メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ 作:ひのき
その呪霊は月の明るい夜にのみ姿を現した。
体は人型で絶世の美女の姿を模しているが、全身が真っ白で微笑みに固定された表情に変化はなく、まるで出来の良い石膏像のようだった。
その体の上に闇を凝縮したような漆黒の十二単衣をまとい、夜の中を進む美しくも不気味な呪霊。
おそらくは『夜』、もしくは『月』、あるいはある種共通した要素とも言えるそのどちら共への畏れより生まれたと推察される特級呪霊。
夜、月、絶世の美女。
それらの特徴から名付けられた名は――かぐや姫。
――と。
そんな説明を移動中に受けながら。
やってきたのは、今現在件の呪霊の出現が確認されているという森の中。
帳が下ろされ、補助監督が退避し、一人残された私は呪霊を探して森の中を歩き出す。
「かぐや姫ですか」
日本最古の物語とも言われる竹取物語に登場する、月からやってきたお姫様。
たいそうな名前をつけられたものだ。
妖怪という印象はあまりないけど、妖怪だと言われればそれはそれとして納得出来るかな。
でも、今回の特級呪霊『かぐや姫』は、物語を元として生まれた妖怪や仮想怨霊の類ではなく、あくまでも『夜』や『月』への畏れから生まれた呪霊だという推測がされているみたいだ。
たしかにかぐや姫に対して負の感情を抱く人なんて、あまりいないよね。
ちょっとややこしいけど、あくまで見た目から連想した名前を引用しただけみたい。
まあ、それがどこから来た呪霊かなんてお仕事として祓除するだけの私からしたらどうでもいいけど。
「…………さて」
今まで祓ってきたどの呪霊よりも強い呪力を感じ取り、その場所へ目指して森の中を歩くことしばらく。
森の中の少し開けた場所。
空も見えない鬱蒼とした森を抜け、出てきたのは穏やかなせせらぎの聞こえる川岸だった。
待ち構えるように、そいつはそこに佇んでいた。
頭上から差し込む月の光に照らされて、その白い体が夜闇の中に浮かび上がるように。
不気味な石膏像の美女がそこにいた。
「――――」
呪霊がこちらを見て、何事かを言う。
だけどその音は判別できる言語にはなっていなくて、何を言っているのかわからなかった。
ただ、明確な意思があるように見える。
感情のままに暴れるその他多くの呪霊とは違う、その様子だけで格の高さが窺えた。
「どうやって倒しましょう?」
五条さんはド派手にやれと私に言った。
多分、上層部の使いっ走りが今こうしている間にも私のことを監視してるだろう。
そいつに見せつけるように、ド派手に。
どうしたら、そう見えるかな。
初手からリヴァイアサンで溶かして倒すのは味気がないのかな。
それとも、そっちの方が圧倒してる感じがあるかな。
難しい。
そもそも、特級呪霊を相手にそんなふうに打算混じりに考えるのもよくないかも。
「とりあえず、一当てしてみましょうか」
何にせよ。
まずは相手の実力を確かめる。そこから、どんなふうに戦うか決めるべき。
そう判断して、私は呪力を回す。
実戦に合図はない。
身体能力を強化し、先手を取るべく地を蹴った。
「――ふっ!」
一息に距離を詰める。
手始めに、敵の首筋へと回し蹴りを放つ。
「――」
呪霊の目が私を明確に見た。
反応した。
並の一級呪霊なら反応できないくらいの速度を出したけど、さすがは特級呪霊だろうか。
呪霊が腕を動かして、私の攻撃を防御した。
「や!」
呪霊の持つ石膏の腕はなかなかに硬いみたいだけど、私の足の方がもっと硬いし強い。
回し蹴りが、呪霊の腕を容易く蹴り砕く。
しかし砕け散った白い破片が飛び散る中で、自らの腕が破壊されても動じずに呪霊は動きを見せた。
それは闇だった。
呪霊が身にまとう闇の衣と同じように、凝縮された夜の闇が複数の手となって私に迫る。
問題ない。
二本の足で舞うように闇の手から逃れる。躱し、潜り抜け、迎撃する。
しかし、その間に呪霊は距離を取っていた。
直後。
極光が閃いた。
「っ!」
それは光の矢のようだった。
さすがに光速ではない。
だけど音速は超えているだろうか。
私の頭を狙って放たれた超音速の一撃を、首をかしげるようにして躱す。
「なるほど、闇と光?」
いや、『夜』と『月光』ってことなのかな。
「――――――!!!」
呪霊が手を広げる。
その背後に、いくつもの光の矢が現れた。ぱっと見の目算で百は超えてるかな。
向けられる先は当然、すべて私。
身体強化の出力を上げる。
「これくらい…………!」
迫るは百にも及ぶ超音速の光の矢。
下がるのではなく、むしろ前に進む。
次々と打ち出される光の矢の間を縫うように、くぐり抜けるように呪霊へと接近する。
被弾するようなミスはしない。
動体視力に優れる私の目は超音速の光の矢を問題なく認識し、膨大な呪力とそれに見合う出力によって強化された体なら十分に反応できる。
一瞬の攻防だ。
一瞬のうちに光の矢が雨あられと降りそそぎ、一瞬のうちに私はそれを無傷のまま通り抜ける。
そして、呪霊へと再び接近する。
さっきと同じ構図。
だけど、今の私はさっきよりも出力を上げてる。
「はあ!」
接近したそのままの流れで足を振り上げ、振り下ろす。呪霊が凝縮した闇を操り、防ぐ。
蹴る、防がれる、蹴る、防がれる。
そんな攻防を繰り返しながら、私は頭の中で思考を巡らせていた。
――この呪霊強いなあ。
中距離以上では超音速の光の矢で敵を狙撃して、接近戦では凝縮した闇で防御と攻撃を行う。
光の矢は食らってないけど、相当な破壊力を秘めているように思う。
ちょっとしたレーザーみたいなものだ。
凝縮した闇の方も、かなりの硬さをしている上、変幻自在に動く。いくら削っても、周囲から闇を集めてすぐに元に戻っちゃう。
どっちの能力もかなり厄介だと思う。
それに、こういう近接以外に戦闘手段を持つ相手はリヴァイアサンの理不尽な『メルトウイルス』カウンターを決めることはできないし。
そうなると、動きが遅いリヴァイアサンはただの遠距離攻撃の的になるだけだ。
初めて戦う特級呪霊だけど、やっぱり特級って言うだけあってめちゃくちゃな強さしてるよ。
「なら、もっと出力を上げましょう!」
私はさらに身体強化のレベルを上げる。
「追いつけるかしら!!!」
感情が昂っていくようだった。
呪霊との戦いとしては、今までで一番。むしろ戦闘らしい戦闘になるのはこれが初めて。
今までの呪霊たちなんて一撃で蹴り殺してしまうか、何もさせずに溶かして終わり。
だからだろうか。
なんだか、楽しくなってきた。
「行くわよ!」
蹴る、蹴る、蹴る、蹴る、蹴る。
出力を上げていく。
怒涛のように攻めていく。次第に呪霊の防御は後手に回り、私の一撃ごとに闇が霧散していく。
やがて、その石膏の体へと攻撃が届く。
「行くわよ! 行くわよ! 行くわよ!」
右腕、左脚、顎、右肩、腹部。
蹂躙するように、流れる動きで次々と呪霊の体を砕いていく。
もう闇は私に追いつけない。
かぐや姫とかいうたいそうな名前を冠したその呪霊は、ただ急所だけはと頭部に闇を集め、体を砕かれながら必死に耐え続けているだけだった。
「あははははは!!!」
呪霊の体は呪力がある限り再生する。
だけど、再生する側から私が壊す。壊す、治る、壊す、治る。いたぶるように繰り返す。
と、そのときだった。
ふと危険を感じ、とっさに私は呪霊から距離を取る。
直後。
上空から巨大な光が落ちてきて、一瞬前まで私が立っていた場所を呑み込んだ。
呪霊ごと。
「自爆?」
そんな風に考えて、否定する。
「よほど距離を取りたかったんですね」
光が消え。
そこにいたのは全身がボロボロで、死守していた頭部すらひび割れ一部が剥がれた呪霊の姿。
自らの術式で大ダメージを負ってでも、あのまま接近戦で削り殺されるのを防ごうとしたのだ。
その判断は正しい。
あのままやってたら、呪霊は何も抵抗できないまま私が勝っていただろう。
「――――――!」
ボロボロの呪霊が体の再生もせずに私を見る。
微笑みで固定されていた石膏の顔は、ひび割れによっていびつにゆがみ。
怒りをあらわにする鬼の形相のように見えた。
美しかった顔など見る影もない。
「もしかして、怒っちゃいました?」
言うと、呪霊の呪力が激しく揺れた。
怒気がほとばしる。
「ちょうどよかったかな。一当てのつもりが、そのまま終わらせちゃうところでしたし」
それに感情が昂っていたせいか、ちょっと私らしくなかったし。
思い返すと、すごく恥ずかしい。
クールダウン。
クールダウン。
「あ」
と、そこでふと思い浮かぶ。
もしかして『加虐体質』というやつだろうか。
「いやいや、それは私のキャラじゃないですって!」
顔に熱が昇るのを感じる。
ぜんぜん、まったく、私はそういうのじゃないのに。
別に私は戦いを楽しむみたいな趣味はない。
そんな変態じゃない。
今日だって、ド派手にやるなんてオーダーがなければもっと手早く、効率的に終わらせるつもりだった。
それなのに、この体が呪霊を一方的にいたぶる状況に対して勝手に興奮したというか。意思に関係なく、嗜虐心が込み上げてきたというか。
恐るべし、メルトリリスボディだ。
これこそ、まさに呪いかと思ってしまう。
「五条さんと戦うときはこんな風にならなかったのに」
今まで彼とは何度か戦ったことがある。
でも、その際は私の内に眠っていたらしい『加虐体質』がさっきみたいに出てくることはなかった。
それは相手を一方的に蹴れるような戦いではないから嗜虐心がそそられなかったからか。
もしくは、本気の殺し合いではない模擬戦という状況に『加虐体質』が反応しなかったからか。
あとは、無限で守られてる五条さんは蹴り心地悪いし。
多分全部かな。
「…………今後、気をつけないと」
そう、心に刻んでおく。
私の体に『加虐体質』のスキルが宿っているのだとしたら、それ自体はもうどうしようもない。
でも、少しはコントロールできるようにしないと。
人前で昂ったら恥ずかしい。
一生の恥になる。
――あれ、この戦い監視されてるんだっけ。
私はぶかぶかの袖で、しめやかに顔を覆った。
「――――――!!!!!」
私が顔を覆ったのを見て、好機と判断したのか呪霊が動いた。
極光が夜闇を明るく照らす。
太陽のような光球が上空で輝き、極大の光の矢となって私へ向けて放たれた。
「別に忘れてないですよ」
極の番、というやつかな。
私は両足を魔剣へと変化させる。
そして右足へと、出力ギリギリまでの膨大な呪力を集中させ、それを解き放つと同時に振り抜いた。
――『踵の名は魔剣ジゼル』
「斬り裂け!!!!!」
それは、膨大な呪力を伴う巨大な斬撃の衝撃波。
呪霊の放った極大の光と、私の放った斬撃が正面からぶつかり合う。
拮抗――は、しない。
斬撃が光を斬り裂き食い破る。
それだけでは止まらず、その先に立つ呪霊の腹から下を斬撃が呑み込み、消し飛ばした。
上半身だけとなった呪霊が無様に地面に転がった。
「――、――」
「他には、どうでしょう。これで打ち止めですか?」
「――ッ」
呪霊の呪力がほとばしる。
周囲の闇が一気に呪霊へと流れ込んでいき、その体を完全に覆い隠す。
そしてみるみるうちに肥大化していき、やがて十数メートルはありそうな巨人の姿へと変化した。
「わあ」
少しびっくりする。
さっきの光が『月光』の極の番だとするならば、こちらは『夜』の極の番だろうか。
でも、そういう手で来るのならこちらも同じように大怪獣バトルに応じるだけだ。
「溶かし尽くして、リヴァイアサン」
闇の巨人と化した呪霊。
それよりもう少し大きなリヴァイアサンを呼び出す。
――三体ね。
「私からしたら、それはあんまり怖くないですよ」
大怪獣バトルは私の得意分野だ。
相手が大きくなって、動きも遅くなってるみたいだし、それなら速度の足りないリヴァイアサンでも問題なく対応できる。
そして正面からの殴り合いなら『メルトウイルス』を秘めるリヴァイアサンは負ける道理はない。
ちなみにだけど、リヴァイアサンは浮く。
私は普通サイズのリヴァイアサンをもう一体呼び出して、その上に座り、適度な高度まで浮上させてからのんびりと怪獣大決戦を観戦させてもらうことにした。
「やっちゃえ、リヴァイアサン!」
闇の巨人は拳を握り、大質量とそれに伴うパワーでリヴァイアサンを殴りつける。
さらに光の矢が次々と放たれ、夜空を切り裂くようにリヴァイアサンへと殺到する。
対するリヴァイアサンはそれらをすべて受け止め、その度『メルトウイルス』を闇の巨人の体へと送り込み、凝縮された闇を融解させる。
そして触手で殴り、突き刺し、さらに『メルトウイルス』を注入していく。
しかも損傷してもすぐに修復する。
形勢は明らかだった。
不沈艦のようなリヴァイアサンに対して、『メルトウイルス』で闇を溶かされる巨人の方は削られる一方。
闇の巨人は自身の体にウイルスが広がらないように、毒に侵された闇を自切し、かき集め修復する。
だけど溶かすペースの方がはるかに速い。
そもそも、三対一だ。
囲んで触手で殴るだけの簡単な作業だ。どうあがいても巨人の方に勝ち目はない。
呪力も、もうかなり削れているのだろう。
巨人を形成する闇はみるみると霧散し、小さくなっていき。やがて、巨人の体を維持できなくなったのか元の石膏の体が姿を現した。
ここまでだね。
私はリヴァイアサンを消して呪霊の前へと降りる。
「さすがに終わりかな」
「――――」
呪霊は弱々しく、地を這いつくばう。
それを見下ろしながら私は考える。
この呪霊はここまでだろう、と。そろそろ戦いも終わらせてしまっていいだろう、と。
私の実力も十分に示した。
ド派手に。
相手が巨大化してくれて良かった。やっぱり大怪獣バトルはわかりやすくド派手だもんね。
これなら五条さんのオーダーは完遂できたんじゃないかな。
この戦いを監視しているだろう上層部の使いっ走りが、ありのまま上層部に報告を上げる。
そうすれば、五条さんの目論見通りに上層部へと私を簡単には制御できないという印象を植え付けることができる。
と、いいんだけど。
この呪霊にも申し訳ないことをした。
弱いものいじめみたいで。
もっと早く決着をつけることはできたけど、こちらの都合でそれをしなかった。
なので、後はもうさっさと祓ってあげよう。
用済みだ。
と、私は足の剣を呪霊の頭へと振り下ろそうとして。
気づいた。
「まだ、あるんですね」
呪霊が掌印を結ぼうと動く。
今まで以上の呪力の奔流に、この呪霊が今から何をしようとしているのか私は理解する。
「それはさすがにダメですよ。付き合ってあげません」
即座に両腕を切断。
さらに頭へと足を突き刺して、無慈悲に、即座に『メルトウイルス』を注入した。
呪霊がドロドロの液状に溶けていく。
これで終わりだね。
「領域展開は対策ありますけど。でも、紛れがありえますから。そこまで油断はできません」
ふっ、と息を吐く。
最後はあっけなかったけど、これで特級呪霊の祓除は完了だ。
うん。
良い感じに戦えたよね。
結局、無傷で終わったし。
私なら特級呪霊程度には負けないっていう五条さんの戦力分析は正しかったわけだ。
ちょっと恥ずかしい思いしたけど。
まあ、無事なので。
よし!
「吸収しちゃいましょう」
ドロドロに溶かした、元特級呪霊だった液状のそれを足先から吸収する。
さて、ドレインは――
「ん?」
なんとなく、いつもと違う感覚。
そして気づく。
「…………調整はいるけど。これ、術式のドレインができそうですね?」
相性的に『夜』は無理。
でも『月光』の方だけを抽出して、より私に合う形に調整すれば。
なるほど、そっか。
「月も私の要素の一つでしたね」
これは、思わぬ拾いものかも。
「桜、やり過ぎ。上層部顔真っ青で騒いでたよ。特にリヴァイアサンを三体出したのはやばいね」
「でも、五条さんがやれって」
「やり過ぎ」
「…………そですか」
でも、そんな風に言うくせに、五条さんとても楽しそうに笑ってるよ。
「ま、それでも目的は達成だね。桜、昇級おめでとう!」
「おめでとうで、本当に良いんですかね? 国家転覆できる危険人物扱いですよね」
「良いじゃん。喜びなよ、新しい特級術師!」
「…………わーい」
そうして、五条さんのオーダー通りにド派手に暴れてみせた私は晴れて…………晴れて?
ともかく、新たな特級術師として認定を受けるのであった。
いつもお読みいただき、ありがとうございます。
アンケートのご回答ありがとうございました。
やっぱりというかなんというか、なかなかに票が割れてしまっていたみたいで。
私の判断で進めるのではなく皆様に聞いて正解でした。
そんな中、いただいた感想の中に『戦闘時など、一部の場面でメルトリリスに寄せた口調にするのはどうか』といった風な案をいただきまして、まさに「それだ!」と天啓を得ました。
その結果、今回の話で少し反映させてもらいました。
違和感がなければ幸いなのですが……。
ずっと悩んでいたのが、皆様のおかげで良い感じに解決したので本当にアンケートをして正解でした。
アンケートのご回答、改めてありがとうございました!
ここからはまたお礼になるのですが。
前話の投稿後、評価や感想、ここすきをとても多くいただいてしまって本当に嬉しい限りです。
読者の皆様の反応が楽しみで、私の執筆の大きなモチベーションになっています。
本当に、ありがとうございます!
あとがき、失礼いたしました。
読後のノイズになってしまうといけないので、あとがきを書くのはおそらくこれで最後にさせていただきます。
(またアンケートで皆様の意見を募るかもしれませんが、そのときはすみません)
今後も引き続き、この二次創作にお付き合いいただけますと幸いです。
では(´・ω・`).;:…(´・ω...:.;::..(´・;::: .:.;: サラサラ..
口調はどっちの方がいいですか?
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このまま(敬語、丁寧語)
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メルトリリスに寄せる