人形工房村正で萌と別れた俺は明日の150層ボス戦に備えて、ダンジョン探索を生業にしている四人の若いムラマサ=ニンジャに150層まで連れて行って貰うことになったのだが……。
『お空を飛んで楽勝ゲーミングのはずが、どうして鳥型モンスターの群れに追われてるんですかね!』
俺達は鳥面を被った【魔鳥使い】ニンジャの召喚した大魔鳥の鞍の上で、密林フィールドな143層の上空で群れをなした極彩色の羽根を持つ巨大怪鳥とのドッグファイトを繰り広げていた。
『こんなもの、ただの小手調べだ! この程度で死ぬようでは暗黒邪竜を倒すなど夢のまた夢、そうだろう!』
別の大魔鳥に騎乗している猪面の【斧戦士】ニンジャは【通信】でそう答えながら、両手にそれぞれ持った2本の大型片手斧――トマホークを投擲する。
勢いよく回転しながら風を切って飛翔したトマホークは進路上にいた数羽の極彩怪鳥の翼を切り裂きながら、きっちり2羽の極彩怪鳥の頭蓋を叩き割った。
【斧戦士】ニンジャは手元に瞬間転移した2本のトマホークを再び投擲し、更に極彩怪鳥を
あれこそが【斧戦士】を最強の後衛物理職たらしめる【飛去来器】だ。
所有権のある投擲武器を任意のタイミングで手元に召喚できるという利便性は代えがたいもので、【投擲術】持ちの物理職では必須級のスキルとされている。
『【人形召喚】壱号。そりゃそうだけどさ、ものには限度ってもんがあるだろう!』
召喚された壱号は大魔鳥の背から飛び出すと、極彩怪鳥の背中をまるで飛び石のような足場にしながら空中で緋炎を宿した農夫の大鎌を振り回して無双している。
うっかりやられて下の密林に大切な武器を落としたら大変なので、きちんと状況は把握しておかなければならない。
『なあなあ、めんどうになってきたからじばくでまとめてふきとばしてもいいか?』
俺の背中にしがみついている参号が、燃える蛇腹尻尾を伸ばして後方から接近してきた極彩怪鳥をバシバシと叩き落としながら尋ねる。
『うちの参号はそう言ってるが、どうする?』
『そろそろ終点ですし、手早く片付けられるならそれに越したことはないでしょう。――
『あいあいさー』
狐面の【魔法士】ニンジャが杖先から雷撃をバリバリと放ちながら【使徒使い】ニンジャの名を呼ぶと、背中から生えた天使の翼で空を飛んでいる鳥面の大使徒――片手剣と盾装備――が俺達の近くまでやってきた。
レベル100を越えた【使徒使い】が召喚できる第二進化した大使徒――第一進化は人→使徒――は謎の力で空を飛べるようになるのだが、
いや、すぐ隣を飛んでいる【使徒使い】ニンジャは普通にスタイルのいい女子なんだけど、鳥のお面を被っていて顔が見えないし同じレインボーヘアだからどうしても卑弥呼とイメージが被ってしまう。
「参号のコアに【
「うひょー、たのしみなのだー」
参号を大使徒に投げ渡すと、ロリロリドラ娘を抱えた天使ニンジャさんは自己【治癒魔法】を連打して群れをなした極彩怪鳥のヘイトを一身に集めながら離れていく。
俺は壱号を送還しパーティーリーダーの【魔法士】ニンジャからの合図を待った。
『――いまです!』
ドゴォォォォォォォン!!!!
離れていても衝撃が伝わるほどの大大爆発に極彩怪鳥の群れは一網打尽となった。
それもそのはず、現在の俺は出発前に貰った【火属性強化】【魔力強化Lv4】が付与されたプチ神器の火焔の腕輪――片手武器扱い――を装備している。
業火のタクトと併用する場合は参号に追加で【範囲縮小】を盛らないとボス部屋では使い辛いものの、フィールドマップで扱うなら全然アリだ。
『ふう、久々にスリリングな戦いが楽しめましたね』
『これだから外の探索者は。真正面から最後まで戦う気概はないのか?』
『俺はソロ専なんだよ。そもそも、禁職の【魔鳥使い】と組んで空中戦をする機会なんてそうあるわけないだろう』
密林の中に半ば埋もれている石室の前でささっと大魔鳥の鞍から降りて中に入る。
144層の入口に転移したらダンジョン唯一の安全地帯でお昼休憩タイムだ。
赤と紫の入り混じった派手な髪色の【魔鳥使い】ニンジャからお茶入りの水筒と一緒に渡されたのは竹の皮に包まれた握り飯。
開けてみるとなんとも珍しい
「うまいうまい。できることなら鬼ごっこはこれっきりにして欲しいね。というか俺、ダンジョン探索をする為に忍野村までやってきたわけじゃないし」
特に理由もなく召喚した人形達に囲まれている俺が愚痴ると、猪面をズラして握り飯をパクついていた褐色と金色の斑模様な短髪の【斧戦士】ニンジャは口元を歪めてニヤリと笑った。
「残念だが、今期は147層と148層にも厄介な鳥型モンスターが山ほど湧く。運が悪かったと思って諦めな」
「知りたくなかった……」
「またふぃーるどでじばくをさせてもらえるのか。それはうれしいおしらせなのだ」
「良かったですね、サン」
メインアタッカーとして派手に活躍していた壱号とは違い、一切の出番がなかった弐号は不機嫌そうに口をひん曲げている。
全身鎧装備の弐号は重くて大魔鳥の積載重量をオーバーしちゃうから仕方ないね。
「ところで、お前らは普段どこで探索をしているんだ?」
「160層から190層まで、その時々によってまちまちだ。本来ならボスとの相性を考慮しつつ【貴族】を四人ばかり追加するんだが……」
「効率を考えたらそれが一番なのは分かるけどさ、【貴族】ってズル過ぎない?」
「文句はダンジョンの製作者に言え」
「ごもっともで」
ここで弐号が素朴な疑問を口にする。
「貴殿らがムラマサ=ニンジャの中でどれほど強いのか気になるところだな!」
するとグレーな髪色の【使徒使い】ニンジャの子はのほほんとした感じで答えた。
「弱っちい子は50層での選別を越えられずに死ぬからね、探索衆の中では一番下だよん」
「む、随分と厳しい……」
「役立たずを飼うほど忍野村は大きくありませんよ」
「上はソロで150層を散歩できるような化け物揃いだ。よそ者の相手は俺達みたいな半端者で十分ってことさ」
彼らのような探索衆は村正一族の中でも下っ端に分類されるらしい。
村外勤務の村正重工の社員や皇室の特殊警備といった外回りに出られるのは能力に秀でたエリートだけに許された特権で、他は死ぬまで忍野村の中で働き続けることになる。
そんな暗部の人間が結婚して子供を儲けることなど許されるはずもない。
ただ死ぬまで役割に
「厳しい掟だ。よくそんなんで足抜けする者が現れないな」
「望まれない生を受けた私達は日本社会の生み出した
現当主の村正九郎もそうだが、村正一族の若い世代は満州国製の特殊染毛剤が原因で髪色が遺伝するようになってしまった
引き取る者がおらず赤ちゃんポストに入れられた乳飲み子を村正一族は迎え入れ、お国に尽くす歯車へと作り変える。
残酷な話ではあるけれど、髪色で差別されながら身寄りのない孤児として生涯を過ごすよりも、共同体の一員となって暮らす方がよほど幸福なことなのかもしれない。
―――――
予定時刻を大幅にオーバーして日が暮れるまで掛かった長いダンジョン探索を終えた俺達は、そんな旅館の中で最も質素な一室へと案内された。
12畳くらいの広さでブラウン管の古いテレビと木のテーブルしかない。
「がいかんにみあわないしょぼいへやなのだ」
「従業員用の部屋と間違えたのではないか?」
「露骨に差別されている気がしなくもないが、俺達は皇室関係者ですらないただの一般庶民だから仕方ないね」
萌はひとっ風呂入った後のようで、浴衣姿でテレビのバラエティ番組を見ていた。
スマホが弄れないから特にやることもなくて暇だったようだ。
「ヒロくん、おっかえりー! 随分と遅かったね。もしかして、何か探索中にトラブルでもあったの?」
「実は、148層の探索の途中で迷子になってしまいまして……」
「山岳フィールドだったんだけど、終点の石室がかなり見つけ辛い場所にあってな。一回引き返してマッピングを担当したベテラン【観測士】を連れて潜り直したわ」
「したっぱのはんぱものとよばれるだけのことはあるのだ」
ダンジョンの中で遭難すると何がヤバいって、入口の石室の位置が分からなくなって外に出られなくなるのがヤバい。
普段からダンジョン庁公式アプリの詳細マップにおんぶにだっこの状態で、情報のない深層の探索がきちんとできるか心配だ。
帰ったらマッピング要員の零号にちゃんとした教習を受けさせておこう……。
「夕食の前にヒロくんもお風呂に入ってきたらどう?」
「ああ、汗でベタベタだしそうさせて貰うよ」
部屋の片隅に旅行用のキャリーケースが安置されていたので、中を漁って取り出した替えの下着だけを持って廊下に出た。
鼠面の女中とすれ違いつつ、男湯の暖簾を潜る。
脱衣所で服を脱ぎながら、壁に貼られていた入浴設備の案内板に目を通す。
「皮膚病やアトピーに効果的な霊験あらたかな霊水ねぇ。なるほど、温泉の基準を満たさない単純泉だから飲んでも大丈夫と。あの温泉特有の卵が腐ったような硫黄臭がしないのはありがたいな」
内湯と外湯があったが、どうせ夜は富士山も見えないだろうと思い内湯の方で身体を洗って湯船に浸かる。
「くぅ~……生き返るぜ……」
温かいお湯にじわじわ探索の疲れが溶け出すような感覚がしてまさに極楽気分だ。
「ヒロくん、混浴していい? いいよね……」
ガラリと引き戸を開いて男湯に侵入してきたのは、まさしくバスタオルで肌を隠した萌であった。
その後ろから、うちの人形達までぞろぞろと侵入してくる。
「男湯だぞ、帰れ」
「
「その為の監視です。ね、ニコ」
「たまには人形であることを忘れて心の洗濯をするのも悪くはないだろう!」
追い出せそうになかったので、俺は黙って頭に乗せていたタオルを腰に巻いた。
「なあなあ、そとのろてんぶろにはいらないのか?」
「どうせ外は真っ暗だし、俺はこのままでいい」
「ヒロくん、せっかくの景色が勿体ないよ。ほら、【暗視】の腕輪を貸してあげるから一緒に見に行こうよ」
旅館の人に頼むと借りられるらしく、萌は自分が身に着けていた細い腕輪と同じものを俺の方に差し出してくる。
「そこまで言うなら……」
着けてみると、真っ暗だった窓の外が昼間のように明るく見えるようになった。
一見すると照明代が不要になって便利に思えるものの、このスキルを覚える【暗黒術士】が深夜徘徊で頻繁に職質される原因にもなっている。
「サンがいちばんのりなのだー!」
「転ぶと危ないから浴室は走らないように」
「へいきへいき、どわーっ!?」
お約束のようにすっ転んでいる参号を横目に、俺達は外の露天風呂へと移動する。
【暗視】状態でも真っ暗な夜空に浮かぶ無数の星々を背景にした富士山は、溜め息が出てしまいそうなほどに美しく壮観なものだった。
「これは確かに、一生に一度は行きたい場所と言われるだけのことはあるな」
「一般の人は人形師認定試験を受ける時しか入れないのが勿体ないよね」
俺の隣で静かに
他に宿泊客のいない貸し切り状態じゃなかったら
「実際、毎年どれくらいの人がこの隠れ里まで試験を受けにくるんだ?」
「役場の会議室を借りて行う筆記試験で足切りがあるから、年に十人行くか行かないくらいだと思う。ちなみにわたしは毎年トップの成績で通ってたよ」
人形狂いだけあって、専門分野の知識量だけは十分らしい。
例え筆記試験を通ったところで実技試験で速攻落とされる上に工房長からマウントを取られながら厳しい指導を受けるおまけまで付いてくるそうだが……村正一族が特別扱いを認める人形師になる為にはそれでも折れない不屈の心が重要なようだ。
「ふうん、今から受け直しても大丈夫な感じ?」
「それはもちろん、人形師の世界は日進月歩だからね。ご主人様のお財布と相談して一番いい外装を見繕ってあげるのが人形師の腕の見せ所だよ!」
そう嬉しそうに語る萌と肩を並べて手を繋ぎ、夜景に浮かぶ富士山を眺める。
正直に言うと腹ペコだからそろそろ上がりたいんだけど、もう少しだけ恋人との混浴を楽しみたい彼女の話に付き合ってやるとしよう。