ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第6話 採光事件とロックオン

 数時間後、伊古田製作所の事務所では萌が人形達に用意した装備のお披露目が行われていた。

 俺は心なしか自信ありげに見える壱号と弐号を眺めてうんうんと頷く。

 

「まるで見違えたな。これなら役割も一目瞭然だ」

「そうでしょう、そうでしょう」

 

 分かりやすく書くとこういうことになる。

 

木人形壱号Lv10

装備:鋼の草刈り鎌++ 鋼のハンドシャベル+ 麦わら帽子+ 強化繊維のオーバーオール+ 牛革のグローブ+

 

木人形弐号Lv6

装備:鋼の剣+ 鋼の盾+ 鋼の鎧+ 鋼の籠手+ 鋼の脛当て+ 

 

 まず壱号の装備に注目して欲しい。

 【農夫】感がかなり増しているだろう。

 ショボい大兎骨の匙から新しいハンドシャベルに乗り換えて壱号も大喜びである。

 

 そして弐号。

 こちらはオーソドックスな【剣士】装備だ。

 ワンポイントで小さく伊古田製作所のロゴが入っているのがなかなかにオシャレ。

 

 ダンジョンでは基本的にグロい見た目の生体装備しか落ちないから、これらは装備が入ったアイテム結晶を【鍛冶師】の【装備加工】スキルで魔素化して付与した形になる。

 

 もちろんそれだけではなく、それぞれの装備に不要な装備結晶を用いた強化を施した。

 +表記されているのがそれで、++が最大強化されていることを示している。

 

 使用素材にスキル付きの装備結晶を使っていないので、俺の登山靴――ローブと胸当ては持ってきていなかった――の強化を含めて1000万円くらいで収まった。

 これでも技術料抜きの原価というのだからとんでもないことである。

 

 ついでに草刈り鎌とシャベル、鋼の剣を収める鞘も貰った。

 これで人形達に庭仕事とか家事を任せた時に、剥き出しの刃物をそこら辺に置いたままにして誰かを怪我させる心配をする必要もなくなったな。

 

 そして両手が空くということは町中でサッと召喚して荷物持ちなんかをさせることもできるわけだし、これまで以上に利便性が上がったと言えるだろう。

 生活の質を重視する俺的には、装備そのものよりもこっちの方が断然嬉しい。

 

「間に合わせで30層まで戦えるようにしておいたよ。高く下取りできるようニコちゃんの装備は個人登録を外してあるからきちんと管理すること、それと同じ理由で定期的なメンテナンスも必要だからちょくちょくうちに顔を見せてね」

「了解、庭に出す時も常に監視するように心掛けよう」

 

 ダンジョンでドロップする装備には固有の所有権が存在する。

 Dカードには魔法文字を用いた44桁の個人識別IDがあるのは既に説明したが、それと同じマーキングが入手したアイテム結晶一つ一つにも内部情報として記録されているのだ。

 

 所有権の設定されている装備は他人が使っても効果が発揮――ダンジョン内に持ち込もうとしてもその場に落とす――されないので、生産職による合成加工時に所有者の許可を得て外したり、逆に追加したりする。

 共用や相続の為に家族のIDだけを登録しておくのが一般的。

 

 譲渡の意思さえあれば特に問題はないので、自動売買機とかにアイテム結晶を売る時は専用の魔法陣で所有権が外れているかチェックされてからようやく金銭が電子マネーなどの口座に振り込まれる。

 

 逆に中古の装備を買う時は、極力自分の目で所有権が移っているか確認しないと詐欺に遭う可能性があるので注意が必要。

 まぁ、安物ならフリマサイトでハズレを引いても警察に持ち込めばいいだけだからそこまで損はしない。

 

 所有権が移っている場合は自分のDカードを触れさせたらすり抜けるし、他人の物だと触れた瞬間Dカードが割れるんですぐに分かる便利仕様だ。

 

 この所有権の消滅には所有者の死後4億4444万4444秒、つまり14年と34日の経過が必要なので盗んだ装備を転売するってのはかなり難しい。

 というより、失せ物を探す覚醒(・・)スキルを持つ【占星術士】とかがいるからそもそも本気で探されたら隠すのは絶対に不可能だ。

 

 もちろん外国に持ち出して物理的に追えなくするといったやりようはあるが、逆にそれがこの国の鎖国体制に一役買っているのが面白いところだ。

 ビザが厳しすぎてこっちの世界じゃ外国人観光客とかほとんど見ないもん。

 

 その割には異様なくらいカラフルな髪色の日本人が多いけど。

 ゲームの世界と勘違いしかねないくらいに大人も子供も赤ん坊さえお構いなしだ。

 そういえば、目の前の女も元の世界と違って黒髪に橙のメッシュが入っているな。

 

「じーっと見て、どうしたの? もしかして頭にゴミでも付いてる?」

「一つ聞くけどさ、その髪って自前?」

「うん、そうだけど。変かな?」

「別に変ではないが。何か特別な理由でもあるのかと思って」

 

 俺の煮え切らない態度を見て思い当たることがあったのか、萌は左手で握りこぶしを作り皿にした右の手のひらをポンと叩いた。

 

「分かった! ヒロくんって『採光(サイコウ)事件』のこと知らないんでしょ!」

最高(・・)事件?」

「やっぱりそうだと思った。興味ない人はとことんだもんねー」

「いいから教えろ」

「ふふーん、ではご説明いたしましょう!」

 

 萌はくいっとエア眼鏡を上げるジェスチャーをして、事務所の奥から引っ張り出してきたホワイトボードの前に立った。

 

「採光事件というのは、1985年から1986年にかけて世界中で流行した満州国製の特殊染毛剤『采光(ツァイグァン)』を起因とする事件のこと。安価なのに染め直しが要らないって触れ込みで若年の女性を中心に爆発的に広まったんだけど、これがとんでもない副作用があったんだよね」

 

 黒のマーカーでシャシャシャっとシンプルな女の子の顔を描いた彼女は、髪の部分に赤いマーカーでスジを入れた。

 同じように隣に男の子の顔を描き青いマーカーでスジを入れ、2人の真ん中に赤ん坊の顔を描いた萌は、最後に赤ん坊の頭に赤と青のマーカーでスジを入れた。

 

「それは使用者の遺伝子に不可逆の変異を起こすというもの。親の髪の色が子供に遺伝することが分かり、あっという間に訴訟騒動に発展しました。しかし製造元は会社を潰して雲隠れ、代わりに輸入販売業者が槍玉に挙げられて何社も倒産に追い込まれてしまいましたとさ。ちゃんちゃん」

 

 職業病か、テクノロジーの方ばかり気にしてファッション界隈については全然調べていなかったからまったく知らなかった。

 軽く言っているが、遺伝子変異ってとんでもないことだぞ。

 

「それ、ヤバくね?」

「超ヤバいです。特に何度も染め直した人は悲惨極まりないことになってます」

 

 数多のマーカーで何度も何度も線を書き加えられた赤ん坊の頭は、見るも無残なレインボーヘアに変貌してしまった。

 

「うわぁ……」

「研究が進んでアメリカの方では染色遺伝子を抜く手術ができるようになったけど、手術費用も高額だし何より髪の毛が真っ白になっちゃうからあんまり主流じゃないね。だからヒロくんみたいなナチュラルって、結構人気が高いんだよ?」

「確定の陰性遺伝となると、世代が進むほど希少になりそうだ。くわばらくわばら」

 

 一度好奇心で見た婚活マッチングサイトに髪色指定の欄があって少しおかしいなとは思っていたんだ。

 輸入物の安いサプリとか変なエナドリとか大好きだったのに、もう怖くて二度と飲めない。

 

「ヒロくんにはわたしという素敵な許嫁(いいなずけ)がいるから気にしないで大丈夫だね!」

「調子に乗るんじゃない。でもまぁ、教えてくれて助かったよ」

「どういたしまして。お代はいずれ徴収しますから、しっかり覚えててください」

 

 話が一段落ついたところで、置き時計がボーンと鳴った。

 音に釣られて見てみると、現在時刻は午後17時ピッタリ。

 客がやってこないのをいいことに、だいぶ長居をしてしまった。

 

「そろそろ飯の時間だから帰るわ。今日は色々とありがとな」

 

 パイプ椅子から立ち上がった俺は、おもむろにポケットからスマホを取り出した。

 昨晩に通知を切ったまま放っておいたのを今になって思い出したのである。

 

 案の定、ダンジョンに行っていないか確認する母からのメッセージがきていたので、萌と新装備をゲットした人形達の証拠写真をいい感じの構図で撮影し家族LINDに送信した。

 

「これでよし、と」

「ヒロくん、LINDのブロック解除してよ」

「マジで? あ、ほんとだ」

 

 中学の同級生も多数ブロックしたままだったので纏めて削除しておく。

 ブロック欄がスッキリ綺麗になったところで萌の連絡先を再登録。

 

「Dカードもいい?」

「えー、それ必要? 俺【情報共有】装備とか持ってないんだけど」

 

 【情報共有】スキル付きの装備を身に着けていれば、DカードのIDを交換したフレンドと双方向のテレビ通話が行える。

 当然のことながら非常に需要が多くて高価なので、家には一つも置いていない。

 

 その代わり公衆電話的な感じで【情報共有】が付いた端末の仕込まれた機械が要所に置いてあるので、大抵の人はそういうのを使って電波の通じないダンジョンにいるフレンド相手にメッセージを送ったり、テレビ通話をしたり、フレンドID欄を見て生存確認したりをしている。

 

「ヒロくんのことだから、どうせすぐ買えるようになるでしょ。はい、出して」

「仕方ないな……」

 

 儲かっている鍛冶工房の跡取り娘で金持ちの萌は、【情報共有】付きのアクセサリーくらい持っているというわけだ。

 

 俺は手の甲から浮かび上がった乳白色のプレートを割れないようそっと手に持ち、萌が同じように差し出したプレートに重ね合わせた。

 

 物理的接触はなく、重なった部分からファンと美しい魔素光が広がる。

 うーん、ファンタジー。

 

「おっけー、じゃあまた今度ね」

「謹慎中だから1週間は先になるけどな」

「……一体、なにしたの?」

「深夜まで残業。ちな昨日」

「ヒロくんのお母さん、すんごい怒ってたでしょ」

「流石に懲りたからもうしない。そんじゃ、バイナラー」

「バイナラー」

 

 こうして俺は時価1000万円を超える高級装備をツケで手に入れた。

 安全マージンに必要な防御力が格段に上がったのでホクホクである。

 

―――――

 

 ここから先は余談であるが、その日の晩に父を問い質した時の話をしよう。

 

「父さん、許嫁ってどういうことか説明して欲しいんだけど」

博士(ひろし)、まさか覚えていないのか?」

 

 夕食のすき焼きを囲む食卓の向かい側で、父は不思議そうな顔をした。

 どうやら昼間の話は萌の冗談などではなかったようだ。

 ここは質問内容を修正するべきだな。

 

「そうじゃなくて、とうの昔に解消されたと思ってたんだ。だってほら、ニートの穀潰しをわざわざ婿に貰いたがるなんておかしな話じゃないか」

 

 こっちの世界はダンジョンの出現で歴史が変わった影響か、華族や財閥といった旧態依然とした一族が未だに表の舞台で大きな力を持っている。

 探索者の父祖から強力な装備を相続する以上、核家族化など有り得ないのだ。

 

 家の繋がりを重視した縁談や見合いなど当たり前。

 色んな人が世話を焼くから少子化とも無縁だ。

 なにしろ、2人兄妹だったはずの家庭が3人兄弟に変わるくらいだからな。

 

「逆玉なんだし、さっさと諦めて受け入れちゃえばいいのに。私は兄さんが萌姉さんのことをどうしてそんなに嫌がるのか、まるで理解できないね」

「性癖に致命的な問題がある。そして春奈、お前が萌のフォローをするのは怪しい。まさか買収でもされているんじゃないだろうな?」

「な、なんのことだか……」

 

 妹はモゴモゴと箸先を口に咥えながら明後日の方向へ目を逸らした。

 この仕草、非常に怪しい。絶対これ買収されてる!

 

 大した時間が無いはずの高校生がレベル50とかおかしいと思っていたんだよ。

 休日のグローバルマップとか暇な学生で溢れかえって狩りどころじゃないし。

 さてはこいつ、裏でパワーレベリングの斡旋(あっせん)でも受けているな……!

 

「しかしだな、相手方も10年近く待ってくれているんだぞ。もし萌さんが行き遅れたら、お前はどう責任を取るつもりだ」

「そんなの知らんし。俺の責任じゃねーし」

博士(ひろし)は一体誰に養って貰っていると思っている! そのくらいの頼みも聞けないなら今すぐにでもこの家から出ていけ!」

 

 あの温厚な父がついに怒った。

 この顔を見るのは元の世界で妹がバンド仲間と夜遊びで朝帰りをした時以来だ。

 おお、怖い怖い。

 

「だから自立しようとしてるんでしょ。違う?」

「まあまあ、二人ともその辺にしておきなさい。まだ時間はたっぷりあるんだから、頭を冷やしてゆっくり考えた方がいいとお母さんは思うわよ」

 

 母に仲裁され、父子喧嘩は一時中断となった。

 そのままの空気で気まずい夕食を終え、寝る支度を整えた俺はパジャマ姿で電気を消してベッドに横になり、闇の中で見慣れた天井を見上げて呟く。

 

「あーあ、駄目だこりゃ。完全に絆されてる。どうするかなぁ……」

 

 妙齢の女性からただならぬ好意を向けられているというのに、どうしてそんなに冷めているんだと人は思うかもしれない。

 

 もちろんそれには確固とした理由がある。

 なぜならば、俺にとっての伊古田萌は既婚者(・・・)なのだ。

 

 彼女から結婚式の招待状が届いたのは、俺がブラックIT企業に就職した翌年の秋のことだった。

 

 なんでも新卒で入社したアパレル会社の社長から熱烈なプロポーズを受けてOKしちゃったとのこと。

 ついては友人代表として結婚式披露宴に出席しませんかときたもんだ。

 

 1年に渡る洗脳を受けてブラックな仕事に慣れ切っていた俺は、冠婚葬祭という形で合法的に会社を休めるその機会に喜び勇んで飛び付いた。

 

 俺の分の仕事を押し付けられた同僚は恨めしそうな顔をしていたが、そんなに羨ましいなら知らない親族でも殺せばいいのだ。

 

 話を戻そう。

 

 俺の年収何年分だろうという金の掛かった高級ホテルの披露宴会場で1年ぶりに再会した新姓星崎萌は、スーツ姿のイケメン社長の隣で美しい白無垢のウェディングドレスに身を包み作り物の笑顔を浮かべていた。

 

 映画館にありそうなくそデカスクリーンに投影されたスライドショーでは、生成AIによって捏造された新郎新婦の数年間にも及ぶ幸せな思い出写真がエンドレスで流されている。

 

 表向きそういう形にしたのは、おおよそ相手方がうっかりハニトラデキ婚してしまった弱みを招待した親族や社員、取引先の重鎮に隠したかったのだろう。

 

 俺はあの女が大学生活の大半を漫画研究会のサークル活動に費やしていたことを重々承知していたので、他の招待客にそのことを聞かれても上手いことごまかしてあげた。

 

 萌は町工場を潰して飛んだ父親の遺した借金のせいで若い頃から苦労していたし、絶対玉の輿で結婚するんだーって飲み会でもしょっちゅう息巻いていたからな。

 それにしたって上手いことやったもんだ。

 

 実のところ俺も経緯を知る仕掛け人の一人だったので、友人代表として用意されていた嘘っぱちのスピーチを涙ながらに読み上げ、お高いコース料理をペロッと平らげて二次会には出席せずそのまま帰宅した。

 

 その日以降、彼女との交流は連絡先のブロックという形で一方的に断ち切られた。

 まぁ、向こうの旦那も不倫とかいらないスキャンダルの火種を抱えたりしたくなかったろうしな。

 

 ぶっちゃけ俺も仕事が忙しかったので余計なお世話だったとは思うが、そのリスクマネージメント能力には流石一流の経営者だと感心したものである。

 

 さて、ここまでの話で俺の脳にイケメン社長と結婚した萌の顔が未だ鮮明に刻みつけられていることを読者の皆さんには十分にご理解頂けたと思う。

 そんな状態でいきなり恋愛対象として意識しろというのは酷というものだ。

 

 そして、あの女が自分の望みを叶える為なら平然とそれくらいできる恐ろしい人間だということを知っている事実それそのものが一番の恐怖対象と言える。

 

 俺の人形達に向ける萌の視線ははっきり言って異常だった。

 絶対あいつ、ただのマネキン人形に性的な目を向けていたぞ。

 少しでも目を離したら本当にどんな魔改造をされるか分かったものじゃない。

 

 だから正直な話、この世界の俺が10年近くも縁談を引き延ばせた理由がさっぱり見当付かないんだよな。

 

 いや、もしかすると彼は限界を悟って異世界に逃げ込もうとしたのかもしれない。

 真相は闇に消えてしまったので、全ては俺の憶測でしかないが。

 

 一度ロックオンされてしまった以上逃げ切れる気がまるでしないし、既に外堀が完全に埋められているから半分諦めつつあるのだが、できるならば彼女とはいましばらく距離を置いておきたいと思う今日この頃なのであった。

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