メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ   作:ひのき

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 ふと、気がつくと美少女だった。

 

「…………え?」

 

 鏡に映る顔が困惑に歪む。

 

 紫色の長い髪、つり目がちな青い目、恐ろしいほどに整った愛らしい顔立ち。

 体には無駄な脂肪など一切なく、それどころか不健康的なほどに細く薄く。

 骨格も華奢で、今にも崩れてしまいそう。

 

「いや、メルトリリスじゃん。ちっちゃくなってるけど。幼女のメルトリリスだ」

 

 両手を頬に持ってきて、つねってみる。

 

 痛い。

 夢じゃない。

 

 でも、指先に伝わるはずの感覚がなかった。

 頬を触っているのに触れている指先の神経が麻痺しているかのように、何も感じない。

 触れられている頬の感覚も、痛みも弱い。

 指先ほど何も感じないわけじゃない。

 でも、手の感覚がおぼろげで力加減ができなくて、頬にはっきりと跡ができるほどに強くつねってしまっていた。

 それなのに感じる痛みは軽くつねったのと、同じ程度。

 

「触覚障害、なんだっけ」

 

 それはメルトリリス――Fateシリーズに登場するキャラクターの一人である彼女の特徴。

 鏡に映る、私の姿と同じキャラクターの特徴だ。

 

「いやいや…………え、ええ…………?」

 

 ますます、困惑する。

 

 それはすごく当たり前のことだけど、私という存在は決してメルトリリスではない。

 

 だけど、今の私は紛れもなくメルトリリスだった。

 

 私が動けば、鏡に映る幼い姿をしたメルトリリスもまた鏡写しに同じく動く。

 手を振れば、振る。

 腕を組めば、鏡も腕を組む。

 笑みを浮かべれば、返ってきた。

 くるり、と回ると鏡の向こうのメルトリリスの長く綺麗な髪がふわりと舞っていた。

 

 メルトリリスだ。

 完膚なきまでに、私はメルトリリスであった。

 

「あ、でも足は」

 

 そうだ、と思いついて視界を下げる。

 

 メルトリリスというキャラクターの持つ、大きな特徴はその足だ。

 鋭利な棘と刃が備わった鋼の具足。

 足と完全に同化した、メルトリリスの苛烈な加虐性を示すような槍にして魔剣。

 本来のメルトリリスならばそこにあるはずだ。

 

 しかし、私の足は普通だった。

 

 具足などない普通の足だ。

 傷ひとつなく滑らかで、シミひとつなく、毛穴すらも見えず、作り物めいた美しい足――ん?

 

 触れてみる。

 指先に伝わる感覚はない。

 

 ならば、と指を立てて爪で叩いてみる。

 ――コツン。

 生身の人間の肉体から鳴るはずのない、ひどく硬質な音が響いた。

 

「あ、あー…………見た目を調整できるんだっけ?」

 

 意識を下半身に集中してみる。

 

 自身の足、具足の状態を変化させる方法など知らないはずなのに自然と体が答える。

 次の瞬間には、手足を動かすように、自然に、当然のように私は自分の足の姿を変じさせていた。

 

 色は銀色に。

 まさしく騎士の鎧の具足のような、美しく輝く鋼の足がそこに現れていた。

 見覚えのある、メルトリリスのそれと同じ。

 ただ、膝の棘と踵の剣はついていない。出せそうだけど、今は邪魔になりそうだから出さなかった。

 

「わ、わあ」

 

 私は思わず、情けない小動物のような声を漏らす。

 

 これはもう確定だ。

 鏡に映る姿も、動かす体の感覚も、そして何よりもこの鋼の足が私へと告げている。

 メルトリリス、だと。

 私こそが、メルトリリス(幼女)であるのだと。

 

「ど、どうして」

 

 あわあわとしながら、記憶を探る。

 

 意味がわからない。

 なぜか私が、ふと気づいた瞬間にメルトリリスとなっていたのだ。

 きっと理由がある。

 だとするなら、その答えは記憶の中にあるはず。

 

 そして思い起こされるのは記憶。

 私ではない、私の記憶。

 たしかに生きてきたこれまでの、()()()()()()

 

 

 

 

 

『お前が、アイツを殺したんだ! お前は俺の娘なんかじゃない、このバケモノめ!!!』

 

『あの子の父親、自殺したんですって。…………え、母親? 難産だったみたいで、あの子を出産する際に亡くなったみたいよ』

 

『父方も母方も、祖父母が引き取りを拒止したんだってよ。…………忌み子ってお前。さすがにそれは言い過ぎだろ。本人に聞かれたらどうする』

 

『みんな、今日から新しいお友達が増えたわ。桜ちゃんって言うの、仲良くしてあげてね!』

 

『桜ちゃん、何見てるの?』

 

『こいつ、箸使えねーんだって! 孤児院で箸使えねえのこいつだけだぞ! …………は、感覚が無い? なにそれ、出来損ないってことか? ウケる』

 

『君、僕の家の子にならない? バケモノ? 出来損ない? いいや、僕はそうは思わない。君は可愛らしい、素敵な女の子だよ』

 

『本当に、僕の家族になってくれるのかい!? ありがとう、桜ちゃん! これからは僕が君を愛する。幸せにするよ。約束する』

 

『…………そろそろ、いいかな』

 

『はあ、はあ…………桜ちゃん、ああ、可愛い、可愛いよ桜ちゃん! 君を今すぐ僕のお嫁さんにしてあげる! はあ、はあ! もう待ちきれないよ! 何ヶ月も待ったんだ、もうこれ以上は無理だ! 大丈夫、最初は痛いかもだけど、すぐに良くなるからね! ほら、足を開いて――』

 

『裏月さん、蒸発したんだって。どうしてかしらねえ、まだ若いのにあんなに成功して大きな家も建てたのに。良い人だったでしょ。天涯孤独だとは聞いてたけど…………ああ、孤児院から女の子を引き取ったんだっけ。せっかく素敵な人に引き取られたのに、あの子も不憫ねえ』

 

『もういや。誰か代わって。私は、もういいから――』

 

 

 

 

 

「――お、重い〜! 重すぎる!! まだ十歳の子どもになんてものを背負わせてるのさ!!?」

 

 それはメルトリリスの――いや、裏月桜という一人の少女の生きてきた記憶だった。

 

 しかしそのあまりにも壮絶な記憶、たどってきた人生を垣間見て頭を抱えてしまう。

 

 異形の足を持って生まれ、そのせいで出産時には誤って母親を斬り殺してしまった。

 父親からはバケモノと蔑まれ、怒りと怯えから苛烈な虐待を与えられ、最終的に耐えきれなくなった父親は自殺。

 祖父母は引き取りを拒否。

 孤児院に移され、そこでは異形の足を隠しきったが障害があること、それと()()()()()()()()()()()()()が見えることに気づかれ、いじめられた。

 異物として扱われ、いじめられていた孤児院の生活でも父親からの虐待よりはマシと耐え、そんな中で現れた親切な優しい顔をした男が家族にならないかと誘ってくれた。

 悩んで悩んで、その手を取った。

 しかしすぐに裏切られ、小児性愛者だったその男性に強姦されそうになり――ついに耐えきれなくなった裏月桜は、衝動的にその男を殺して、その体に宿る力でドロドロに溶かして、この世界から跡形なく消し去った。

 初めて自ら望んで人を殺した。

 超えてはならない一線を超えた先で絶望しきって――

 

「そして、私が裏月桜に憑依? した、と」

 

 記憶の最後。

 裏月桜は、もう生きていきたくないと心の底から願っていた。

 誰か代わって、と。

 苦しいのも、悲しいのも、信じるのも、裏切られるのも、生きるのも、殺すのも。

 他者との関わりを拒絶して。

 何もかもが嫌で、もう何もいらないと。

 

 きっと、その願いが私を呼んだ。

 

「…………」

 

 私は、悲しくなって目をつむる。

 

 本当に、こんなのは十歳の少女が受けていい仕打ちじゃない。

 ただただ酷い。

 

 裏月桜という少女は普通だった。

 メルトリリスという力と異形、障害を抱えて生まれ、親にバケモノと蔑まれ、周囲に異物と排斥され、自らが異常であることを自覚しながらも。

 それでも懸命に、普通に生きようとした。

 

 だけどその結果がこれだ。

 少女はついに絶望し、自分の人生を手放し、すべてを諦めてその意識を眠りにつかせた。

 

「…………じゃあ、私が代わりに幸せを掴むよ」

 

 私は静かに決意する。

 

 すべてを諦めた少女の代わりに、その体を譲り受けた者として。

 幸せを掴んでみせる。

 

 もし、もしもこの体の中に絶望しきって閉ざしてしまった少女の意識が戻ってきたときに。

 幸せを与えられるように。

 絶望を忘れられるように。

 そのために、私は代わりを務めることを決意した。

 

「任せて」

 

 もしかしたら今後、聖杯戦争とか人理焼却とか起こるかもしれないけど。

 それを考えるとちょっと…………いや、かなり困ってしまいそうだけど。あまりにも過酷すぎる未来を想像すると、決意が揺らいでしまいそうだけど。

 でも、なんとかするから。

 

 うん、大丈夫、がんばろう。

 

「よし! 暗くなるのはおしまい!」

 

 私は気持ちを入れ替える。

 

 何はともあれ、この体の元の持ち主であった少女に代わって幸せを掴むと決めたのならば。

 クヨクヨしている時間なんてないのだ。

 

 たとえどんなに厳しい未来が…………たとえ世界が滅ぶような自体が起きるかもしれなくても。

 前を向いて、生きていこう。

 

 と、私は部屋の窓に掛かっているカーテンを開けた。

 

「良い天気!」

 

 私の新たな門出を祝うような晴天の空。

 

 窓を開けると、爽やかな風が入ってきて私の綺麗な紫の髪をふわりの揺らす。

 優しい春の匂いが鼻腔をくすぐる。

 

 窓枠に頬杖をついて、私は穏やかな陽気に微笑んだ。

 

「――――で、」

 

 しかし。

 そんな中に変なものがあった。

 

 それも、いくつも。

 そのどれもが共通して、気持ち悪く不気味で、穢れた嫌な気配を漂わせている。

 生物ではない、正真正銘の異形。

 

 裏月桜(わたし)が昔から視認していたらしい、他の人には見えていない存在。

 ()の知識にはない、本物のバケモノ。

 

「あれは、なに?」

 

 Fateに――型月の世界にあんな感じのやつらいたっけ。

 

 私は疑問に首を傾げるのであった。

 

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