メルトリリス(偽)、呪術の世界に降り立つ   作:ひのき

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 怒られが発生してしまった。

 

 理由は、私が人の住む街の近くにある山を帷も張らないままめちゃくちゃにぶっ壊したかららしい。

 上層部はそれはもう、ねちねちと鬼の首を取ったかのように文句を言ってきた。

 

 まあ、仕方ない。

 未確認の特級呪霊だの呪詛師だのにいきなり襲われたとはいえ、悠長に帳を張っている余裕がなかったとはいえ、それはそれと言われたらその通り。

 たしかに私の落ち度ではある。

 実際上層部の人たちを後始末で忙しくさせちゃっただろうし、突然近くの山が崩壊してしまったせいで地域住民を不安にさせてしまっただろうし。

 ニュースにもなったし。

 これは正当な怒られだ。

 そんなわけだから今回の怒られは甘んじて受け入れ、ちゃんと反省することにした。

 

 でも、私そんなに悪くないよね? ——と、そんな風に思ってしまったのは内緒だ。

 

 ということで、私には罰として九月中の一ヶ月ほどの間の停学処分が言い渡されることとなった。

 その間任務は禁止だ。

 これはついに上層部も、休みがないほど大量の任務を与えまくることが私への嫌がらせにはなっていないことに気づいてしまったのだろう。

 他人を助けることを信条としていて、ドレイン能力を持つ私にはむしろそれが利する行為だと。

 一番私が嫌だなって思うのは暇にさせることだと。

 バレちゃった。

 でも、気づくの遅すぎる気がするよ。

 

 まあ、九月はちょうど呪術師の閑散期だ。

 上層部もねちねちと私への怒られを発生させておいて、そのくせ中途半端に私を怖がったみたい。

 普段から休みを惜しんでよく働いている私に、閑散期に合わせた慰労休暇を与える、みたいな。そんな名目を兼ねた停学処分だということを説明された。

 休みを惜しんで働かせてるのそっちじゃんね。

 いいんだけどさ。

 困ってないし、むしろありがたかったくらいだし。

 

 何はともあれ、停学処分。

 これでついに三年生は、全員が揃って停学になるという呪術高専始まって以来の金字塔を打ち立てたのだ。

 ただの恥である。

 学級崩壊だ。

 停学処分なので寮以外の高専施設に顔を出すのもダメみたいで、一年生と二年生への指導ができなくなっちゃってすごく申し訳ないことになってしまった。

 任せて、って言っちゃったのに。

 事情を話して謝ったらみんな同情して許してくれた。

 後輩たちやさしい。

 

 五条さんには爆笑されてしまった。

 ムカつく。

 でも、それと同時に『桜は普段から働きすぎだし、学生時代の青春を疎かにしすぎてる。これは良い機会だよ』と、まるで、あたかも学校の先生かと思ってしまうような教職者然としたことを言われてしまった。

 あと『せっかくだし旅行でもしたら?』って。

 旅行かあ。

 それなら秤君と綺羅羅に会いに行こうかな。

 どうやら二人は栃木にいるらしいんだよね。そこで何をしているのかは内緒だからって教えてくれなかったけど、来てもいいよとは言ってくれた。

 じゃあ行く、と。

 久しぶりに会いたくなってきたし行くことにした。

 

 ——と、そんなわけで停学処分という名の慰労休暇が始まり、秤君たちに会いに栃木へ立つ前日。

 

 私は高専内の、死を偽装している最中の虎杖君が過ごしている部屋へと五条さんに呼ばれていた。

 そこには当然、虎杖君もいる。

 

「今回の御用はなんでしょうか?」

 

 五条さんから個別に呼び出されることが最近はすごく多いので、まるで私が問題児になってしまったみたいな気分だ。

 こっちは真面目一本でやってるのに。

 でも、もう慣れたもの。

 私は単刀直入に五条さんに要件を尋ねた。

 

「いろいろあったから後回しになっちゃったんだけどさ。実は、悠仁が生きてることを桜に伝えたのには理由があったんだよね」

 

「サプライズじゃなくって、ですか?」

 

「それもあるけど、びっくりさせるだけならみんなに伝えるのと同じタイミングでもいいでしょ」

 

「…………それなんですけど、恵君も野薔薇ちゃんも奮起してがんばってますよ」

 

「その調子でみんな強くなってほしいね!」

 

 この人、やっぱり人の心ないんだ。

 

 私はため息を吐く。

 虎杖君も気まずそうな顔をして頬をかいていた。

 

「で、桜を呼んだ要件なんだけどさ。…………多分だけど悠仁、宿儺と縛りを結んでる」

 

「縛りですか。どのような?」

 

「俺もなんか話したとは思うんだけど、思い出せなくて」

 

 虎杖君は不思議そうに言った。

 

「悠仁が心臓を失って死んだ後、宿儺が反転術式で心臓を治して生き返ったんだ。その時、生得領域の中で悠仁は宿儺と会ってる。そこで何かの縛りを結んで宿儺は悠仁の心臓を治したんだろうね。その内容を忘れる条件を加えて」

 

「宿儺は素直に治してって頼んで治してくれる相手じゃないですもんね。私は話したことないですけど」

 

「悠仁のことだから、その縛りの結果誰かが不幸になるようなものではないと思う。でも、相手は熟練の呪術師だ。巧妙に騙されてる可能性は高い」

 

「抜け道があったりですね」

 

 宿儺は油断ならない相手だ。

 

 わざわざ縛りの内容を忘れさせているのだから、それは五条さんや他の人に聞かせたくなかったということだと考えてもいいと思う。

 一見して大したことのないような縛り。

 巧妙に隠された抜け道。

 虎杖君では気づけないような、でも五条さんのような優れた術師なら気づけるような。

 狡猾で悪意のある術師のやりそうなことだ。

 

「俺、バカだと思われてる?」

 

 虎杖君が微妙な顔をしてつぶやいた。

 

「というか、先生はどうしてわかるの? 縛りって、形に残るものじゃないんでしょ?」

 

「僕の目はそういうのわかるんだよ」

 

「あ、魔眼的な?」

 

「桜が好きそうな例えだね。まあ、そんな感じ」

 

 あの、そのひと言絶対にいらないと思うんですけど。

 私は心の中で憤慨した。

 

「話がそれたね。ともかく、内容はわからなくてもどうせロクな縛りじゃないだろうし。それで桜を呼んだんだ。桜、悠仁の中にある縛り消しちゃってよ」

 

「あれ、五条さんに縛りを消せるって話しましたっけ?」

 

「聞いてない。でもできるでしょ」

 

「できますけど」

 

 どうやら、五条さんが私を呼んだ理由は虎杖君が宿儺と結んだ何らかの縛りを解除するためだったらしい。

 

 縛りを消せることを話したことあるのは真希ちゃんにだけなんだけど。

 まあでも、五条さんならわかるよね。

 津美紀ちゃんの解呪のときとか、とにかくぐちゃぐちゃになってた呪いやら何やらをまとめて消したけど、縛りの解除もそれと同じようなことをすればできる。

 縛りは結構概念的なものだ。

 だけど、それが"ある"ということを五条さんの六眼で視認できているというのなら、縛りというものもたしかな呪術的実体を持っているということになる。

 つまり干渉できる。

 干渉できるなら、消せる。

 消すと言ってもそんなに複雑な話ではなく、ただの『メルトウイルス』によるゴリ押しだけど。

 

 普通は強引な縛りの解除なんて何が起こるのかわかったものじゃない危険行為だけど、『メルトウイルス』ならそんなリスクすらもまとめて消し去ってくれる。

 だって普通じゃないもん。

 この力は、呪いという規格の外にあるものだ。

 

 でも、残念ながら私自身が『メルトウイルス』を利用して縛りを踏み倒しつつ、莫大な利益を得るみたいなことはできないみたいなんだよね。

 縛りとは即ちリスクを負うことだ。

 そのリターンとして、リスクに見合った利益を得ることができるのが縛りという呪術。

 最初から『メルトウイルス』での縛りの無条件解除を念頭に置いて縛りを結ぼうとすると、それは呪術的に意味を持つことができなくなってしまう。

 縛りが機能しなくなる。

 なぜなら、その縛りが私にとってのリスクにはならないから。

 それでも縛りを結ぶことはできるし、自身に結んだ縛りの解除はできる。

 だけどリスクを負えなければたいしたリターンを得ることもできない。

 だから意味がない。

 

 これができるなら、気軽に命をかける縛りを負ってめちゃつよな攻撃をしたりとか、そういうのを無条件でリスクを踏み倒しながらできるんだけど。

 残念ながら、そんなズルはできないのです。

 

 ちなみに『メルトウイルス』による縛りの解除をしないと誓約をして縛りを結ぼうとしても、やっぱりちゃんと縛りを機能させることはできない。

 だってそんな誓約をしたところで、その誓約ごと『メルトウイルス』で消せるんだもん。

 そのチート行為を私が頭で理解している以上、どんな縛りも結ぶことができないというわけだ。

 他者間の縛りなら条件によっては違うのかな?

 

「縛りって消せるものなの?」

 

「無理。でも桜だけはできる」

 

「なんで??」

 

「それはもう、桜が特別だからとしか言えないかな。悠仁は真似しようとしちゃダメだよ。やろうとしてもできないけど。縛りを破ることもしない方がいい。どんなペナルティがあるのかわかったもんじゃないからね」

 

「裏月先輩すごすぎない? ぶっちゃけ俺が知る限りだと五条先生よりすごそうなんだけど」

 

「あはは…………五条さんはこんなんですから、あんまりすごそうに見えないですもんね」

 

 虎杖君の言葉に苦笑してしまう。

 

 でも本当、五条さんはすごい人なんだよ。

 私は能力の性質的に五条さんよりもやれることが多いし、戦闘能力的にも五条さんとは同等の強さがあるって自負してる。

 だからといってどっちがすごいとかじゃないのだ。

 

 これでもちゃんと、私は五条さんのことを尊敬してるし感謝してるのだ。

 本人にはそんなこと言いたくないけどね。

 

「じゃあ、ぱぱっとやっちゃおうか!」

 

「わかりました。五条さん、六眼で道案内お願いしますね」

 

 私は小さなサイズの手のひらリヴァイアサンを呼び出し、虎杖君の体の中に侵入させる。

 

「うわ!」

 

「害はないですから大丈夫ですよ。でも一応、じっとしていてくださいね。間違えて内臓とか溶かしちゃったらたいへんなので」

 

「な、内臓!? 怖!!!」

 

「ふふ、冗談ですよ」

 

 六眼で縛りを視認している五条さんに誘導される形でリヴァイアサンを動かして、虎杖君が結んだと思われる縛りを溶かして解除していく。

 やることは簡単なので、すぐに終わる。

 津美紀ちゃんのときと比べても溶かす対象は遥かに少ないので、あっという間だ。

 

「終わりだね」

 

「あんまり実感ないけど」

 

「虎杖君が協力的なおかげで、私の手元も狂わずに内臓は無事ですもの」

 

「だから怖いって!? 冗談に聞こえない!!」

 

「あはは」

 

 身を守るように自分の体を抱きしめ、ぶるりと震える虎杖君に笑ってしまう。

 虎杖君って明るくて元気があって、反応も良いから話してて楽しいんだよね。

 でも、可哀想だからからかうのは程々にしておこう。

 

 宿儺との正体不明の縛りを解除できたことで、部屋の中に少し弛緩した空気が流れる。

 そのときだった。

 虎杖君の頬に、突然口が現れた。

 

「貴様……」

 

「あ、お前!! このやろう、どのツラ下げて出てきやがった!!」

 

「悠仁、出てるのは口だけだけど」

 

「どのクチ下げて出てきやがった!!」

 

 そこ言い直すんだ。

 

 でも、これが宿儺なんだね。

 初めて見るけど、虎杖君の体がとっても不思議な感じになっちゃってて同情する。

 頬に口が現れたり勝手に喋られるのは、私だったらだいぶ嫌かも。

 難儀な体だなあ。

 

「あれれ、宿儺。もしかして悪巧みを潰されちゃって怒って出てきたのかな〜?」

 

「チッ」

 

 煽るような五条さんの言葉に、宿儺は苛立ったのか舌打ちをした。

 だけど言い返す気はないみたい。

 

 それよりも、どうやら。

 私に用があるみたいだった。

 

「小僧の中から見ていた。あの式神のことと言い、今回のことと言い。小娘、貴様は何だ」

 

「何、とは」

 

「言葉通りの意味だ。人間か? 呪いか? それともそのどちらですらもない化け物か?」

 

「…………」

 

 人間か、呪いか、化け物か。

 

 誰何するような宿儺のそんな言葉に、心の奥底の核心を突かれたような気がした。

 私はすぐには返せず、思わず黙ってしまう。

 

 もちろん、私の自認は人間だ。

 だけどそれはあくまで私の自認や生き方の話であって、()()()のことを問われたのだとしたら即答できるものではなかった。

 本当に人間という分類にあっていいのかは、実際のところはどうなのだろう、と。

 一応は血と肉の体ではあるけれど。

 だけど、普通の人間の体にはあらゆるすべてを溶かす猛毒なんて流れていない。

 暖かさのない鋼の足だって普通じゃない。

 人間か、ハイサーヴァントか、はたまた女神か。

 少なくとも呪いではない。

 では、化け物かと問われたらそれは——

 

「————桜は人間だよ。僕の大切な生徒だ」

 

 私が何かを言うよりも早く、五条さんがはっきりとそう告げた。

 

「意味わかんねえこと言ってんじゃねえよ! 先輩を呪いだの化け物だの、人間に決まってんだろ!!」

 

 続いて、虎杖君も怒りを滲ませながら叫ぶ。

 

 私の事情を知っている五条さん。

 詳しい事情を知らなくても、私のためにこんなに怒ってくれる虎杖君。

 

 心が暖かくなった。

 私の生き方は間違っていないと、肯定された気分だった。

 

 そうだ。

 私は五条さんや虎杖君のように、たくさんの大好き人たちに囲まれて。

 昔からずっと、すごく幸せなんだ。

 

 だから断言する。

 

「人間ですよ」

 

「ケヒッ…………決めた。裏月桜、貴様はいずれ俺が直々に殺すことにした。俺は貴様の存在を認めん」

 

 それだけ言い捨てて、宿儺の口は消えた。

 

「桜、ロックオンされたね」

 

 五条さんが面白そうに笑みを浮かべる。

 

「ごめん、先輩! もう宿儺に体渡さないし、こいつの言う通りには絶対させないから!」

 

「気にしなくて大丈夫ですよ」

 

 頭を下げる虎杖君にそう言う。

 

 うん、気にする必要はない。

 虎杖君は虎杖君。

 私のために怒ってくれるかわいい後輩で、そんな彼が謝る必要はないのだ。

 殺すとか言ってきたのはあくまで宿儺。

 それも、まあ別に良い。

 

「悠仁が今気にするべきは、桜のことじゃなくて自分の身の安全なんだけどね。もし本当にそうなったとき、宿儺もろとも死ぬのは悠仁だよ?」

 

「そ、そうだった!?」

 

 がーん、っと愕然とした顔をする虎杖君。

 

 私はそんな彼の姿が面白くて、思わず笑ってしまう。

 

「いいんです、虎杖君」

 

 笑って、宣言した。

 

「その時はなるべく痛くならないよう、優しく、苦しみもなくドロドロに溶かし殺してあげますからね!」

 

「冗談だよね…………?」

 

「うふふ」

 

 虎杖君は青い顔をして、ムンクの叫びのように顔面を崩壊させた。

 

「ドロドロに溶かされるのは嫌だあああ!!!?」

 

 もちろん、冗談ですよ。

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