今回の北海道旅行は1週間掛けて
これだけの時間があれば主要な観光地を巡ることもさして難しくはない。
とはいえ季節は冬が抜けきらない春先だから、うちの壱号が好みそうな富良野のラベンダー畑とか名寄のひまわり畑には行けないのは少しばかり残念に思う。
元より受験を頑張った妹への家族サービスの為にやってきているわけだし、できる限り彼女の要望に
さて、札幌グローバルスキー場でスキーをしにきたのか害獣駆除をしにきたのかよく分からないウィンタースポーツを目いっぱい楽しんだ妹が次に選んだのは、かの有名な旭川動物園だ。
Dシェパード事件の影響で観光客がぱったりと途絶えて廃園に追い込まれたこの動物園は2022年にリニューアルオープンを果たしている。
閉園時に飼育中だった動物は本州の動物園で保護されていたらしいけど、20年以上生きるホッキョクグマやカバみたいな長寿の動物は故郷に帰ってこれたことを喜んでいるって【動物会話】で意思疎通の取れる飼育員の【酪農家】がDTubeの紹介動画で話していたな。
「見て見てヒロくん、皇帝ペンギンの行列だよ。可愛い~」
青魚の入った金属バケツを持って歩く飼育員の背中を追って散歩コースを練り歩くペンギン達に一眼レフカメラを向けた萌は、楽しそうに写真を撮影している。
ちなみに現在は他の家族とは別行動中。
流石に鼠返しの付いた高い壁で守られた市街地にウェンカムイは出ないからな。
逆に言うと、そうしない限り安全と言えないのが試される大地の怖いところだ。
俺達の恰好は冬用の防寒着だが、寒さとは無関係の人形達は普段の探索用装備――参号は外歩き用のゴスロリ服――に身を包んでいる。
横須賀観光の時と違って別にお忍びってわけでもないし、観光地巡りで長距離の移動をする
「こういう風に見世物にされてるって、どういう気分なんだろう」
「うーん……ダンジョン配信者みたいな感じじゃない?」
「命の危険が無い分、こっちの方がマシそうだな」
そうこう話しているうちにペンギンのパレードが行っちゃったので、俺達は近くのアザラシ館を見に行くことにした。
建物の入口付近には様々な種類のアザラシの等身大パネルが設置されていて、撮影用の顔出しパネルもあるようだ。
「あるじあるじ、もえもえといっしょにきねんしゃしんをとるぞ」
「それでは、私が萌様の代わりに撮影役を務めますね」
大きなパネルには3人分の穴があったので左右を俺と萌で固め、中央に横たわるアザラシの顔に当たる場所からロリロリドラ娘が顔を出す。
はい、チーズ。
「いい感じに写っているようだ。これは奥方様のXDで皆に共有すべきだろう!」
弐号の太鼓判が出たので、萌は先ほどの写真をXDにポストした。
「いっぱいいいねがもらえるといいな」
「流石に昨日のアクロバティックスノボーは越えないんじゃない?」
萌がそう言うと、ロリロリドラ娘はムッとしたような表情を浮かべた。
「こっちのほうがぜったいにばずるのだ。かけてもいいぞ」
「そこまで言うなら夜に確認してみようか。わたしが勝ったらサンちゃんには一晩添い寝して貰うからね?」
ただの添い寝で済むと信じたい。
いや、その時は俺も一緒に川の字で寝たら安全か。
そう考えるくらい、俺は目の前の人形狂いのことを信用していなかった。
「のぞむところだ。サンがかったら、もえもえにはサンのでかいどうぞうをつくってもらうぞ」
「一体どこに飾るつもりだよ、それ」
「ふふん、きんじょのさくらこうえんにきまっているのだ」
参号が賭けに勝った場合は川崎市役所との相談が必要になりそうだ。
―――――
途中で家族と合流しつつ旭川動物園を一通り巡った俺達は、次なる目的地を
幻想的な美しさを誇る青い池や白ひげの滝を眺め――もちろんウェンカムイは出た――、白金温泉の旅館で一泊し――賭けは萌の勝ちだった――、翌日は朝から
「大学ではいい人と出会えますように。なにとぞ、なにとぞ~」
「必死過ぎて草」
隠れハートを探す人形達を横目に、俺は必死に神頼みをしている妹をあざ笑う。
ここの祭神は
あの双子の兄妹のそっくりさんに祈るなんて
「恋愛強者の兄さんには私の気持ちは分からないよ!」
「春奈に告るような奇特な野郎は学校にはいなかったのか?」
「みーんなレンちゃんに釘付けだったもん。片っ端からボコってたら私に近寄る男子なんて一人もいなくなったね」
「完全に春奈の自業自得じゃん。【魔神の誘惑】を使えるレンなら例え呪い装飾品でステータスを抑えていようがいくらでも対処できるんだぞ」
「そんなの知るわけないし!」
あんまり騒ぐと周りにご迷惑が掛かってしまうので、妹をからかうのはこれくらいにしておく。
「……ん?」
今、一瞬だけチラっと濡れ羽色の髪をした女が遠目に見えた気がしたが……。
多分、気のせいだろう。
「
「はーい」
「うっす」
旅程を気にしている母が呼びにきたので、
そびえ立っている漆黒のダンジョンモノリスを目印にプチ城塞都市みたいな壁に囲われた町を幾つも経由しながら、一路東へ。
―――――
「ほらほらヒロくん、早く観光船に乗ろうよ!」
「嫌だ、絶対に断る!」
2日掛けてやってきたオホーツク海に面した
世界遺産
でも、船舶恐怖症には勝てないの……。
「
全ての元凶である釣りバカ
こっちの世界の俺も、小学生の時に無理矢理漁船に乗せられたせいで死ぬまで忘れられないトラウマを抱えていたらしい。
「マスターは自衛隊の海上艦艇で散々な目に
そもそも北方四島巡りを旅程に加えていなかったことで察して欲しかった。
説明するのをすっかり忘れていたけど、こっちの世界の北方領土は東西冷戦が終わって100層の壁が敷かれた時に沖縄と一緒に本土返還されている。
そんで樺太は元の世界と同じく、ロシア領のままだな。
「もういいでしょ。兄さんだけここに置いてみんなで楽しもうよ」
「そうだね、そうしよっか」
白波を起こして旅立つ観光船を見送った俺と人形達はポツンと港に残された。
「参号も着いて行けばよかったのに」
「あほなあるじ、サンだってくうきはよめるぞ。かんこうよりも、もっとだいじなようじがあるのだ」
そう言ってロリロリドラ娘は俺の後方に視線を向ける。
するとその先には、濡れ羽色の髪色をした京美人――
服装はいつもの和装ではなく冬用の厚着をしているが、布を巻いて隠した神器の槍と盾を所持しているのは見て取れる。
「お久しぶりどす、ヒロシはん。偶然にもこないな北の果てで会えるなんて、ホンマに嬉しおすなぁ」
俺の肆号は視野が広いから、ちょっとでも視界に入れば個人の特定は容易だ。
だからこの出会いが偶然ではないことは俺達の共通認識。
先ほど船に乗りたくないとゴネたのもわざと……ってわけでもないが、こうして一人になる機会を作りたかったのは事実である。
「札幌からずっとストーカーしておいてよく言うぜ。俺が気付いていないとでも思っていたのか?」
なんか行く先々で伊佐那美っぽい人影が見切れている感じがしたもん。
もうわざとやっているんじゃないかと思うくらい堂々としていたぞ。
「那美様に課せられた接近禁止令は解かれていないはずですが、那岐様にはどう弁明するおつもりなのでしょうね」
「たまたまウチの行く先々にヒロシはんがおっただけ。そうと違いませんか?」
「まぁいい。そんで、お前は何の用事で北海道まで?」
俺が尋ねると、伊佐那美は内心の腹黒さを覆い隠す上品な笑みを浮かべた。
「ウチらはな、【
【八咫烏】は雑魚モンスター化した
「それでやることがストーカーかよ」
「聞いたで、結婚したんやってな。ウチ以外の女と……」
「芽があるなんて欠片も思っていない癖によく言うぜ」
「ヒロシはんは式も挙げんといて、お嫁はんが可哀想やとは思わへんの?」
「式を挙げたらお前を招待しなきゃいけなくなるだろうが」
「相も変わらず、えげつない人。女性を傷付けて心が痛まないんやろうか」
「その言葉、そっくりそのままお前に返してやるよ」
俺と伊佐那美が互いに皮肉を言いながら睨み合っていると、壱号が割って入った。
「このような寒い港で立ち話をするくらいなら、落ち着いて話せる場所に移動しませんか?」
「確かにそれは言えてるな。肆号、俺のスマホで近くの喫茶店を探してくれ」
『ピピピ、付近に該当する店舗が五件あります。クチコミ評価の高い順から――』
「調べんでええ。ウチな、ヒロシはんを連れて行きたい場所があるんや。これから少し付き合うてくれしまへんか?」
「時間はあるから聞くだけ聞くが、それに付き合うとは限らないぞ」
「ヒロシはんなら絶対に付き合うてくれるはずや。だってウチが行こうとしてるのんは、かの有名な
伊佐那美のその言葉を聞いた弐号はハッとしたような表情を浮かべた。
「まさか、星崎聖夜か!」
今年の2月上旬に行われた東京地方裁判所の公開裁判。
弁護士の努力も虚しく有罪判決を受けた星崎聖夜は上告せず罪を受け入れた為、既に網走海上ダンジョンの人工島に収監されている。
「あの男の末路、あんさんも気になるやろ? 上級国民の権利使うて会いに行こうやないか」
「ちょーきになるのだ。これはいくしかないぞ、あるじ!」
うちのロリロリドラ娘はこれまでの旅程で一番興奮しているんじゃなかろうか。
まったく、悪趣味な幼女人形だ。
親の顔が見てみたいね。
「分かった分かった。言っておくが、それ以上は付き合わないからな」
「それでええ。後のことは車の中でゆっくり話しまひょか」
待機していたのか、黒塗りのリムジンが目の前に止まったので中に乗り込む。
目指すは車で西に真っ直ぐ1時間ほど進んだ先にある網走市だ。
はてさて、これからどうなることやら。