ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第67話 白銀の逢瀬

 クリスマスイブ当日の朝、ニット帽にマフラー、厚手のコートに伊達眼鏡といったお忍びの格好に変装――流石に武器は携帯していない――した俺がリビングにやってくると、元気に朝食を取っていた制服姿の妹が(いぶか)し気な様子で探りを入れてきた。

 

「兄さん、やけに楽しそうだね。萌姉さんとのデートをすっぽかしてどこへ遊びに行くつもり?」

「どこって、USJだけど」

「ゆ、USJぇ~!? お母さん、兄さんにリョウ兄さんの霊が憑依してる! 早くお祓いに連れて行かなきゃ!」

 

 壱号からこっそり事情を聞いている母は何も言わずに黙殺した。

 働き者の父は既に出社済みなので家にはいない。

 

「勝手に殺すな。俺だって本当は人形達と一緒に楽しく遊びてーんだよ。でもな、ぺーぺーの上級国民には接待ってのがあるの、接待ってのが」

「接待でUSJなんて聞いたこともないね。あーあ、私もUSJに行きたいなー」

 

 お前の友達の為だってのに、兄の心妹知らずとはよく言ったものだ。

 

「大学に合格したらいくらでも遊びに連れて行ってやるさ」

「いえい、言質(げんち)取っちゃった。これは勉強にも熱が入るってものだね!」

「もう熱が入るって時期を通り越してないか?」

 

 既に受験まで1ヵ月を切っているのに、模試でB判定はちょっと厳しいと思う。

 

「入るったら入るの! それで兄さん、クリスマスケーキは予約してくれた?」

「いつもの『ラ・ソレイユ』に春奈の名前で予約しておいたから、学校帰りに受け取ってきな」

「よく分かってるじゃん」

「そりゃな、18年も妹のワガママに付き合ってたら分かるってもんだよ」

 

 俺が大量に拾ってきたせいで在庫が積み上がっている無駄に高級な星顔大猪の分厚い生姜焼きを食べつつ、テレビのニュース番組に目を向ける。

 現在はお坊さんが大きな筆を持って巨大な和紙に漢字を揮毫(きごう)しているところだ。

 

「今年の漢字は『英』なのか。そこは『壁』とか『秘』とかの方が相応しくない?」

 

 弐号と参号と一緒にソファでテレビを見ていた壱号が答える。

 

「大戦の英雄たる【剣聖】と【ボマー】の訃報、望月(もちづき)英雄(ひでお)の悲願達成、マスターという新しい英雄の誕生……これ以上に相応しい文字が他にあるでしょうか?」

「うむ、私もそう思うぞ!」

「サンは『爆』のじがよかったのだ」

「それはちょっと無理があるんじゃないかな……」

 

 謎の力で5度目の弾劾裁判に勝訴したしぶといトランポ大統領の姿に辟易(へきえき)としながらニュースを流し見していると、天皇陛下の生前退位についての特集が始まった。

 

『――勇気を持ってダンジョンで戦い続けてきた皆様の、長年の努力が報われたことを心より嬉しく思います。どうかくれぐれもお身体を大切にされ、今後ともお元気に探索者活動を続けられることを願っております』

 

 今流れている映像のように勲章親授式の終わり際でもチラっと触れていたが、今年度限りで平成は終わり、令和へと年号が切り変わる。

 元の世界より8年遅れではあるが、大きな時代の節目と言えるだろう。

 

「もうこんな時間! 遅刻しちゃうー!」

 

 先に朝食を済ませて歯磨きをしながらリビングに戻ってきた妹が、テレビの時刻を見て慌てて洗面所に走っていく。

 

 遅刻をしたところで大して困りはしないと思うけど、無遅刻無欠席の記録が掛かっている妹には大問題らしい。

 コートを羽織って食卓の椅子に置き忘れていたカバンを掴んだ妹に母が忠告する。

 

「春奈、車には気を付けるのよ」

「大丈夫、信号を使わない特別ルートで突っ走るから!」

「逆に人を()くんじゃないぞ」

「いつも以上に気を付けまーす!」

 

 バタン、と玄関の扉が閉じる音がして家の中は静かになった。

 俺が生姜焼きの最後の一切れを口に詰め込んで茶を飲み干したタイミングで、壱号が提案してくる。

 

「マスター、そろそろ私達も出発しましょうか」

「リニアに乗り遅れて、大事な待ち合わせに遅刻したら困るもんな。よし、そうしよう」

「サンだけいえでるすばんしててもいいか?」

「今日ばかりは駄目」

「ちぇー」

 

 いつでも召喚して戦える状態にした人形達を送還して家を出ようとすると、母が玄関先まで着いてきた。

 

博士(ひろし)、お母さんはあなたのことを信じていますからね」

「腹を痛めて産んだ子供の中身が別人だと知っているのに、母さんはよく普段通りでいられるね」

「あの時は急に亮介(りょうすけ)の霊が憑りついたかと思って驚いたわよ。でも、やっぱり博士(ひろし)博士(ひろし)ね。身体に染み付いた癖は何一つ変わらないわ」

 

 どうやら母には入れ替わり初日の時点でバレていた模様。

 それでも黙って受け入れてくれた母の愛には感謝しないとね。

 そう言いつつ萌との入籍を引き延ばし続けるダブスタ親不孝者が俺である。

 

「その冗談流行ってるの?」

「いい、博士(ひろし)。色々と大変なのは分かるけれど、萌さんのことだけは大事にしてあげなさい。あの子はあなたが探索者を始めてから、ことあるごとに神社へ(かよ)って願掛けをしているのですからね」

「そういう秘め事を簡単に人に教えるのが母さんの良くないところだと思う。そんじゃ、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

 

 母に見送られながら、俺は家の前に呼んであった自動運転タクシーに乗り込んだ。

 ただの友人のままで終わってくれると嬉しいんだけど、どうなることやら。

 

―――――

 

 午前10時過ぎ、大阪府大阪市此花(このはな)区のユニヴァーサルシティ駅にやってきた俺は、駅前の待ち合わせ場所で扶桑(ふそう)レンと合流した。

 

「久しぶり、レン」

「ヒロシさんもお元気なようで何よりです」

 

 彼女の着ている紺色の地味なローデンコートは、ミステリアス銀髪碧眼白人美少女の美しさを更に引き上げるものでしかない。

 こんな美人を連れていたら、変装なんて意味ないんじゃないかなとすら思う。

 

「今日が日本で過ごせる最後の日なんだからさ、思う存分楽しんでいこうよ」

 

 目的地であるユニヴァーサルスタジオジャパンまでは駅から徒歩10分ほど。

 それまでの道中、少しばかり近況の話をする。

 

「ヒロシさん、最近の探索はどうですか?」

「昨日、ようやく159層に着いたところ。もうちょっとで久しぶりにボスと戦えそうだ」

「お話は聞いていますけど、マッピングしながらの探索は大変ではありませんか?」

「正直な話、人の手を借りて楽をしたいと思うこともあるくらいには面倒」

「もし、その気があればですけれど……私の伝手で、ダンジョン先進国の攻略クランを紹介しましょうか?」

「そんでのこのこ着いて行ったが最後、二度と日本には帰れなくなるってことね」

 

 彼女の母国、スウェーデンのお隣は皆さんご存じソビエト連邦である。

 行きはよいよい帰りは怖い、冗談にしても笑えない。

 

「ふふふ、よくお分かりのようで」

 

 開園時刻をとうに過ぎているということもあり、USJへの入場にはそう時間も掛からなかった。

 華族や勲章持ちの探索者といった上級国民しか買えないエクスプレスパスのおかげで、入場前の保安検査も簡易的なものだけを受けてスルーできたくらいだ。

 

「平日だってのに、凄い人混みだな」

「なにしろクリスマスイブです。今日より混雑する日はそうそうありませんよ」

 

 早いところはもう冬休みに入っている時期だからか、子連れの客層もちらほらと見受けられる。

 

「レン、まずはニンニンドーエリアに行こうぜ。特にトンキーコングのクレイジートロッコ、うちの参号がめっちゃ楽しみにしてたんだよね」

「私はヒロシさんのお望みに合わせますよ」

「ま、時間はたっぷりあるわけだからな。適当に選んでも大丈夫だろう」

 

 昼間のパレードをスマホ片手に眺めるカップル客の壁を横目に見つつ、俺達は最初のアトラクションへと向かう。

 が、数時間待ちの長蛇の列をすっ飛ばしてやってきたアトラクションの入場口で見知った顔の黒髪姫カットお嬢様と出会ってしまった。

 

「あら、アナタはヒロ……モゴ……」

 

 俺が目配せをすると、四人いた女性SPのうちの一人が鳳凰院(ほうおういん)鹿乃子(かのこ)の口を塞いだ。

 

「しーっ、公共の場では静かにしなさい」

「むぐぐ……」

 

 コクリと頷いたので再度女性SPに目配せすると、鹿乃子(かのこ)の口元から手を放す。

 

「……何か事情がおありのようですわね。いいですわ、わたくしが口の固いレディーであることを心の底から喜びなさい!」

 

 声がでかいせいでアトラクションの待機客にスマホを向けられてますけど。

 これもう俺が身バレするのも時間の問題じゃん。

 

「貴女は鳳凰院グループの子女の中でもとりわけ多くの農業知識を持つ英俊(えいしゅん)と名高い鳳凰院(ほうおういん)鹿乃子(かのこ)さんですね。初めまして、私は扶桑(ふそう)レンと申します」

「これはどうも、ご丁寧にありがとうございます」

「妹の友達のスウェーデン人でな、今日地元に帰るってんで少しばかり遊びに付き合ってやってるってわけ」

「その妹さんはどちらに?」

「残念なことに学校だ。なにしろ受験生なんでね」

「あらあら、それはお可哀想に」

 

 神奈川と違って北海道は冬休みが長いからな。

 そんな冬休み満喫女子高生の鹿乃子(かのこ)はファー付きの高そうなコートを着ている。

 

「お前はクリスマスも友達ゼロで一人ぼっちか。こんな時こそチャムPの出番じゃないか?」

「ああっ、またしてもその名を口にしましたね!」

「1回くらいはいいだろう。んで、どうなんだ」

魅来(みらい)お兄様はインターネットのお友達とネットゲームのイベントに参加されるおつもりだそう。そもそも部屋で人生が完結している引きこもりを旅行に連れ出すなど、どんなニンジンを目の前にぶら下げてもできることではありませんわ」

「やっぱそうだよなぁ」

 

 ここで空気になっていたレンが小さく手を挙げた。

 

鹿乃子(かのこ)さん。一つお尋ねしたいことがあるのですが、いいですか?」

「わたくしにお答えできることであれば、別に構いませんけれど」

素人(しろうと)質問で恐縮(きょうしゅく)なのですが……鹿乃子(かのこ)さんは昨年の冬、北海道新聞のコラムに寄稿された際にヨーロッパ各国におけるアンドロイド農業の問題と課題について触れていましたが、実際にサイバーライン社のアンドロイドがヨーロッパ全土で全て機能を停止した時の具体的な対応のプランを考えたことはあるのでしょうか?」

 

 明らかに素人(しろうと)ではない質問の内容に、鹿乃子(かのこ)は畏怖の目でレンを見ていた。

 が、すぐに気を取り直して答える。

 

「な、なかなかに鋭い切り口ですわね……。ゴホン、わたくしは財閥から個人までとても広いコネクションを持っておりますので、サイバーライン規制法が施行される前後に日本国内でアンドロイドを活用していた農業従事者から多くの相談を寄せられておりましたの。レンさんのおっしゃるシチュエーションをシミュレートできるだけのデータは十分と言っていいほどに取れておりますわ」

「ほう、そうなのですね。それでは何点か具体的にお尋ねしたいことが――」

 

 鹿乃子(かのこ)とレンの専門知識が入り混じった会話を右耳から左耳に聞き流していると、アトラクションの係員が俺達を呼びにきた。

 どうやらようやく順番が回ってきたようだ。

 

「アナタとはもう少し農業の未来について話し合いたいところですが、残念なことにお別れの時間がやってきてしまったようですわね」

「ふふふ、そのようです」

 

 そう言いつつ、二人はサッとDカードを触れ合わせて個人識別IDを交換していた。

 今日は遊びにきたんだから、それ以外のことは後日でもいいということだろう。

 

「やっとか。これでも最優先だってんだから一般庶民は大変だな」

「だからこそ、上級国民とのコネクションに大きな価値が生まれるというものですわ。さて、わたくしはお先に失礼致します」

 

 先に出発した鹿乃子(かのこ)達の次にやってきたトロッコ風のジェットコースターに乗り込んだ俺達は、ゲームのキャラを模したロボットが山ほど出てくるクレイジーなアトラクションを楽しんだ。

 

鹿乃子(かのこ)さん、なかなかに愉快な方でしたね」

「そっちは農業で困ったりはしてないの?」

「昔は手を抜く者も多かったと聞きますが、今はさほどではありませんよ」

「さほどね。まったく、便利な世の中になったものだ」

 

 それからも俺達は、上級国民にのみ許された特権を振りかざして好きなだけクリスマス仕様のUSJを遊び歩く。

 小腹が空いたらコノピコカフェで優雅にランチを取り、別のエリアにも足を運ぶ。

 

 レンはヒッポグリフに乗るアトラクションが特にお好みだったらしく、近くのショップでハラー・ヘッターのグッズを大人買いしていた。

 

「こんなに買っちゃって、邪魔にならない?」

「ふふふ、何も問題はありませんよ」

 

 大荷物を抱えたレンがトイレに消えて、出てくる頃には手ぶらになっていた。

 もう隠す気が一切なさそうだけど、俺は何も突っ込まないからね。

 

―――――

 

 楽しい時間が過ぎ去るのは早いもので、あっという間に日は暮れる。

 はらはらと粉雪の降る寒空の下で始まったクリスマス・ナイトショーをスルーして退園した俺達は二人で夜道を歩いていた。

 

「ヒロシさん、無茶なお願いを聞いてくれてありがとうございます。今日のことは、かけがえのない思い出として私の中に残るでしょう」

「喜んでくれたならそれでいいさ。んで、レンはもう帰るのか?」

「できれば、ディナーまでお付き合い頂けると嬉しいです」

「んじゃ、そうするとしよう」

 

 やってきたのはユニヴァーサルシティ駅の近くに建つ高級ホテル「ユニヴァーサル・タワー」の三十二階にあるビュッフェレストランだ。

 飛行船をイメージした店内の7m近くもある大きなガラス窓から夜景を一望できる窓際の席で、ディナーを前にワイングラスを掲げる。

 

「俺達の出会いに」

За(ザー) тебя(チェビャー) (貴方のために)」

 

 小食なレンでも色んなメニューを楽しめるのがビュッフェ形式のいいところだ。

 俺は望月系列のホテルで高級バイキングを散々味わったセミプロ野郎なので、お代わりが不要になるようしっかりと大皿に盛った料理を遠慮なくガツガツと頂く。

 

 しかし……これまで饒舌(じょうぜつ)だったレンはデートが終わってしまうのが名残(なごり)惜しいようで、めっきり口を閉ざしてしまっているようだ。

 

「……ヒロシさん」

「なんだ、レン」

「もし、もしですよ……。このまま帰りたくないと言ったら、どうしますか?」

 

 少しばかり不安げにフォークの先でケーキをつつきながら、そう尋ねてくる。

 

「最初からそのつもりでここを選んだんだろう。なら、選択肢は一つしかないよな」

 

 何一つ悩むことなくそう答えると、フォークはケーキのど真ん中にずぶりと突き刺さった。

 レンの蒼い瞳が、俺の心中を探るように(またた)く。

 

「……貴方は本当に、恐れ知らずな方ですね」

「強者の余裕と言って欲しいもんだ」

 

 ホテルマンがやってきて、テーブルの上に一つの鍵を置いて歩き去っていった。

 そこには「30-4」という部屋番号だけが記されている。

 

「ほらきた。いい演出じゃないか」

「ふふふ、どういたしまして」

 

 食後の(わずら)わしい会計もなく、そのまま二人で部屋に向かう。

 彼女が取ったのは三十階のデラックスルーム。

 このホテルの中で一番格式が高い、二人用のスイートルームだ。

 

 ローデンコートを脱いでコート掛けに吊るしたレンは、閉じていたカーテンを開いて雪の降る夜景を見えるようにした。

 それからソファに腰を下ろし、テーブルに置かれていたブランデーの栓を抜いて氷を入れたグラスに注ぐ。

 

「ヒロシさんもこちらへどうぞ」

 

 俺も変装用の伊達眼鏡やらをポケットに突っ込んだコートをコート掛けに吊るし、彼女の隣に腰を下ろす。

 コツンとグラスを合わせて乾杯しつつ、いい感じの雰囲気で夜景を眺める。

 

「なあ、レン」

「なんですか?」

「そろそろ、本当の名前を教えてくれないか」

 

 俺がそう聞くと、レンは無表情になって口を(つぐ)んだ。

 部屋の中を、ただ静寂だけが包み込む。

 

 夕方から降り始めた雪は少しずつ強さを増しており、もうUSJを楽しむどころの状況ではなくなってしまっている。

 ナイトショーを諦め、早めに引き上げておいて正解だったようだ。

 

「……Рената(レナータ)……」

 

 しばらく待つと、レンはその小さな口を開いた。

 

Рената(レナータ)Николаевна(ニコラエヴナ)Преобра(プレオブラ)женский(ジェンスキー)、それが私の本当の名前です」

 

 彼女はスウェーデン人のハーフ、貿易商の娘の【商人】などではない。

 ソビエト連邦が日本に送り込んだ特殊工作員、レベル199の【催眠術士】だ。

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