ようこそ鈴蘭のいる教室へ   作:catwillow

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Episode.Ⅱ

 

 

 

 教師が入ってきたことで、立っていた生徒達はそそくさと自席に座っていく。それを傍目に俺は教壇に立つこのクラスの担任なのだろう女性をじっと見つめる。

 

 ミルクベージュの髪はデコルテを隠す程度まで伸ばした上で緩く巻かれており、オフィスカジュアルの服装と垂れ目の容貌も相まって接しやすそうな女性という印象だ。

 

「B組の皆さん、入学おめでとうございます。私はBクラスを担当することになりました星之宮知恵です。養護教諭ですので保健室にいることが多いです。何かあった際は先に保健室の方へ来てください。また、本校には学年ごとのクラス替えはありませんので、卒業まで私があなたたちの担任を務めることになります。よろしくお願いしますね」

 

 その言葉に、主に男子生徒が色めきたつ。確かに彼女は美人だが、こいつら美人なら誰でもいいのか。俺はそんなことよりも『学年ごとのクラス替えが存在しない』という新たな情報に注目していた。椚ヶ丘の頃もクラス替えは存在しないようなものだったため目新しいものではなく、毎年人間関係を構築する手間がなく楽でいい。気の合う合わないはあるだろうが、その辺はどうとでもなるだろう。

 

「はい。では話を進めますね。今から一時間後に入学式のため、その前にこの学校独自のルールが記載されている冊子を配ります。以前入学案内と同封していたので見たことはあると思います」

 

 そう星之宮先生は告げて少ししてから前の生徒から冊子を手渡される。中身をさっと目を通したが、入学前に届いた物と内容は全く変更はなし。

 

 在学中は公式大会など特例を除き一切の外出および連絡が禁止されること。そして、その制限は家族にまで及ぶ。その分生徒にあらゆるストレスを感じさせないよう60万平米の敷地面積を使って小さな都市を形成。不便や閉塞感がないように工夫されている。

 

 大体目を通したと判断したのだろう星之宮先生は説明を再開した。

 

「皆さん凡そ目を通したと判断し次の説明に移るのですが、その前にこちらの学生証カードを配りますね。再発行は可能ですが大切なものとなりますので大切に保管しておいてください」

 

 そう言いながら配られたのは、どこの学校にもあるだろう何の変哲のない一見普通の学生証。そう。一見は。この学校にはもう一つ、特徴がある。

 

 それが、通称『Sシステム』だ。

 

「今配布した学生証は、敷地内にある施設の利用や、売店での商品の購入の際に利用します。要はクレジットカードですね。当然、それらにはポイントが必要ですので注意してください。そして、学校内でこのポイントで買えないものはありません。本校の敷地内にあるものでしたら何でも購入することが可能です」

 

 冊子に記載されている通りの説明だな、とくるりとペンを回す。学校側で監視をできる形にしたのは盗難などのトラブル防止・抑止が目的なのだろう。近未来的なシステムなのは俺が専門にしているのが情報工学系なこともあって惹かれるものがある。

 

「施設ではこの学生証を専用機器に翳すか、提示することで利用することが可能です。それから、ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれます。あなたたち全員には最初、10万ポイントが支給されており、1ポイントは1円の価値があること把握しておいてください」

 

 星之宮先生の言葉にクラスはどよめく。当然だろう。10万円という大金を支給されたということなのだから驚くなと言われる方が難しい。俺は正直生まれと経歴のせいで一般高校生のお小遣いの相場は全く知らないが、新卒社会人の手取りの中央値は18万円ほどであり一人暮らしだとここから家賃、食費水道光熱費、通信費を差っ引くと10万は消える。となれば、学校で授業を受けるだけで多くの新卒社会人の一ヶ月の手取りより貰えたことになる。

 

(そんな美味い話あるか?というか単純計算このSシステムだけで6億円弱費やされてるんだけど……質問時間設けられたらそのタイミングで聞いてみるか)

 

 こういう懸念事項は早く潰すに限る、と一旦結論づけてから同じような疑問を抱いている生徒が居ないか探す。だが、大小あれど皆10万円という額の大きさに驚きや困惑を隠せていない様子で、他のことに疑問を抱く余裕はなさそうに見えた。烏間さんが最初に報酬は100憶って言った時に似てるかもしれない。あの時も真っ先に思い浮かぶであろう疑問は吹き飛んでいたし。

 

 唯一隣の神崎は驚いていなかったが、これは俺のような疑り深いという訳ではなく、神崎の生活水準としてはさしたる額ではないからだろう。というのも、さっきの神崎の話を聞いて思い出したのだが、父の話の中で知り合いに大企業の代表を務めている神崎という苗字の男が出てきた記憶がある。推測だが神崎はその子息なのだろう。

 

 そんな俺の疑問を知ってか知らずか、星之宮先生は「ふふ」と小さく笑みを零して説明を続けた。

 

「皆さんポイントの支給額に驚いたみたいですが、この学校は実力で生徒を測ります。入学を果たした時点で本校はあなた達にはそれだけの価値と将来性があると評価したということです。このポイントは卒業した際に全て本校が回収するので、現金化はできません。また、振り込まれたポイントは使い方は自由ですし譲渡もできますが、譲渡の際は必ず双方合意の上で行ってください。ポイントの強要含めいじめ問題、犯罪行為には本校は厳正に処罰を下します」

 

 回収したポイントは次年度に繰越すのだろう、とこれに関しては仮定するが卒業したあとのポイントの行方は関係のない話だから考えても仕方がない。それより、譲渡はできるのか。これは少なからずトラブルを引き起こしそうなものだけどどういう意図で可能にしたのだろう。

 

 それよりも、だ。ずっと気になっていたのだが、この担任。

 

(なんでわざと疑問の余地を残すような、どうとでも解釈できるような説明をするんだ?)

 

 しかも、こっちが気になった箇所に限って波長が不自然に揺らいでる。あと隠せてるつもりなんだろうけど微細な変化を隠せてない。これじゃ何かありますって言ってるようなものだ。

 

 さて、ではここで改めて疑問を整理してみるとしよう。

 

 一つ、「学年ごとのクラス替えは存在しない」。これは考えすぎの可能性もあるから考慮しておこうくらいだが、言葉遊びをするなら『学年ごとでないクラス替えなら存在する』と解釈することもできる。つまり、学年ごとのクラス替えはないが何らかの理由でクラスが変更になることはあると考えることもできる。

 

 二つ、「学校内でこのポイントで買えないものはない。本校の敷地内にあるものだったら何でも購入することが可能」。これはどこからどこまでの範囲を指すのかがあまりに不明瞭だ。一例を挙げれば、内申をポイントで買うなんてこともできるということになってしまう。

 

 三つ、「ポイントは毎月1日に自動的に振り込まれる」。いくら振り込まれるのかが明らかにされていない。ということは毎月の金額は固定ではない可能性が高い。さて、これは四つ目で絡めて考えよう。

 

 四つ。「この学校は実力で生徒を測る。入学を果たした時点で高育は俺たちにそれだけの価値と将来性があると評価した」。つまり、今手元にある10万ポイントはあくまで入学を果たした俺たちに対する報酬であると考えられる。そして、高育は実力で生徒を測るということは、毎月のポイントは何らかの結果を考慮した上で毎月のポイントを増減する可能性が出てくる。

 

 これらは今の段階では憶測に過ぎない。であるなら今問うべきものは───。

 

「では、質問を受け付けます」

 

 その星之宮先生の言葉に俺は手を挙げる。星之宮先生は座席表にちらりと視線を移してから「はい、逢坂君」と俺に質問時間を設けた。

 

「ありがとうございます。では早速なのですが、毎月振り込まれるというポイントに関してなのですが、これは毎月10万ポイント頂けるということでしょうか」

「……本校は実力で生徒を測ります。それは勉学、部活動に限りません。それらでの成績を考慮してボーナスという形でポイントが支給されることもあれば、高校生でも募集可能なアルバイトで増やすことも可能です。一方で、本校の生徒として相応しくない振る舞いをすれば没収することも有り得ます」

 

 今、微かに身体を硬直させたな。波長も露骨に乱れた。ついでにずっと維持してた笑みも一瞬崩れた。驚き、動揺、警戒、あとは興奮と興味、喜びなどなど。前三つは理解するが後ろ三つはなんだよ怖いわ。私情だろうか。

 

 まあそんなことは今どうだっていい。回答を曖昧にしたということはつまるところ、立場上言えないということだろう。なら、これに関してはこれ以上は引き出せないな。その中で考察を組み立てるなら、ポイントの増減があることは確定したと見ていいだろう。じゃあ、次の質問だ。

 

「ありがとうございます。では、二つ目なのですが、星之宮先生は先程『学校内でこのポイントで買えないものはない。本校の敷地内にあるものだったら何でも購入することが可能』と仰いましたが、これは言葉通りの認識で宜しいですか?」

「……えぇ。そうなります」

 

 予想外の質問が続いたからか露骨に視線が泳ぎ出したな。声色も強ばってるし警戒の色が目に乗っている。まあ、これは質問と言うよりは確認だが聞きたいことは聞けたか。ついでだ。もう一つだけ聞いておこう。

 

「最後に一つ、宜しいですか?」

「……どうぞ」

 

 めっちゃ警戒されてら。同じくらい興味持たれてるけど。でも表に露骨に出てないのは流石かな。比較対象が超生物だったり理事長だったり人力チートだったりビッチだったりするだけでこの人はちゃんと優秀な教師だ。というか器用な人だな。警戒をしつつも興味津々だとは。怖いもの見たさだろうか。

 

「生徒の実力を測るというのは個人単位ですか?組織単位ですか?」

 

 実力実力というが、俺としてはこれもかなりアバウトというか曖昧だと思っている。学力だけでないことは先程言質が取れている。となれば、その範囲は何処まで及ぶのか。そういう意図での質問だ。それに星之宮先生は個人の実力とは口にしていなかった。

 

「……個人の実力というのは何も学力や部活動の成績に限りません。コミュニケーション能力や協調性など社会で必要となるものも学校は測ります」

 

 とどのつまり、組織単位でも生徒を測ることがあるということだ。でなければコミュニケーション能力や協調性は測れない。クラス単位と言い換えるとより納得がいく。なるほど、毎月振り込まれるポイントは個人の行動ひとつで他人にも影響するという認識で合ってるだろう。連帯責任という言葉が頭に浮かんだ。

 

 よし、とりあえず聞きたいことは聞けたし、俺の行動指針も決定したな。

 

「お時間頂いた上丁寧に対応していただきありがとうございました」

「教師の務めですから……」

 

 なんか疲れてる気がするけど気のせいだろう。俺質問しただけだし。急務は今ある推測だったりの不確定情報を確実な情報にしてクラスに持ち帰ることかな。方針が決まった途端、そのための行動が無数に頭に浮かんでくる。

 

 その間に星之宮先生は入学式の前に呼びに来ますと告げて退出した。さてはてどうしようか、なんて思考を巡らせていると、聞き慣れた声が鼓膜を打った。

 

「皆。少し時間貰ってもいいかな?」

「どしたの?」

 

 帆波のその問いかけに、なんだなんだと皆が注目していく。そのうち、長い髪を高い位置で纏めポニーテールにした女子生徒が興味を示している。

 

「これから三年間同じクラスで過ごす上でお互いのことを知るのは早い方がいいと思うの。だからこの時間を使って自己紹介したいんだけど、どうかな」

「いいじゃん!しようしよう」

 

 ポニーテールの女子生徒は帆波の案を称えた上で同調するように言う。ああやって乗っかってくれる人が一人いるとやりやすいよな、とその女子生徒へ小さく笑みを零す帆波を見て思う。それにしても、あのポニーテールの女子生徒のような天然でしてるにしろ考えてしてるにしろ音頭を取った後に着いて来てくれる役がいるのは物事がより円滑に進む。

 

(いい立ち回りしてくれるなぁ)

 

 そして、一人賛成した者が出たからか出ると二人三人と賛同する者が続いていく。同調圧力というやつだ。言い換えれば空気を読む。とりわけ日本の組織ではその力は強く働く。その心理としてはマイノリティになりたくないという一種の強迫観念があるのだろう。

 

「皆ありがとう。じゃあまずは提案した私からするね。そのあと窓際の一番後ろから順にお願いしていいかな?」

 

 どうやら二番目らしい。名簿順と言ってもお互いの名前すら知らない今の段階だとそれが一番合理的だよなと思いつつ、帆波を見ればそこに俺に対する信頼が乗っているのが伝わってきた。それが自意識過剰でなければいいなと祈りながら俺は帆波の自己紹介に耳を傾けた。

 

「私は一之瀬帆波と言います。中学では生徒会に入っていたので高校でも入ろうかなと思ってます。クラスや学年の垣根を超えて皆と仲良くできたらいいなと思ってます。よろしくお願いします」

 

 ふむ。生徒会、生徒会かぁ。ここまで来たら生徒会だけ至って普通なんてこともない気がするし入って利があるなら俺も入ろうか、なんてことを考えながら自分の番のため席を立つ。

 

「逢坂涼です。趣味らしい趣味は無いですが広く楽しむ方です。おすすめあれば教えてください。特技はバスケとゲーム、特にチェスかな?身体を動かすのが好きなので暇が合えば一緒に何かしましょう。どうぞよろしく」

 

 最後にそう言って軽くお辞儀をして座ると、帆波と同じようにクラスからは拍手が起こる。クラスは自然と帆波を中心として纏まるのだろうが、何かあった時に発言力を強める為にも信頼関係は築いておきたい。

 

 そんなことを考えながら、俺はクラスメイト一人一人の情報を頭に記憶していくのだった。

 

 

 

 

 

   ◇◆◇

 

 

 

 

 

(11時か。思ったより終わるの早かったな……)

 

 放課後、俺は右腕に着けた腕時計を見て立ち上がる。今日は入学式とガイダンスのみだったため午前中で解散となった。学生鞄を肩にかけると同時に、「涼くん」と名を呼ばれてそちらを向く。

 

「涼くんこの後どうする?」

「もう少し先生に聞きたいことがあるから職員室に行ってくる。帆波は?」

「皆とおしゃべりしないかって話になったんだけど、それなら仕方ないね」

「ごめん」

「ううん。気にしないで。また埋め合わせしてね」

「もちろん」

 

 多分、帆波の後方でこちらを見てる面々が参加するメンバーなのだろう。俺は胸の前で手を合わせて謝る。そして、許してくれた上でちゃっかり約束を取り付ける帆波に俺は頷く。

 

「じゃあ、また。楽しんで」

「うん。ありがと。またあとで」

 

 そうして帆波と別れ教室を出た俺は一階にある職員室へと向かう、その前にこの校舎内の把握をするため歩き出した。

 

 そして、見た目通りの広い校舎内を一時間かけて二階から四階───ついでに屋上───まで上がり、観察に費やしたことでいくつか分かったことがある。どうやらこの校舎、一階に職員室とカフェ『パレット』、食堂があり、二階から授業を行う教室になっているようだ。ちなみに、二階が一年、三階が二年、四階が三年となっているようだ。

 

 とはいえ、これはついでに把握しておきたかったものに過ぎない。というのも俺が知りたかったのは別にある。

 

(……いくらなんでも監視カメラが異常すぎる。敷地内全てがここと同じならちょっと自分の足で把握するのは時間が掛かりすぎるな)

 

 そう。普通では考えられない場所に監視カメラが設置されているのだ。各教室には死角ができないよう天井の二箇所に設置され死角がない状態になっている。無い場所といえば、廊下と更衣室、トイレくらいだろうか。更衣室とトイレに関しては当然男子の方しか見ていないが、ここは女子も同様だろう。

 

 そもそも、校舎内にこれだけ設置する意図は何なのか。思いつく範囲で挙げるなら、一つは防犯。もう一つは監視。あとは───。

 

(───観察)

 

 ふと、昔の記憶が蘇った。真っ白で無機質な部屋に立つ年端もいかない真っ白な服を着て拳銃を持った少年と相対する五人の少年たち。そして、それをカメラ越しに観察する白衣を着た男とスーツを身につけた男。

 

(…………あー、くそ。嫌なこと思い出した)

 

 真っ白な服に飛んだ墨汁のように、一度こびり付いた記憶というのは離れず厄介だなと思いながら、深く溜息を吐いて思考を戻す。

 

 防犯や監視だけなら考えることが少なくてありがたいが、観察の側面があるのだとしたら何の為に観察しているのか。あらゆる可能性を考慮し、起こりうる未来を弾き出していく。

 

(行動を記録するため…………ん?)

 

 不意に、視界の端に写った物に視線が吸い寄せられた。そこにあったのは普通の自動販売機。だが、その一角、水の値段がおかしい事に気づいた。

 

(0円?…………あ)

 

 その時、バラバラだったピースが頭の中で組み上がるのを俺は感じた。さて、今一度これまでの記憶を思い返してみよう。

 

 『生徒を実力で測る』、『勉学、部活動に限らない』。そして、『本校の生徒として相応しくない行動を取った者には没収することも有り得る』という説明。なんで三つ目の説明を一時的でも『校則に違反した者にはポイントの没収措置を行う』と解釈したのだと自分を責めたい思いだ。勿論そういった措置もあるのだろうが、最後の説明はこう言い換えて考えてみるとどうだろう。

 

(『本校の生徒として規範的、模範的でない行動を取る者は減点する』、と)

 

 そして、先生は組織単位での実力の評価の有無を肯定も否定もしなかった。あとは教室にある四つの監視カメラ。これらから考えられる可能性。結論。

 

(生徒の授業態度や生活態度は監視カメラによって記録され、減点対象となる行動はポイントに繋がり、それはクラス全員に影響する。下限は0、か?)

 

 であるなら、あの自動販売機の0円の水のようなものがあるのも納得がいく。そして、恐らくは、最低限の生活ができるよう、それ相応の救済措置が他にもあると考えておいた方がいいかもしれない。ここは要注意だな。

 

 ここまでが俺が気になっていたことに対する仮説だ。

 

 そして、思わぬ収穫としてもう一つ重要になってくるだろう発見があった。それは、二年生にも三年生にも、机の足りない教室があったということだ。

 

 これは明らかにおかしい。ここ数年は毎年入学者数はきっちり160人であり、AからDの四クラスだったら一クラスの人数は40人でなければ合わなくなってしまう。机がないということはそもそも在籍していない、言い換えれば退学になっているということになるが、それが先生の言ったいじめ問題などの犯罪行為なのだとしたら治安が悪すぎる。

 

 そして、もう一つ不可解なのは、席が足りないのはどちらも学年もDクラスだったことであり、そのクラスはどちらの学年も絶望や諦観など悲観的な感情が渦巻いていたということ。だが、こういった傾向はDに最も多く、Cクラス、Bクラス、Aクラスとそういった人物は少なくなっていた。もっと言うならAクラスには観測した範囲ではいなかった。

 

 一方で、Aに近いほど見て取れたのが、自信の強さだった。自信とは、己のできることが増えていくほどより強固になり、密度は増していく。そして、そういう人物は得てして優秀であることが多い。椚ヶ丘でも、A組にいる面々は優秀揃いだったから。まあ、例外もいるだろうが。ならば、ここからも一つの仮説が立てられる。

 

(『各クラス間で明確に能力差が存在する。そして、その能力はDが最も低くAが最も高い階段状になっている』)

 

 というもの。であれば、これは俺たちの学年にも同様のことが言える可能性が極めて高い。加えて、先生はこんな説明をしていた。

 

───学年ごとのクラス替えは存在しない。

 

 疑問だったこの説明は、ここに関係してくるのではないだろうか。もし関係しているのであれば、また一つ仮説ができる。

 

(『クラス間の実力差を明確にする競走のような何かがあり、その結果次第で都度クラス変動は起こり得る』)

 

 まだ憶測に近いこれらの仮説をできれば今日中に検証したいが、これは立場がある教師ではなく、情報は持っていても話す話さないに制約のない上級生に対して行いたい。立場の拘束力というのは烏間を見ているとよく分かった。それに、まだ高校生という多感な時期の少年少女であればいくらでもやりようはある。

 

 と、思索に耽っている間にいつの間にか職員室まで着いていたようだ。目的の人物である担任の星之宮先生を呼ぼうと扉をノックしようとした時、丁度よく扉が開いた。

 

「あら?どうしたの〜逢坂君。まだ何か聞きたいことでもあるの?」

 

 あれ。目的の人物のはずなのに随分印象が違うな。なんというか、どことなく緩い気がする。というか接し方が先生という感じがしない。

 

「えっと。なんかガイダンスの時と印象が違いますね?」

「あなた達一年生にとって大事な日だからね〜。そんな日に初めて会う先生が気が緩んでそうな態度だったら不安でしょ?大丈夫かこの先生って」

「まあ、そうですね」

「ただ、素はこっちだから明日からはこっちになるよ。慣れてね〜」

 

 めんどくせぇなこの教師。フランク過ぎて距離感が分からない。もういいや他人行儀でいこう。てか物理的な距離感が近い。

 

「今お時間大丈夫ですか?いくつか聞きたいことがあって」

「大丈夫よ〜。じゃあ生徒指導室行こっか」

「はい」

 

 星之宮先生について行き生徒指導室へ二人して入った所で、後ろでカチャ、という音が聞こえてきて思わず眉をひそめて振り返る。そこには、いい笑顔をした星之宮先生がこちらを見ていた。

 

「なぁに〜?」

「いえ。鍵を閉める必要はあるのかなと」

「あるわよ。だって部外者に聞かれたくないでしょ?それとも、ナニか想像しちゃったのかなぁ?」

「貴女教師ですよね。しかも養護教諭。発言には気をつけてもらっていいですか。あと年増は趣味じゃないです」

「はぁ?!年増じゃないし!まだ20代だから!」

 

 気にしてるのか、と思いつつ星之宮先生の主張は無視して椅子の横に向かう。

 

「じゃあ、質問いいですか」

「ちょっと生意気じゃな〜い?ま、いいけどさ〜……で、聞きたいことって?」

 

 星之宮先生が座ったのを見てから俺も席に着く。そして、俺は質問を口にした。

 

「まず、敷地内で購入できるものに、内申のような学校の評価に関わるものは含まれますか?」

「……可能よ」

「では例えばですが、退学に関する権利はいくらですか?」

「───ッ!」

「なるほど。買うことは可能な訳ですね。ありがとうございます」

「…………驚いたのを見せた時点で詰んでる、か。あなた、本当はもう全部分かってるでしょ?」

 

 俺が注視していたのが自らの反応だということを悟ったのだろう。前髪をかきあげた星之宮先生は足を組み替えた。それやめろ。見えそうなんだよ正面だから。

 

「さあ?まだ分からないことだらけですよ」

「つまり、貴方はこの学校の仕組みに対して疑問を抱いてるってこと。あとは答えを探す段階にあなたは入ってる……まさかBクラスにここまでの子がいるのは予想外だったわ」

 

 まさかBクラスに、という言葉は何か作為的な意図をもってクラス分けをしていなければ出てこない発言だろう。となれば、俺の考察はまた一つ当たっていることになる。

 

「やはりクラスは実力順。入学時の優秀度順ですか」

「……もう驚かないわよ。どこで知ったの?」

「ここに来るまでの一時間でこの校舎内を見て回ってたんですけどね。Aクラスは自信や優越感に満ちているのに対して、B、C、Dと自信は伺えず、反対に諦念や、敗北感、人によっては絶望を浮かべた陰鬱な表情を浮かべる人が増えました。だから推測したんです」

 

 この学校は実力によってクラスが決まっており、Aに近いほど優秀なのではないか、と。とはいえ、断定はできない。もし仮に学力以外も含めた総合力なのだとしたら逆転なんて起こらないはずだ。無論、Aクラスがそれほどまでに優秀な生徒の集まりという線もなくはないが、もしそうだとしたらかなり厄介であり外れて欲しい予想だ。

 

 その俺の言葉に星之宮は何かを思い出したかのように口を開いた。

 

「ふぅん……そういえば貴方、出身中学は椚ヶ丘だったっけ?」

「?はい。そうですが……ああ、確かに似ていたのもありますね。あの学校もクラスは学力順とされていましたから」

 

 椚ヶ丘───というより浅野理事長だが───はE組の制度と差別を良しとする教育方針及び金に目を曇らせE組の生徒たちを危険に晒したとして連日報道で大バッシングされ批判が止まなかったからそれで知っているのだろう。本当、アレは唾棄すべき邪悪だと今も思う。

 

「……ごめんなさい。退学に関する権利に関しては教師からは答えられないの。そういう規則だから」

「分かりました。では、ポイントの増減に関しても同様ですか?」

「えぇ。ごめんなさい」

「いえ。元々公僕が規則から逸脱することはできないと思っていたので想定内です。それに、ある事が分かればあとはどうとでもできるので。では僕が聞きたいのは終わ……いや、最後に三ついいですか?」

「いいよ〜」

「一つは各部活動の活動場所と部長の名前とクラス、もう一つは生徒会へ入る方法を教えてください」

「そんなものでいいの?」

「はい」

 

 拍子抜けといった様子だが、俺にとっては重要事項だ。前者については、Sシステムはポイントの譲渡をよしとしているとなれば、 あるはずだ。ポイントを賭けた勝負事、賭博が。あとは俺の得意分野なら上手く行けば金策ができる。後者は、内申とか、生徒会でしか扱えない情報とか下心を挙げたらいくらでもある。勿論、所属することになれば責任は果たすつもりだが。

 

「前者は個人的な目的のため。後者は、興味です」

「ふぅん……?」

「なんですか」

「なんでも〜?じゃあ、部活動の方は後で逢坂君の携帯に送るね。で、生徒会に関しては、一般的な選考方法だと、明日の説明会終了後にまずは担任の教師に申し込み用紙、言い換えればエントリーシート的なものになるのだけれど、これを貰いに来てください。それを担任の教師に提出した後は生徒会側で書類選考が行われ、そこを通過すれば生徒会長との面接を行います。そのあと採用するかしないかを生徒会長が判断し結果を面接後直接伝えられる、そんな流れになります」

 

 聞いている限り就活活動に近い形式といったところか。

 

「で、特殊な選考方法に関しては、生徒会役員からの推薦といった方法になります……そんな感じでいいかしらね」

「はい」

 

 校舎の選考方法に関しては生徒会役員とのコンタクトが必須になってくる形か。倍率は低いだろうがその分難易度はけた違いだろう。問題なくこちらの要求通りの情報が手に入ったことに内心で満足していると、星之宮先生から声がかかる。

 

「それで、三つ目は?」

「今日の説明で今手元にある10万ポイントは入学した時点での評価なんですよね?」

「そうね」

「そして、勉学や部活動で優秀な成績を残した者にはボーナスという形でポイントが支給されることも間違いないですか?」

「有り得ることではある、とだけ言っておくわ」

 

 なら、やってみるだけの価値はあるな、と俺は交渉に乗り出した。

 

「なら、入学試験の首席としてはポイントのボーナスが欲しいですね」

「……それは、予想?」

「いえ、事実です。あの試験で僕が点を取りこぼすことはないので」

「すっごい自信。でも合ってるから何も言えないのがなんか悔しい。先生としては」

 

 入学試験の結果は生徒は知らない。だが、殺せんせーにありと大学受験でも困らないくらいの演習量をこなしあらゆる解放を仕込んだ身としてはそれを駆使すれば点を取り零すことはない。

 

「で、いくら欲しいの?」

「ふっかけていいんですか?決まってるものだと思ってたんですけど」

「駄目に決まってるでしょ。通るとは思うけど、こんなこと言ってきた子が過去にいないから上と掛け合う必要がある。だから振込みは今日の夕方以降になると思う。それから値段に関しても上が決めるけれどいいかな?」

「勿論。無茶言ってすみません」

 

 何とか検討へは持ち込むことはできた。あとは学校側の判断に任せるとしよう。これは交渉という名の強請りだ。これ以上の要求は通らないだろう。

 

「お時間いただきありがとうございました」

「待って」

 

 立ち上がろうとした俺に、星之宮先生は制止した。

 

「私からも質問させて?」

「何でしょうか」

「君は、Aクラスを目指すの?」

 

 その問い、その声色には、何処か期待のようなものが乗っているように感じられた。俺はじっと星之宮先生の目を見据えて応えた。

 

「Aクラスには興味はないです……ただ、そうですね。僕、負けるの嫌いなんですよ。だから。負けない程度には頑張るかもしれません。まあ、これは私情なのでどうなるかはクラスの皆次第ですかね」

 

 それだけ言って俺は今度こそ立ち上がった。

 

「そっか……頑張ってね、逢坂君」

「……はい。失礼します」

 

 立ち上がった俺に、星之宮先生はそんな激励をしてくれた。真剣さの乗った声色で紡がれたその言葉は、何処か、今後自分たちに何かが起こるのではないかという漠然とした不穏なものを感じざるをえなかった。

 

 

 

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