メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ 作:ひのき
あの変なやつら。
私の視界の端に常に映ってきて、うっとうしくて日常生活に支障をきたすくらい気になってきた。
普通に邪魔。
気持ち悪いし、嫌な気配だし。悪意とか害意みたいなものをなんとなく感じる。
人前では見えていないフリをするけど、そろそろ限界が近くなっていた。
それに、こいつら人に危害を加えるタイプのやつだ。
物理的な実害を与えることはないみたいだけど、人に取り憑いて体調を崩させるとか。
そういうことをしていると観察してわかった。
…………幽霊、なのかな。
何にせよあまり良い気分はしない。
視界に入ってきて邪魔だし、嫌な気配を漂わせていることもだし。
そして何より、見えてないことをいいことに一方的に人に悪影響を与えていることも。
私は他人を助けたいと思ってる。
この体を譲り受けた者として、幸せに生きていくことを決めた。
そのためには他人を助けるべきだと強く思う。
正しく、生きるべきだと。
幸せというのは正しく生きている善人が得るべき権利、利益だと私は思ってる。
他人を幸せにして、それが自分の幸せになる。
理想論かもしれないけど、私自身も
そうであるべきだと願ってる。
善人は報われるべきであり、悪人は裁かれて然るべきであり。
私は、善人でありたい。
だから私は他人を可能な範囲で助けたいと思うのだ。
それが
と、そう思ったので。
私は近所に住んでいる女性――最近腰痛がひどいと腰を叩く彼女の、その腰回りに取り憑く人面のイモムシのような気持ち悪いそいつへ向けて。
鋼の足を振り抜き、蹴り砕いた。
やはり幽霊だったのだろうか、溶けるように消えていく人面イモムシのバケモノ。
すると女性が、気がついたように声を漏らした。
「…………あら? 急に、腰痛がなくなったわ」
「よかったです。でも、無理は禁物なのでゴミは私が代わりに出しておきますよ」
困惑する女性に私はそう言って、彼女の手からゴミ袋を取りあげる。
今の時間は早朝。
ゴミ出しの日で、家を出たところで近所に住む彼女と顔を合わせて、あいさつをしている時だった。
「そんな、悪いわ」
「いいんです。そんなに重たくないですし。私に任せて、今日のところは休んでおいたほうがいいです」
「そう…………そうね。また痛くなったら困るし、お言葉に甘えるわ。ありがとう、桜ちゃん」
女性は微笑んで私の頭を撫でる。
その顔は優しく、撫でてくれる手からは心地良いたしかな暖かさを感じた。
「桜ちゃんは頑張ってて、本当に偉いわね。一人になっちゃって大変なのに。前にあなたのお義父さんが教えてくれたわ、手のこともあるんでしょう?」
「…………えへへ、ちょっと不器用なんです」
「困ったことがあったら何でも言ってちょうだい。私に手伝えることがあれば、手伝うわ」
「はい! ありがとうございます! そのときは、頼らせてもらっちゃいます!」
「ええ。遠慮しなくていいのよ」
そんな遣り取りに胸が暖かくなる。
他人を助けるという優しさに対して、応えるようにその相手から優しさが返ってくる。
そんな優しさの交わりに心が満たされ、幸せになる。
他人を助けるのは善いことだ。
善いことをすると幸せになれるし、その相手からの感謝やお礼が返ってくるともっと幸せになる。
偽善かもしれない。
打算的で、自らが幸せになるための自己満足な行為かもしれない。
でも、それで良いと思った。
誰も損をせず、みんなが幸せになれるならそれはとても良いことだから。
うん。
やっぱり、私は他人を助けたい。
絶望しきって心を閉ざした少女のためにも、私は善いことをしてこの心をもっと暖かくしたい。
幸せを積み重ねていきたいと改めて思う。
「…………そうだ。あの幽霊たち、もっと倒そう」
それは幸せになるために。私自身が幸せになり、他の人たちも幸せになれるように。
人知れず人に悪影響を与えるやつらを倒す。
そんな善いことを積極的にしていこう、と。
私は今、そう決めた。
あの幽霊っぽいやつらは街中によくいる。
でも、より多く幽霊たちが現れるのは学校とか病院とかが多いみたいだった。
理由は推測になるけど、多分人が死んだり、怪談になったりするからじゃないかと思う。
ほら、幽霊だし。
病院は多くの人が死んでしまう場所で、学校は怖い話や怪談の定番だ。
だから私は、街中で遭遇した幽霊たちは学校の登下校中や買い物、散歩などをしている際に見かけるなり積極的に倒すようにして、学校に出る幽霊はときおり真夜中に忍び込んでは倒すようにしていた。
さすがに病院には、真夜中であっても忍び込むことができないから手を出すことはできなかったけど。
今も真夜中、別の学区の小学校に忍び込んで幽霊たちを全滅させたところだった。
「ふう…………今日は大物がいたけど、何とかなった」
大物。
私がそう呼んでいるのは、文字通り大きな幽霊のことだ。幽霊たちは個体によって別々の姿をしていて、強さもそれぞれでまったく違う。
弱い幽霊だと蝿のような姿で、ぺちんって軽く払うだけですぐに消えてしまうくらいのやつがいて。
強い幽霊だとサイズが大きくなり姿もよりグロテスクに、力があって抵抗もしてくるようになる。
もっとも、私――姿だけでなく、能力までもメルトリリスと同じスペックを持つ私の前では、どちらにせよ大した相手ではなかった。
ひと蹴りで強めの幽霊でも簡単に倒せてしまう。
さすがはメルトリリスといったところだろう。
「っと、大物だし、消える前に吸収しとかないと」
私は右足の形状を変化させて足の先に剣に作り出す。
ひと蹴りで撃破し、足元に転がしたまま沈黙していた大物へとその剣を突き刺す。
そして。
突き刺した刃から毒――メルトウイルスを注入する。
すると、大物の体はドロドロに融解されスライムのような姿へと変化する。
私は幽霊だったスライムを足先の剣から吸収した。
直後、肉体のスペックがわずかに上昇する感覚。
「いつこの世界が牙を剥いてくるかわからないもんね。備えとして、少しでも強くなっておかないと。その時になって力及ばずじゃ遅いし」
Fateの世界は過酷だ。
この世界が果たしてどの世界線なのかはわからないけど、備えあれば憂いなし。
でもいつ何が起こるとかは、年代とかまでは詳しく覚えてないから推察することができないんだけど。
私、Fateを含む型月作品をすべて通ってきたわけじゃないし。
ぶっちゃけあまり詳しくない。
ただでさえ設定が複雑で難解でついていくのも難しいし。忘れてることも多いだろうし。
とりあえず、私がメルトリリスの姿をしてるってことは月の聖杯戦争が起こるEXTRAの世界線が有力なのかなっていうのは思うけど。
でも、だとしても今こうしてメルトリリスである私が地上に存在している理由が謎だし。
そもそも、
とにかくよくわからない、っていうのが現状だ。
とりあえず調べたけど、冬木市っていう街がこの日本には存在していないことは確認済み。
Fateの世界線のどれかに冬木市が存在しない並行世界があったりするのだろうか。
それを知っていればよかったんだけど。
残念ながら、やっぱり私はFateの専門家じゃないからそんな世界編の有無も不明だった。
「だからこそ、何が起こってもいいように強くなっておくのは無駄にはならないって思うんだよね」
その点、メルトリリスの力はありがたかった。
――オールドレイン。
メルトリリスの持つ
体内で生成される蜜にして毒であるメルトウイルスを対象へと注入し、その対象の持つ要素の中から略奪する情報を抽出し、液体へと溶解させる。
そして抽出した情報へと溶かされ液体となった対象を吸収し、自らを強化する糧とする。
抽出できる要素は多岐にわたるが、基本的には自らを手っ取り早く強化できる『経験値』か『容量』。
この無慈悲なオールドレインによってメルトリリスは再現なく自己を強化できる。
Fate/EXTRA CCCの作中では、この能力によってレベルを999という規格外の数値まで強化し、他者を蹂躙するような圧倒的な力を得ていた。
オールドレインというのは、それだけの可能性をもたらすことのできる強力な能力なのだ。
ちなみに私は今回、大物を『経験値』として吸収した形だ。
「何かことが起こる前に…………それが聖杯戦争か、人理焼却か、何かはわからないけど。それまでにできる限り強くなっておかないと」
相変わらず幽霊たちの正体は定かではないけど、ぶっちゃけちょうどよかったかな。
私の養分となる幽霊たちには悪いけど、人間を殺して吸収するわけにはいかないからね。
まあ、こいつらは人間に危害を加えるし。
相容れない存在であることは間違いないだろうから、何にせよ倒すしかない。
それが他人の助けになるのだ。
で、そのついでに私も強くなるというだけである。
一石二鳥というやつだ。
「…………ふわあ。そろそろ帰ろうかな」
この学校の幽霊は全部倒した。
今日のところは十分だろう。
時間もだいぶ遅いし、明日も学校があるから早く帰って寝ないとね。
と、私は帰路につくのであった。
そんな日々を過ごしてしばらく。
ある日突然、私の家に見知らぬ訪問者が現れた。見上げるほどに大柄な髭面の男性だった。
まるで極道のような。
ただものでない雰囲気と威圧感をともなって、値踏みするように私を見下ろした彼は言う。
「未登録の呪術師が、近頃このあたりの呪霊を掃討して回っているらしい。お前がそうだな?」
「じゅ、呪術…………?」
「黙ってついて来い。何、協力的であれば悪いようにはしない。拒否権はないがな」
「え、と?」
私はただ困惑した。
呪術師? 呪霊?
それが何かを指す言葉であることはわかるが、まったく何のことを言っているのかわからない。
いや、呪術はまあわかるけど。東洋における魔術の形態のひとつでしょ。
でも、私は呪術師じゃないよ。
魔術師ですらない。
だけどどうやら、私の困惑は彼にとっては関係のないことみたいだ。
有無を言わさずついて来いと凄まれる。
「さっさと来い。それとも、反抗するか? お前のような子どもに強引な手段を取るのは気が引けるが…………これも仕事だからな」
男の威圧感が増す。
怖い、何この人。
私のメルトリリスとしての感覚が告げる、この人は幽霊たちとは比較にならない強者だ。
戦っても私なら勝てるかもしれないけど、現状の私はまだ本物のメルトリリスほど強くないだろうし、必ずしも勝てるとまでは楽観できない。
逃げる?
でも、逃げたら攻撃されそう。
素直についていく?
それはそれで怖い。でも、協力的なら悪いようにはしないって一応言ってくれてる。
顔が怖いので説得力があんまりないけど。
だけど、威圧されているのに関わらず、害意や殺意、悪意といったものは不思議と感じなかった。
最近は、幽霊から向けられるそれらの感情をはっきりと感じ取ることができるようになっていた。
この人からはそれがない。
だから多分、この人は悪人ではないのだろう。
「…………」
「やるか?」
「…………やめときます」
「フッ、聞き分けの良い子どもは楽で良いな」
男の問いかけに対して首を横に振ると、彼は満足気にうなずいた。
「ついて行ったら、私に何をするんですか?」
「必要な話をするだけだ。お前が危惧するようなことは何も起こらないと誓おう」
「…………」
じっと、目の前の男の目を見る。
その目は真っ直ぐで、逸らされることも後ろめたい色を宿すこともなく、嘘をついてるようには見えなかった。
「……じゃあ、行きます」
「そうか。俺は夜蛾正道だ。これから長い付き合いになるかもしれんが、あまり手をかけさせるなよ」
そうして私は、彼の乗ってきた黒塗りの高級車にぶち込まれるのであった。
やがまさみち。
うーん…………Fateにそんなキャラいたかな?