メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ   作:ひのき

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「パンダ!」

 

「おう、桜じゃねえか。今日は任務休みか」

 

「はい。恵君と野薔薇ちゃんが教室にいなくて、こっちかなって来てみたんですけど」

 

「見ての通り、修業中だ」

 

 今日は任務休みの日。

 校庭にやってくると、パンダの背中が見えたのでその背中を抱きしめてさっそくもふる。

 

 教室にいなかった一年生たちはどうやらこっちにいたみたいで、今は一年生二人と真希ちゃんが組手をしているようだった。

 近接なら真希ちゃんだよね。

 恵君も野薔薇ちゃんも近接戦闘は伸ばしたい項目だし、真希ちゃんは良い先生だと思う。

 

「狗巻君もこんにちは」

 

「しゃけ」

 

 パンダの隣に座っていた狗巻君に声をかけると、おにぎりの具でお返事してくれる。

 彼は強力な術式である『呪言』を持っているけど、それゆえに暴発を防ぐために自由に話すことができない。

 そのために狗巻君はこうして、おにぎりの具だけの語彙でしゃべるのだ。

 なかなかユニークな後輩である。

 

「パンダ、一年生たちの様子はどうですか?」

 

「めちゃくちゃ頑張ってるぞ。仲間が死んでも、それで折れずにむしろ奮起してる。最近はメキメキ実力を伸ばしてるし、すっかり頼もしい感じだな」

 

 パンダの言葉に安心する。

 

 虎杖君が死んだという報告を聞いたとき、私はかなり大きなショックを受けた。

 高専の学生、仲間が死ぬのは初めての経験だったから。

 

 でも、恵君と野薔薇ちゃんの方がもっと大きなショックを受けているに決まっている。

 だから心配していたけど。

 パンダが言うには、それとこうして私自身の目で見る限りは大丈夫そうだった。

 

 むしろ奮起してるくらいだという。

 すごい後輩たちだよ。

 

「あ、桜じゃねえか!」

 

「真希ちゃん」

 

 パンダや狗巻君と話していると、組手を終えたらしい真希ちゃんが私に気づいたようだ。

 しかしなぜか怒った顔。

 肩をいからせながらずかずかとやってきた。

 

「悟から聞いたぞ! オマエ、今年の交流会出ないんだってな!」

 

「ま、真希ちゃん、怒ってます?」

 

「あたりまえだろ! 他の三年は停学してるし、憂太は海外行ってるし! あげく桜まで出ねぇって、飛車角金銀落ちかっての! 勝つ気あんのか!?」

 

「で、殿堂入り的なやつですよ」

 

「ウソつけ! オマエ、東堂から逃げてるだけだろ!」

 

「うぐ」

 

 私は怒れる真希ちゃんから逃れるように、パンダの大きな背中に顔を隠した。

 

「まあまあ、落ち着けって。アイツにつきまとわれてる桜の気持ちも考えてやれよ、真希。オマエだって、アレにつきまとわれてたら顔を合わせるの嫌だろ?」

 

 パンダが真希ちゃんにずばりと言ってくれる。

 

 ありがとうパンダ。

 かわいいし優しいし、もふもふしてるし、やっぱりパンダは最高のパンダだ。

 すき。

 保護されて動物園に連れてかれちゃダメだからね。

 

 私はパンダの説得力アリアリな言葉に全力で乗っかり、怒れる真希ちゃんに反論することにした。

 

「そです! パンダの言う通りです! 他人事だと思って! 真希ちゃんだって、東堂君の頭のおかしさを知ってるはずです!」

 

「しゃけしゃけ!」

 

 狗巻君も乗っかってくれる。

 

「チッ」

 

 真希ちゃんは舌打ちをしてそっぽを向く。

 

 よかった。

 納得してくれた。

 パンダと狗巻君のとりなしのおかげで、真希ちゃんの怒りはなんとか収まったみたい。

 

 私は今年の交流会は参加しないって、去年からもうずっと決めてるのだ。

 何を言われたって出てやらないもんね。

 

「でも真希の言うことも一応、理はあるぞ。桜が交流会をサボったっていうのは事実だ」

 

「パ、パンダ…………? 私を裏切るんですか?」

 

 嘘でしょ。

 

 パンダは私にとって昔から一緒にいた弟のような、家族のような存在なのだ。

 パンダだけは絶対に私を裏切らない。

 そのはずなのに。

 

 私は愕然としながら、よろよろとパンダから離れた。

 

「俺としては、そのおかげで経験を積むチャンスが得られるならむしろありがたいくらいですが」

 

「私も。桜先輩に感謝してるわよ」

 

「恵君、野薔薇ちゃん…………っ!!」

 

 会話に入ってきたのは恵君と野薔薇ちゃんだ。

 私は感動する。

 やっぱり一年生たちはとっても良い子。向上心があって強くて、優しい。

 東堂君の魔の手から私を庇ってくれる素敵な後輩たちだ。

 

「いやいや、勘違いするな。俺だって別に、桜に東堂の待つ交流会に出ろとは言わないぞ」

 

「パンダ……! やっぱりパンダは私の味方なんですね!」

 

 信じてたよ、パンダ!

 私は再びパンダのもふもふな背中に抱きついた。

 

「というか、東堂って誰よ。伏黒知ってる?」

 

「京都校の三年。俺は会ったことないけど、裏月さんが唯一苦手にしてる相手だって聞いてる」

 

「え、それやばくない? 桜先輩が苦手って、その東堂とかいうやつそんな強いの?」

 

「いや、東堂は頭がおかしいだけだぞ。実際強いが、桜との戦績は桜の868勝0敗だ」

 

「…………戦いすぎでしょ。仲良し?」

 

「そ、それ、東堂君が勝手に言ってるだけです! 実際は三回しか戦ったことないですけど!!!!」

 

「え、そうだったのか」

 

「おかか」

 

「うわぁん! 東堂君の妄想が私の知らないうちに噂になって真実扱いされてます!!!!」

 

 私は泣いた。

 パンダの背中を涙で濡らしてべちゃべちゃにした。

 

「なるほど、頭おかしいってそういう感じなのね」

 

「東堂か。チッ……裏月さんを泣かせやがって」

 

「高菜」

 

「元気出せ。カルパス食うか?」

 

「桜、オマエ…………」

 

 みんなが私を同情するような目で見る。

 

 さっきまで怒っていた真希ちゃんも、泣きわめく私を見てさすがに心配そうにしてくれていた。

 

「ま、まぁ、桜の事情はわかった。私だって別に鬼じゃねぇ。この期に及んで、交流会に出ろとはもう言わん。だがその代わりの責任を果たしてくれ」

 

「責任、ですか?」

 

「これから交流会まで、任務が休みのときだけで構わねぇから私たちを鍛えてくれ」

 

「桜が交流会に出ない代わりに、交流会に出る俺たちをまとめて底上げしてもらうってことだな。ちょうど俺も同じような提案をしようとしてたところだ」

 

「ツナマヨ」

 

「なるほど。それならお任せください!」

 

 真希ちゃん、パンダ、狗巻君の提案にうなずいて答える。お安いご用だ。

 どこまで役に立てるかわからないけど、交流会に参加しない分みんなを鍛えるというのは、私としても願ったり叶ったりではあった。

 不参加はちょっとだけ、罪悪感あったし。

 

 交流会まで二ヶ月くらい。

 私は基本的に任務が多くて忙しいから、あまり鍛えて上げられる機会は多くないだろうけど。

 できるだけ、がんばらせてもらおう。

 

「じゃあさっそく、今日からみんなの鍛錬のお手伝いしますね!」

 

 そうして、私は二年生と一年生全員の鍛錬を見てあげることになったのだった。

 

 

 

 

 

 高専内のとある部屋。

 みんなの鍛錬を見てあげている最中、いきなり五条さんに呼ばれた私はその部屋の扉を開いた。

 

 いったい何のようだろう。

 と、部屋の中へ足を踏み入れた私の目には——信じられない光景が飛び込んできたのだった。

 

「あ、裏月先輩! 久しぶり!」

 

「…………い、虎杖君?」

 

 生きてる。

 めっちゃくちゃ元気に、生きてる!

 

「???」

 

 混乱し、後ろへと振り返る。

 

 私に続いて部屋に入ってきた五条さんは、それはもうニマニマとしながら驚く私を笑っていた。

 

「サプラ〜イズ!!!!」

 

「人の心とか考えたことあります?」

 

 その無駄に長い脚の脛を、私は全力で蹴った。

 

 腹立つ〜!!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「——つまり君たちのボスは、今の人間と呪いの立場を逆転させたいと。そういうわけだね?」

 

 繁華街のファミレス。

 ある集団がいた。

 一人は人間。その人物は長い黒髪を束ね、()()()()()()()()という異質な風貌をしていた。

 

「少し、違う」

 

 そう返した人物は、しかし人間ではなかった。

 

 溶岩を吐き出す火山のような頭。

 一つ目の顔。

 呪霊だ。

 

 額に縫い目のある人間と、火山頭の呪霊。

 そして少し離れたところにはさらに二体の呪霊が控えており、両者の会話を見守っていた。

 人間が一人。

 呪霊が三体。

 それは明らかに異質な集団であった。

 

「人間は嘘でできている。表に出る正の感情や行動には必ず裏がある。だが負の感情。憎悪や殺意などは偽りのない真実だ。そこから生まれ落ちた我々呪いこそ、真に純粋な()()()"人間"なのだ」

 

 さらに異質なのは、呪霊でありながらその火山頭がはっきりとした意志と理性を持ち合わせて、人間との会話を成立させているということ。

 すなわち、その呪霊の格がいかに高いのか。

 それを如実に示す事実であった。

 

 そんな高位の呪霊である火山頭は、頭頂から火を踊らせながら決然として告げた。

 

「偽物は消えてしかるべき」

 

 そんな呪霊の言葉に、額に縫い目のあるその人間は当然の事実を答える。

 

「…………現状、消されるのは君たちだ」

 

「だから貴様に聞いているのだ。我々はどうすれば呪術師に勝てる?」

 

 問い質す呪霊。

 向かい合うその人物は、肩をすくめた。

 

「さあ、どうかな」

 

「貴様…………馬鹿にしているのか?」

 

 呪霊が額に青筋を浮かべる。

 怒りを表すように頭頂から火を噴き、店内の温度が急激に上がる。

 

「状況があまりにも悪すぎるんだ」

 

「状況だと?」

 

「元々、この時代には五条悟がいた。それだけでも厳しいけど、なおさら今は裏月桜がいる」

 

「ふむ…………」

 

 火山頭——漏瑚と呼ばれた呪霊が考え込む。

 

「だが、最強は五条悟なのだろう?」

 

()()()

 

 どこか愉快そうにその人物は笑みを浮かべた。

 

「五条悟は最強だ。だけど、言ってしまえばあの男はただ最強なだけとも言える。でも、裏月桜は違う」

 

「なんなのだ、その裏月桜というのは」

 

「彼女はすごいよ。人間という生命の可能性の体現者だ。ハッキリ言って秘めているモノは宿儺以上だよ。まさか、あのような人間が私の感知しないところで勝手に生まれてくるとは。これだから人間は面白い。私の手でアレを作り出せなかったことは心底残念だけどね」

 

 機嫌良さそうに、饒舌に語る。

 目の前に座る人間のそんな様子に苛立ったのか、漏瑚はそれを遮るように口を開いた。

 

「御託はいらん。要は我らが勝てるかどうかだ」

 

「策はある」

 

 指を三つ、立てる。

 

「五条悟を戦闘不能にし、両面宿儺——虎杖悠仁を仲間に引き込む、そして宿儺に裏月桜を殺してもらう」

 

 しかし漏瑚は怪訝に尋ねる。

 

「死んだのであろう? 虎杖というガキは」

 

「死んでたら御破算だね」

 

「ふん、裏月桜とやらの対処を宿儺に任せるのはわかった。では、五条悟はどうする。我々が束になれば勝てるのか?」

 

「君たちだけでは無理だ。だけど、六眼の殺し方は過去に証明されている。それを再現する力は、すでに()()()()()に宿っている。探すのに苦労したけどね。だけど裏月桜もいることだし、最善は尽くさせてもらった」

 

()()、貴様が五条悟を殺ると?」

 

 禪院——そう呼ばれた額に縫い目のある()は、しかし否定するように首を振った。

 

「無理無理。六眼の倒し方の解はすでにあるが、それを踏まえても勝てるとは思えないかな。それに五条悟は過去の六眼と比べても格段に強い。私が戦うのは、これしかないって場合に備えた最終手段だ」

 

「では、どうするというのだ」

 

「もっと確実な手段————『獄門疆』を使う」

 

「獄門疆……? 持っているのか!! あの忌み物を!!」

 

 漏瑚の頭頂から勢いよく溶岩が噴き出る。

 

「漏瑚、興奮するな。暑くなる」

 

 店内の温度が、漏瑚の興奮に引っ張られるように上がっていく。

 その時、店員の一人が禪院と見えていないだろうが漏瑚の座るテーブルの方へと向かってくる。

 いつまで経っても注文をしないことにしびれを切らしたのだろう。

 興奮した漏瑚は、近づいてくる店員の男を術式で燃やそうとし——それを禪院が止めた。

 

「話はまだ終わってない」

 

 禪院はやってきた店員に適当な注文をしてから、気を取り直すように漏瑚と向かい合う。

 少し間を置いて、漏瑚の興奮も少しは冷めたようだった。

 

「だけど、ここまでやって状況はやっとイーブンだ。五条悟を獄門疆に封印し、宿儺が裏月桜を殺すか最低でも相討ちに持っていく。その後は五条悟と裏月桜を欠いた呪術師を君たちだけで全滅させないといけない。宿儺はおそらく、裏月桜に勝ったとしても戦闘後万全ではない。頼ることはできないと想定しておいた方がいいだろう」

 

「待て、宿儺で相討ちだと?」

 

「私は彼女をそのレベルで見積もっている。裏月桜はあと一年……いや、半年もあれば五条悟を完全に超えるだろうとね。時間は敵だ。時が経てば経つほど、いずれ宿儺でも手に負えなくなる可能性が高い」

 

「裏月桜とやらが完成する前に叩かねばならんのだな」

 

「裏月桜に完成はないよ。彼女にあるのは成長だけだ。手遅れになる前に決着をつける必要がある」

 

 禪院はそう、断言した。

 

「今年いっぱいまでが最後のチャンスだ。それ以降では裏月桜を殺せなくなる」

 

「ならば、裏月桜を獄門疆に封印するのはどうだ。貴様の話を聞いている限り、裏月桜を五条悟よりも危険視しているように見える。貴様は六眼の殺し方を知っていると言っただろう。宿儺も五条悟にぶつければ良い」

 

「ダメだ。裏月桜は封印ができない」

 

「なぜだ?」

 

 即答する禪院に、漏瑚は怪訝な顔をする。

 

 そして禪院は裏月桜を封印できない理由、その特異性を口にした。

 

「裏月桜は特級呪物を破壊できる」

 

「何だと! それは事実なのか!?」

 

「すでにとある特級呪物によって確認された事象だ。仮に裏月桜の封印を成功させることができても、獄門疆の内側から破られ簡単に脱出されるだろうね」

 

「破壊できないから特級呪物だろう!!」

 

「彼女にはその常識が通用しないんだ」

 

「チッ……」

 

 漏瑚は禪院の言葉に顔を歪ませ、舌打ちをする。

 しかし、その直後には何かに思い至ったかのように、ハッとした顔で立ち上がり叫んだ。

 

「待て! 特級呪物……! 『宿儺の指』はどうなる!!」

 

「宿儺の指は特別…………なんて、楽観的に考えない方がいいだろうね。一刻も早く、高専の忌庫に納められている分も含めて私たちの方で回収する必要がある」

 

「最悪だな」

 

「予想するに、五条悟は虎杖悠仁の秘匿死刑を反故にするために一本は裏月桜を使い確実に破壊している。二本目以降は、あの男の性質的に温存して段階的に虎杖悠仁へと与える可能性の方が高いとは思うが」

 

「すでに宿儺の完全な復活は叶わないと?」

 

「一本や二本ならカバーする手もなくはない。それ以上は厳しいかな。仮に宿儺の力が想定以上に損なわれれば、私たちの計画は根本から破綻する」

 

「そうか……たしかに我らにとって状況が悪いようだな」

 

「理解できたようで何より」

 

 機嫌悪そうに漏瑚は鼻を鳴らす。

 

「禪院。儂は宿儺の指何本分の強さだ?」

 

「甘く見積もって八、九本分ってところかな」

 

「そうか」

 

 漏瑚は意を決したように告げる。

 

「裏月桜は時が経つほどに強くなるのだろう? であれば今が最も弱いということ。そうだな、禪院」

 

()る気かい?」

 

「ああ」

 

 強大な呪力をみなぎらせ、漏瑚は壮絶に宣言した。

 

「————裏月桜は、儂が殺す!!」

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