」
トリ廃は人生の半分を無駄にする。
俺とか本当はエゴサが超大好きな人間だし、快適な探索者生活に支障が出るようなことはできる限り避けたいという気持ちが強い。
「確かにヒロくんって、すぐ炎上しそうなこと書き込みそうだもんね」
「おいおい、俺が【いけず石】の
メンタルつよつよで高レベル探索者向けの警備保障会社DLSOCと年間契約できるような金持ちだったからいいものの、そうじゃなかったらネットリンチと自宅凸の嵐で家庭崩壊しかねない最悪の状況だった。
うちの家族はつい8年前まで大木土
あのクソ兄貴、どれだけ女を泣かせて両親に迷惑を掛けていたんだっていうね。
「その結果が『ケツ上げ土下座』でしょ。ヒロくんってああいうのが趣味なの?」
「【贋作師】に京子のコラを作らせたかっただけで別に趣味なんかじゃないぞ」
「マスターは三歩後ろを歩く自我のない女性がお好みです。そう、私のような……」
公衆の面前で恥じることもなくマイクロビキニを着るような変態女とは正反対の家庭的で
「そんな呪術漫画のドブカス野郎みたいな言い草しなくてもいいじゃん」
「あるじはしょうしんしょうめい、ひとのふこうをよろこぶどぶかすやろうだぞ」
「なんだとぉ、口の悪い子はこうしてやる!」
「ふぁふぃふぃふぃふぃふ……」
毒ドラゴンタイプなロリロリドラ娘のほっぺたを両手でぐにーっと引っ張ってお仕置きだ。
「やっぱりわたし、今の元気なヒロくんの方が好き。だって昔はザ・陰キャって感じだったもん」
俺が参号のほっぺたから手を離すと、またしてもだるんだるんに伸び切った人工皮膚が電車の揺れに合わせてぶらんぶらんと揺れた。
ちょっと可哀想だが、電車から降りるまではこのままにしていこう。
「その口ぶりからすると、こっちの世界の俺はよほど萌のことが嫌いだったらしいな」
「うん、そうみたい……」
萌はしょんぼりとした表情を浮かべて、俺の肩に寄り掛かった。
どうやらこっちの世界の俺が中学生の時に学校の屋上から飛び降りてヒキニートへジョブチェンジした事件のことを思い出してしまったらしい。
「同じ血を分けた双子でも育ちが違えば変わるものさ。俺だってお前のことは趣味じゃないけど、社会の波に揉まれた経験があるから付き合える。ただそれだけのことだ」
「わたしのこと、嫌いじゃない?」
「嫌いな女の為に命を懸けるような男だと思われるのは心外だな」
「じゃあ、証明して」
「はいはい」
俺は萌にそっと顔を寄せ、軽く触れるようなキスをした。
二度目ともなれば赤面することもない。
ただ少しだけ、彼女の機嫌が良くなっただけだ。
「ヒロくん、今夜は期待していい?」
「しばらくはAだけでいいだろ」
「え~、焦らし過ぎじゃない?」
「お前はいつも強引過ぎるんだよ。もっと段階を踏め、段階を」
俺は彼女から顔を背け、車窓の向こうに見える雪の帽子を被った富士山を眺めた。
命懸けの探索業、いつ死ぬかも分からないのに結婚を申し込む勇気はない。
萌もそれくらいのことは分かっているようで、これ以上の要求はしてこなかった。