ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第65話 勲章親授式

 探索者と脱税は切っても切れない関係だ。

 

 バザーは個人間のアイテム結晶取引への課税を不可能にし、魔結晶はブロックチェーン技術を無用の長物と断じるほどのマネーロンダリング適性を有している。

 

 お勉強だけが取り柄の役人では圧倒的な暴力を持つ高レベル探索者には対抗できず、法による制限は支配層の暗殺を正当化してしまう。

 

 1900以後、この問題への国家による対応はおおよそ2つに分かれた。

 より強大な力によって頭から無理矢理押さえつけるか、あるいは情に訴えかけて自主的な納税を(うなが)すかだ。

 

 日本は時の明治政府が何も考えず前者を選んだ結果、職業の力を得た幕末の死にぞこないが大ハッスルして大量の血が流れたので最終的に後者を選ぶこととなった。

 

 勲章授与。

 それはダンジョン庁を通してアイテム結晶や魔結晶の売買を(おこな)い多額の税を納付することで、国家に多大なる貢献した探索者に褒賞を与える制度だ。

 

 世界中にダンジョンモノリスが降り注いだ1900以後の黎明期より、探索業はその身一つで大富豪にまで成り上がれる夢のある職業だった。

 当然、力と金を手に入れた若者が次に求めるものは名誉と地位しかない。

 

 金に物を言わせて由緒ある血筋を持つ華族の女を(めと)り、皇室に珍しい神器を献上することで周囲にマウントを取る。

 マウントを取られた華族は更に優秀な探索者を血筋に取り込み、お抱えの【鍛冶師】が鍛えたより珍しい神器を献上してマウントを取る。

 

 そんな流れが延々と続いた結果、大量の神器に埋もれて困り果てた皇室が政府に相談して勲章授与のついでに優秀な探索者へ神器を下げ渡すようになったのだ。

 

 アメリカとの戦争が終わり、伝説の【鍛冶師】村正士郎率いる村正一族が活発に活動を始めるようになってからは、その制度もより現代的なものへと変化する。

 勲章の種類で下賜(かし)する神器の価値を定める、いわばカタログ方式というやつだ。

 

 中堅探索者でも頑張って私財を寄付すればなんとか手が届くダブルスキル付きの装備から、一流探索者が生涯を掛けなければ手が届かないような超絶高性能な神器まで選り取り見取り。

 

 【いけず石】の伊佐那美(いさなみ)伊佐那岐(いさなぎ)が使っていた八咫鏡(やたのかがみ)天水鉾(あまのみなほこ)といった神器も、数代前の伊佐家の当主が探索業を頑張って納税した末に下賜(かし)されたものだ。

 

 さて、村正一族から貰ったチート装備に物を言わせて順調なダンジョン探索を続けている間に11月の末になり、ついに俺も勲章親授式に呼ばれることとなった。

 

 卸したてのモーニングコートに身を包み、配偶者扱いの萌を連れて望月グループが手配した黒塗りの送迎車に乗って皇居にやってきた俺は、私語厳禁の(おごそ)かな雰囲気の中、一緒に黄金大蛇と戦った【クレセントムーン】と【いけず石】のメンバーとともに親授式へと臨む。

 

 普通はどこかのホテルで開いた伝達式で大臣とかから勲章と神器を貰って皇居で拝謁って流れが通常なのだが、今回ばかりは貰える勲章のレベルがダンチなので最初から皇居の「松の間」で天皇陛下から直接その手で(たまわ)る。

 

 現地には他にも政治家を引退した元総理大臣の低市(ひくいち)早奈子(さなこ)に地方財閥のトップ、名だたる文化人の姿があるものの、やはり集まったメディアがフォーカスしているのは俺達のような若者だろう。

 

 親授式自体はただ順番に天皇陛下から勲章と勲記 (賞状)、探索者は追加で神器を受け取るだけなので特にこれと言って語ることはない。

 

 俺なんて直前に不屈の闘剣を返して形式的に再下賜(かし)されただけだからな。

 集合写真の撮影の後に金屏風の前で開かれた記者会見が面倒だったくらいか。

 

「大木土博士さん、探索者としては【剣聖】以来の大勲位菊花大綬章(だいくんいきっかだいじゅしょう)を授与されたことをどうお考えでしょうか。正直な感想をお聞かせください」

 

 200層の門番をしている暗黒邪竜へ挑戦する人類代表パーティーへの参加がほぼ決まりになっている現状、箔を付けておこうという気持ちは分からないでもない。

 

「身に余る光栄というか、なんというか……。本当にこれを受け取るべきなのはパーティーリーダーの京子の方だと思うんだけどね」

 

 質問してきた記者にそう愚痴ると、隣の席に座っていた白いアフタヌーンドレス姿の京子が口を挟んだ。

 

「伊佐那岐が健在であれば、その時は彼がその椅子に座っていただろう」

 

 生まれた時から上級国民の望月京子と伊佐那美は俺の1個下の桐花大綬章(とうかだいじゅしょう)だし、他のメンバーですら更に1個下の旭日大綬章(きょくじつだいじゅしょう)を胸元に飾っている。

 

 国はそれだけ、100層の壁を壊して忌々しいアメリカ合衆国との密約を解消した功績を重く見ているのだろう。

 

「欲をかいたせいで損な役回りを背負わされちゃったね。今からでもいいからそこにいる可愛いお嫁さんごと立場を交換して欲しいくらいだよ」

 

 俺がチラっと離れた席にいる色留袖(いろとめそで)姿の伊佐マリアへと視線を向けると、記者から注目された彼女は困り顔で照れていた。

 セレモニーで伊佐那岐を蘇生したことで職業を失い探索者を引退したマリアは、速攻で伊佐家に嫁入りして悠々自適な新妻生活を送っている。

 

「ククク、いい気味だ。せいぜい死なないよう努力するがいい」

「その為の神器もこうして頂いたわけだし。ま、出たとこ勝負ってところだな」

 

 記者会見が終わったら黒塗りの送迎車で望月グループの高級ホテルに移動して、夕方から同じホテルの大ホールに集まって探索者限定の祝賀会だ。

 

 任意の参加ということにはなっているが、公益団体や地方自治体への多額の寄付で紺綬褒章を貰った攻略クラン所属の探索者が思いのほか多いように見受けられる。

 ちなみに金で買える紺綬褒章は貰っても上級国民としては扱われないので注意。

 

「なぁ、明らかにキャパシティオーバーしてないか?」

 

 (つむぎ)夫人のお下がりで橙のドレス姿な萌と従者服コスプレ姿の壱号と貴族服コスプレ姿の弐号、それといつものゴスロリ服の参号で丸テーブルを一つ占拠しているのがちょっとだけ申し訳ない気持ち。

 

「やっぱりステータス強化装備目当ての人が多いんじゃない? ほら、今のところ日本でLv4装備を安定して作れるのって村正一族だけだし」

「フル強化された神器が一つでもあれば80レベル分のスキルポイントが浮くのはデカいか。特に魔法職や召喚士なんかはスキルポイントカツカツだもんな」

 

 今の相場を考えると隣国に転売するだけで儲かりそうなほどの希少性だが、皇室から下賜(かし)された神器を粗雑に扱うと怖いムラマサ=ニンジャに消される可能性が高いので手を出す者はほとんど――人間はどうしようもないほどに愚かだ――いない。

 

「明日を境に100層越えをする攻略クランもいっぱい出てくると思う。それに合わせて装備結晶の市場も活発に動くだろうし、色々と楽しみだね」

 

 萌とそんな話をしていると、フレンドの宮城七海がやってきた。

 

「ヒロシさん、久しぶりっ!」

「よう、七海もきていたのか」

 

 【情報共有】でしょっちゅう顔を合わせているものの、直接会うのは二度目の彼女は首筋まで伸ばしたクリーム色の髪によく似合う、ハイビスカスの柄が美しいドレスを着ている。

 

「溜め込んでいても使い道ないからね、沖縄の福祉施設にばんない(たくさん)寄付しちゃった」

「動画のネタになるとはいえ、七海はちゃんと社会貢献を考えてて偉いな」

 

 俺が褒めてやると、七海は見慣れた手癖で指先をもじもじさせて照れた。

 

「あるじはけちだからきふなんていっさいしないのだ」

「黄金大蛇周回で1兆円よりも価値がある時間を寄付したんだから別にいいだろう」

 

 とはいえ【剣聖】と同じ勲章を持つウルトラスーパー上級国民になったからには立場というものを考えなければならない場面も出てくるかもしれない。

 

 流石に私財を慈善団体に寄付するようなことは懐事情的にできないが、いずれ何か別の形で国に貢献できたらいいと思う。

 思うだけなので、機会が無ければ絶対にしないのが俺という人間である。

 

「七海様、私の席をお使いください」

「イチゴちゃん、にふぇーでーびる。ありがとね」

 

 壱号が席を譲って俺の背後に立ったので、七海は向かいの椅子に腰を下ろす。

 華族なら普通に護衛を立たせたりするからマナー的にも問題はないのだが、ワガママなロリロリドラ娘だけは絶対に自分の席を譲ったりはしないだろうな。

 

「初めての本土はどう?」

「那覇の都心とは全然違ってビックリ。どこに行っても人が多いし、よくナンパされるし。もうモテちゃってモテちゃって困っちゃうくらいっ!」

「【モテルハイビスカス】に所属していた婚活女子的にはいいことじゃん」

「ヒロシさんはいいよね、可愛いお嫁さんがいて。あたしなんかずっと憧れてた地元のバスケ選手に告白して玉砕しちゃったんだからっ。もう、嘘でも彼女いないって言ってくれたら良かったのにっ!」

「可愛いお嫁さんだって。うふふ、そんなにおだてても貸してあげないよー♪」

 

 萌は左手の薬指に(はま)っている、忍野村でのパワハラ修行を頑張ったご褒美に九郎から貰った耐久不幸の指輪Lv25をまるで婚約指輪のように見せびらかした。

 少しお世辞で褒められただけで上機嫌になっちゃってまあ。

 

「ちょっとちょっとヒロシくぅん、アタシにも席を譲ってちょうだ〜い」

 

 聞くものに強烈な不快感を及ぼすドブ声は、振り返って顔を確認するまでもなく花沢(はなざわ)卑弥呼(ひみこ)のものだ。

 

「ご無沙汰しております、師匠! どうぞこちらにお掛けください!」

 

 弐号が自分の席を譲ると、レインボードレスを着たレインボーヘアのポリコレデブス女が腰を下ろした椅子がその重さに苦しんでギシリと悲鳴を上げた。

 

「こんなに楽しいパーティーに参加する機会なんて滅多にないから奮発しちゃったわよぉ〜。うっふん♡」

「最近は【北海どさん子倶楽部】に呼ばれて北海道にいるんだっけ。ウェンカムイとか大変じゃなかった?」

 

 お忘れではないと思うものの念の為に解説すると、ウェンカムイとはDシェパード事件以来、職業を持たない未成年の子供を執拗に狙う習性を獲得した恐ろしいヒグマのことである。

 

「悪い子には天罰が下るってぇ~、いっぱい身体に教え込んであげたわぁ〜」

「おいおい、冗談だろ……」

「もちろん冗談よぉ~、アタシが出会ったのはたったの数頭に過ぎないものぉ〜」

「冗談じゃなかった!」

 

 それからもタンクスレのフレンドや七海の所属する【琉球キングス】のクランメンバー、卑弥呼の知り合いなんかとちょいちょい話をしていると、遅れてやってきた伊佐那美が声を掛けてきた。

 

「ヒロシはん、いい加減ウチのブロックを解除してくれてもええんとちゃいますか?」

 

 伊佐マリアと和装の伊佐那岐、ゴツい着物姿の九鬼菊花を同伴している色留袖(いろとめそで)姿の京美人にお願いされたが、俺は口をひん曲げて断った。

 

「は? 何甘えたこと抜かしてんの? 許して欲しかったら京子みたいにこの場で『ケツ上げ土下座』してみろよ」

「アレはお調子者の【幻術士】が作った偽物やろう。ウチで同じことしようした福岡のヤクザはんにはお仲間ごと港に浮かんでもろうたわ」

「これだから華族ってやつは頂けない。ま、謝る気がないならずっとこのままの関係でいりゃいい」

 

 謝ったら負けのいけずな伊佐那美の代わりに、伊佐那岐が深々と頭を下げる。

 

「命の恩人に妹が大変ご迷惑をお掛けしたようで、本当に申し訳ない。伊佐家の者には子々孫々、大木土博士様への恩義を忘れぬようしっかりと言い聞かせます。このように誓紙も……」

「逆に怖いわ。俺はダチのファンにそんな扱いされたくねぇよ」

 

 血判の押された恐ろしく重たい書状を渡されたので空中に浮かべた炎精霊に突っ込んで処分すると、それを見た菊花はガハハと笑った。

 

「ナギ、だから言ったじゃねぇか。なんだかんだ言ってヒロシはちゃんと許してくれるってよ!」

「許してはないけどね。一時でも命を預けたタンクにリスペクトしてるだけだから」

「マスターはツンデレですので、お気になさらず」

「誰がツンデレだ」

「私もマスターのことはツンデレだと思っているぞ!」

「そんなツンデレなヒロくんも大好き!」

「お前ら、好き放題言いやがって……」

 

 【いけず石】の席はすぐ隣の丸テーブルに用意されていたので、彼らはそのままそこに移動して挨拶にやってきた他の祝賀会参加者と話を始める。

 元々女性人気が高かった伊佐那岐には一言でも挨拶したいファンの女性による順番待ちで長蛇の列ができるほどで、見ているだけで気疲れしてしまいそうだ。

 

 こっちは有名ダンジョン配信者の七海を除けば近寄り難い色物集団だから当然のように閑古鳥が鳴いているけど、別に(うらや)ましくなんてないんだからねっ!

 

 そんな感じで伊佐那岐握手会を眺めていると、時間ギリギリになって望月京子率いる【クレセントムーン】のメンバーが祝賀会の会場に顔を出した。

 真っ先に俺へ声を掛けてきたのは妻子連れの佐々木三郎太(さぶろうた)だ。

 

「ヒロシ、さっきぶりじゃあのう! ほら、ととさまと一緒に戦った英雄様に挨拶せい!」

「「「ヒロシさん、ととさまをたすけてくれてありがとうございます!」」」

 

 染色遺伝子の除去手術済みで髪色が真っ白な嫁さんも、小学生低学年から幼稚園児くらいの3人の幼い子供も、ホモ受けしそうな丸顔でヒゲ面のおっさんには勿体ないくらいの容姿をしている。

 特に女の子は母親の遺伝子が強くて良かったね。

 

「こんなに小さいのに、きちんとお礼を言えて偉いですね」

「うむ、きっと父親に似て強い子に育つに違いない!」

 

 壱号と弐号が子供達の頭を撫でると、嬉しそうにキャーと母親に抱き着いた。

 三郎太(さぶろうた)一家が近くの丸テーブル席に移動すると、今度は極道の女みたいな――実際に極道の女――派手な着物姿をした藤堂ララが声を掛けてくる。

 

「ようヒロシ、聞いた話によると150層を越えたらしいじゃないか。レプティリアンどもはどうだった?」

「俺はムラマサ=ニンジャと潜ったが、二度と行きたくない程度には厳しい場所だ。地形や悪臭もそうだし、エンカウント率が50層とは比べ物にならないくらい高い。戦闘そのものは骨工船で慣れてりゃ余裕だとは思うけど……恨みと牛歩、真価と幻痛が特にヤバいから耐性装飾品は必須だな」

 

 俺は右手の中指に()めている、銀色と黒色が入り混じったマーブル模様な耐久鈍重の指輪を見せた。

 

「なるほどねぇ……。その辺りは実際に体験してみないと分からないか。アタシ達もしっかり備えてから潜るとするよ」

 

 ポンポンと俺の肩を叩いたララは、二軍から一軍に昇格した他のクランメンバーを連れて自分達の席へと移動する。

 残ったのは京子と可愛い系ドレス姿なカオりん、黒川しのぶとかいう貧乳秘書だ。

 

「京子、仕事の方は順調か?」

「会長の職務の範囲内はおおよそ掌握した。末端に会長代理が育てた寄生虫が巣食っているせいで予断は許されないが、それでも十分な睡眠時間を確保するだけの余裕はできたさ」

「社内政治って大変だね」

「よくも次々と【罪の天秤】の目から逃れる手法を考えるものだと感心するくらいだ。時間も押している、行くぞ(かおる)

「ヒロシくん、また後でおしゃべりしようね!」

「大人気アイドルにその暇があったらな」

 

 こうして面子が全員揃ったところで、探索者だけの受賞記念祝賀会は始まった。

 一流シェフの用意したディナーコースに舌鼓を打ちながら、攻略クランに所属する【吟遊詩人】や【楽師】、カオりんを筆頭とした【踊り子】による余興を楽しむ。

 

 過去の探索者がやらかしたせいでお酒の(たぐい)は一切出ないものの、一般人も多く参加するパーティーということもあって会場には最後まで(なご)やかな雰囲気が流れていた。

 

 日本政府との契約に縛られて100層の前で長年に渡って足踏みをしていた彼らは、これから多くの苦難が待ち受ける未知の戦いに挑むこととなる。

 力及ばず強大なボスモンスターに敗れ、命を落とす者もいるかもしれない。

 しかしだからこそ、今回の祝賀会はかけがえのない思い出となって残っただろう。

 

 後日、日本の歴史上で最も多くの勲章受賞者が揃った祝賀会での集合写真がリビングの壁に額縁入りで飾られているのを発見した俺は、そんな感想を胸に抱きながら次なる探索への意気込みを新たにしたのだった。

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