サイバーライン社の情報流出から続いた突然のソビエト革命に世界中が大混乱に見舞われていようが、俺のやるべきことは何一つ変わらない。
ただひたすらにダンジョンへ潜ってフィールドマップを探索し、レベルを上げつつ終点を見つけて階層更新をするのみだ。
という言い訳をしつつ半ば現実逃避じみた感じでクリスマスの翌日より探索に移った159層を丸々1日掛けて踏破し、ついに160層へと足を踏み入れたわけだが……。
「なんてこった、よりにもよって夜マップか……」
石室から外に出ると、そこには満天の星空と広大な森林が広がっていた。
ドローン操作用のヘッドバイザー装備の零号は右手だけで軽々と持っている大盾の内側にセットしたタブレット端末を左手で操作しながら注意を呼び掛ける。
「森の中に見える複数の光点から蛍甲虫系モンスターの可能性大、隠密行動を推奨」
「隠密行動と言っても、武器に【
もうここら辺までくると、最小サイズでも人間大のエイリアンじみた昆虫系モンスターはそのほとんどが甲殻の一部に金属の要素を抱えるようになっていた。
ドロップ肉という形で地球上に存在しない希少な鉱物資源を得られるのは大きいが、残念なことにホモ・サピエンスの技術力と需給の問題で電鋼団子虫くん以上に美味しいモンスターは今のところ140層の凍鋼団子虫くん以外には存在しないというね。
大清帝国の攻略クラン【彗星旅团】が滅茶苦茶狩って稼いでいるって噂は聞いたことがあるけど、俺はフィールド移動中の事故で死にたくないので周回するのは諦めた。
「こうなっては致し方ありません。ダンジョン庁に問い合わせて、グローバルマップの破壊許可を得ましょう」
零号に操作させた偵察ドローンを上空まで飛ばしてボス部屋の石室の位置は既に特定してあるものの、深い森を抜けてボス周回をするのは効率が悪い。
それなら51日間隔のマップ更新まで地形環境がリセットされないグローバルマップで森の中に道を作りながら踏破した方がよほど安全かつ効率的というものだ。
今のところ日本の攻略クランで150層を越えているのは【クレセントムーン】と【八咫烏】のみで、横浜海上ダンジョンのグローバルマップが貸し切り状態ということもあり、簡単に許可を取り付けることができた。
諸々の事情から1日の休日を挟み、その翌日より俺達は160層の探索を開始する。
今回はストレージにバザーから買い込んだ大量の魔力回復ポーションも詰め込んで、がっつり長期戦の構えだ。
「久々に大掛かりな探索になりそうだな、マスター!」
「うひょー、じばくしほうだいのさいこうなまっぷなのだ!」
零号にマップや出現モンスターの情報をタブレット端末に記録させながら、テンションさいこっちょーなロリロリドラ娘の【自爆】で森を豪快に吹き飛ばしていく。
棲み処を破壊されて飛び出してきたモンスターはもちろん全て壱号が仕留める。
人形達はデフォで夜目が利くし、【精霊使い】の俺なら空中に浮かべた炎精霊フレアをランタン代わりにできるから夜間マップでもそこまで不自由はしない。
精霊の自動索敵でバックアタックも怖くないし、ビクビク逃げ隠れしながら探索するよりもよほど安全と言える。
なにより、適正レベルなら俺達の経験値稼ぎにもなるからな。
5人パーティーで経験値は多少目減りしているものの、まだまだ許容範囲内だ。
「それにしても、見たことのない星図ですね。レプティリアンの惑星はこの広大な宇宙のどこに存在していたのでしょうか」
クレーターのど真ん中でお昼休憩中、壱号は疑似的に再現された空を眺めて興味深そうに呟いた。
俺は温め直したマツ屋のチーズ牛めし大盛りを頬張りながら答える。
「【占星術士】の【星読み】とAIの分析によると、この惑星はホーグの天体――環状銀河の端っこに位置しているらしい。俺達の住む地球から、へび座の頭部に向かって6億光年ってところか」
このクソったれなゲームの仕掛け人は最低でも銀河単位で時空を飛び越えてデータを転送する術を持っているようだ。
もうスケールがデカ過ぎて
「よくご存じでしたね。流石は私のご主人様です」
「へいへい、さすごしゅ頂きましたー」
腹もくちたところで、俺達は再び爆破工事作業に戻る。
グローバルマップでのポイ捨てはマナー違反だからきちんとゴミは持ち帰ろう。
ダンジョン庁との約束だ。
―――――
夕方前にはどうにかボス部屋までのショートカットルートを作り終わったので、ボスモンスターの爆塵蛍甲虫をいつもの【自爆】戦術で瞬殺してからダンジョンよりログアウトする。
第二形態に入ると連鎖爆発する粉塵を周囲にばら撒く広範囲攻撃をしてくるってデータベースには書いてあったが、なんか粉塵袋に着火したみたいで一発で即死した。
死んだ時に餓者髑髏の肋骨散弾よりもヤバい威力の金属甲殻が周囲に飛散していたし、普通のパーティーだと事故で死人が続出するのではなかろうか。
そんな心配を胸の内に抱えながら自動運転タクシーに乗り込んで帰路についたところ、不意に誰かからメッセージが届いた。
「また伊佐那美じゃないだろうな。
腰のポーションベルトに提げられているこぶし大の金属球型ストラップがピピピ、と電子音を鳴らしてフレンド欄を開く。
こいつは12月の初め頃に萌と話していたサポート用の人形、
つい昨日、必要な装備結晶が全て揃ったんで【人形召喚】のレベルを上げて追加した木人形から抜き出した核を萌に改造して貰った。
愛称はシキだが、俺は普通に肆号としか呼ばない。
一応、外装として組み込んだスキルについても紹介しておこう。
木人形肆号Lv2
外装:丈夫な留め具【消費軽減】 聖銀のコアシェル★【情報共有】【魔力強化Lv2】 金剛のコアシェル★【通信】【魔力強化Lv2】 超小型人工声帯++【通訳】
装備:お洒落な紐飾り【保管庫】
【保管庫】付きの紐飾りは目的に応じて交換可能にしている。
【消費軽減】や【魔力強化】を盛っているのは【通信】や【通訳】の効果をパーティーメンバー全体まで広げる時に魔力をそこそこ使うからだな。
レベル50まで育てばいずれ
それまでは経験値分散を抑える目的でボス戦の時だけ出して、ダンジョンの外ではストラップとして連れ歩き様々な情報を学習させるつもりだ。
「ララからか。えーと……『160層のショートカットを使わせろ』? 耳が早いのはいいが、お勧めはできないな。『爆塵対策があるなら好きにするといい。言っておくが、粉塵袋に誘爆したら骨大盾程度では最後っ屁に耐えられんぞ』っと」
すぐに返事が届く。
対策不十分だったようで、諦めて江戸川ダンジョンの160層に行くと書いてある。
やっぱり周回効率よりも安全の方が大事だよね。
「マスター、お返事はどうでしたか?」
うんうんと頷きつつ昼間に届いた伊佐那美からのメッセージに目を通していると、隣の壱号が尋ねてきた。
「大人しく江戸川の方に行くってさ。伊佐那美からはいつものやつ」
俺へのメッセージ送信履歴を日記帳代わりにするのはやめて貰いたい。
膝の上にいる参号が怪文書を読んで、やれやれみたいな仕草をした。
「あのめんへらおんなは、あいかわらずねっとでやりたいほうだいしているのだ」
「適当に男でも作りゃいいのに、どうしていつまでも俺に執着するのかねぇ」
最近は未読スルーせずに読むようにしているんだけど、高確率で【ドールマスター】アンチを特定して社会的に抹殺したって迂遠な文章で書かれているんだよな。
反転信者と化した
「それだけ那美様は大切な兄を取り戻すきっかけとなったマスターに恩義を感じているのでしょう」
「言うなれば罪滅ぼしというやつだな!」
「でも彼女、それを免罪符にせっせと別の罪を作ってますけど……」
「マスターの敵は世界の敵だ。そうだろう、シキ!」
「ピピピ……」
「電子音だけじゃ何言ってるか全然分かんねぇ」
俺は面倒事に
だからこれまで通り、アンチの末路については見なかったことにしよう。
できることならば、それが心の平穏に繋がると信じたいものである。
―――――
そんなこんなで160層ボス周回を続けること数日、ついに今年も最終日となった。
流石に「
「隙ありっ! スマッシュを食らえー!」
「むっ、なかなかやるな!」
「ゆうしゃのじばくはさいきょうなのだー!」
「参号、お前はそれしか使わない縛りプレイでもしているのか……」
壱号は母と一緒にお雑煮とおせち作りに励んでいるようだが、休みの日に一切働きたくない俺はどてらを羽織ってリビングのソファで弐号と参号、ついでに妹――今日ばかりは受験勉強もお休み――を加えてテレビゲーム三昧だ。
「はふー、幸せ。もう今日はここで寝ちゃってもいいかな。ねー、ヒロくん」
さっき家にやってきた萌はこたつの精になっている。
クーラーや電気ヒーターといった暖房はあるものの、セントラルヒーティング完備の彼女の家と比べたら廊下なんかは結構寒い。
クリスマスの夕方に萌を家に連れて行って両親を交えて話し合いをしたのだが、来年の2月――萌の誕生日――に籍を入れることが決まった。
当然、その時はセキュリティの効いた伊古田家に引っ越すことになるわけだ。
実家暮らしの子供部屋お兄さんももう終わりとなると、少し寂しく感じる。
同じ川崎市内だし、庭の手入れついでに時々顔を出すつもりではあるけどね。
「せっかくの
ちなみに今日は萌の他にも高野と
「叔父さん、みかんを剥いたので食べてください」
「何個目ですか。もう僕は食べ飽きましたよ……」
地元の看護大学に推薦で入学することが決まっている学業優秀な負け組委員長キャラでお馴染みの彩芽は妹の勉強を見る為にちょくちょく家を訪ねていたものの、高野がやってくるのはなんだかんだ言って初めてだな。
「実家はどうした、実家は。特に高野」
「僕は明日、初詣に行ってから彩芽と一緒に顔を出すつもりです」
「こうしてみんなで集まれるのも今年限りになるかもしれませんし。はい、春奈ちゃんどうぞ」
白い筋まで取った上等なみかんを1個丸ごとあーんして貰った妹は、モグモグゴクンとしてから口を開いた。
「あーあ、ここにレンちゃんがいたら完璧だったのになー。これも全部兄さんのせいだからね」
妹はまだレンの正体を知らないからそんな軽口が叩けるわけだ。
下手に教えて受験に差し支えると困るんで、話すにしても受験が終わってからにしたいと萌と高野には事前に話を通してある。
「俺は何も悪くない」
「ハルちゃん、悪いのは全部ゴルビチョフだと思うよ」
「どうしてそこでゴルビチョフ?」
「さあ、どうしてだろうね?」
スマプラに飽きたら次はモリオパーティーなんかを適当にやっているうちに夜になり、会社の忘年会に行っていた父も帰ってきた。
揚げたての自家製天ぷらが乗った豪華な年越しそばを食べてお腹を満たしたら、若い女子から順番にお風呂へ入る。
その間に壱号と弐号がリビングまで俺と妹の部屋から布団を運んで敷いてくれた。
いつでも寝落ちできる準備が整ったところで、俺達はだらだらとNHKの紅白歌合戦を観ながら日付が変わるのを待つ。
もちろん、そのお供はみんな大好きおビール様だ。
―――――
そんなこんなで時刻は夜の11時半を回った。
両親はとっくのとうに寝室に消え、健康優良児の妹は彩芽と同じ布団ですうすうと寝息を立てている。
年が明けるまで決して眠るまいと起きていた萌も先ほど酔い潰れてしまったので、未だに起きているのは俺と高野と人形達だけだ。
なお、弐号は眠らない人形のはずなのに居眠りをしている……。
「ハカセさんが4月に探索者を始めてから、この短い期間で本当に色々なことがありましたね。ヤクザの借金取りに【いけず石】との因縁、星崎聖夜の暗躍と【クレセントムーン】の100層挑戦。それから、それから……」
流行りのアニソンを歌う【吟遊詩人】の後ろでギターを弾くオクト氏の姿に眩しさを感じていると、高野が缶ビールを片手に遠い目をして呟いた。
「なんだよ、急にしんみりしちゃってさ」
「僕はですね、ハカセさんという異分子がこの世界に巻き起こした変革を特等席で見ることができて、本当に幸運だと思っているんですよ。これだけは他の誰にも渡せない特権に違いありません」
「そりゃ、漫画家先生的にはそうだろう。いつかダンジョンを完全踏破したら、俺の伝記を描いてもう一儲けするといい」
「もちろん、そうさせて貰います。……仮にこの世界の全てがハカセさんの敵になったとしても、僕だけはハカセさんの味方です。だから絶対、勝ってくださいよ」
「勝つさ。勝って、生き残って、俺達は更に先へ進む。ダンジョンモノリスの謎を解き明かし、俺達という地球人類の生きた証をこの宇宙に深く刻み込んでやる。あの、クソったれのレプティリアンどもみたいにな」
いつ寝落ちしてもおかしくないほどに強い睡魔と格闘しているうちにゆっくりと時計の針は進み、激動の2026年はついに終わりを告げる。
待ちに待ったハッピーニューイヤー、ようこそ2027年。
「あけましておめでとうございます」
「あけおめことよろ」
既に限界を迎えていた俺は、爆速で萌の眠る布団の中に飛び込んだ。
あぁ~人肌に温められた羽毛布団が最高に気持ちいいんじゃあ~。
「あけおめなのだー」
「ピピピ……」
「今年こそは平和な一年になるといいですね、マスター」
「ああ、心の底から……そうなるよう願っているよ……ぐぅ」
とても残念なことに、そのささやかな祈りが天に届くことはなかった。
それをこれから俺達は、嫌というほど思い知ることになるのだから。
まったくもって、人間とは愚かな生き物だ。
なあ、ダンジョンモノリスを通して見ているお前らもそう思うだろう?