メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ   作:ひのき

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 12月24日、京都。

 

 すでに多くの呪術師たちが集まっていた。

 刻一刻と日没が近づくにつれ、空気は重くなり、呪術師たちの顔色は悪くなっていく。

 

 彼らは今、何を考えているのだろうか。

 

 新宿に千、京都に三千。

 夏油さんの仕組んだ二つの戦場の内、数を見れば歴然に、この京都こそがより過酷な戦場だった。

 三千など、勝てるわけがない。

 ほとんどの呪術師たちはそう考えていることだろう。しかも、最強はここにいない。

 代わりにいるのは、特級とはいえ未だ学生であり、どれほどの強さなのかも満足には知れ渡っていないよくわからない特級術師――つまり、私。

 

 新宿よりも過酷な戦場。

 最高戦力として派遣されているのは、どう甘く見積もっても五条悟よりは確実に弱いと思われてるだろう私。

 

 顔色が悪くなるのも無理はない。

 

「――まったく。嘆かわしいとはこのことだな。そうは思わないか? 我が宿敵(ライバル)よ」

 

 ところで、なんで東堂君が当然みたいな顔をしながら私の隣に立っているのだろう。

 

 秤君と綺羅羅は私を置いてどこ行ったの。

 京都高専の人たちはなんで東堂君を野放しにしているの。

 

「だが、それも仕方あるまい。弱き者どもにとってこの状況は正しく絶望。一寸先は闇。勝ち目のない負け戦。彼らは、俺たちのような強者ではない。弱者の尺度によってこの世界を測っている。だがそれでも、彼らは絶望を前にしたとしても戦わねばならんのだ」

 

「…………」

 

「仲間のため、家族のため、恋人のため、世のため人のため。弱き者どもは自らの怯えを自覚しながら。それでもと、なけなしの勇気を奮い立たせここに立っている」

 

「…………」

 

「だからこそ! 見せつけてやらねばならんのだ! わかるだろう? 我が宿敵(ライバル)よ」

 

「…………」

 

 その場にいたほぼ全員が、なんだコイツはみたいな目で東堂君のことを見ていた。

 私は東堂君の同類とは思われたくなかったので、彼に視線を向けることはなく、少し距離を取った。

 

 空を見上げる。

 今まさに日が完全に落ちようとしていた。

 

 少しずつ、夜の帳が下りていく。

 

「来たな」

 

 東堂君が言った。

 そして、湧き上がるように現れだす数えるのも馬鹿らしいほどの数の呪霊たち。

 

 三千の呪霊。

 それは決して嘘ではなく、現実として今私たちの目の前に現れていた。

 周囲の呪術師たちが顔を青ざめさせる。

 

「――恐るるに足らんな」

 

 しかし、そんな中でなぜか私の隣に立っている東堂君が不敵に笑う。

 

「今、この戦場には俺がいる。そしてお前がいる。であれば、何も恐れるものなどないのさ!」

 

「…………」

 

「号砲を上げてやれ、宿敵(ライバル)! お前という存在、その全身全霊を今この瞬間に見せつけろ! 怯える弱き者どもに、本物の強者の背中というものをな!」

 

「…………」

 

 京都に現れた三千の呪霊。勝ち目の見えない戦い。明らかに臆した様子の呪術師。

 この状況。

 不服にも、私は東堂君の言葉に理を感じた。

 

 士気が低い。

 相手の戦力、こちらの戦力、最強の不在、実力の詳細がはっきりしていない特級(わたし)

 無理もない。

 だけど、この士気の低さでは勝てる戦いも勝てない。犠牲者だって無駄に増えるだろう。

 

 力を見せつける。

 私が。

 そうすることで、続く呪術師たちは希望を抱き士気を高める結果となる。

 

 東堂君は私に、そうしろと言っているのだ。

 

「そら、ちょうどいいのがいるぞ」

 

 東堂君が指をさす。

 

 その先にいたのは空中に浮かぶ一体の呪霊だった。

 巨大な黒い球体で中心に目があり、球体の外縁部には無数の触手が生えている。

 感じる力はかなりのもの。

 一級呪霊とは比べ物にならないくらい強く、以前戦ったかぐや姫よりは劣るかなと言った程度。

 

 間違いなく特級呪霊だ。

 

 ギョロリ、とその目がこちらを捉える。

 すると周囲の呪術師たちが、苦しそうに胸を押さえた。

 

 目で見ることで、何らかの影響を与える術式かな。私は別に何ともないし、東堂君も大丈夫みたい。実力があるなら跳ね除けられる感じかな。

 苦しんでるのは三級以下くらいの実力の人たちだ。

 

 ただ、今はまだ距離がかなり開いている。

 おそらくだけど、こういった術式は距離が近いほどその強度を増していくはず。

 危険な呪霊だ。

 多対多の戦いであるこの百鬼夜行において、視界に収めるだけで複数の対象へ同時に負荷をかけるその能力は、真っ先に排除するべき。

 しかし、その相手は空中にいて手を出しづらいときた。

 

「…………たしかに、ちょうどいいですね」

 

 あの呪霊は邪魔だ。

 最優先で倒さないと戦局に悪い影響を与えるだろう。でも、だからこそだ。

 

 今、この開戦の瞬間にあれを私が倒せば、戦局は大きくこちら側に有利に働く。

 そして士気も上がる。

 あの明確な脅威を私が倒す。

 それができれば、味方の呪術師たちにハッキリと示すことができる。

 五条悟はいなくとも、ここには裏月桜がいると。

 

 これは特級である私の責務として成すべき役割だ。

 

「わかりました」

 

 術式を起動する。

 

 だけど、発動する術式は式神を召喚する『溶月』ではない。

 かぐや姫と名付けられた特級呪霊からドレインし、簒奪したもう一つの術式。

 私はその術式をそのまま『月光』と名付けた。

 

 能力は主に二つだ。

 光の矢を放つ力と、月の出ている夜にのみ発動できる月の光を増幅し狂気を与える力。

 前者の能力は単純な攻撃手段として威力、速度、連射性能と非常に優れた力を発揮する。

 後者は使用条件が限定的だけど、端的に言うと他者の精神を狂わせて調子を崩し、最終的に発狂死させられる能力だ。ただし呪霊には効き目が悪い。

 呪霊は元々狂ってるってことなのかなって思う。

 狂気の方はあんまり使う機会ないかな。

 

 ちなみにかぐや姫がこの術式を持っていた頃から狂気を与える力はあったみたいだけど、かぐや姫と戦った私はまったく気づかなかった。

 おそらく、私の体は精神攻撃を無効化してるから。

 

 と、『月光』はそんな感じ。

 

 今回、私は上空に浮かぶ黒い球体の呪霊を祓うため、この術式を使うことにした。

 

「一撃で仕留めます」

 

 ずっと前から、私は思っていた。

 パワーが欲しいと。

 力はある。

 私の『溶月』は優秀な術式だし、『オールドレイン』で強化された基礎スペックの高さは他の追随を許さず、最強である五条さんをもしのぐ。

 格闘戦なら誰にも負けない自信があるし、『メルトウイルス』は当たれば即死の激毒だ。

 

 だけど、パワーが足りなかった。

 それは呪力の出力や、それによる基礎戦闘力の高さとかそういう意味ではない。

 一撃で全てを粉砕するような圧倒的なパワーのことだ。

 

 端的に言うと、茈だ。

 五条さんの持つ領域展開とは別の超必殺技である『虚式・茈』だ。

 あれやりたい。

 ずるい。

 私もああ言う感じの必殺技が欲しかった。

 私にはないものだから。

 一応『踵の名は魔剣ジゼル』という強力な技を持ってるけど、あれでは茈には勝てない。

 

 そんな折に手に入ったのが『月光』の術式。

 式神を呼び出す『溶月』とは異なる、普通に攻撃を行うという単純な術式だ。

 これによって私は、ついにパワーを得た。

 

 ――膨大な呪力を術式へと流し込む。

 

 頭上、空中に光の球体が現れる。

 それは私の呪力を得て、さらにさらにと大きくなっていく。

 やがて巨大な光球となったそれは、まるで夜を照らす満月のように周囲を明るく照らし出す。

 

 片腕を上げる。

 さながら、恋愛脳(スイーツ)な某月の女神様が片手で弓を構えるように、遠くに見える特級呪霊へと照準する。

 

 臨界するようにみなぎる膨大な呪力。

 秘める絶大な威力。

 私はそれを感じ、全身に満ちる高揚感に浮かされるままに自然と決めゼリフを叫んでいた。

 

「愛を放ちましょう!」

 

 ついに私が手に入れたパワー。

 超必殺技。

 

 これが、その答えだ。

 

「――――『月女神三星愛詠(アルテミス・メルトフォール)』!!!!!」

 

 頭上に輝く満月のような光球。

 そこから放たれるは超極太のビーム――月の女神の主砲による砲撃のごとく、必殺の光の矢。

 

 相手は死ぬ。

 

 やがて光が消え去る。

 そこにいたはずの黒い球体型の特級呪霊は、跡形もなく消し飛んでいた。

 これこそが必殺技だ。

 五条さんの『虚式・茈』に勝るとも劣らない、圧倒的な月の砲撃。

 私の編み出した、私だけの宝具。

 

「ああ…………たまらないわ」

 

 私は陶酔するように息を吐いたのだった。

 

 

 




三星愛詠は"みほしうた"って呼んでください。
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