「兄さん、起きて! おーきーてー!」
お正月の朝7時頃、自宅のリビングに敷いた布団で雑魚寝していた俺はテンション高めで
「うるせぇ……もう少し寝かせろ……」
「早く朝ごはん食べてみんなで初詣行くよ、初詣!」
「ああ、分かった分かった。分かったから後5分だけ……」
「起きろー!」
布団にジャンピングダイブを食らった俺は、ぐへぇと悲鳴を上げる。
ま、まだだ。
俺の装飾品込みで200を越えた耐久ならばこの程度、余裕で耐えられるはず……。
「春奈様、羽毛が駄目になってしまいますから無茶はおやめください」
「そうそう、ヒロくんにはちゃんとした起こし方ってのがあるんだからね。ん~♡」
俺は条件反射的に布団の下側から
「あ、出てきた」
「ほらほらヒロくん、奥さんに朝の挨拶しよ?」
「まだ籍を入れてないんだから奥さんじゃねぇだろ」
抱っこを拒否する人嫌いの猫のように警戒心を露わにして微妙な距離感を保っていると、焼いた餅の入ったお雑煮をテーブルに配膳していた母に注意される。
「
「うっす、そうするっす」
いくらレベルを上げて強くなろうとも、息子は母には勝てんのだ。
洗面所に行って冷水でしっかりと顔を洗い目を覚ましてから廊下に足を踏み出すと、高野と
「おはようございます、ハカセさん」
「あけましておめでとうございます!」
「あけおめ。二人とも、どこに行ってたんだ?」
「彩芽に連れ出されて寒空の下でラジオ体操をさせられていたんですが……その途中でご近所の人に頼まれて道路の雪かきを手伝っていました」
「へぇ、昨日は結構降った感じ?」
「そうでもないです。でも正直、朝から働いて疲れましたね」
「叔父さんは日頃から運動不足なんだから、少しくらいは身体を動かした方が健康にいいと思います」
「お前も俺と一緒に健康増進センターへ通うか?」
「それは勘弁して貰いたいものですね。きっと筋肉痛でGペンが持てなくなってしまいますよ」
「これも取材の内だと思うけどな」
「……考えておきます」
絶対行かないやつだこれ。
まぁ、無理矢理やらせようなんて思っていないから別にいいんだけどさ。
二人も朝食はまだらしいので、一緒にリビングへ行ってお雑煮とおせちを頂く。
「春奈ちゃん、初詣はどこに行くつもり?」
彩芽にそう尋ねられた妹は、お雑煮のお椀から箸で持ち上げてみょーんと伸びた柔らかなモチを思いっきり頬張りモグモグゴクンとしてから答えた。
「いつもの川崎大師ー」
「そこは厄除けと交通祈願で行くところでしょう。悪いことは言わないから、天満天神社か
「川崎大師って確か、合格成就のお守りもあった気がするけど?」
やけに川崎大師を推すな。
俺は伊達巻きとかまぼこと数の子を自分の皿に移しながらジト目で妹を見つめた。
「春奈、もしかしなくても屋台が目当てだろ」
「あ、バレた?」
「俺は混雑しているところには行きたくないぞ。特に人形連れではな」
「周囲のご迷惑になるようであれば、参拝中は送還されても構いませんよ」
「サンはぜったいにいやなのだ」
「うーん……」
箸で器用に伊勢海老から身をほじくり出して俺の皿にせっせと移していた萌が、ご利益と屋台のどちらを取るかで悩んでいる妹に提案する。
「ねえ、行くなら
「だとよ。今回は多数決で
「はーい、分かりましたー。今回は
朝からたらふく食べてお腹もいっぱいになったところで、コートを羽織って萌と高野、妹と彩芽にそれから人形達を連れて外出する。
玄関の扉を開けると外は一面の雪景色……ではなく1cmの雪景色だった。
「全然雪積もってねぇな。雪かき必要なかったんじゃないか?」
「みんなそう考えるからこそ行動が必要なんですよ。ね、叔父さん?」
「一日一善、正月から徳を積んでしまいましたね」
「それが継続できるといいんだけどな」
道すがら空を見渡すと、雪雲はすっかり姿を消して青い空が見えていた。
きっと夜更かしせずに早起きをしていれば初日の出も楽しめただろう。
なんとなくだけど、少しだけ損した気分である。
―――――
のんびり歩いてやってきた川崎市役所近くの
とはいえ混雑していると言うほどではなく、数十分も並べばいい程度だ。
俺もこんな場所で上級国民の権利を振りかざすほど罰当たりではないので、適当におしゃべりをしながら順番を待つ。
「これは【療法師】の【霊神の結界】か」
どうやらこの結界は
【霊神の結界】は範囲内に無菌室を作るスキルだが、こういう場所で使われるとなんだか神域にでも入ったかのような感じがして思いのほか嬉しい。
「インフルエンザ、彩芽の学校でも流行っていますからね。こういう場所では結構大事なんですよ」
「やっぱり耐久低いと気になるもん?」
高野に尋ねると、彼の代わりに看護師志望の彩芽が答えた。
「耐久が高い方が無自覚な健康保菌者になるケースも多いですから。ハカセさんも家に帰ったら浄水で手洗いうがい、ちゃんとしてくださいね」
「ああ、覚えていたらな」
「その際は私がきちんと確認をしましょう。春奈様が大切な試験前に病気になられてしまったら大変です」
「バカは風邪を引かないって言うし、大丈夫じゃないか?」
「兄さん、酷い! 私は推しのライブも我慢して毎日沢山勉強しているのに!」
「そうですよ、春奈ちゃんはとっても頑張っています! ……合格ラインに届くかどうかはギリギリですけど」
「彩芽ちゃん、お願いだからそれだけは言わないで……」
これはガチで神頼みが必要になりそうだ。
ようやっと俺達の順番が回ってきたので、魔結晶の賽銭を入れて鈴を鳴らす。
二度お辞儀し、パンパンと二度拍手。
一人も欠けることなく無事に暗黒邪竜を倒せますように……っと。
お願いも終わったところで、最後にもう一度深くお辞儀をしてその場を離れる。
「後は絵馬を描いて帰るだけだね」
「さっき順番待ちの間に見てたけどさ、無駄にクオリティ高いの多くない?」
「そういうものですよ、ハカセさん」
妹は微妙なクオリティの干支の羊の絵に必勝! とでかでかと書いて飾る。
俺と人形達が暗黒邪竜っぽいドラゴンに立ち向かうイラストを描いた萌。
羊を食べようとするピースちゃんの絵をサイン入りで描いたのが高野。
最後に参号が描いたヒツジに見えなくもない落書きを吊り下げてフィニッシュだ。
「ごうもうおおひつじ、なかなかうまくかけたのだ」
「うんうん、良かったね」
初詣も終わったし、今日はお開きにしてそれぞれの家に帰ろう。
そう話しながら
この場にいる全員の所持しているスマホが、一斉にJアラートを発した。
「なに、地震?」
「いいえ、違います……これは!?」
『ミサイル発射。ミサイル発射。北朝鮮からミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、又は地下に避難して下さい』
「新年早々やりやがったな……」
「もう、人騒がせな将軍様だね」
いつものやつだろうと安心したのも束の間、次なるJアラートが鳴り響く。
『直ちに避難。直ちに避難。直ちに建物の中、又は地下に避難して下さい。核ミサイルが8時38分頃、東京都千代田区周辺に落下するものとみられます。直ちに避難して下さい』
「……は?」
弛緩していた
「核!?」
「有り得ない。いや、まさか……!」
俺達の脳裏を
まさか、まさか、まさか。
アレはソ連の【幻術士】が作ったコラではなく、本物だったというのか。
「日本の防空技術は世界最高水準のはず。だから大丈夫、だよね……?」
「どうしよう、早くどこかに避難しないと!」
「落ち着け、近くに市役所がある。こんな時だからこそ、慌てず騒がず移動しよう」
どうやら周囲にいた参拝客も超有名一流探索者たる俺に頼ろうとしていたようで、その言葉を聞いてぞろぞろと川崎市役所に向かって移動し始めた。
地元民なら地図なんて見ずとも場所は分かるから大丈夫だろう。
「あるじあるじ、おかしもちだぞおかしもち」
「どんな意味だっけ、それ」
「押さない、駆けない、騒がない、戻らない、近づかない、の略ですね」
「今の状況に最適な言葉だな!」
「はいはいニコちゃん、騒がないでね」
「す、すまない……」
鳴り
自動ドアを潜って施設内に入ったところで、Jアラートの内容が変化した。
『先程の核ミサイルは、迎撃により破壊されました。ミサイルの破片の落下の可能性があります。続報を伝達しますので、引き続き屋内に避難して下さい』
「よかったぁ~……」
緊張に張り詰めていた空気がようやく弛緩する。
まったく、人騒がせな将軍様だ。
「また次が飛んでくるかもしれない。余裕のある今のうちに家族に連絡しておけ」
「ヒロくんはどうするの?」
「やるべきことがあるわけでもなし、人のいない場所で休ませて貰うさ」
意図せず避難民のリーダー役を任されたものの、ここから先は市役所職員の仕事に違いない。
俺達は役所のロビーの隅っこに移動すると、各々のスマホで家族に連絡を取る。
「お父さんとお母さんは近所の小学校に行くって」
「うちの家族も似たような感じです」
「わたしの家は地下シェルターがあるからそのままで大丈夫だね」
「なにそれ、ずるっこじゃん」
「ただの倉庫だよ、倉庫。ヒロくんだって知ってるでしょ」
俺達がそんな風に終わった感を出していたところ、誰かから【情報共有】のコールが入った。
すぐに腰のポーションベルトに提げていた肆号が電子音で反応してフレンド欄を開く。
「……レン、か」
「レン? ねぇ今、レンって言ったよね?」
やべ、無意識に呟いた独り言を妹に聞かれてしまった。
「もしかして兄さん、ずっと前からフレンドだったの? ずるいずるい、私とは最後までID交換してくれなかったのに!」
「お前みたいな騒々しいやつは相手の事情も考えずに余計なメッセージを頻繁に送るからだ。んじゃ、ちと俺は席を外すぞ」
「私も久々にレンちゃんと話したい! 兄さん、ここで【情報共有】を使ってよ!」
「お前な……」
無視してその場を離れようとしたものの、腕を掴まれて睨み付けられる。
壱号に目配せするも、彼女は首を横に振った。
「いつまでも隠しきれるものではありません。出ましょう、マスター」
「はぁ、分かったよ」
俺は周囲を見渡して近くに他の人がいないかどうか確認してからコールに応じた。
乳白色の画面に映し出されたのは、コンクリートの壁の前に立っている深緑の軍服を着たミステリアス銀髪碧眼白人美女の姿だ。
『皆さんお揃いのようですね。無事、避難されたようで何よりです』
「レンちゃん、レンちゃんだよね!? ……なに、その恰好」
「嘘、そんな……」
妹も彩芽も馬鹿じゃない。
彼女が着ているその軍服を一目見ただけで、レンの所属を理解できる。
それに納得するかどうかは、別の話として。
『改めまして、ロシア連邦共産主義共和国保安庁長官レナータ・ニコラエヴナ・プレオブラジェンスキーと申します。本来であればこのような通信を
「職権
『ですから、今回限りということです。さて、時間もないので本題に移りましょう。先ほどそちらに一つの核弾頭が届きそうになりましたが、これは我々の意図したものではないことをあらかじめお伝えしておきたいと思います』
「どうだかな。きっかけはお前達の送ったクリスマスプレゼントだろう」
『しかしこれは第二次南北戦争を防ぐ為に必要不可欠なことでした。もちろんソビエト革命の下準備としての役割もありますけれど、その為に切れる手札は一つだけとは限りませんからね』
高野は何やら納得したような表情を浮かべた。
「アメリカ大統領を
『いかな劇物といえど、使いようによっては薬にもなります。ソビエト革命によってこの国が一枚岩となった今、アメリカにも早急に安定して貰わなければなりません』
「御託はいい、北朝鮮の暴走がどういう理由かきちんと説明してくれ」
俺が結論を急ぐと、レンは困ったような表情を浮かべた。
『あれは……そう、ソビエトの亡霊と言いましょうか。残念なことに取り逃しがいたようです。ええ、もちろんすぐに始末しますからご安心ください』
「始末って……」
黙って俺達の話を聞いていた妹が、呆然とした様子で呟いた。
その時、再び俺達のスマホからJアラートが鳴り響く。
『ミサイル発射。ミサイル発射。ロシア連邦からミサイルが発射されたものとみられます。建物の中、又は地下に避難して下さい』
「おい、これは一体どういうことだ!」
『ふふふ、何も心配することはありません。後始末がやりやすいよう、邪魔なおもちゃは全てこちらの手で片付けておきますからね。――春奈さん、彩芽さん。お二人のおかげでヒロシさんと知り合えたことに心より感謝しています。それでは皆さん、
意味深な言葉を言い残し、レンは【情報共有】を打ち切った。
ご丁寧なことに、フレンドIDのブロックで連絡遮断のおまけ付きだ。
「クソッ、好き放題言いやがって! 俺が何をしたって言うんだ……!」
やるせない気持ちに包まれて悪態をついた俺を、萌がジト目で見つめる。
「ナニをしたんでしょ。いくら10歳もサバを読んでいたからって、大事な婚約者を放置して妹の同級生に手を出すなんて最低だよね」
「えっ、ハカセさんってそういう……」
彩芽は両腕で自慢の隠れ巨乳を
「ちっ、違うんだ。これは大木土
「それはそれで問題だと思いますけど。ハカセさん、これを見てください」
高野が俺達に向けたスマホの画面には、弾道ミサイルの着弾予測地点が確認できるサイトが表示されていた。
「おいおい、1000発は盛り過ぎだろ……」
やっこさん、ピンポイントで北朝鮮の軍事拠点を丸ごと潰すつもりか。
ソビエト革命によって生まれ変わったロシア連邦の強大な軍事力を諸外国に見せつけるデモンストレーションには最良の標的と言ってもいいのかもしれない。
あの独裁国家が世界地図から消えたところで、誰も困る者はいないのだから。
「こ、これをレンちゃんが……? そんなことって……」
これから起こる大量虐殺を想像してしまったのだろう、妹は顔を青ざめて後ずさった。
「春奈、気にするなとは言わない。だが一つだけ覚えておけ。北朝鮮が先制核攻撃を
「だからって、こんなことが許されていいはずない! 人が、人がいっぱい死ぬんだよ!?」
溢れ出した感情に任せて叫んだ妹を、後ろから彩芽が抱き締める。
「大丈夫ですよ、春奈ちゃん。きっと自衛隊の皆さんは人命を第一に考えてくれます。私達の生まれ育った国は、そういう国です」
「彩芽ちゃん……うぅううううぅ……なんで、なんで……」
「いい子、いい子。いっぱい泣いたら、お家に帰ってまた一緒に勉強をしましょう。レンちゃんもきっと、春奈ちゃんが志望校に合格して欲しいと願っているはずです」
「うん……」
俺達はただ、静かに時が過ぎるのを待った。
『先程のミサイルは、我が国には飛来しないものとみられます。避難の呼びかけを解除します』
ミサイルが日本に落ちないことを確認した結果を告げるJアラートを最後に、日本と北朝鮮の戦争の火蓋は切って落とされる。
ロシア連邦より発射された1000発もの弾道ミサイルによって軍事力を全て喪失した裸の王様の首を取る為に、日本の自衛隊だけではなく同盟条約に応じて自動参戦したアメリカ、韓国、満州国の軍まで北朝鮮の領土へとなだれ込んだ。
その結果何が起こったかについては、説明せずとも分かることだろう。
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4.Malevolent Sentinel――邪悪なる番人――To be continued.