ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第64話 爬虫人屍の楽園

 翌日、俺は村正一族の当主、村正九郎とともに忍野(おしの)ダンジョンの150層へと(おもむ)いていた。

 同行するのは(いたち)面を被った【鎖鎌士】と山猫面を被った【軽戦士】。

 どちらも歴戦の風格が全身からこれでもかと滲み出ている黒装束の壮年の男だ。

 

「【農夫】人形のお嬢ちゃんよ、新しい武器の使い心地はどうだい?」

 

 石室の外に出たところで大荷物を背負った九郎が尋ねると、壱号は両手に持った緋色の大鎌をブンブンと振るった。

 

「吸い付くように手に馴染みますね。これは何というお名前なのですか?」

火明(ほあかり)の大鎌だ。瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)木花開耶姫(このはなさくやひめ)の第三子、天火明命(あめのほあかりのみこと)から取った。天照大御神(あまてらすおおみかみ)の孫の農業神の名が付いた神器と思えば、偉く上等だろう?」

「名前負けしてなきゃいいけどな」

「試し斬りしてみりゃすぐに分かる。さあさあ、出発進行よ」

 

 フォーメーションは前衛に【軽戦士】ニンジャ、火明の大鎌へ【炎属性付与(エンチャントフレア)】した壱号、不屈の闘剣へ【氷属性付与(エンチャントアクア)】した弐号を置く。

 真ん中には炎精霊フレアを浮かべた俺と荷物持ちの九郎、しんがりを蛇尻尾に【氷属性付与(エンチャントアクア)】した参号と【鎖鎌士】ニンジャが守る。

 

「にしても、酷い臭いだ……」

 

 150層のフィールドは死臭立ち込める市街地だ。

 日干しレンガの家屋はそのままに古代エジプトの大都市のように広く入り組んだ地形はまるで人工的な大迷宮にも思える。

 

 遥か古代より狩猟民族として生き続けてきたレプティリアンどもは天から降り注いだダンジョンモノリスから得たドロップ肉によって随分と数を増やしたらしい。

 

「サンはそっこーでにおいせんさーをおふにしたのだ」

「そんなんずるっこじゃん。お前も主人と一緒に苦しめよ」

「ぜったいにおことわりなのだ」

 

 チラチラと周囲を警戒しながら呑気に話している間に、最初の敵とエンカウント。

 曲がり角から魚の皮のような生体装備を身に纏った爬虫人屍の4人パーティーが現れ、それぞれが鋭利な骨武器をその手に構えて迫ってくる。

 

「まずは私が……! 【旋風刃】!」

 

 突貫した壱号が燃え盛る大鎌を振るうと、火の粉が散るような赤い軌跡を描いて半径にして5mはありそうな広範囲がバッサリと薙ぎ払われた。

 

 回避する間もなく4体のレプティリアンゾンビは胴体から真っ二つになり、それと同時にオーバーオールの中の胴体が真っ二つに割れた壱号も地面に倒れ込んだ。

 

「【暗神の恨み】を受けたようです……」

「初っ端から【呪術士】が混じってるじゃねーか!」

 

 そうツッコミを入れつつ送還し、魔力を消費して新品に戻った壱号を再召喚した。

 いきなり150層の洗礼を受けた俺達に、九郎はニヤニヤと笑みを浮かべている。

 

「ヒロシよう、どうやって俺達が恨み対策をしていると思う?」

「どうやってって……グラビティメタルだろう」

「しっかり勉強しているようで感心、感心」

「命に関わるんだから、ちゃんと情報収集くらいはしているさ」

 

 【呪術士】の第二覚醒スキル【暗神の呪具】で生み出せるマイナスステータスの装飾品には状態異常を軽減する裏効果がある。

 ステータス-1につき2%削れるので、190層ボスから入手可能なLv24の装飾品を合成して幸運-25の指輪を2つ用意すれば完全な状態異常耐性が得られるってことだ。

 

 更にここから【細工師】の第二覚醒スキル【創神の改良】で普通の装飾品と呪い装飾品を合成すれば、ダンジョンの外では効果のない幸運値が下がるだけで通常の補正値も得られる最強の装飾品が完成する。

 

 これが普及したらもうソ連の【呪詛兵団(ザプラチーチ)】なんて怖くないね。

 まぁ、連中は既にドローン兵器に乗り換えているから何も意味ないわけだが。

 

「マスターは【人形使い】なのだからそんなものは不要だ。――次がきたぞ!」

 

 弐号がそう叫んだ直後、近くの屋上から姿を現した4体のレプティリアンゾンビが大通りに飛び降りてきた。

 

 【仁王立ち】【治癒魔法】コンボでヘイトを一身に集めた弐号に向かったレプティリアンゾンビの間を黒い影が縫ったかと思うと、4体のレプティリアンゾンビは【軽戦士】ニンジャの構えた2本の短刀で首を斬り落とされて絶命する。

 

「つ、強い……」

 

 厄介な覚醒スキルさえ使われなければそこまで脅威ではないのは確かだが、それにしたって処理が早過ぎる。

 150層をソロで散歩できるとまで言われるだけのことはあるようだ。

 

「頭上注意。背後からも同時に攻めてくるから気を付けなよ」

 

 九郎の呼び掛けから間もなく、大魔鳥に乗った4体のレプティリアンゾンビが空から魔法攻撃の雨を降らせてきた。

 それと同時に、後ろから【時空術士】の力で2倍速になったレプティリアンゾンビの群れ――どうやら【死霊使い】が混じっているらしい――が走ってくる。

 

「おいおい、ゾンビ映画かよ……!」

 

 走りながらこちらに骨杖を向けた【時空術士】ゾンビから第二覚醒スキル【天神の牛歩】による単体鈍足デバフを食らった参号の伸ばした蛇尻尾の動きが遅くなった。

 俺は咄嗟(とっさ)に参号を送還し、再召喚することでデバフを解除する。

 

「まわりがはやすぎてやばやばだったのだ」

 

 真っ先に飛び込んだ壱号が【旋風刃】でレプティリアンゾンビの群れを薙ぎ払いつつ、討ち漏らしを【鎖鎌士】が味方地形すり抜けの【森神の御業】を使った鎖で纏めて縛ったところを一息に仕留めた。

 後は【暗神の予約】で復活してきた【死霊使い】ゾンビにリスキルをかますのみ。

 

「これは確かに、状態異常耐性の上がる呪いの装飾品が欲しくなりますね」

「私達のような人形は装飾品を一切装備できないのが非常に残念だ!」

 

 そんなことを話している間にも、上空からは【聖霊使い】ゾンビの光弾やら【精霊使い】ゾンビの属性魔法やらが雨あられのように降り注いでいる。

 俺達は耐久を盛っているから全然効かないけど、柔い人形達はちょっと痛そう。

 

「そんで、上の連中はどうする?」

「屋内に入ったら釣られるからよ、こっちに着いてきな」

 

 九郎の言う通りに大きめの家屋の中に移動したら本当に下まで降りてきたので、【軽戦士】ニンジャがまたしても短刀で瞬殺した。

 

「50層がお遊戯に思えるくらいやべぇなここ」

「舐めてっとすぐにお陀仏だから気張りなよ」

 

 俺達はそれからも凄腕ムラマサ=ニンジャの手助けを受けつつ、市街地の奥へと歩を進める。

 

 パーティーメンバーは何処へやら、1体だけでうろつくぼっちの【蛮族】ゾンビ――きっと【狂戦士】のせい――や【霊神の洗礼】で味方に死霊特攻付与浄水をばら撒く【療法師】ゾンビ――弱体でしかない――との比較的楽な戦闘を繰り広げつつ、俺達はボス部屋の前へと到着した。

 

 建ち並ぶ日干しレンガの家屋の中で明らかに浮いている灰色をした巨大な石室の付近には、40mほどの大きさがある四角い大穴がぽっかりと大口を開けている。

 きっと連中の時はあそこにダンジョンモノリスがそびえ立っていたのだろう。

 

「それで、どうやってスキル合成をするんだ?」

 

 二本足で立つトカゲ野郎のシルエットが描かれた扉を潜ってボス部屋の中に侵入した後、部屋の中央に集まった光から現れつつある5体の爬虫死人を見ながら尋ねる。

 

「まずは数を減らすのが先だけどよ、うっかり【鍛冶師】を倒しちまうともう1周しなきゃならんからお前達はそのまま見ていてくれ」

「了解」

 

 【人形使い】グールに召喚された4体の聖銀(・・)レプティリアン人形を見ながら内心大丈夫なのかなーと思ったものの、つよつよニンジャさんは二人だけでレプティリアンの死体どもを瞬殺し、残った1体の【鍛冶師】グールをワイヤーロープで指先まで雁字搦めにして【呪いの楔】で地面に縫い留めた。

 

 意味のない唸り声を上げながら身をよじる爬虫死人は死にたてホヤホヤのフレッシュゾンビな感じで、先ほどまで戦っていた爬虫人屍と違い鼻が曲がるような死臭がしないのは本当にありがたい。

 

「ほら、その外套を寄越しな」

 

 ストレージを開いて取り出した装備結晶を片手に催促されたので、俺は人形師の外套を脱いで九郎に手渡す。

 身動き一つ取れない【鍛冶師】グールの右手に人形師の外套と装備結晶を置くと、装備結晶が虹色の魔素の塊となって人形師の外套に吸い込まれた。

 

「これで【魔力強化】がLv3に上がったってわけだ。そら、どんどん行くぜ」

 

 【鍛冶師】の第三覚醒スキルはスキル合成だ。

 同カテゴリーに限るという制限はあるが、同性能のステータス強化系コモンスキルが付与された装備結晶を消費することで素体のスキルを強化することが可能となる。

 

 例えば【筋力強化Lv1】付きのメイン装備に同じく【筋力強化Lv1】付きの安い装備結晶を混ぜるだけで、60層以降のボスモンスターか101層以降の雑魚モンスターからしか落ちないはずの【筋力強化Lv2】付き装備が簡単に作れてしまうってわけだ。

 

 問題は暗黒邪竜を越えて【鍛冶師】のレベルを200まで上げない限り扱えないことだが、150層ボスの爬虫死人は挑戦者と同じ職業かつ第三覚醒スキルを使ってくるので、こうして【鍛冶師】を連れてくれば裏技的に利用できる。

 

「よし、これで全部の強化が終わったな。ヒロシ、ステータスを確かめてみろ」

 

 そんなこんなで最終的に完成した装備はこちら。

 

大木土博士 人形使いLv140 [精霊使いLv140] SP:4/0

筋力:1[+1]

魔力:50[+144]*4.9

敏捷:3[+1](-50)

耐久:93[+1](+100)*3.4

幸運:2[+2]

 

スキル:人形召喚Lv4 霊神の神格 魔力強化Lv2 [炎精霊召喚 雷精霊召喚 氷精霊召喚 岩精霊召喚 属性付与 霊神の偏愛 魔力強化Lv5]

装備:業火のタクト★【火属性強化】【火属性強化】 火焔の腕輪★【火属性強化】【魔力強化Lv4】 人形師の外套★【魔力強化Lv4】【耐久強化Lv4】 村正防弾ベスト★【魔力強化Lv4】【耐久強化Lv4】 村正戦闘靴★【魔力強化Lv4】【耐久強化Lv4】 耐久鈍重の指輪Lv25★ 耐久の指輪Lv25

眷属:青銅人形壱号Lv140 青銅人形弐号Lv140 木人形参号Lv140 木人形零号Lv93

 

 うわぁ、なんだか凄いことになったぞ。

 魔力の補正値なんて、ただでさえ第二職業補正で高かったのに5倍近くまで跳ね上がっている。

 

 防具は見たまんまとして、特筆するべき点があるとするなら装飾品か。

 150層での反省を踏まえ、第二職業補正込みで状態異常耐性を100%確保した。

 

 幸運がマイナスになるとアイテムドロップ率が目に見えて下がるので、マイナスになっても器用さ補正を得られなくなるだけでデメリットのない敏捷値を捨てている。

 稼ぎ用に幸運の指輪Lv25も二つ貰ってあるので、普段はポーションベルトの専用ケースに収めておいて必要に応じて着け替えるつもりだ。

 

 さて、お次は人形達の装備か。

 

青銅人形壱号Lv140

装備:火明の大鎌★【旋風刃】【範囲拡大】 素敵な麦わら帽子★【筋力強化Lv4】【筋力強化Lv4】 村正オーバーオール★【逆境】【筋力強化Lv4】 猛進牛革のグローブ★【筋力強化Lv4】【筋力強化Lv4】

 

青銅人形弐号Lv140

外装:爬虫人骨のコアリング★【魔の指先】

装備:不屈の闘剣★【逆境】【治癒魔法】 隕鉄の盾★【魔法耐性】 仁王の鎧★【金剛力】【仁王立ち】 白銀の脛当て★【耐久強化Lv4】【耐久強化Lv4】

 

木人形参号Lv140

外装:珊瑚海蛇の蛇腹鞭尻尾★【受け流し】【範囲縮小】 大顎鰐革のビキニ++【自爆】 吸血大蝙蝠の翼++【範囲縮小】

 

木人形零号Lv93

装備:金剛の大盾★【耐久強化Lv4】【耐久強化Lv4】 ぎりお柄の海パン★【仁王立ち】

 

 暗黒邪竜戦を見越して壱号用に【逆境】スキル付きの神器を作って貰った。

 参号はどうせ突っ込んで【自爆】するだけだからそのまま。

 普段から装備を預けている零号にはいざという時の肉壁用に【仁王立ち】を用意してあるものの、使ったことは一度もない。

 

 本来であればここまでの領域に到達するには、最低でも1年は準備期間が必要だっただろう。 

 村正一族に手配してくれたやんごとなきお方に感謝!

 

「強いのはいいんだけど、なんか真面目にやってる他の人に悪い気がするなぁ……」

「米国の攻略クランならこの程度の装備、きっちり用意しているだろうよ。言っておくが、次はないから盗まれないよう注意しな」

 

 九郎が別件で持ち込んだ装備の合成も終わって用済みになった【鍛冶師】グールをスパっと始末したところで、床の転移魔法陣が活性化する。

 探索の途中でレベルアップしたばかりだったからかレベルアップ音は聞こえない。

 

「ま、その為の影武者人形だ。これまで通りきちんと管理しておくさ」

「そうするといい。さて、仕事を終えたところであの娘の様子でも見に行くかい?」

「萌のことね。今頃どうしていることやら……」

 

 服どころか肌にまで死臭が染み付きそうな最悪のマップになど二度とやってこないことを誓って151層への階層更新を済ませた俺達は、ダンジョンからログアウトして忍野村まで戻ってきた。

 

 探索のお手伝いしてくれた凄腕のムラマサ=ニンジャ達にお礼を言って別れた後、九郎と一緒に人形工房村正まで顔を出したのだが……。

 

「なんたるザマだ! 機械人形ばかりを弄っていたせいで腕が落ちているぞ!」

 

 なんとそこでは九郎と同じ紺色の作務衣(さむえ)を着た壮年の男性が萌に木彫りの仏像を彫らせているではないか。

 作業台の上に転がる無数の仏像は素人目には見本と全く変わらないハイクオリティに思えるのだが、本物の人形師にとってはどうしようもない失敗作らしい。

 

「で、でもわたしはこんなの趣味じゃないし……」

「簡単な仏像すらまともに彫れない若造の分際で口答えをするな! 今日は日が暮れるまで魂を込めて彫り続けろ!」

「あひぃー!」

 

 声を掛けようとしたら先代の工房長から殺気の込められた恐ろしい視線を向けられたので、すごすごと引き下がる。

 

「九郎様、どうにかなりませんか?」

「いくらなんでも奥方様が可哀想だ!」

 

 壱号と弐号はどうにかして萌を助けたいようだが、決定権を持つ当代工房長の九郎は困った顔をして首を横に振った。

 

「俺にもできることとできないことがある。今日はもう一泊していきなよ」

「ヒロくん、見てないで助けて!」

「ごめん、無理っぽいから諦めてくんない?」

「そんなぁ~……」

「よそ見をしたせいでまた欠けたじゃないか! もっとしっかりと木の呼吸をその指先で感じ取るんだ!」

「そんなの分かんないってさっきから何度も言ってるじゃん!」

「貴様! 次に口答えをしたら人形師資格を剥奪するぞ!」

「そ、それだけは勘弁して……」

 

 昭和気質の爺さんにパワハラを受け続ける萌の姿に居た(たま)れなくなった俺達は、そそくさとその場を後にした。

 

「九郎、よくあんなのに教わって工房長になれたな」

「俺からしちゃ、好き嫌いで彫る物を決める最近の人形師は甘っちょろいのさ。とはいえ、先代みたいに足切りをし過ぎていても後が続かねぇ。それなら何度試験に落ちようとも決して挫けない強い情熱で選んでやるのが人情ってもんよ」

 

 この村にやってくる時に萌は「九郎おじさんは厳しい人」と弱音を吐いていたが、これでもかなり優しい方だったらしい。

 代替わり前だったらまず通らなかったっぽいし、たったの5回で人形師資格試験に合格できて本当によかったね。

 

 そのまま宿に帰って日本一富士山が美しく見える露天風呂で探索の汗を綺麗さっぱり洗い流した俺は、質素な客室で人形達とダンジョン配信を見ながらだらだらと過ごし、疲れた身体と心を思う存分癒したのであった。

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