アモン・ラーとイシスの剣   作:コシャリは食べに行った

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早めに上がった。はい一丁!!

感想よろです。
なお主人公が神を殺すまでルクソールが舞台となります。ある程度調べてはいますが間違ってるよという場所があったら感想などで教えてください。緋弾のアリア曰くビジャブはファッションでつけない人もいるらしいのでネフェルはつけません。イスラムではないしね。


夜のホテルと朝ごはん

 「……あの、ネフェルさん。これ、何かの間違いだよね?」

 「何がよ。フロントで鍵はちゃんと受け取ったでしょ。302号室」

 「いや、鍵の番号の話じゃなくて……ベッドの数の話でもなくて」

 

 ルクソールの中心街にある、お世辞にも高級とは言えない格安ホテルの302号室。

 ドアを開けた俺こと来井耀は、部屋の真ん中で完全にフリーズしていた。

 

 そこは、こぢんまりとしたツインルームだった。

 年季の入った木製のベッドが二つ、申し訳程度に並んでいる。窓の外からは、夜になっても衰えない街の喧騒と、車のクラクションの音が薄いガラス越しに響いていた。

 

 問題は、ベッドの数でも、部屋の狭さでもない。

 

 「どうして、俺とネフェルが同じ部屋なのかな!?」

 「はぁ? 何を大声を上げてるのよ、近所迷惑でしょ」

 

 ネフェルは俺の動揺などどこ吹く風で、大きなバックパックをどさりと床に下ろした。そして、頭に被っていた麦わら帽子を乱暴に脱ぎ捨てる。

 帽子から解放された艶やかな黒髪が、夜の闇を溶かしたようにさらりと彼女の背中に広がった。昼間のトゲトゲした雰囲気から一転して、どこか大人びた少女の素顔が覗く。

 

 「格安の個人ツアーなんだから、経費削減のために部屋がシェアになるのは当然でしょ。それとも何か? あなた、私と同じ部屋だと夜中に狼に変身しちゃうタイプなわけ?」

 「変身しないよ! 狼男の血は混ざってない! ……そうじゃなくて、ネフェルは女の子だし、俺は一応男だし、その、いろいろ問題があるだろ!?」

 「問題? 何の?」

 

 ネフェルは小首を傾げ、本気で理解できないというように琥珀色の瞳を瞬かせた。

 

 「あのね、平和ボケ。私は現地の厳しい訓練を受けてきた身よ。そこらの軟弱な男よりよっぽど強いんだから。もしあなたが変な気を起こしたら、その瞬間に首の骨を折ってナイル川に沈めてあげるわ。だから、私はなーんにも心配してないの」

 「いや、護身的な意味じゃなくて、マナーとか気恥ずかしさの話でさ……」

 

 へらへと曖昧に笑うしかない俺を置いて、ネフェルは「あー、暑かった」と呟きながら、白いリネンの衣服のボタンに手をかけた。

 

 「あ、ちょっと!? 何脱ごうとしてるの!?」

 「何って、シャワー浴びるのよ。昼間の砂と汗を洗い流さないと、気持ち悪くて眠れないでしょ。……まさか、覗く気?」

 「覗かない! 絶対に見ない!」

 「それはそれで失礼ね!!」

 

 俺は慌てて後ろを向き、壁に向かって直立不動の姿勢を取った。

 背後から、衣類が擦れる衣擦れの音と、ネフェルがバスルームへ入っていく足音が聞こえる。続いて、ジャーという水音が響き渡り、俺は生きた心地がしないまま、ベッドの端っこに腰掛けた。

 

 (……エジプトの女の子って、みんなこんなに逞しいんだろうか……)

 

 いや、ネフェルが特別に肝が据わっているだけだろう。昼間、市場で彼女が見せた観光ガイドらしからぬ鋭い観察眼。彼女がただのアルバイト少女ではないことは、鈍感な俺でも察しがついていた。

 

 

 三十分ほどして、バスルームのドアが開いた。

 

 「ふぅ、さっぱりした。はい、次あなたのご自慢のドロドロのTシャツを洗ってきなさい」

 「あ、うん。ありがと……うわっ」

 

 振り返った俺は、思わず息を詰まらせた。

 湯気の中から現れたネフェルは、タンクトップに短いハーフパンツという、極めてラフな格好をしていた。濡れた黒髪を白いタオルで無造作に拭きながら、潤んだ琥珀色の瞳で俺を見ている。

 

 昼間の凛とした姿も綺麗だったが、こうして年相応の少女らしい無防備な姿を見せられると、健全な男子大学生としては目のやり場に困る。

 

 「……何よ。人の顔をジロジロ見て」

 「い、いや! なんでもない! シャワー、借りるね!」

 

 俺は逃げるようにバスルームへと駆け込んだ。

 

 熱いシャワーを浴び、泥と汗を綺麗に洗い流す。鏡に映った自分の顔は、昼間の日差しで少し赤くなっていた。

 

 服を着替え、部屋に戻ると、ネフェルはすでに自分のベッドに寝転がり、タブレットを真剣な顔で見つめていた。画面の青白い光が、彼女の美しい横顔を照らしている。

 

 「ねえ、ネフェル」

 「何よ。私は今、明日のルートの確認で忙しいんだけど」

 

 俺は自分のベッドに腰掛け、首元からラピスラズリのメダリオンを取り出した。

 

 「昼間、このメダリオンのこと『古い魔道具の気配がする』って言ってたよね。それってどういう意味?」

 「……そのままの意味よ」

 

 ネフェルは端末から視線を外し、俺の持つメダリオンをじっと見つめた。

 

 「エジプトにはね、何千年も前から積み重ねられてきた『土地の残滓』があるの。それは文字通りの歴史でもあるし、かつてこの地を統治していた神々の残り香でもある。あなたのそのメダリオンには、その残り香が奇妙なほど濃く染み付いているわ。……普通、ただの一般人が持っていていいものじゃない」

 「じいさん、考古学者だったから。世界中の遺跡を飛び回って、変なお土産ばかり持って帰ってくる人だったんだ」

 

 俺はメダリオンの表面を指でなぞった。中央のラピスラズリは、今は静かに冷え切っている。

 

 「じいさんは、いつも言ってくれたんだ。『本当に困ったとき、お前を助けてくれるお守りだ』って。……十年前、俺が全部を失ったときも、これだけは不思議と無傷で残ってた」

 「全部を失った……?」

 

 ネフェルが声を潜める。

 俺は苦笑しながら、自分の左胸に手を当てた。

 

 「大災害があったんだ。街が全部、赤黒い火の海に呑まれて……両親も、家も、全部燃えちゃった。あの時、子供だった俺だけが、何の価値もない俺だけが、奇跡みたいに無傷で生き残っちゃってさ。……だからかな。困っている誰かがいると、どうしても放っておけないんだ。他人のために身体を動かしてないと、自分が今ここに生きている言い訳が立たない気がして」

 

 重い空気にしたくなくて、俺は努めて明るいトーンで話した。へらりと、いつもの曖昧な笑みを浮かべる。

 

 だが、ネフェルは笑わなかった。

 彼女はベッドの上に起き上がると、まっすぐな、どこか怒りを孕んだ目で俺を射抜いた。

 

 「……バカね。やっぱり、あなたは大バカだわ」

 「え?」

 「生きていることに言い訳なんて必要ないわよ。そんな歪んだ理由で命を懸けるなんて、神様に対する冒涜よ。……いい、耀。明日の西岸である死者の街は、東岸とは比べ物にならないくらい危険で、理不尽が転がっている場所よ。今日みたいなお人好しを発動したら、本当に死ぬわよ」

 

 ネフェルはそう言い捨てると、バサリと毛布を被って俺に背を向けた。

 

 「さっさと寝なさい。明日は朝六時出発なんだから」

 「……うん。おやすみ、ネフェル」

 

 部屋の電気を消すと、暗闇の中に窓外の街灯の光が差し込んできた。

 隣のベッドから聞こえるネフェルの規則正しい寝息を聞きながら、俺はメダリオンをきつく握りしめ、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

 「ほら、起きなさい平和ボケ! 朝よ! 太陽が昇ったら出発するわよ!」

 「う、うーん……あと五分……」

 「あと五秒で起きないと、冷水を頭からぶっかけるわよ!」

 

 ネフェルの容赦のない脅し文句で、俺のルクソール二日目が始まった。

 時計を見ると、まだ午前五時半。窓の外は、夜の闇がゆっくりと薄い青色へと溶け出していく、黎明の時間帯だった。

 

 パジェロに乗り込み、ネフェルが連れてきてくれたのは、ナイル川のすぐ近くにある、地元の人々で賑わう早朝の青空市場だった。

 昼間の狂気じみた暑さに比べれば、朝の空気は驚くほどに涼しく、心地いい。川面から吹き抜ける風が、まだ眠い頭をすっきりと起こしてくれる。

 

 「エジプトの朝ごはんはね、世界で一番歴史が古くて、世界で一番パワーがつくのよ。ほら、あそこの屋台に座りなさい」

 

 ネフェルが案内してくれたのは、大きな金属製のツボのような容器ことキドラを囲んだ屋台だった。そこから、何とも言えない香ばしい、豆を煮込んだ食欲をそそる匂いが漂っている。

 

 「おじさん、いつものちょうだい!」

 

 ネフェルが手際よく注文すると、すぐに目の前の木製のテーブルに、いくつかの小皿と、ふっくらとした丸いパンが並べられた。

 

 「さあ、食べなさい。これがエジプトの伝統的な朝ごはん、『フル・ムダマス』と『タアメイヤ』よ」

 

 小皿の中には、茶色い豆がドロドロになるまで煮込まれ、オリーブオイルとクミンがたっぷりとかけられた料理が入っている。もう一つの皿には、緑色のハーブが混ざった、小さなコロッケのような揚げ物が乗っていた。

 

 「これ、どうやって食べるの?」

 「このパンを使うのよ。これは『アエーシ』って言うエジプトの伝統的なパンね。こうやって、手で半分にちぎって、中がポケットみたいに空洞になっているから……」

 

 ネフェルはお手本を示すように、アエーシをちぎって袋状にし、そこにスプーンでフル・ムダマスをすくい、さらにタアメイヤを指で押し潰しながら中に詰め込んだ。

 

 「こうして、サンドイッチみたいにして食べるの。ほら、やってみなさい」

 

 俺も真似をして、アエーシに豆の煮込みと揚げ物を詰め込み、大きく一口かじりついた。

 

 「……っ! 美味しい! 豆の旨味がすごく濃厚で、クミンのエキゾチックな香りが最高だ。この揚げ物も、外はカリカリなのに中はしっとりしてて、日本のコロッケとは全然違う!」

 「ふふん、でしょ? このタアメイヤはね、ソラマメをペーストにしてパセリやコリアンダーを混ぜて揚げたものよ。ヘルシーだけど食べ応えがあるの」

 

 ネフェルは満足そうにアエーシを齧りながら、自慢げに人差し指を立てた。ここからは、彼女の得意なエジプト解説タイムだ。

 

 「いい? この『フル・ムダマス』の歴史は、それこそ古代エジプトのファラオの時代まで遡るわ。一説には、ギザの三大ピラミッドを作った労働者たちも、毎朝この豆の煮込みを食べて、あの巨大な石を運ぶエネルギーにしていたって言われているのよ」

 「えっ、ピラミッドの労働者もこれを? すごいな……数千年前の人と同じ朝ごはんを食べてるんだ」

 「そうよ。エジプトの食文化は、数千年間ほとんど変わっていないの。それだけ、この土地の気候に最適化された完璧な食事ってこと。それから、そのパンの『アエーシ』っていう言葉、アラビア語でどういう意味か知ってる?」

 「うーん、パン?」

 「ブブー、ハズレ。正解はね、『命』あるいは『生活』よ」

 

 ネフェルは琥珀色の瞳をきらめかせながら、アエーシを愛おしそうに見つめた。

 

 「他のアラブ諸国では、パンのことを『ホブズ』って呼ぶのが普通なの。でも、エジプトだけは頑なに『アエーシ』って呼ぶわ。ナイル川の恵みによって育まれた小麦で作るパンは、エジプト人にとって生きることそのもの、命そのものだから。だから、エジプトではパンを絶対に粗末に扱わないし、地面に落ちていたら拾ってキスをして、神に感謝して高い場所に片付けるのよ」

 

 「パンが『命』か……。すごく素敵な考え方だね」

 

 俺がしみじみと言うと、ネフェルは少し照れくさそうに「まあ、ただの雑学よ」とカルカデをゴクリと飲んだ。

 

 「でも、本当にエネルギーが湧いてくる気がする。これで今日も一日、元気に観光できそうだ」

 「元気に観光、ねぇ……。さあ、食べ終えたら出発よ。ナイル川を渡るわ」

 

 

 朝食を終えた俺たちは、再びパジェロに乗り込んだ。

 ナイル川に架かる大きな橋へと車が進む。

 朝陽を浴びてキラキラと輝くナイル川の向こう側には、赤茶けた巨大な岩山が、まるで巨人の壁のようにそびえ立っていた。

 

 東岸の賑やかな街並みが、バックミラーの中でどんどん小さくなっていく。

 橋を渡りきった瞬間、周囲の空気が一変した。

 緑の樹木や建物の姿が消え失せ、視界のすべてが、何物をも寄せ付けない荒涼とした砂と岩の世界へと塗り替えられる。

 

 「ここから先が、西岸である死者の街よ」

 

 ネフェルの声から、さっきまでの和やかな雰囲気が完全に消えていた。

 彼女はギアをトップに入れ、岩山の狭間へと続く一本道を加速させていく。

 

 「王家の谷、ハトシェプスト女王葬祭殿、メムノンの巨像……。数々の王たちが、来世での復活を信じて眠りについた、呪いと祈りの土地。……耀、もう一度言っておくわ。何があっても、私の側を離れないこと。分かった?」

 「うん。分かってるよ」

 

 俺は助手席で、服の内側のメダリオンに触れた。

 ひんやりとした金属の感触。けれど、その奥で、何かが目覚めようとしているような鼓動を感じたのは、気のせいだっただろうか。

 

 パジェロは砂煙を上げながら、ファラオたちが眠る不毛の谷、王家の谷の深奥へと突き進んでいく。

 

 そこが、俺たちの日常の終わりの始まりの場所になるとは、この時の俺はまだ、思いもしなかったんだ。




次は明日投稿できたらいいなぁ
あと前話で出たコシャリですが、東京にもコシャリ食べれるお店があるので機会があれば是非食べてみてください。作者も観光のついでで食べにいきました。美味しかったです。

海外行ったことある?

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