メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ   作:ひのき

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「――さすがだ」

 

 なぜか東堂君が静かに涙を流し始める。

 

「さすが我が宿敵(ライバル)だ。素晴らしい。お前のその溢れんばかりの愛、この俺がたしかに見届けたぞ!」

 

 その言葉に私はハッとする。

 

 冷や水を浴びせかけられたような気分だった。

 顔に熱が集まるのがわかる。

 失敗した。

 こんな、衆人環視の中で。それだけは絶対に避けたいと思っていたのに。

 

 周囲の人たちが私を見ていた。

 それらの視線には確かな熱のようなものが込められていた。その熱は周囲に伝播し、暗かった雰囲気は見事に払拭されている気がした。

 士気高揚、という目的は間違いなく果たせただろう。

 私という特級術師を味方に示せた。

 特級呪霊を一撃の下に葬った私の強さが、暗く沈んでいた彼らの心に火を灯した。

 絶望は希望へと裏返った。

 

 でも、私だけがとんでもない恥をかいた。

 

 あんなのは私じゃないのだ。

 それなのに。

 私という呪術師がなんなのか、多数の人たちへとああいう感じで示してしまった。

 違う。

 違うの。

 私は本来、ああいう感じじゃない。

 ただちょっと『加虐体質』が出ちゃっただけの、本当にちょっとした事故なだけで。

 

 もう、とにかく。

 恥ずかしすぎて顔から火が出そうだった。

 

「俺は今、猛烈に感動している。…………やはり俺たちは宿敵(とも)だったようだな」

 

 東堂君がなんか言ってる。

 

 相変わらず意味のわからないようなことを言っている気がするけど、今の私はそれどころじゃなかった。

 

 私は羞恥から逃げるように顔を覆った。

 

宿敵(とも)よ。どうやら俺たちが真にわかり合える時は近いみたいだな。俺の考えは正しかったのだ」

 

「そ、そんな日は絶対に来ないと思います」

 

「いいや。愛を語るお前の姿は、まさしく俺が思い描いていたお前の姿そのものだ。ついにお前はその秘めた本質――心を開いてくれたな」

 

「ちょ、ちょっと何言ってるかわかりませんけど」

 

「フッ…………もうすでに、お前の第一印象は先の鮮烈な一撃とともに皆の頭の中へと明確に定まった。今さら取り繕っても無駄だと思うぞ」

 

「急に冷静な顔で普通に正論言うのやめてくれます!?」

 

 最悪だ。

 まさか東堂君に正論を言われてしまうなんて、あんまりにもあんまりなことだ。

 こんなのって、ないじゃん。

 ひどい。

 

 普通に涙が出そうになってきた。

 

「これは助言だが、この状況下において支柱となったお前は、お前自身の感情は何にせよ()()()()()。いいや、そうあるべきだ。お前は強者たる者としてその圧倒的な力を誰にもわかる形で誇示し、天に立った。であれば、天に立つ者として皆に示すべき態度というものがある」

 

「示すべき、態度……」

 

「普段のお前も悪くはないが、先のお前はまさしくそれを示していた。表出したお前の愛、その攻撃性。それは、ともすれば周囲に絶大な余裕と信頼を与えるだろうさ」

 

「…………東堂君、頭がおかしいのに頭良いんですね」

 

「当然だ。俺のIQは53万あるからな」

 

「ホッとしました。やっぱり、頭おかしいんですね」

 

 東堂君は頭おかしい。

 でも、視野が広く周囲をよく見ていてちゃんと考えてるし、思考はだいぶクレバーだ。

 実際にちゃんと頭はおかしいんだけど。

 けど、妙に頭良いのだ。

 

 なんだか、とても不気味で嫌だった。

 

「――さて」

 

 東堂君は前を見据える。

 

「見たところ、特級呪霊は三体だ。一体は宿敵(とも)が祓った。であれば俺もそれに続こう」

 

 不敵に笑い、東堂君は前に出る。

 

「見ていろ宿敵(とも)よ! 俺もまた、お前のように強者の背中を示してやろう。さあ、この俺に続け! 開戦だ! 鬨の声を上げろ! 今こそ戦う時だ!!!!」

 

「と、東堂君?」

 

「うおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」

 

 東堂君は駆け出した。

 

 現れた三千の呪霊たちへ向かって。

 たった一人で。

 しかもその口ぶりから、東堂君は特級呪霊へと挑むつもりらしい。

 

 雄叫びを上げながら走り出した東堂君を、周りの呪術師たちが見ていた。

 みんな揃って、「で、アイツは何?」みたいな顔をしながら、困惑した様子で走り出した東堂君を見ていた。

 

「…………はぁ」

 

 私はため息を吐く。

 

 本当に、不服。

 まさかあの東堂君の言葉なんかに、こんなに納得している自分自身が嫌だった。

 でも、正しいのだ。

 私が強さを示し、士気を上げた。

 その士気を維持したまま、みんなを引っ張っていくにはそれ相応の姿というものがある。

 正しい考えだと思う。

 

 だから私は、身悶えるような羞恥に蓋をして、自ら乗ってやることにした。

 もうどうせ取り繕っても仕方ないのだ。

 

 だったらいっそ踊ってしまおう。

 

 私は、意識を切り替えた。

 

「――蹂躙してあげる」

 

 呪力を回す。

 五条さんの倍以上、現在の呪術界において最高の出力を持つ私が、立ち昇るような膨大な呪力を身に纏う。

 呪術師たちが息を呑む。

 私の吐き出した暴力的な呪力を前にして、気圧されながらも私のことをみんなが見ていた。

 

 強者の威風を纏うように。

 普段は蓋をしている心の奥底にある苛烈な攻撃性、『加虐体質』を隠すことなく乗っかって。

 

 不遜に言い放つ。

 

「そもそも私がいる限り、負けることなんてありえないのよ。あなたたちも、もうわかったでしょう? 全力で、存分に、私が整えた舞台の上を踊ればいいだけよ。絶対的な勝利はこの私が保証してあげるもの」

 

 嘲るように笑う。

 

「三千の呪霊? そんなのただの経験値よ。夏油傑には感謝すら言いたいわね。どうも私のためにせこせこ経験値を集めてきてくれて、ごちそうさまって!」

 

 私はより一層出力を上げる。

 

「私に続きなさい! さあ、行くわよ!」

 

 そして、飛び出した。

 

 どうかな。

 ついてきてくれるかな。

 

 と、思いながらちらりと後ろを振り返ると、私の背中を追いかける呪術師たちの姿が見えた。

 みんな、良い顔をしてる。

 上手く士気を上げることができたみたいでホッとする。

 

 恥を忍んだのだ。

 これで意味なかったら泣いていたところだよ。

 

「後は呪霊を倒すだけですね」

 

 私がやるべきことを考える。

 

 やっぱり特級呪霊かな。

 他の呪術師では手に負えない特級呪霊を、味方側の被害が出る前に倒す。

 それが真っ先にやるべきことだ。

 

 この京都に現れた特級呪霊は見た感じ三体。

 一体はすでに倒した。

 もう一体、大きな鎧武者のような姿をした特級呪霊の方には東堂君が向かって行った。

 少し心配だけどあっちは彼に任せよう。

 

 東堂君は強いし、なんかやってくれそうなスゴみがあるし。一応意識だけは向けておいて、もしも危なかったら助けに入るくらいでいいだろう。

 

 となると、もう一体の特級呪霊だ。

 それを倒しちゃおう。

 

 私は後続を引き離すように加速する。

 みんな、やる気ある顔になったし別に近くに私がいる必要もないだろうから置いてく。

 先に走っていた東堂君も抜き去る。

 

 そして、一瞬で距離を詰めて敵の軍勢のど真ん中に。

 

「さっきは、士気高揚を優先していたのでドレインできませんでしたからね」

 

 目の前には数多の呪霊に囲まれた、この百鬼夜行の主人であるかのように立つ特級呪霊。

 人や動物の持つ大小様々な骨を無数に繋ぎ合わせ、巨大な骨の巨人の姿を形作っている呪霊だった。

 

「実戦で使うのは初めてだけど」

 

 五条さんが言うに呪術師の成長は一定じゃない。

 

 死の淵に立つ、黒閃を放つ。

 そういった経験が、呪術師の才能を解放し一足飛びでの成長をもたらすことがあるという。

 

 私はそのどちらも経験がない。

 成長性という意味では、私の右に出る者なんて他にいるとは思えない。

 だけど、そういったキッカケがなければ呪術師としての才能を完全に覚醒させることは難しい。

 

 領域、反転術式。

 私がどうやっても習得できなかったもの。

 

 だから、少しだけずるをした。

 

 以前、津美紀ちゃんを助けたとき。

 その体の中に取り込まれていた特級呪物があった。それが何の目的のために、誰が津美紀ちゃんへと埋め込んだのはいまだにわかってない。

 その特級呪物の由来も。

 だけど、生前はとんでもなく優秀な呪術師が死後呪物と化した結果のものなのだろうとはわかった。

 

 なぜなら、その呪物には今までにないほどに特別で莫大な経験値が秘められていたから。

 領域展開。

 私がどうやっても習得できない、呪術の極致とも言える技術や呪力の感覚――経験値。

 その特級呪物はそんな極上の経験値を秘めていた。

 

 そこから抽出したのだ。

 得られる経験値を、領域展開に関わる部分だけに限定し余すことなく私の体へと取り込んだ。

 

 だからずるなのだ。

 でも、それによって私はたしかに習得した。

 

「身も心も、生きていた痕跡さえ溶かしてあげる」

 

 私は()()を結んだ。

 

 私の指先には感覚がほとんどない。

 でも、簡単な掌印を結ぶくらいのことは問題なくできる。

 結ぶのは弁財天印。

 それは奇しくも、同級生である秤君と同じ。

 当然と言えば当然だけど。

 

「――領域展開」

 

 景色が切り替わっていく。

 

 膨大な呪力が結界を構築し、その内部へと骨の特級呪霊を含めた周囲一帯の広範囲にいた多数の呪霊たちをまとめて閉じ込める。

 

 どこまでも青く、水のような(どく)に満たされた空間。

 付与された術式は『溶月』。

 その結界は心身、良識、道徳も、あらゆるすべてを蕩け一体化させる私という(どく)の腹の中。

 

「――――『弁財天五弦琵琶(サラスヴァティー・メルトアウト)』!!!」

 

 瞬間、領域内の呪霊たちはすべて溶けた。

 

 無慈悲に、不条理に、無差別に。

 抵抗など許すことはなく、等しくただのスライムへと溶け出して、私の養分へと成り果てる。

 

 正しく、必中必殺。

 

 これが私の領域だ。

 

 敵対者を一瞬で経験値に変えて、一息に呑み込んで、役目を終えた領域はすぐに解除される。

 元の京都の景色に戻り、だけどあれほどいた呪霊たちがぽっかりと消え去った空白地帯。

 

 そこに一人立ち、私は息を吐いた。

 

「…………たまらない。ああ、ぞくぞくするわ!」

 

 一度に大量の経験値が入ってきて、明確に自己が拡張される――レベルアップし、私という器が満たされていく高揚を感じる。

 興奮する。

 歓喜が湧き上がる。

 私の中の『加虐体質』がもっと、と私を急かしているのがなんとなくわかっていた。

 いつもの私ならこんなはしたない快楽には蓋をしている。

 

 だけど、今日だけ。

 私はその快楽を我慢することをやめたのだ。存分にやってやるって決めたのだ。

 

 本能の赴くままにやってしまうのだ。

 

「まだまだ、お腹いっぱいには程遠いわね」

 

 特級呪霊は残り一体。

 そちらには東堂君が行ったから、後は有象無象の雑魚ばかり。

 でも、経験値稼ぎ(レベリング)の本質は雑魚狩りだ。

 

 まだまだいっぱい、食べ放題だ。

 

「他の呪術師たちも追いついてきたし…………」

 

 見やると、置いてきた呪術師たちがもう近くにまでやってきていた。

 私が領域を展開するのを見たのだろうか。

 畏怖するような視線を感じた。

 だけど、今の私からすればそんな視線すら心地良いくらいだった。

 畏怖も尊敬も信頼も。

 そのすべてが、私という存在の強さを物語るだけのスパイスでしかないのだから。

 

 向けられる視線に気をよくしながら、私は次の一手を取ることにした。

 焼き切れた術式はすでに回復している。

 

「出番よ、リヴァイアサン!」

 

 リヴァイアサンを呼び出す。

 

 ビルくらいの大きさのものを4体。それに加えて、通常サイズを100体ほど。

 大技の連発に続いての大量召喚。

 膨大な呪力を消耗してるけど、この程度は私にとってまったく問題にはならない。

 あと十回は同じことを苦もなく繰り返せるだろう。

 

 だけど、これ以上の同時召喚は無理そうだった。

 呪力が底をつくからじゃない。

 呪力量だけで考えるなら、まだまだこの百倍くらいは呼び出せる。

 でも、これ以上リヴァイアサンを召喚しようとすると術式の方が先に限界を迎えてしまうのがわかる。

 

 もっとも、逆に言うとこれくらいの数なら問題ないってことだけど。

 というか、これだけ召喚できれば十分だ。

 

「いいわね、リヴァイアサンたち! 私のために呪霊を食べて食べて食べまくるのよ! あ、あと、危ない人がいたら優しく助けてあげるように!!」

 

 私の指示を受けてリヴァイアサンが動きだす。

 

 次第に戦闘が始まっていく。

 呪術師と呪霊の入り交じる乱戦の様相を見せる京都で、私のリヴァイアサンたちは大活躍してくれるはず。

 

 通常サイズでも並の呪術師よりは強いし、ビルサイズのリヴァイアサンに至っては特級呪霊レベル。

 これができるから、京都には最強の五条さんじゃなくて私の方が派遣されたわけだ。

 

「最高ね。さいっこう! 何もしてなくても自動的に経験値が入ってくるわ!」

 

 リヴァイアサンが呪霊を倒し吸収する。

 他の呪術師が倒した呪霊も、消えてしまう前にリヴァイアサンが溶かして吸収する。

 次々と、私の中に経験値が流れ込んでくる。

 

 とても良い気分であった。

 

 呪霊を倒し、時に窮地に陥る味方を助け、ひいては日本の平和に貢献している。

 窮地を救われた呪術師は感謝をくれるし。

 すごく満たされる。

 幸せだ。

 良く働いて、善いことをして、それが私の経験値へと繋がっていくのだからたまらない。

 とても清々しく、とてもとても良い気分だった。

 

 私は今、最高に生きている。

 

 テンションがぶち上がっていく。

 アゲアゲだ。

 

「ん〜! じっとしてられない! 私も行くわよ!」

 

 立ってるだけで経験値が流れ込んでくるシステムが構築されたとはいえ、私の体はうずうずして黙って立っていることなんてできなかった。

 囁くのだ。

 私の『加虐体質』が、呪霊を蹂躙しろと囁くのだ!

 

 私は戦場を走り出した。

 

 呪霊を蹴り、呪霊を斬り、呪霊を刺し、呪霊を轢き、呪霊を吹き飛ばす。

 

「蹂躙しろだなんてたまらないわ!」

 

 と、テンションアゲアゲで呪霊をいぢめる。

 

 そんな行く先々で危なそうな人を見つければ、すかさず助太刀をして、怪我人がいればリヴァイアサンのひんやりすべすべした背中に乗せて後方へと護送する。

 

「ありがとう!」

 

 と、感謝されれば。

 

「よくってよ!」

 

 と、笑顔で返す。

 

 そんな風に戦場を駆け回り、哀れな呪霊たちを思う存分に蹂躙していく。

 

 戦況は完全に味方優勢に。

 私の個人的なスコアはリヴァイアサンによるものを含めて、過半数を優に超える二千以上。

 正確な数なんて数えてらんないくらい。

 すべて、私の経験値だ。

 

 三千の呪霊だなんて言われてみんなはビビってたみたいだけど、蓋を開けてみればこんなもの。

 だって私がいるのだから。

 被害は少なく、大した危機もなく。

 そうして京都にて巻き起こった百鬼夜行は、私の独壇場のような形で幕を下ろした。

 

 新宿も無事に平定。

 首謀者の夏油さんはなぜか新宿でも京都でもなく、東京高専に現れたらしいけど、戦力外として待機を命じられていた乙骨君の手によって撃破。

 最期は五条さんが、その野望を終わらせた。

 

 12月24日。

 夏油傑が巻き起こした百鬼夜行は、こうして高専側の完全勝利に終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後日、冷静になった私はいっときのテンションによってこの先一生消えないだろう黒歴史を生み出してしまったことに、戦慄し枕を濡らした。

 寝込んだ。

 立ち直るまで二週間かかった。

 

 もう、二度と『加虐体質』を制御せずにテンションぶち上げに振る舞うなんて絶対しない、と。

 私はそう、強く強く心に誓ったのであった。

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