ドールマスターヒロシ   作:我島甲太郎

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第7話 ダンジョンのない平和な世界

 謹慎2日目、水曜日。

 

 俺は家の近所にある何の変哲もないマンションのとある一室の前に立っていた。

 インターホンを押すと、僅かな間を置いてガチャリとロックの外れる音がする。

 

 勝手知ったる他人の家とばかりに挨拶もなしでズカズカと部屋に乗り込んだ俺は、リビングに置かれた作業机に向かい一心不乱にGペンを操っている痩せこけた頬をした深い緑髪の男を一瞥(いちべつ)した。

 

「よう高野、励んでいるようだな。朝飯はもう食ったか?」

「まだですが、先にコーヒーを淹れて頂けると助かります。もちろん、ブラックで」

 

 高野(たかの)(じん)、33歳。

 今を時めく人気漫画「ダンジョンのない平和な世界」をチャンプ+で週刊連載中の耕野豆腐(こうやどうふ)というペンネームで広く世間に知られている彼は、原稿用紙から一切目を離さずただそれだけを返した。

 

「おっけー、じゃあそうさせて貰うわ」

 

 床に転がるエナドリの缶を見るに、今日もきっと徹夜をしたのだろう。

 漫画家というのはどこの世界でもそういう人種だ。

 

 数日は洗っていない汚れた食器がシンクに溜まっているキッチンにある高級コーヒーメーカーマシンを動かして熱々のブラックコーヒーを淹れてやった俺は、まだ使えそうな冷蔵庫の中身を適当に刻んでフライパンで炒めながら世間話をする。

 

「そろそろ家政婦でも入れたらどうだ。単行本も出て稼いでるんだろう?」

「僕が女性不信だってこと、ハカセさんならよくご存じのはずですよね」

 

 この男は打ち切り漫画家時代、婚約者に浮気された上にそれを問い詰めたらこっぴどく罵倒されて振られたことが原因で女嫌いを(こじ)らせている。

 ぶっちゃけ普通にキモオタだししゃーない。

 

「でもほら、そこは親戚に頼むとかさ。このままじゃいつか倒れるぞマジで」

「この漫画を描き終えたら僕は死んでしまっても構いません」

 

 かーっ、これだから漫画家ってのは手に負えない。

 ここはきつく言ってやらないと本当に死んでしまいそうだ。

 

 どこぞの漫画の神様だって、自前の【治癒魔法】で必死に延命してもたったの10年しか長生きできなかったんだぞ。

 睡眠時間を削ることは寿命を削ることと等しい。

 

 まぁ、あの人は【時空魔法】という倍速で動けるヘ〇ストを原稿作業に使いまくっていたのが主な死因なんだけどさ。

 

「お前にはもっともっと面白い漫画を描いて貰わなきゃ読者の俺が困るんだよ。アドバイスくらい聞いて貰わないと、マジで監修の仕事辞めんぞ」

「……それは、とても困ります」

「だろう? ま、必要経費だと思って考えておけ」

 

 俺と彼との出会いは、およそ半年ほど前に(さかのぼ)る。

 

 この世界にやってきた当時の俺は有り余る時間を持て余していて、真っ昼間から町のあちこちを散歩するような無駄に健康的な生活を送っていた。

 出歩くのに丁度いい肌寒さの秋頃だというのも、その行動に拍車を掛けている。

 

 何か面白いイベントでも起きないかなーと考えていたそんなある日のこと、家の近所の公園の砂場で城造りに興じる幼女を、近くのベンチに座っている頬の痩せこけた男がただならぬ目で見ている姿を目撃してしまったのだ。

 

 すわ不審者かと思いスマホを取り出しつつ盾代わりにと人形を召喚したのだが、目の前の男は慌ててベンチから立ち上がり弁明を始めた。

 

 話を聞いたところ、忙しい親戚の代わりに子守りをしているのだそうな。

 なるほど確かに言われてみれば、髪の色も同じ深い緑髪であり、幼女もこの男に懐いているように見えなくもない。

 

 近くにいた主婦の執り成しもあって緊急通報の魔の手から逃れられた彼は、自身がポーション製造工場で働く【薬剤師】であるとともに売れない漫画家をしているという風な自己紹介をした。

 

 そんな彼もまた、俺の召喚した人形達に興味を持ったような様子だった。

 気になって質問してみると、どうもこの世界の常識的に若い男の【人形使い】が未改造の人形を連れ歩いているのは非常に珍しいことなのだという。

 

「道具を着飾るとか気持ち悪くね? 普通に変態じゃん」

「それが異常なんですよ。僕が尊敬している漫画家の先生も『人形達は俺の嫁』って常日頃から言っていますし」

「あー、それ知ってる。自分の漫画キャラに魔改造した人形達と盛大なハーレム結婚式開いた人でしょ。やってて恥ずかしくないのかな」

「欠片でも恥ずかしいと思っていたら、絶対にそんなことはできませんよ」

「それはそうだ」

 

 馬が合ったのか、俺達はあっという間に意気投合した。

 子守りが終わった後、高野の描いた漫画を読ませて貰う為に彼の自宅を訪れた俺は、インクの匂いが空気にまで染みついた作画部屋とそのコテコテのアナログ作家っぷりに思わず感嘆の声を上げた。

 

「すっげぇなー……。このご時世、デジタルとか使わないんか?」

「あんなものは頻繁な描き直しが必要な敏捷値の低い人間が使うものですよ。僕らみたいな敏捷値の高い漫画家はほぼ全員アナログしか使っていません」

 

 ステータスにおける敏捷値は当人の器用さにも参照される。

 足の速さはどっちかというと筋力値の方が比重が重い。

 正直、探索者として活動する面では敏捷値は死にステータスに近く思える。

 

 きっと箸もロクに持てないような不器用な種族だと重宝するのだろうけれど、文明の利器を使いこなすホモ・サピエンスはあまりにも手先が器用過ぎた。

 

「ほーん、試しに何か描いてみてよ」

「では、こんなものはいかがでしょう」

 

 彼は自身が過去連載していた――人気の低迷によりあえなく編集判断で打ち切りとなった――作品の美少女キャラを適当な紙にサラサラっと一発描きした。

 べた塗りする時もピピッとインクを飛ばしてハイ完成。

 

「岸部露伴かよ。これで売れないってマジ?」

「レベル50越えの敏捷特化は大体これくらいのことは目隠ししてもできますよ。それに、本物の【芸術家】はもっと凄いです」

「怖い世界だ。漫画を描くタイプのオタクじゃなくて本当によかった」

 

 平均値が高ければ高いほど、その競争は苛烈なものとなる。

 元の世界では下書きだけで連載できるようなクオリティでも、こちらの世界では見向きすらされない。

 

 きっと漫画の神様が無駄に長生きしたのが良くないんだと思う。

 いや、全然悪いことじゃないはずなんだけどね。

 

 作者死亡でエタったはずの炎の鳥を最後まで読めたのはとても嬉しかったし。

 まぁ、当然のように生まれた新たな未完作品に往年のファンは嘆いていたが。

 

 本題に戻ろう。

 

 それから俺と高野は気の置けない友人関係となったわけだが、彼の家には漫画家らしく参考資料という名の単行本や電子書籍が山のように蔵書されていた。

 

 俺は高野の仕事が休みの日――不定期のバイトだったので週に2、3回ほど――に彼の家を訪ね、漫画を読ませて貰う代わりにネタ出しに付き合っていたわけだ。

 

 公園での出会いから1ヵ月ほどが経ったある日のこと、またネームが通らなかったと嘆く高野に俺はボツになったネームをペラペラとめくりながら尋ねた。

 

「素人の俺が言うことじゃないと思うけどさ、売れそうなアイデア一杯出してやったじゃん。それは使わないのか?」

「僕はタイパラの佐々木一平が大嫌いなので。【贋作師】みたいな卑怯なことは絶対にしたくありません」

「は?」

「だってそうでしょう。貴方の出すネタはあまりにも具体的(・・・)過ぎる。まるで未来でも見えているんじゃないかと思うほどに。でも、きっと違う。ハカセさんがしているのはもっと別の世界の話だ。例えるなら、ダンジョンのない世界にある日本の話」

 

 高野の観察眼には流石の俺も驚きを隠せなかった。

 俺は自身の来歴を一切、彼には話していない。

 なのに彼はその洞察力だけで真実に辿り着き、そして疑問を口にせず黙っていた。

 

 それは十分、信頼に(あたい)する行いだ。

 

「よく分かったな。俺はつい1ヶ月ほど前にこの世界の俺と入れ替わりにやってきた異世界人だ」

「やっぱりそうなんですか。僕の考察が間違っていなかったようで嬉しいです」

「だがしかし、それだけだと思われたら(しゃく)だな。見事正解に辿り着いた高野には、特別に面白いものを見せてやろう」

 

 俺は右の手の甲からDカードを取り出し、ちょちょいと設定を弄って隠していたカード裏側のステータスを全表示させた。

 

「……っ!」

 

 おーおー、目を丸くしておる。

 ただの冗談のはずが、本当のことだったと証明されたわけだ。

 それは流石にビックリするわな。

 

「『俺だけ使える第二職業』ってやつだ。まだ職は決めていないが、俺はいずれ一流の探索者になって見せるぜ」

「これ、他の誰にも言ってませんよね?」

「当然だろ。知られてたらソ連の工作員に拉致られて拷問にでも掛けられているはずだ。俺はまだダンジョンに潜ってすらいないのに、そんな危ないリスクは取れない」

 

 この世界のソビエト連邦は未だに崩壊していない。

 むしろ、アメリカ合衆国と同等の規模を誇る一大国家だ。

 国土の広さはダンジョンモノリスの数に等しいので、それも当然のことである。

 

 EUはとある団体が原因で起こった内戦でボロボロの状態だから、国際連合はこの2大国家が世界のパワーバランスを調整する為の組織に過ぎない。

 

 チャイナは綺麗に3等分されて楽しく三国志してるし、【隠者】と【木こり】と【農夫】の職業パワーで強引に緑化された中東でも全然戦争が起きていないから逆に平和かもね。

 

 信教の違いはあるものの、腹さえ満たされていればそれほどの対立にはならん。

 なお、暗黒大陸は除く。

 

 アフリカは各部族がダンジョンモノリスを取って取られての世紀末状態だ。

 セックスくらいしか娯楽がないのでポンポコ産んでダンジョン産の肉を食べて増える→近所へ略奪に行く→死んで減るの無限ループに陥っている。

 

 正直発展する余地がないというか、鉱物資源に恵まれたごく一部の国が先進国の支援を受けて必死に防衛している感じ。

 

 チートな職業のおかげでどこの国も人手は十分に足りているので――むしろ余って探索者しかやる仕事がないくらいだ――海を渡った不法移民は見つかり次第強制送還されているし、少子化傾向のヨーロッパでさえ高度に発達したAIによる機械化で補っている。

 

 ダンジョンモノリスがあろうとも、石油などの地下資源はいくらでも欲しい。

 ならどうしてアフリカだけ放置されているのか。

 結局のところ、誰も火中の栗は拾いたくないのである。

 

「それではどうして僕に話したんです。僕が情報を売るとは思わないんですか?」

「お前のことはそれくらい信頼してるってことさ。……おい、頬を染めるな。気色悪い」

「僕はノーマルです」

 

 それは彼の自室にある大量の美少女グッズを見れば口に出されずとも分かることだ。

 

「知ってる。それでだ、お前がタイパラ野郎になりたくないってのはよーく分かった。しかし親しい友人にいつまでも売れないまま(くすぶ)っていられるのは嫌だから、一つ俺にも仕事を手伝わせてはくれないか」

「じゃあ、そうですね……。ハカセさんの住んでいた世界の話をして貰えると助かります。歴史・経済・文化、何でも構いません。僕はそれを丸ごと飲み込み、自身の作品に昇華します」

「そりゃ楽でいい。ダンジョン由来の魔素に頼り切った魔法科学文明の人間に『ダンジョンのない平和な世界』の話をしてやるよ」

 

 こうして俺から根掘り葉掘り並行世界の情報を聞き出した高野は、あっという間に「ダンジョンのない平和な世界」というタイトルの、中東の紛争地帯で美少女が銃を片手に彷徨う社会派漫画のネームを完成させチャンプ+編集部に持ち込んだ。

 

 科学技術に特化した世界観のクオリティの高さに期待した編集長の肝いりで連載が開始した同作品は、多くの読者の支持を受けランキングを駆け上がる。

 単行本は重版に次ぐ重版、アニメ化の企画が始まるのも時間の問題だった。

 

 衝撃の再デビューから4ヶ月が過ぎた現在、「ダンジョンのない平和な世界」は「次くるかも〜漫画大賞」のWebマンガ部門で堂々の1位を記録するほどの人気っぷりとなっている。

 世界観構築の監修として手伝った身としては鼻高々というほかない。

 

 これが、並行世界からやってきた俺と出会った高野仁という男の現状である。

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