メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ 作:ひのき
一週間ぶりくらいに予定が空いて、今日は高専で授業を受けられる日だ。
それと編入した二人の一年生との初対面。
少し早めに教室にやってきた私は、席についてそわそわとしながら一年生たちが来るのを待っていた。
しばらくして。
がらら、と教室の引き戸が開かれる。
入ってきたのは三人。
恵君と、ピンク色の髪をした男子生徒と、茶髪の女の子。
賑やかに談笑しながらやってきた三人の中、私に気づいた恵君が声をかけてくる。
「裏月さん。今日出席だったんですね」
「おはようございます、恵君。そちらのお二人も」
恵君に挨拶をして、目を丸くしながら私を見ている二人の編入生に手を振る。
とは言っても袖がぶかぶかで手が出ない服着てるので、袖をふりふりしてる感じだけど。
「うわ。美少女すぎてびっくりした」
「うす! 俺、虎杖悠仁。はじめまして!」
「あ、私は釘崎野薔薇よ。ねえ、一年生って私たち三人だけって話じゃなかった?」
「裏月桜です。私は三年生ですよ」
「先輩だったのか」
「裏月さんの学年は今一人しかいないんだよ。一年もお前らが来る前は俺一人だったから、五条先生が一年と三年を兼任で担当してるんだ」
「田舎でよくあるやつ!」
「複式学級って言うのよ」
「へえ。釘崎、詳しいんだな」
「ああん!? 誰がクソど田舎出身のかっぺ女だって!? バカにしやがって、虎杖テメェ表出ろ!!!」
「い、言ってない! んなこと言ってない!!?」
「表出るなら後にしろ。これから授業だぞ」
「チッ、命拾いしたわね。後でボコる」
「ええ!?」
「ふふ」
賑やかな様子に笑ってしまう。
三人はまだ会ったばかりなのに、すごく仲がいいみたいだ。
恵君も表情はわかりにくいけど楽しそう。
そんな賑やかな一年生たち三人の様子を眺めていると、五条さんもすぐに教室にやってくる。
「おはよう、みんな! 揃ってるね!」
「先生、今日は何すんの?」
「そうだね。せっかく今日は桜がいるから、交流も兼ねて模擬戦でもしよっか!」
交流を兼ねた模擬戦かあ。
なんだか、すごく懐かしく感じる。私が入学した時に秤君と綺羅羅とやったよね。
もう二年経ったんだと思うと時間の流れって早い。
「まあ、模擬戦と言っても桜が本気で戦うと今の一年生たちじゃお話にならないから。桜は上手いこと調節して、戦い方を指導してやってよ」
「はい。任されました」
五条さんの言葉にうなずく。
すると、虎杖君と野薔薇ちゃんの二人が不思議そうな顔をして首を傾げた。
「話にならないって。裏月先輩ってそんな強いの?」
「こんな細っちくてお人形さんみたいなのに?」
そんな疑問の声に、恵君がため息を吐く。
「その人、特級だぞ」
「特級?」
「はあ!?」
よくわかってないような顔をする虎杖君に、すごくびっくりした顔で私を見る野薔薇ちゃん。
「俺、まだ特級とかよくわかんないんだけど」
「…………マジで言ってる?」
「マジだ」
「桜は僕の次に強いよ。場合と状況次第では僕よりも活躍できるし、やれることの多さは僕以上かな」
「ねー、俺わかんないんだけど!」
「うっさいわね。何も知らないアンタは黙ってなさい。何も知らないんだから」
「ひど!?」
「悠仁はとりあえず、桜がこの世界で二番目に強いってことだけ覚えておけばいいよ。じゃ、外行こっか!」
校庭。
そこには、一年生三人が息も絶え絶えになって地面に転がっていた。
「つ、強すぎ…………」
「…………術式も使われてないのに、手も足も出ねー」
「やっぱ、まだまだ遠いな…………」
模擬戦は終わった。
とは言っても、戦いらしい戦いにはならなかった。
一年生が三人でまとめてかかってきて、それを私がちょうどいい感じに手加減しつつ倒した。
私は無傷。
一年生たちは死屍累々。
まあ、この結果は当然と言えば当然ではあるけど。
でも、みんな見どころがあった。
恵君が強いのはわかってたことだけど、虎杖君も野薔薇ちゃんも光るものがちゃんとある。
「虎杖君は身体能力が高いんですね」
「パワーもスピードもまったく敵わなかったからそう言われても自信なくすけど」
「いえ、すごい素質ですよ。呪力の強化も全然なのに、すでに並の呪術師よりも動けてます。フィジカルギフテッドではないんですよね? 今はまだ何もかも足りてませんけど、伸び代はすごいです。最終的には体術では他の誰にも負けないくらいになるかと」
「そ、そうかな?」
「自信持って良いと思いますよ。がんばってください」
「…………へへ、うす!」
虎杖君は気合いを入れるように拳を叩いた。
「野薔薇ちゃんは近接鍛えましょうか」
「近接かぁ…………筋トレ?」
「それと体力作り、体術。呪力操作の精度もですね」
「でも桜先輩は筋肉ないわよね」
「あはは……私はちょっと特殊なので」
野薔薇ちゃんの指摘に苦笑する。
私の場合は呪力総量と出力による暴力だ。
普通じゃない。
乙骨君も同じタイプだね。
でもこれができるのは本当にごく一部で、他に近接が強い秤君や東堂君みたいな人は筋肉ムキムキだ。
呪力強化と素の身体能力の相乗効果。
それが近接の基本。
まあ、私の場合は素の身体能力もドレインで経験値を得てレベルアップしてるから、相乗効果がますますすごいことになるんだけど。
そこのところは虎杖君の完成形みたいな感じなのかな。
彼はなんなんだろうね。
不思議。
でも、こんな筋力もないような見た目で虎杖君くらい身体能力が高いことは例外中の例外。
特殊も特殊。
まったく参考にならないもんね。
こほん、と私はわざとらしく咳払いをして話を戻す。
「野薔薇ちゃんの術式は強いですけど、適性的にはサポート向きです。でも野薔薇ちゃんの性格的に前に出るのが好きみたいなので、しっかり鍛えましょうね」
「がんばるわ」
あとは恵君だけど。
「恵君は強くなる手段が明確ですよね」
「調伏ですね」
「はい。そのために地力を鍛えるのと、式神の使い方を工夫するのと。あとは『十種影法術』は複雑な術式ですから、解釈を広げてみたりでしょうか」
「術式の解釈…………」
「一般論レベルのアドバイスですけど。私自身、術式の解釈を広げた拡張術式とかはあんまりですし」
一応、リヴァイアサンの使い方はいろいろと実用化できてるのがあるんだけど。
でもそれは拡張術式というほどのものではなくて、式神の使い方を工夫してるだけに過ぎない。
拡張術式らしいものとなると、津美紀ちゃんの体から呪いを取り除いた時みたいなものがそれになるのかな。
う〜ん。
それも微妙か。
「桜は基本スペックでゴリ押ししてる面が強いからね。まあ、呪力操作は下手じゃなくむしろめちゃくちゃ上手いけど。かと言って小細工もする必要もないし。結局、それが一番強い形だからそうしてるわけだ」
五条さんがそんな風に口を挟む。
「実際、裏月さんってどうなんですか?」
「呪力総量は僕の十倍…………いや、二十倍はあるのかな。ぶっちゃけ多すぎて実質的に無限って言っても良いくらいだよ。呪力操作が上手いから効率も良いし。大技を何百発撃っても呪力切れにはならないよね」
「にじゅ……っ!?」
「出力も桜の最大値は僕の三倍くらいかな。術式も強いし。これだけ強くても術式の性質上まだまだ青天井に成長するんだから面白いよね」
「…………」
「…………」
「何も知らない俺でも、裏月先輩が規格外でやばすぎるってことはなんとなくわかった」
恵君と野薔薇ちゃんからは絶句とともに信じられないものを見るような目。
虎杖君からも驚きの目を向けられてしまった。
実際の呪力総量とか、恵君に言ったことないもんね。というか誰にも言わないんだけど。
五条さんは六眼で把握してるんだ。
まったく、勝手に人のこと話して。そのせいで後輩に怖がられたりしたらどうするの。
「でも、最強は五条先生なんだよね?」
「呪術は単純なスペックだけじゃないんです。私と五条さんでは、強みもそれぞれですし」
「へえ〜。呪術って奥が深いんだなあ」
一般出身だからかイマイチ理解しきれていない虎杖君のそんな呑気な感想に、少しだけ硬くなっていた空気が柔らかくなるのであった。
と、そんな感じで新しい高専の仲間である虎杖君と野薔薇ちゃんとの初対面を終える。
みんな良い子だし楽しそうな一年生たちでよかった。
仲良くなれそうだね。
その日の放課後。
一年生が解散したあと、用があるとかで私だけ個別に五条さんに呼び出された。
「悠仁ってさ、宿儺の器なんだよね」
「…………はい?」
開口一番言われた言葉に私は困惑する。
「えと、宿儺って。あの?」
「千年前の呪いの王。両面宿儺のことだよ」
「器って言うのは」
「宿儺の指を取り込んだ受肉体ってこと。だけど体を乗っ取られることはなく、肉体の主導権を宿儺に奪われずに完全に抑え込んでる」
それってまずいんじゃ。
両面宿儺のことは知ってる。
千年前の平安時代に実在した呪術師で、史上最強と言われてる呪いの王だ。
しかも歴史に数々の悪行が残る極悪人だ。
二つの顔に四つの腕を持つ異形の姿をしていて、死後はその二十本の指の一つ一つが特級呪物として残された。
そんなのが受肉したって。
でも、虎杖君は宿儺を抑えこんでるって。じゃあ大丈夫なのだろうか。
それでも危険な気はするけど。
「というか、そもそもどうして虎杖君は特級呪物なんてものを取り込んだのでしょうか。もしかして、津美紀ちゃんのときと同じように?」
「いや。悠仁は自分の意思で取り込んだらしいよ」
「ええ…………」
何やってるの、虎杖君。
「上層部は悠仁の秘匿死刑を決定した」
「それは」
正直、正しい判断だと思ってしまう。
虎杖君を処刑するのは感情で考えるなら反対だ。でも、論理的に考えるのなら正解だ。
両面宿儺の受肉。
そんな一大事を見逃せば、後でいったいどれだけの犠牲が生まれるのかわからない。
今制御できていてもずっと続く保証はない。
だから、被害が出る前に虎杖君を処刑するという上層部の判断を簡単に否定することはできない。
私個人の考えとしても、宿儺が暴れて多くの人を殺すような事態になることは看過できない。
「まあ、桜的には悩ましいよね」
「…………そですね。リスクを考えるなら秘匿死刑には賛成するべきです。でも」
今日の短い交流でも、虎杖君がとても良い子だってことはよくわかった。
秘匿死刑なんてひどい話だ。
小を切り捨てて大を助ける。
それは一見すると正しい考え方だけど、世界というのはそんな単純な構造にできていない。
人の命は数字じゃない。
「とは言っても、悠仁の秘匿死刑は執行猶予付きなんだ」
「執行猶予?」
「僕が持ちかけたんだ。特級呪物は破壊できないでしょ? でも受肉した人間を殺せば、特級呪物を諸共消し去ることができる。だから『どうせ殺すなら、全ての宿儺を取り込ませてから殺せばいい』ってね」
「…………なるほど、虎杖君が指を二十本取り込むまでが執行猶予ということですか」
「そゆこと」
じゃあ、虎杖君は指をすべて取り込むまでの間は執行猶予として処刑を免れることができるんだ。
秘匿死刑の、それ自体の是非は別として。
ニヤリ、と五条さんは笑う。
「で、ここに両面宿儺の指があります」
そう言って五条さんが取り出したのは、屍蝋化した一本の指。
感じる呪いの強さ。
これが特級呪物、両面宿儺の指。
「桜、これ経験値にしちゃいなよ」
「…………すごい詐欺を見ました」
少し考えて、五条さんのやりたいことに気づいた私は思わずそんな言葉を呟いてしまった。
五条さんは悪びれることなくニヤニヤと笑う。
「上層部は桜が唯一、特級呪物をこの世から消し去ることができるのを知らないんだ。知ってるのは桜本人と、津美紀から呪いを取り除いたあの場にいた僕と恵だけ。恵には口止めしてるし、僕も報告してないからね」
「…………虎杖君が宿儺の指を二十本取り込むまでが執行猶予。逆に言えば、二十本揃わなければ実質的に秘匿死刑にはならない。その内の一本を私がこの世界から消し去っておけば、虎杖君はこの先何がどうあっても絶対に処刑されることがなくなる、ですか」
「正解!」
本当にひどい。
五条さんは最初からこの計画を考えた上で、上層部に執行猶予の話を持ちかけたのだ。
一見するとたしかに良い提案だ。
両面宿儺の指は『周囲に害を与えない代わりに破壊できない』という縛りを持つ特級呪物の一つでありながら、あまりにも隔絶した呪いゆえに、呪霊を引き寄せたりしてしまうというとんでもない危険物だ。
そりゃあ、上層部だって破壊できるものならしたいだろう。
そんな両面宿儺の指の破壊が、虎杖君を利用すれば叶うと。
甘い言葉で上層部の首を縦に振らせたのだ。
五条さんは最初から、虎杖君を秘匿死刑にさせる気なんてさらさらなかったというのに。
詐欺だ。
こんなの、ただの詐欺師である。
「桜は宿儺が悠仁の制御を脱して復活することを懸念してるみたいだけど、万が一そうなっても大丈夫でしょ。僕がいるし、桜もいる。相手が宿儺でも負けないさ」
「楽観的すぎませんか?」
「桜は心配しすぎだって。そもそも、桜だって悠仁が処刑されていいなんて思ってないでしょ」
「それはもちろん、そうですけど」
「まあ、桜の能力で悠仁の体から宿儺を引きはがせるならそれが一番良いんだけどさ。見た感じ、完全に混じってるから難しいと思うんだよね」
「そうなんですか?」
「津美紀のときとはワケが違うね。あれは特級呪物が封印状態で受肉がまだされてなかったし。今の悠仁の状態で無理に引きはがそうとするのは危険かな」
五条さんはそう言って肩をすくめた。
六眼で見てそう判断したというのなら、私の『メルトウイルス』では虎杖君に影響を与えず体から宿儺だけを引きはがすのは無理なのだろう。
実際、別に『メルトウイルス』は万能な力というわけでもないし。
仮に魂でも観測できるのなら違うかもだけど。虎杖君と宿儺の意思が別個で存在してるのなら、肉体はともかく魂は混ざってないってことになる。
もしも観測できれば、虎杖君を傷つけずに宿儺の魂だけを溶かしてしまうことができるのかな。
まあ、無理だよね。
魂の観測なんてどうすればいいのかわかんないよ。
「それにさ」
五条さんはニヤリと笑う。
「完全な宿儺の器なんて、千年間現れなかった逸材だ。面白いでしょ?」
「…………はぁ」
ため息を吐く。
結局、それが五条さんの一番の本心なんだろうな。
この人はそういう人だから。
はいはい、新しいデジモンは虎杖君ってことね。
「今はまだ未熟だけど、悠仁が呪術師として成長して体に宿る宿儺の力を自分のものとして引き出せるようになったら頼もしいしさ。呪いの王が味方になるってことだよ。桜の考え方的にも悪くないんじゃない?」
「丸め込もうとしてますよね」
たしかに虎杖君が宿儺の力を完全に身につけて、それを世のため人のために使ってくれるなら、呪霊による被害はすごく減るし呪術師はみんな楽になる。
とりあえず宿儺の実力を私や五条さんと同等と見積もるとして、つまり最高戦力が一人増えるのだ。
社会のため。
平穏のために。
それはたしかに、魅力的ではあった。
「何にせよ。とりあえずこれは桜にあげるよ」
五条さんが宿儺の指をぴん、と弾いて放り出すので、小さなリヴァイアサンを呼び出して受け止める。
そして、毒で溶かして吸収した。
さすがは宿儺の指といったところだろうか。二十本に分かれた内の一つでしかないのに、すごく質の良い膨大な経験値が秘められているようだった。
「…………宿儺の指でも問題なく、か」
五条さんが感心したようにつぶやいた。
「それで、何をドレインしたの?」
「領域は以前の特級呪物をドレインした際に習得したので、今回は反転術式を習得させてもらうことにします。さすがは呪いの王って言われてるだけありますね。すっごく質の良い経験値です」
「いや〜、結局は桜が一番おかしいよね! 宿儺の器な悠仁も、桜と比べたらまだ普通かな!」
「…………まあ、そですね」
五条さんの言葉を否定できない私であった。
それから、すぐのことだった。
――虎杖君が任務で命を落としたという報告を受けたのは。