それは泥沼の地上戦を続ける沖縄の膠着状態に業を煮やしたアメリカが日本近海の海上ダンジョンモノリスで公開核実験を
最初の終戦交渉でA級戦犯として指名された【剣聖】
日本一の腕を持つ【鍛冶師】として高い名声を持っていた村正士郎は鬼畜な大日本帝国陸軍から妻子を人質に取られて兵器開発を強要されていたわけだが、日本を守った英雄を生贄に捧げようとする政府に苦言を呈した昭和天皇の働きによって獄中から出た時、彼の愛する家族が既に戦火で命を落としていたことを知る。
家族の保護を約束をした陸軍の上層部は対米戦争の
失意のまま故郷の忍野村で
村正士郎と彼を慕う技術者達は戦火で寄る辺を失い行き場のなくなった孤児を忍野村に集め、育て、その果てに村正重工とムラマサ=ニンジャという名の護国システムは完成する。
【魔神の誘惑】による徹底した洗脳教育と狂気じみた訓練によって選別された優秀なニンジャ達は国内に潜り込んだ敵国の特殊工作員との暗闘を繰り広げ、選別から外れた者は村正重工の社員となり国内産業の基盤を握って政財界に影響力を広げた。
正気にては大業ならず、陸軍と政府の裏切りによって生じた
こうして日本という法治国家の中に生まれた小さな治外法権は、驚異的な対人戦闘能力と飛び抜けた技術力のみを背景に皇室を
そんな逸話を持つ村正士郎であったが、彼が養った孤児の一人が何故だか人形狂いに育ってしまったことがきっかけで人形工房村正は産声を上げる。
初代工房長の村正吾郎が改造を施した人形はそれはもう美しく、上流階級の者がこぞって使用人の【人形使い】が所有する人形の改造を依頼するほどの評判となったという。
この村正吾郎は多くの弟子を取っていたが、時代が進むにつれてセキュリティが強化され忍野村への出入りが困難になると、村の外部で人形師を目指す【鍛冶師】と【細工師】向けの私塾を開く者が出始めた。
そうなると村正吾郎の弟子を
そんな連中をいちいち暗殺してもキリがないので、これはという優れた人形師の腕を持つ者だけに工房保護特権を与える人形師認定試験制度が始まったのである。
―――――
「なんかここだけ時代設定おかしくない?」
「これって見た目だけで、内側は村正重工謹製の特殊合金でガチガチに固められているんだよ。核ミサイルを落とされてもここだけは普通に残るんじゃないかな」
例え城壁が残ったところで、内側の盆地にある村正重工の工場や社員の住宅街なんかは普通に被害を受けると思うのだが……。
まぁ、健康増進センターみたいに地下シェルターくらいはあるのかもしれない。
「落とされる前に迎撃するんじゃない?」
「それはもちろん。なんてったって日本の防空技術は世界最高水準だからね!」
アメリカとソ連と大清帝国とついでに北朝鮮の核ミサイル兵器の射程圏内にある日本の防衛省は、昔から狂ったように自衛技術を磨いてきた。
それは核開発を禁じられたことが一つ、もう一つは核兵器を盾に100層の壁を敷いた国連からの内政干渉を防ぐ術を手に入れる為。
【魔神の秘匿】で腐った政府にいくら防衛予算を削られようとも、禁職に就いた国民に支給する無職のオーブを集めるという名目で対探索者戦闘訓練を兼ねた効率的な探索業を
Dシェパード事件の後に骨工船ができてからはだいぶ楽にはなったみたいだが、昔は食い詰めて自衛隊に志願した陸士が結構な頻度で殉死する危険なお仕事だった。
「サンのじばくにもたえられるか、いちどためしてみたいのだ」
「【ボマー】と付き合いがあった村正士郎のことだし、ちゃんと魔法耐性も仕込んであると思うぞ」
「それはざんねんなおしらせなのだ」
「ところで、どうやって村の中に入るのでしょうか」
「正門は村正重工の社員専用だから、わたし達みたいな一般人はこっちだね」
石垣の中にポツンと存在する鉄扉を萌がコンコンとノックをすると、プシューと音を立てながら扉が二つに割れて両サイドにスライドした。
「モインクラフトで作った秘密基地みたいで面白いな、マスター!」
「どうなってんだよここ……」
非常灯に照らされた手すり付きの長い階段を降りてSF映画に出てきそうな秘密の地下通路を歩くことしばらく、再び長い階段を登ってようやく出口に到着。
外で待ち構えていた狐面を被った複数人のムラマサ=ニンジャと遭遇する。
黒装束から盛り上がった胸部を見るに、どうやらくノ一のようだ。
「身に着けている探索用の装備はそのままで構いませんので、お手持ちの荷物と通信機器、【情報共有】端末をお渡しください。これより皆様を工房までご案内致します」
「了解、いつものね」
手を差し出した狐面の一人にスマホを渡すと、ふっと消えるように消失した。
どうやら【催眠術士】の狐面が【魔神の手品】を使ったらしい。
【裁判官】から【霊神の判決】を受けて手品のタネをばら撒かないような閉鎖環境なら問題なく自由に使えるアイテムボックスは便利でいいね。
邪魔な荷物を渡して身軽になった俺達は、背を向けたくノ一の背中についていく。
どうやらここは
石畳が敷かれている森の中の山道の両脇に設置された高さ4mくらいの金網には「危険!立ち入り禁止」「妖精魔法注意!」などと書かれたドギツい警戒色の看板があちこちに取り付けられている。
「これさ、もし中に入ったらどうなるの?」
「こうなります」
くノ一の一人が拾った石をフェンスの向こうに投げ込むと、ドゴォン! と音を立てて木立の中が弾け飛んだ。
音に驚いた野鳥が木々を離れ、バサバサと羽ばたいてどこかへと飛んでいく。
「ヒエッ……」
「いいおとなのだ」
「これでもソビエトの国境よりは安全ですよ。あちらは一歩踏み込むだけで無数のドローン兵器が飛んできますからね」
高度に発達したAIで完璧に管理されているソ連はディストピア過ぎて怖い。
こんな世界でよく平和が保てているものだと思いながら遠い目をしていると、萌が山道の先を指差した。
「ヒロくん、忍野村が見えてきたよ」
森深い
「そんで、忍者アカデミーはどこにあるんだ?」
この世界の有名な忍者漫画では大抵どこかで忍野村がモデルにされているので、結構気になっている。
俺の素朴な疑問に、狐面は呆れたような声色で答えた。
「ダンジョンに潜れない未成年の子供は
「言われてみれば確かにそうか。やっぱり漫画とは違うんだな」
道中で見掛ける人は誰も彼も「ह्रीः」の文様が額に描かれた動物の面を着けている。
この特徴的な文様は【芸術家】の第二覚醒スキル【創神の署名】によって特別なサインを施したもので、他人の成りすましを防いだりできるらしい。
「その代わり、鍛冶工房は一杯あるよ。勲章伝達式で高額寄付をした探索者に配られてるダブルスキル付きの装備も、大半がここで鍛えられたものなんだよね」
「なるほど、だから私達をここに案内したということか!」
弐号は腰に提げた不屈の闘剣の柄に触れた。
「でも人形師は鍛冶とかしなくない?」
「呼んだのは九郎おじさんだし。まずは話を聞いてみないことには分からないよ」
やってきたのは里にある建物の中でもとりわけ大きな屋敷で、正面玄関の上の木製看板には達筆な書体で大きく「人形工房村正」と刻まれている。
「こんにちはー!」
萌がそう呼び掛けながら明けっ放しの入口から工房の中に入っていく。
仕切りすらない広い工房の壁際の棚には、日本人形から西洋人形まで、古今東西のありとあらゆる人形が無数に積み上げられていた。
「マスター、凄い人形の数ですね」
「しかし都子《みやこ》殿が扱っていた人形とは比べ物にならない。ここにあるのはせいぜい見習いの習作といったところだろう!」
「かくれんぼしたらえいえんにみつかりそうもないさいきょうのすぽっとなのだ」
雑多に見えて作業場だけは整理されているようで、作業台の前では外した猿の面を頭に被った数人の若者が彫刻刀を手に黙々と人間大の木人形を彫っている。
彼らの近くに立って何やら指導をしていた紺色の
「萌よう、その子らがお前の仕込んだ人形か。腕は鈍っとらんみてぇだな。よしよし、流石は俺の見込んだ人形師よ」
「あったり前じゃん! わたしの旦那様の大切な人形に下手な改造をするなんて絶対に有り得ないんだから!」
「その旦那様に睡眠薬を盛った上、味見とか言って大切な人形に性的なイタズラをしたのはどこのどいつだ?」
「ヒロくん、終わった過去を蒸し返すのは禁止!」
カランコロンと下駄の足音を立てながら九郎がこっちにやってきたので、とりあえず挨拶をする。
「どうも、俺が大木土博士だ。ここで神器の素体を鍛えてくれるって
「間違っちゃいねぇ。
「随分と特別扱いしてくれるね。そんなに俺が100層の壁を壊したのが嬉しかったのか?」
そう聞くと、九郎は肩を竦めた。
「【ボマー】の弟子だからって
「……もしかしなくてもそんなにヤバいの?」
手振りでこっちおいでされたので、九郎の近くに行くと耳元に口を寄せられた。
どうやら俺にだけこっそり教えてくれるようだ。
「第三形態に入ったやつは自害しようが【霊神の願い】でも還ってこれない。これは国家機密だから萌にも内緒で頼むよ」
「オッケー、把握」
道理で【隠者】の第三覚醒スキルで得られるであろう不老不死を熱望するアメリカとソ連のお偉いさんが及び腰になっていたわけだ。
きっと第二形態のレーザーブレス以上の初見殺しが待っているに違いない。
「それと忠告だがよ、付き合う相手は少しくらい考えた方がいい」
「お前らが代わりに俺の家族を守ってくれるってんなら今すぐブロックしてもいいぞ」
「そいつは無理な相談だ」
「じゃあ言うなし」
「
「俺は日本生まれの日本人だ。それこそ余計なお世話ってやつさ」
ちょっとした内緒話が終わったところで九郎から離れると、話の内容が気になったのか弐号が聞いてくる。
「マスター、九郎殿は何と?」
「今度、ダンジョンの中で話すよ。それで九郎、今後の予定を聞いてもいいか」
九郎は棚から和紙の束を取り出して、作業台に転がっていた筆を手に取った。
「そこのお嬢ちゃんの希望を聞いて、今日のうちに手配しておくつもりだ。合成自体は明日行く予定だけどよ……ヒロシ、150層はまだだろ。うちの若ぇ衆に連れて行って貰いな」
「九郎様、装備だけを預けるわけにはいきませんか?」
そう壱号が尋ねると、九郎はフンと鼻を鳴らした。
「これまで秘伝にされていた技法を直接見せてやろうってんだ。楽をしようと思っちゃいけねぇよ」
「まぁ、来週には階層更新をしようと思っていたから丁度いいタイミングではある。1日で行くってことは自衛隊みたいに魔鳥で運んでくれる感じ?」
「探索の楽しみを奪っちゃいけねぇから、ちょっとだけな。手すきの探索衆を呼んでいる間に、お前達に与える装備の仕様をパッパと決めちまうとしよう」
ということで現在使っている装備を見せて、新しい装備のデザインをして貰った。
基本は神器を持たない壱号の装備がメインで、俺用の防具なんかは下忍用の量産品しかくれないみたいだが……逆に言えば信頼性があるとも取れるからよしとする。
「んじゃ、俺はちょっくらダンジョンに潜ってくるわ。その間、萌はどうする?」
「わたしは別館で歴代工房長の人形コレクションでも見せて貰おうかな。前きた時は試験で一杯一杯だったから全然集中できなかったし」
「好きにするといいけどよ、明日は先代が工房にやってくるからそのつもりでな」
「ヒョエー!」
萌は聞いたこともない
彼女の態度を見る限り、どうやら先代の工房長はとんでもなく厳しい人のようだ。